第十五章 撤退と再起
峠の戦いから、三日後。
偵察部隊を撃退したニュースは、カルダニア全土に広まっていた。
「新型兵器が、帝国を撃退した!」
「我が国にも、希望がある!」
民衆は、歓喜に沸いた。
だが——
「マサヨシ」
エルザが、深刻な顔で工房に入ってきた。
「大変だ。帝国が、本気で動き始めた」
「……予想通りだな」
正義は、設計図から目を上げた。
「偵察部隊をやられて、黙っているはずがない」
「報告によると、帝国本隊が国境に集結している。魔導兵器は……十機以上」
「十機……」
正義は、眉をひそめた。
試作機は、一機。しかも、先の戦いで損傷を受けている。修理には、最低でも一週間かかる。
「勝てるわけがない」
グレンが、呟いた。
「一対十以上では——」
「撤退だな」
正義は、静かに言った。
「えっ」
「この工房を放棄して、撤退する」
エルザが、目を見開いた。
「放棄って——ここは、私の——」
「わかってる」
正義は、エルザの肩を掴んだ。
「だが、今は逃げるべき時だ。生き残らなければ、復讐もできない」
エルザは、唇を噛んだ。
「……くそ」
涙が、こぼれた。
「くそ、くそ、くそ……!」
正義は、エルザを抱きしめた。
「必ず、取り戻す。この工房も、この村も。だから——今は、耐えてくれ」
撤退は、その夜のうちに行われた。
工房の重要な設備と資料は、全て持ち出した。持ち出せないものは、破壊した。帝国に、技術を渡すわけにはいかない。
「……さよなら」
エルザは、工房を最後に振り返った。
「いつか、必ず戻る」
一行は、山岳地帯——ドワーフの里を目指した。
ハンマーホルドに到着したのは、三日後だった。
「よく来た」
ガンドルフが、一行を出迎えた。
「事情は聞いている。しばらく、ここで身を潜めるといい」
「ありがとうございます」
正義は、頭を下げた。
「お世話になります」
ドワーフの里での日々が始まった。
だが、正義は休まなかった。
「今のうちに、できることをする」
毎日、設計図を見直し、試作機の改良案を練った。
「次に戦う時は、十機を相手にしても勝てるようにする」
「そんなこと、可能なのか」
エルザが、疑わしそうに聞いた。
「わからない。だが——」
正義は、ペンを走らせ続けた。
「諦めたら、そこで終わりだ」
ある夜。
正義は、一人で里の展望台に立っていた。
「……」
眼下には、闘いで焼かれた村の跡が、かすかに見えた。
「マサヨシ」
背後から、声がした。
振り返ると、リリアナが立っていた。
「眠れませんか」
「ええ……少し」
リリアナは、正義の隣に立った。
「私もです」
二人は、しばらく無言で夜空を見上げていた。
「マサヨシさん」
「はい」
「後悔していますか。この国に来たことを」
正義は、少し考えた。
「……いいえ」
「本当ですか」
「本当です」
正義は、夜空を見上げた。
「俺は、前の世界で、全てを失った。会社も、家族も、自分の誇りも」
リリアナは、黙って聞いていた。
「でも、ここで——」
正義は、手を見た。
「俺は、もう一度、自分の仕事に誇りを持てるようになった。仲間もできた」
エルザ、グレン、ガンドルフ。そして——リリアナ。
「だから、後悔はしていません。この場所に、連れてきてもらったことに——感謝しています」
リリアナの目に、涙が浮かんだ。
「……ありがとうございます」
「何がです」
「諦めないでくれて」
リリアナは、正義の手を取った。
「私たちは、必ず勝ちます。必ず」
正義は、その手を握り返した。
「ああ。必ず」
二人は、夜明けまで、そこに立ち続けた。
翌朝。
正義は、仲間たちを集めた。
「これから、本格的な反撃の準備に入る」
「反撃?」
「ああ。ただ耐えるだけでは、何も変わらない。俺たちは——」
正義は、新しい設計図を広げた。
「攻めに出る」
その設計図には——
「これは……」
「試作二号機。いや——」
正義は、微笑んだ。
「『量産機』の設計だ」
一同の目が、輝いた。
「一機じゃ勝てない。なら、十機作ればいい。いや、二十機でも、三十機でも」
「でも、そんな資源が——」
「ある」
正義は、ガンドルフを見た。
「ドワーフの技術と資源。そして——」
リリアナを見た。
「王国の全面支援があれば、可能だ」
リリアナは、頷いた。
「必要なものは、全て用意します」
「よし」
正義は、設計図を掲げた。
「これから、俺たちは——」
「産業革命を起こす」




