表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妄想を愛せ  作者: 大山ヒカル


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/10

欲望の後の罪悪感

 学校を離れ、結生と桐井は並んで歩いていた。

 まだ街は眠っている。早朝の繁華街は、昨夜の熱気をどこかに置き去りにしたように静かだった。

 空は淡く明るみはじめ、ビルの窓ガラスが朝日を受けて薄く光っている。


 やがて二人は目的のファミレスに辿り着いた。

 早朝ということもあり、店内には数人の客がぽつりぽつりといるだけ。

 

 そしてお互いに飲み物を片手に席に座った。

 結生の手にはアイスコーヒーが、桐井はメロンソーダを持っていた。

 そんな桐井を見て、結生はイタズラっぽい笑みを浮かべる。


「そんな甘そうなの飲んで、桐井はお子様だな」


 結生のそんな軽口に対して、桐井は気にする素振りは無い。

「人の好みに年齢は関係ないだろ」


「……そうだな」



「さて、これからどうするかだが」

「そういえば愛とデートするとか言ってなかったか?」

「そうだ、結生はこれから愛とデートするんだ」

「いやいや、デートと現実に戻るのと何の関係があるんだよ」


 そんな結生を見て、肩をすくめた桐井がやれやれという表情をする。

「やれやれ」

「……」


「まず、結生が生み出した人格には“存在理由”がある。

 そして――お前の理想を具現化した超絶美少女、柚原愛の役割。

 その存在理由が何なのか、分かるか?」


「俺の……こ、恋人とか?」


 自分の口から出た瞬間、結生の頬がみるみる赤く染まっていく。

 桐井は静かに頷いた。


「そうだ、結生が妄想で生み出した理想の女の子である柚原愛は、役どころで言えば結生の彼女に収まる。

 そしてその目的が成就すれば愛の存在理由も無くなる」


 その言葉を聞いた瞬間、結生の胸の奥が強く締めつけられた。

 結生の恋人が欲しいという欲望が愛を生み出した。

 それは最初から結生を好きになるために生み出され、愛の意思すらも結生が生み出したものだったからだ。

 それを思うと結生の心は締め付けられた。

 屋上で難しい顔をした桐井が言い淀んでいたのは結生がこうなると分かっていたからだろう。


「……苦しいんだが」


「そりゃそうだろう、自分に恋する女の子を自分で作ってデートするんだ。

 傍から見たらマッチポンプにしか見えん」


「容赦ないな……」


「これはまだ序の口だ。

 悪いがそのデートは俺が、一部始終全て常に見張ることになる」


「それは本当に容赦ないだろ」


 自分の欲望で作り上げた“理想の舞台”を、

 他人に逐一監視される――想像するだけで結生の顔が青ざめた。

 納得できず、すぐさま桐井に詰め寄る。


「いや、桐井が見てる必要なんてないだろ。

 愛の“存在理由”を俺が叶えればいいだけの話じゃないか」


「駄目だ。結生がこうやって現実に戻ることを覚悟したとはいえ、

 いつまたこの世界が結生の認識を阻害するか分からないからな。二度も死ぬのはゴメンだ」


「いやいや、もう大丈夫だって!」


「駄目だ。結生が何を言おうと、ここは譲れない」


「……本当に見てるのか?」


「本当に見てる」


 腕を組み、厳しい表情の桐井を説得するのは難しそうだ。


「とにかく、結生は愛を満足させることに専念しろ。

 生み出した人格は存在理由を与えれば満足するはずだ。

 そうすれば人格は消え、世界も消えて結生も自ずと目が覚める」


「なんか簡単そうに言ってるけど、本当にそれでうまくいくのか?」


「信用しろ、絶対に上手くいく」


 桐井の説明を一度は飲み込んだ結生だったが、それでも引っかかるものがあった。


「なあ……満足させるって、別に“デート”じゃなくてもいいんじゃないか?」


「……心苦しいのは分かる。愛に対する罪悪感もな。

 だが彼女の目的を果たせるのは、お前にしかできない。

 責任を取れとは言わんが――愛のためにも、やるしかないんだ」


 結生は視線を落とした。

 テーブルに反射する光の線が、震える指先を照らしている。

 しばらくの沈黙のあと、小さく息を吐きながら呟いた。


「……わかった」


 その声は、消え入りそうにかすれていた。


 桐井はその様子を見て、静かに頷く。

 そして短く、しかし力強く言った。


「結生、腹を括れ」





 ファミレスで桐井と別れたあと、結生は家に戻った。

 体は少し疲れているはずなのに、頭の中は妙に冴えている。

 桐井の言葉がぐるぐると反芻され、心拍数だけが無駄に上がっていた。


 玄関の扉を開けると、ちょうど母親と鉢合わせた。

「あら、結生。どこ行ってたの?」


 夜中に学校に忍び込み、屋上までよじ登っていたとは口が裂けても言えない。

 結生は一拍おいて、咄嗟に言い訳を口にした。

「ちょっと、朝のランニングを」


「へぇ、珍しいじゃない」

 母親は怪訝そうに眉を上げるが、それ以上追及はしてこなかった。


 その反応にほっとしながらも、結生の頭には桐井の言葉がこびりついて離れない。

 気づけば自然と口から質問が漏れていた。

「愛は?」


「愛ちゃんなら――」


 母親は言葉の代わりに天井を指差した。

 その仕草だけで、二階の自室にいるのだと分かる。

 と、同時に――


「おばさん!結生が!結生があああああ」


 階上から愛の悲鳴が響いた。


 次の瞬間、

 ドドドドドッ――と階段を駆け下りる音が家中に響く。


 愛は涙目で血相を変え、母親に飛びついた。

「おばさん、結生が居ない!おいて行かれたあああ」


 母親は突然のことに目を白黒させ、

「ちょっと愛ちゃん、落ち着いて」

 と両手をばたつかせながらなだめようとするが、愛は止まらない。


「だって~!置いて行くなんて酷いじゃないですかぁ~!

