その才能には嫉妬する
校舎裏に連れて行かれた結生は不良三人組と対峙していた。
あまりにもベタすぎる展開だと結生は思ったが、実際に自分が体験するとそれは恐怖でしかなかった。
「杉田、てめぇ最近調子に乗ってるみたいだな、ああん?」
リーダー格と思われる大男が、唾を飛ばしながら怒鳴る。
肩幅はドアほどあり、拳一つで人を壁にめり込ませそうな体つきだ。
両脇に立つ二人の取り巻きは、ニタニタと下卑た笑いを浮かべている。
その顔には「この後の展開を待ちきれない」という期待の色がありありと出ていた。
「調子になんて乗ってないです……先輩」
結生が恐る恐る答えるや否や、大男は待ってましたとばかりに距離を詰めた。
分厚い手が結生の胸ぐらを掴む。
制服の布地が引きちぎれそうなほどの力だ。
「てめぇ、やっぱちょーしくれしてくれっちぇねーか!」
――何を言ってるのか解らない。俺が何を答えてもこうするのを決めてた動きだろ。
お約束のような展開だが、実際に胸ぐらを掴まれると体は強張り、緊張してしまう。
「ツヨシさん、やっちゃってくださいよ」
「こいつ、さっきの女の彼氏でいちゃついてるらしいですぜ」
取り巻き二人がここぞとばかりに煽り始める。
その煽り言葉を聞いたツヨシさんは、勢いよく顔を取り巻きの方へ向ける。
「なああああ!?」
そして勢いよく結生に向き直る。
「にいいいい!?」
勢いが強すぎて、ツヨシさんの鼻が結生の顔面に押し付けられた。
――こいつら台本でもあるのか?テンポが良すぎる。
「おい、いちゃついてるってよ。どう落とし前つけてくれるんだ?」
ツヨシさんの手に力がこもり、結生の胸元が締め付けられる。
――言いがかりにもほどがあるだろ。
「そ、そんなこと……してないですって……」
「ああん?嘘吐くんじゃねーぞぉ!調子乗ってんのかぁ!おおん?」
声が近い。ツヨシさんの勢いは止まらない。
――どんどんと調子がノッて来ているのはツヨシさんの方じゃないか。
「あの娘と別れろや!おおん?」
――気に入ったのかそれ、クソ……。
「だから、そういうのじゃないですって」
そのやり取りを聞いていた取り巻き二人が、急にテンションを上げた。
どこからともなく二人の手拍子が始まる。
「「わーかれろ!わーかれろ!わーかれろ!わーかれろ!」」
リズミカルな掛け声で歌い出す二人。
結生とツヨシさんを中心に、綺麗に円を書いて回る。
声が校舎裏に反響し、奇妙な祭りのような光景が出来上がっていく。
――即興ならこいつら凄い才能だぞ。
「今後はあの娘には近づくな、今ここで誓え」
誓わなければどうなるのかという脅しは、振り上げられた右腕の拳が既に示している。
そんな理不尽な状況に、結生の中でふつふつと怒りが込み上げてくる。
――なんでこんな奴らの言うことを聞かないといけないんだ。愛から離れろだって?
