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第九章 王女の来訪

約束の十日目。


早朝から、工房は緊張に包まれていた。


「……来たぞ」


エルザが、入り口の方を見た。


黒い革ジャケットの男たちが、工房に向かってくる。先頭には、あの脂ぎった徴税官の顔があった。


「よう、小娘。約束の日だ」


男は、下卑た笑みを浮かべて工房に入ってきた。


「さあ、金を見せてもらおうか。ああ、倍額の百枚をな」


エルザの拳が、震えた。


「待て」


正義が、前に出た。


「約束は、『十日後までに銀貨五十枚を用意できたら、税額を半分にする』だったはずだ」


「ああ、そうだったな」


男は、にやりと笑った。


「で、用意できたのか?」


正義は、懐から革袋を取り出した。


そして——机の上に、中身をぶちまけた。


銀貨が、じゃらじゃらと転がり出た。


「……これは」


男の顔から、笑みが消えた。


「数えてみろ」


正義は、静かに言った。


男は、震える手で銀貨を数え始めた。


「十……二十……三十……」


数えるにつれて、男の顔が青ざめていく。


「……五十二枚」


男は、呻くように言った。


「五十枚以上ある」


「ああ。約束通りだ」


正義は、腕を組んだ。


「今期の税額は、半分の二十五枚。そこから五十二枚を引くと——」


「二十七枚の、黒字……」


男は、茫然と呟いた。


「馬鹿な……十日で、どうやって……」


「それは、俺たちの秘密だ」


正義は、微笑んだ。


「さあ、約束を果たしてもらおうか。今期の税額は、二十五枚で確定だな?」


男は、しばらく呆然としていた。そして——


「……くそっ」


悔しそうに唇を噛み、踵を返した。


「覚えておけ。次は、こうはいかないからな」


吐き捨てるように言い残し、男たちは去っていった。


残された三人は、しばらく呆然としていた。


そして——


「……勝った」


エルザが、呟いた。


「勝ったのか、私たち」


「ああ」


正義は、頷いた。


「勝った」


グレンが、両手——いや、片手を天に突き上げた。


「やったああああ!!」


エルザも、飛び上がった。


「信じられない! 本当に、できたんだ!」


正義は、二人の姿を見て——


静かに、微笑んだ。


『これが、チームの力だ』




その日の午後。


工房に、予想外の来客があった。


「ごめんください」


涼やかな声とともに、入り口に姿を現したのは——


若い女だった。


フードを深く被っているが、その下には繊細な顔立ちが覗いている。年齢は十代後半か。だが、纏う雰囲気は、年齢以上の重みがあった。


「いらっしゃい」


エルザが、出迎えた。


「何の御用で?」


「この工房の噂を聞いて、見学に来ました」


女は、フードを少し上げた。


「十日で銀貨五十枚を稼いだ工房。その秘密を、知りたくて」


正義は、女を観察した。


『……普通の客じゃない』


服装は質素だが、布の質が違う。靴も、泥がついていない。そして、その立ち居振る舞いには——


『身分の高い者特有の、品がある』


「見学は構いませんが……」


正義は、前に出た。


「お名前を伺っても?」


女は、少し躊躇した。そして——


「……リリアナ」


「リリアナ、さん。どちらから?」


「……遠くから」


明らかに、何かを隠している。だが、正義は追及しなかった。


「では、リリアナさん。工房を案内しましょう」




正義は、工房の中を案内した。


治具の説明。5Sの概念。品質管理の仕組み。リリアナは、全てを真剣に聞いていた。


「……すごい」


一通りの説明が終わった後、リリアナは呟いた。


「これだけのシステムを、たった十日で構築したのですか」


「元々あった知識を、この工房に適用しただけです」


「元々あった知識……」


リリアナの目が、鋭くなった。


「あなたは、どこでこの知識を得たのですか」


「遠い国で」


「どこの国ですか」


「……名前は、ご存じないと思います」


リリアナは、しばらく正義を見つめていた。


そして——


「正直に申し上げます」


フードを取った。


その下から現れたのは——銀色に輝く髪だった。


「私は、リリアナ・カルダニア。カルダニア王国の第二王女です」


エルザとグレンが、息を飲んだ。


「王女……?」


正義は、表情を変えなかった。


「……やはり、そうでしたか」


「気づいていたのですか」


「なんとなく」


リリアナは、正義を真っ直ぐに見た。


「私がここに来た理由を、お話しします」




三人は、工房の奥に移動した。


リリアナは、真剣な表情で話し始めた。


「カルダニア王国は、危機に瀕しています」


「帝国の圧力、ですか」


「その通りです」


リリアナは、頷いた。


「帝国は、『魔導兵器』と呼ばれる巨大な機械兵を独占しています。その技術力の差が、我が国を従属状態に追いやっている」


「魔導兵器……」


正義は、その言葉を噛みしめた。


『守護者が言っていた、「技術独占」か』


「私は、ずっと考えていました。どうすれば、この状況を変えられるか」


リリアナの目に、強い光が宿った。


「答えは、『技術』です。我が国も、魔導兵器を作れるようになれば——帝国に対抗できる」


「だが、技術がない」


「ええ。百年前の大戦で、我が国の工匠技術は壊滅しました。今では、農具を作るのがやっと」


リリアナは、工房を見回した。


「だからこそ、あなたの噂を聞いて、すぐに来たのです。十日で生産性を三倍にした技術者。それは——」


正義を見た。


「我が国の希望かもしれない」


正義は、しばらく沈黙した。


『……これが、守護者の言っていた「使命」か』


「リリアナ王女」


正義は、静かに言った。


「私は、あなたの期待に応えられるかわかりません。私が持っているのは、地道な『改善』の技術です。魔法でも、奇跡でもない」


「それでいいのです」


リリアナは、真剣な目で言った。


「我が国には、奇跡など不要です。必要なのは——」


正義を真っ直ぐに見た。


「地道に、確実に、状況を変えていく力です」


正義は、リリアナの目を見つめた。


そこには——エルザと同じ「炎」があった。


「……わかりました」


正義は、頷いた。


「私にできることなら、協力しましょう」


リリアナの顔に、笑顔が広がった。


「ありがとうございます……!」


エルザとグレンが、顔を見合わせた。


「おい、マサヨシ」


エルザが、小声で言った。


「これって、とんでもないことになってないか」


「ああ、とんでもないことになってる」


正義は、苦笑した。


「だが——」


リリアナを見た。


「悪くない気分だ」



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