第2話 百姓の朝は、だいたい理不尽
惣一が目を覚ますと、外はすでに騒がしかった。
「惣一! 起きろ! 朝だ!」
「……朝って、まだ暗くないですか?」
「百姓の朝は早いんだ!」
権兵衛の一喝で、惣一は半ば引きずり起こされた。
外へ出ると、ひんやりとした空気と、土と水の匂いが鼻を突く。
視界の先には、低い山――いや、丘のような地形が連なっていた。
(鷺山……かな)
はっきりとした記憶ではない。それでも、見覚えがある気がした。
「今日は畑の見回りだ」
「見回り、ですか?」
「昨日の雨で、用水が詰まってな。放っておくと、下の田が全部やられる」
惣一は用水路を覗き込み、すぐに眉をひそめた。
(これ、完全に設計ミスだ)
石と泥と枯れ枝が絡まり、水の流れが不自然に曲げられている。
「……あの」
「なんだ」
「ここ、少し掘り下げて、流れを真っ直ぐにした方がいいと思います」
権兵衛が目を丸くする。
「なんでだ?」
「水って、急に曲げると溜まるんですよ。ほら」
惣一は枝で地面に簡単な線を描いた。
「ここをこうして、逃げ道を作れば――」
水が、すっと流れた。
「……おお?」
権兵衛だけでなく、周囲の百姓たちがざわつく。
「偶然だろ?」
「いや、今の見たか?」
「神童か?」
「ちがいます」
惣一は即座に否定した。
「たまたまです。ほんとに」
(目立つのはまずい)
だが、その願いは早くも裏切られた。
「惣一!」
別の百姓が駆け寄ってくる。
「この田んぼ、毎年ここだけ育ちが悪くてな!」
「……それ、日当たりじゃなくて水の入り方ですね」
「なんだと?」
「畔を少し切って、こっちから水を――」
「おおお……!」
その日の昼前までに、惣一は
三つの田んぼと一つの用水路を“たまたま”直していた。
昼餉の時。
「惣一」
権兵衛が、真剣な顔で言った。
「お前、どこの生まれだ?」
「……さあ」
「侍の子か?」
「違います!」
惣一は慌てて首を振る。
「たぶん、百姓です」
「たぶん、とは何だ」
そこへ、村の若者が割って入る。
「なあ権兵衛。この話、地侍様に知らせた方がいいんじゃねえか?」
「……ああ」
権兵衛は頷いた。
「最近、城からの年貢の催促も厳しい。
こういう知恵者がいると知られれば……」
(やばい)
惣一は直感的に思った。
(城に行く=面倒事)
しかし、その面倒事こそが、この時代で
避けて通れないものだとも分かっていた。
丘の向こう、鷺山の頂を見上げながら、惣一は小さく呟く。
「……目立たないって、難しいな」
その頃、鷺山城では――
「最近、下の村が妙に静かだな」
誰かが、そう漏らしていた。
後書きという名のお願い 下の★マークのタップと感想とブックマーク のお願いです。 新たな小説の第2話 今後の勇気をもらえますか?