「……いやだ」
小さくこぼれた声に、ツヨシさんが眉を吊り上げる。
「なんだぁ、おおん?」
結生は胸ぐらを掴むその腕を握り返す。
「……き、聞こえなかったのか?」
そう言うと大きく目を見開いてツヨシさんを睨みつける。
そして結生は大きく身を反らせる。それは目の前の顔面に頭突きを食らわせる為だった。
目標を捉えると、結生は大声で言い放つ。
「絶対に! い――」
結生がそう叫んだ瞬間、ツヨシさんの背後から生徒の声が響いた。
「せんせー! こっちで不良が腰抜けを虐めてまーす!」
ツヨシさんはその声に驚き、反射的に振り返る。
結生の渾身の頭突きは目標を失い、そのまま頭が振り下ろされる。
その姿はまるでツヨシさんにお辞儀をしているように。
綺麗に90度、美しい姿勢で謝っているようだった。
そして続くはずだったセリフが結生の口から小さく漏れた。
「やだぁ~……」
ツヨシさんは結生を見ることもなく、手を離す。
「チッ、お前ら行くぞ」
そんな結生の姿には気づかず、ツヨシさんは舌打ちを鳴らすと取り巻きを連れて去って行った。
恥ずかしさ、一抹の悔しさ、そして――大きな安堵。
全部が混ざり合って、その場にへたり込み、尻餅をついた。
「結生!」
そんな安堵しているところ、急に呼ばれて結生の体が強張る。
声の主を見上げると桐井が立っていた。
そんな姿を見てホッと胸を撫で下ろす。
「なんなんだよ……」
「どうだった、さっきの俺の演技」
「演技?」
「先生を呼ぶ演技だよ」
桐井は結生の前にしゃがむと視線を合わせる。
「間一髪だっただろ?」
「お前、俺のこと腰抜けとか言ってなかったか?」
桐井は今の結生の状態を見て、指差して笑い出す。
「いや、だって。腰抜かしてるじゃないか」
「さあ起きろ、教室に戻るぞ」
桐井に引き上げられながら、トボトボと歩き出す。
「全く、何だったんだよさっきの……」
「そう言うな。ちょうどいいタイミングで助けてやっただろ」
「ちょっと待て、ずっと見てたわけじゃないだろうな」
「おう、一部始終見てたぞ」
悪びれもせずそう答える桐井に怒りが湧いてくる。
「もっと早く助けろよ……」
そんな不満を漏らす結生に対し、桐井は呆れたと言わんばかりにため息を吐く。
「はぁー、呆れた。結生は気づいてなかったのか?」
「……」
「そんなことしたら、あの先輩たちに悪いだろう」
「いやいや、悪いのはあの不良たちの方だろうが」
「あの人達も役割を果たしてたんだぞ、むしろ感謝しろ」
「なんでだっ!」
桐井の理不尽すぎる理屈に、結生の声が裏返った。
二人が教室に戻ると、愛が心配そうに落ち着きなくうろうろしていた。
結生の姿を見つけた瞬間、嬉しそうに駆け寄ってきた。
「結生!」
その勢いのまま結生は抱きしめられる。
「大丈夫なの?痛いことされてない?怪我は無いの?」
そう言って、結生の腕や頬にそっと手を当てて確かめていく。
「大丈夫だって、何もされてない」
「ほんとう?」
心配そうな瞳に押されて、結生は小さく頷いた。
ふと横を見れば、さっきまで隣にいたはずの桐井の姿はもうない。
まるで最初から存在しなかったかのように。
状況を見た瞬間に素早く身を引いていた。
そんな中、教室のドアが開く音がした。
「よーし、授業はじめるぞー」
教壇から教室を見渡すと、結生と愛に教師が気が付く。
「お前たち、イチャイチャするなら放課後にしなさい」
そんな教師の言葉に生徒たちは笑い出す。
「あははは、ほんと仲良くて羨ましい」
「さすが、学校公認カップル」
そんな目の前の光景に、結生はなんとなく納得するしかなかった。
――確かに、これではツヨシさんたちが勘違いするのも仕方がない。
二人揃って大人しく席に着いた。
すると隣から愛が小さく囁くように話しかけてきた。
「痛いころがあったらすぐに言うんだよ、分かった?」
「お、おう」
その後、さすがに色々あって疲れてしまったのか、
結生は帰宅するなりベッドに倒れ込み、そのまま爆睡してしまった。
愛はそんな結生の寝顔を覗き込みながら、心配そうにそばを離れなかった。
毛布をそっとかけ、結生の寝息を確かめると、ようやく小さく息をついた。
翌日。
学校でも愛は一日中、結生のそばを離れようとしなかった。
休み時間も、移動教室も、昼休みも。
何度も「大丈夫だから」と言われて、ようやく呆れた顔で距離を取るようになったが、
それでも時おり不安そうに結生の背中を見守っていた。
放課後。
結生は「桐井と少し用事がある」と伝えると、
「桐井くんがいるなら」と渋々ながらも愛は頷いた。
そのやり取りを背に、結生と桐井はカフェへと向かう。
飲み物を注文し、二人は窓際の席に腰を下ろした。
結生はいつものアイスコーヒーを一口啜る。
向かいの桐井はというと、やたらと名前の長い――甘そうな飲み物を頼んでいた。
特にそれには触れず、結生はカップを置きながら口を開く。
「それで――俺が不良に絡まれた件なんだが」
「言っただろう。役割だって」
桐井はあっさりと答え、ストローを啜った。
「現に、結生と愛の仲は深まっただろう?」
その言葉に、結生は返す言葉を失う。
確かに結生にも思い当たることがある。
もともと距離は近かったが、あの一件以降――より愛の物理的な距離が近くなった気がしている。
「……あの不良も、俺が生み出したってことか?」
「広い意味では、そうなるな」
桐井はストローをくるくると回しながら続けた。
「この世界の“流れ”に合わせて生まれた役割。舞台装置みたいなもんだ」
「舞台装置、ね……」
結生は眉をひそめ、わずかに苦笑する。
「俺があいつらを生み出したなんて、考えたくもないけど。
愛との距離を縮めるためだとしても……遠回しすぎるだろ」
「でも、結果的に成功してるじゃないか」
「……まあ、そうかもしれんけど」
桐井は軽く笑うと、テーブルに肘をついた。
「この勢いのまま、一気に愛の役割を達成させてやろうぜ」
「簡単に言いやがって……」
愚痴をこぼす結生に気づかずに、桐井は甘くてドロドロした飲み物を啜る。
それを忌々しく結生が睨みつけていた。
そんな結生の視界に、突然上から飲み物を載せたトレイが降ろされた。
―ドン!
