表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/22

第八章 三人目の仲間

徴税官との約束まで、あと三日。


工房の生産性は、確かに上がっていた。治具の導入で、作業時間は半分以下に短縮された。依頼も増え、収入は着実に伸びていた。


だが——


「足りない」


正義は、夜中の工房で、収支の計算をしていた。


現時点での収入は、銀貨三十五枚相当。あと十五枚、足りない。


「三日で、十五枚……」


不可能ではない。だが、このままのペースでは、ギリギリだ。


「……何か、手を打つ必要がある」


正義は、立ち上がった。




翌朝、正義は村を歩いていた。


新しい仕事を探すため……ではなかった。正義が探していたのは、もう一つの『資源』だった。


『人材だ』


治具を作っても、使う人間がいなければ意味がない。エルザ一人では、限界がある。


「誰か、いないか……」


村の広場を通り過ぎようとした時——


「おい、てめえ!」


怒声が聞こえた。


正義は、足を止めた。広場の隅で、何かが起きていた。


近づくと——


三人の男が、一人の男を取り囲んでいた。


「また、お前か。この役立たずが!」


「仕事もできねえくせに、飯だけは食いやがって!」


囲まれている男は、地面に座り込んでいた。年齢は三十代半ばか。体格は良いが、顔は憔悴している。そして——


左腕が、なかった。


「待て」


正義が、声をかけた。


三人の男が、振り返った。


「なんだ、お前は」


「通りすがりの者だ。何をしている」


「何って——こいつに説教してるんだよ。元軍人のくせに、何の役にも立たねえ穀潰しにな」


男たちが、下卑た笑い声を上げた。


正義は、座り込んでいる男を見た。


男の目には、光がなかった。ただ、虚ろに地面を見つめている。


「……その人、名前は」


「こいつ? グレンだよ。元・王国軍の整備兵だったらしいが——」


男の一人が、グレンの肩を蹴った。


「戦場で腕を失くして、除隊されたんだと。今は、村の厄介者だ」


正義は、グレンに近づいた。


「グレン、だったか」


グレンは、顔を上げなかった。


「……何の用だ。俺に構うな」


「一つ、聞きたいことがある」


正義は、しゃがみ込んだ。


「お前、整備兵だったというのは本当か」


グレンの肩が、わずかに震えた。


「……昔の話だ」


「魔導兵器の整備か?」


「……ああ」


「なら、機械の構造がわかるな。金属の扱いも」


グレンは、ようやく顔を上げた。


「……だから、何だ」


その目には、かすかな光が戻っていた。だが、すぐに消えた。


「腕が片方しかない人間に、何ができる。俺はもう、役立たずだ」


「そうか」


正義は、立ち上がった。


「俺の工房に来い」


グレンの目が、見開かれた。


「……何?」


「俺の工房では、腕が一本でも働ける。というか、お前のような人間が必要だ」


周囲の男たちが、ざわめいた。


「おい、何を言ってる。こいつは——」


「うるさい」


正義は、男たちを一瞥した。


「俺は、この人と話している」


男たちが、たじろいだ。


正義は、再びグレンを見た。


「どうする。来るか、来ないか」


グレンは、しばらく正義を見つめていた。


そして——


「……なぜ、俺なんだ」


「お前が必要だからだ」


「腕が一本しかない人間が?」


「ああ」


正義は、手を差し出した。


「俺の工房では、『人』を最も大切にする。腕の数じゃない。頭と、心があれば、十分だ」


グレンは、差し出された手を見つめた。


その目に——涙が浮かんでいた。


「……本当に、俺でいいのか」


「ああ」


グレンは、震える手を伸ばした。


そして——正義の手を、握った。




工房に戻ると、エルザが驚いた顔で出迎えた。


「マサヨシ、その人は……」


「新しい仲間だ。グレンという」


「仲間?」


エルザは、グレンを見た。そして、その空っぽの左袖に気づいた。


「……腕が」


「ああ、ない」


正義は、あっさりと答えた。


「だが、それがどうした」


「どうしたって……」


「エルザ、お前に聞く。俺が作った治具、使うのに両腕が必要か?」


エルザは、はっとした。


「……いや、片手でも使える」


「だろう?」


正義は、工房を見回した。


「俺たちが作ってきた『仕組み』は、誰でも使える。それが、治具の意味だ」


グレンは、工房を見回していた。


整然と並んだ道具。壁に掛けられた治具。床に引かれた白線。


「……これは、何だ」


「5S、だな」


正義は、答えた。


「整理、整頓、清掃、清潔、躾。工場の基本だ」


「工場……」


グレンの目に、光が戻り始めていた。


「俺がいた部隊にも、似たような決まりがあった。だが、ここまで徹底しているのは……」


「徹底しないと、意味がない」


正義は、グレンの肩を叩いた。


「明日から、お前には品質管理を任せる」


「品質管理?」


「完成した製品を検査し、記録する仕事だ。目と、頭と、片手があれば十分できる」


グレンは、しばらく黙っていた。


そして——


「……わかった。やってみる」


その声には、久しぶりの力があった。




翌日から、グレンの訓練が始まった。


「まず、検査の基本を教える」


正義は、マイクロメーターをグレンに見せた。


「これは、寸法を測る道具だ。0.01mmまで、正確に測れる」


「0.01……ミリ、メートル?」


「長さの単位だ。俺の故郷では、こういう単位を使う」


グレンは、マイクロメーターを手に取った。


「……すごい精度だな」


「ああ。この精度で、すべての製品をチェックする」


「すべて?」


「そうだ。一つでも基準を外れたものは、出荷しない」


グレンの目が、大きくなった。


「……俺がいた軍でも、そこまではやっていなかった」


「それが、問題なんだ」


正義は、静かに言った。


「品質管理は、最後の砦だ。ここで見逃したら、お客さんの手に不良品が届く。それは——」


グレンを見た。


「お客さんの信頼を、裏切ることになる」


グレンの表情が、引き締まった。


「……わかった。絶対に、見逃さない」


「頼むぞ」


正義は、グレンの肩を叩いた。




残り二日。


グレンの加入で、工房の効率はさらに上がった。エルザが作り、グレンが検査し、正義が全体を管理する。三人体制が、ようやく機能し始めた。


「今日の出荷分、すべて検査完了した」


夕方、グレンが報告に来た。


「不良は?」


「ゼロだ。すべて、基準内」


正義は、頷いた。


「よし。明日で最後だ。ラストスパートをかけるぞ」


「ああ」


グレンは、工房を見回した。


「……マサヨシ」


「なんだ」


「俺は、ここに来て良かった」


正義は、グレンを見た。


「……そうか」


「腕を失くしてから、俺は死んでいた。生きてはいたが、心は死んでいた」


グレンは、自分の右手を見た。


「だが、ここでは——俺にも、できることがある」


「当たり前だ」


正義は、静かに言った。


「人の価値は、体の一部で決まるものじゃない。何を考え、何をするか。それが、全てだ」


グレンは、しばらく黙っていた。


そして——


「……ありがとう」


正義は、首を振った。


「礼を言うのは、俺の方だ。お前がいなければ、この工房は回らない」


グレンの目に、涙が浮かんだ。だが、その涙は——悲しみではなく、喜びの涙だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