第6話 殿、事態を理解していない
鷺山城は、今日も静かだった。
静かすぎて、逆に不安になるほどに。
「殿!」
長井左近が、珍しく慌てた様子で座敷に飛び込んできた。
「どうした」
土岐頼芸は、相変わらず鷹を描いている。
さらさら、と筆の音だけが響く。
「近隣の地侍が、兵を集め始めています!」
「ほう」
さらさら。
「“鷺山が動く前に動け”と」
「……わし、動いておらぬが」
「それが問題なのです!」
頼芸は首を傾げた。
「分からぬ」
(でしょうね)
「殿、現在こう認識されています」
左近は指を折った。
「一、兵を動かさず」
「二、城を改修せず」
「三、村だけが潤っている」
「うむ」
「結果」
左近は深呼吸した。
「“裏で全てを操る策士”です」
頼芸の筆が、ぴたりと止まった。
「……誰が?」
「殿です」
「なぜ」
(そこからだ)
「さらに」
左近は続ける。
「“謎の童を使役している”とも」
「惣一か」
「はい」
「……あやつ、勝手に動いておるだけだぞ?」
「はい!」
左近は思わず声を張った。
「皆、それを“高度な放任統治”だと!」
「ほう」
頼芸は感心したように頷く。
「難しい言葉だな」
(褒めてない)
そこへ、別の家臣が駆け込んできた。
「殿! 斎藤家方面で、殿の名が出ております!」
「……誰?」
「長井新九郎です!」
「聞いたことがあるような、ないような」
(終わった)
「殿が、何か企んでおられるのではないかと」
頼芸は、しばらく考え込んだ。
本当に、考え込んだ。
「……鷹を、上手く描きたい」
沈黙。
「それだけだ」
左近は、その場に膝をついた。
(誰か、この殿を説明してくれ)
「殿、ではご指示を」
「うむ」
頼芸は穏やかに言った。
「今まで通りだ」
「……何もしない、と?」
「そうだ」
「それが、一番怖がられています」
「不思議だな」
本気で不思議そうだった。
「人は、何もせぬ者を恐れるのか」
「戦国では」
左近は力なく答えた。
「はい」
その頃――村。
「惣一!」
百姓が駆け寄る。
「城が大変らしいぞ!」
「え?」
「殿が、とんでもない策を練ってるって!」
「……え?」
惣一は嫌な予感しかしなかった。
(僕、何かやったっけ)
鷺山城。
「左近」
「はっ」
「惣一を呼べ」
「ついに、説明されるのですね」
「いや」
頼芸は、さらっと言った。
「聞いてみたい」
「何をです」
「なぜ、皆が勝手に騒ぐのか」
(そこからか)
空は今日も低く、近い。
鷺山城は、何もしていない。
だが――
周囲だけが、勝手に追い詰められていくのだった。
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