トレイに載せられたオレンジジュースが波打っている。
その人物を見上げると、そこには美麗な少女が立っていた。
そしてその少女を見上げたまま結生は言葉をかける。
「あの、頼んでませんけど……」
漆黒の髪。切り揃えられた前髪。
その鋭い眼差しが、整った顔立ちの輪郭を際立たせている。
息を呑むほどの美しさとは、こういう人のことを言うのだろう。
結生はただ呆けて見上げるしかなかった。
桐井もまた、美人に釘付けになっている。
目を見開いたまま、まるで時間が止まったように固まっていた。
そんな凍りついた空気を壊したのは、黒髪の美人だった。
透き通った声が、まっすぐに二人を現実へ引き戻す。
「すまない。相席、いいだろうか?」
その淡々とした響きに、結生は思わず辺りを見回した。
そこには空席が目に入る。
結生に答える間も与えず、美人の口が動く。
「失礼する」
そう言うと、彼女は結生の隣に腰を下ろした。
その一連の動作は、まるで最初からそう決まっていたかのように自然だった。
驚きながらも隣の美人にどうしても目が行ってしまう。
着ている制服を見ると、どうやら同じ学校の生徒のようだ。
リボンの色で判断すると、結生達より一つ上の学年だった。
そんな結生の視線に気がついたのか、黒髪の少女が結生の顔を覗き込む。
そして何かを確認したのか、近づけた顔を戻すと背筋を正し淡々と言う。
「わたしとデートしろ」
あまりにも突然の発言に、結生は言葉を失った。
隣の桐井も目を見開き、呆然としている。
結生が何か言おうとするより先に、桐井が身を乗り出した。
「ちょっと待った、急に何言ってるんだ?」
黒髪の少女はほんのわずかに眉を動かし、桐井へ視線を向ける。
「……なんだ。お前に言ったのではないが」
「いやいや、出会っていきなりデートしろとか。それに俺はあんたを知らない」
桐井の慌てぶりにも、少女は一切動じない。
表情を変えずに淡々と返す。
「……ん?何故お前が出しゃばってくるのだ。わたしは結生から了承を得たいのだが」
「いや、駄目だ。俺の知らない奴に、結生とデートされては困る」
桐井の言葉を聞いて、黒髪の少女は一度思案すると何かを閃いたような表情をする。
「まさか、お前が結生の恋人ということか」
一瞬言ってる意味が分からず止まってしまったが、すかさず否定する。
「「違う!」」
二人は同時に否定していた。
黒髪の少女はじっと二人を交互に見つめ、今度はわずかに困惑した表情を浮かべた。
「ふむ……やはり恋人なのか」
あらぬ誤解をされてはたまらないと、結生が慌てて訂正する。
「いや、違うって。どうやってそんな勘違いしたのか分からないけど」
「そうか」
少女は頷き、すぐに言葉を重ねた。
「なら、デートは了承したということだな」
「なんでそうなる!駄目だって言っただろ!」
桐井が再び身を乗り出す。
少女は今度こそ顎に指を当て、二人を交互に見比べた。
その瞳の奥には、計算でも観察でもない――何か不可思議な光が宿っていた。
「おい、まずいぞ桐井。これじゃ無限ループだ、少し落ち着け」
結生の言葉に桐井は納得出来ずに不満そうな表情をする。
そして椅子に深く腰を落とすと腕を組んで黙った。