 いつも一緒に登校してたのに、何も言わずに先に行っちゃうなんてぇ~!」


 目の前の光景に唖然として結生はその場に立ち尽くす。

 そんな結生に母親は助けを求めるような視線を送ってきた。


「ちょっと結生、あんたからも何か言いなさいよ」


「だーかーらー、結生がいないんですよぉぉ~」


 このままでは収拾がつかない――そう判断した結生は、

 勇気を振り絞って声をかけた。


「……お、おはよう、愛」


 その声に、愛の動きがピタリと止まった。

 そこでようやく結生に気づいた愛は、ぱっと目を見開いた。


「ほえ!?結生!なんで居るの!?」

「いや、さっきから居たんだけど」

「よかったぁぁ~」


 安堵と喜びで結生に抱きつきながら、そのままもたれ掛かる。

 その光景に母親は嬉しそうに微笑んでいた。




 身支度を終えると、結生と愛は並んで家を出た。

 結生の隣を愛は上機嫌に歩いている。


 ――勝手に騒いで、勝手に安堵していただけなのに。


 そんなふうに心の中で呟きながらも、隣を歩く愛の笑顔を見ていると、

 結生の口元にも自然と微笑が浮かんでいた。


 だが、その笑みの奥で桐井の言葉が蘇る。


 ――デートに誘えばいい。

 そうすれば、彼女の“存在理由”は満たされる。


 たしかに、今朝の慌てぶりと喜びようを見れば、

 桐井の言うことも理解できなくはない。


 けれど、気が重い。

 自分が“妄想”で生み出した人格。

 愛には「生まれた理由」があり、そのために存在している。

 自分が創ったからといって、自分が自由にして良いと?

 そしてまた笑顔の愛を見ると心が痛んだ。


―愛には人としての人格があり、普通の女の子なんだぞ。それを俺が現実に戻る為の手段として、愛を使うようなことをするなんて。


 考えれば考えるほど気が重くなっていった。




 教室の前で愛と別れ、結生は一人トイレへ向かった。

 胸の奥に溜まったもやを、どうにか吐き出したかった。


 洗面台の前に手をつき、鏡をのぞき込む。

 そこに映る自分は、どこか色の抜けた別人のようだった。

 蛇口をひねると、冷たい水が指先を伝う。

 顔を洗い、ハンカチで拭う。


 もう一度、鏡を見た。

 ――そして、息を呑んだ。


 鏡の中には、自分の肩に腕を回す桐井の姿があった。


「よお、結生」

「よお、じゃないだろ。確かお前死んだことになってなかったか?」


 桐井は涼しい顔で笑った。

「復活した」

「そんな簡単に生き返れるのか?」


 結生は過去の記憶を思い出す。

 結生の親友という設定の桐井が事故に遭ってしまった、そして親友の事故に悲しむ結生を愛が慰めてくれた。

 そんな記憶を探っている結生に付け足すように桐井は語り始める。


「実は生きていて、集中治療室からの奇跡的な復活劇があったんだ」

「そんなご都合主義な話があるかよ」


 組んでいた結生の肩をポンと叩くと体を離し、桐井は壁により掛かると苦笑した。


「それが出来るんだよ、結生が俺を認知した瞬間にこの世界も辻褄を合わせるように変化する。

 結生の生み出した世界なんだ、ご都合主義なんて台詞はそのまま結生に返すよ」


「俺のせいか」


「そう、結生のご都合主義でこの世界は成り立っているんだ。そこに居る意味さえあれば存在できるようにな」


 その言葉を噛みしめ、結生は深く息を吐く。

 ポケットにハンカチをしまい、ぼそりと呟いた。

「……俺の世界っていうのは、ずいぶん単純に出来てるんだな」


「人間ひとりの脳には限界がある。

 だからお前の中で生まれた人格たちが、互いに補い合ってバランスを取ってる。

 世界ってのは、意識の寄せ集めでできてるんだ」


「分かったような、余計分からなくなったような……」


 寄りかかっていた背を壁から離すと、桐井は再び結生の肩に腕を回した。

「それよりもだ、デートの件はちゃんと進んでるんだろうな」


 覗き込む桐井の視線から、結生はそっと目を逸らす。

「いや…、全然…」


「はぁ?結生は駄目だなぁ」

「そうだよ。俺は――妄想で彼女を作るような人間だぞ」

「まあ、確かに」


 互いに苦笑を漏らしながら、二人はトイレを出た。

 教室に戻ると、桐井は結生の肩を軽く叩いた。

「まあ、がんばれ」


 桐井は軽く結生の肩を叩き、励ますように笑った。

 そして、まるで最初からそうであったかのように離れた席へと歩き、静かに腰を下ろす。


 結生はその背中を見送り、ふと隣の席に視線を落とした。

 昨日までは桐井が座っていたその席、今は愛が自然に座っている。

 筆箱を整え、ノートを開き、授業の準備をしている。


――確かに俺の世界は単純に出来ているらしい……。

 

 心の中でそう呟くと自分の席に座った。





 昼休みになると、結生はいつものように屋上のベンチに腰を落とした。

 いつもと違うのは愛と桐井が両隣に座っていることだった。

 そして驚いたことにその二人は楽しそうに会話をしていた。


「本当によかったぁ、桐井くんが退院出来て」

「ああ、奇跡の復活なんて武勇伝はなかなか無いからな」

「あはは、お祝いにタコウィンナーあげる」

「おお、うまそう」


 和やかな空気。

 結生は二人を交互に見つめながら、ただ呆然としていた。


 ――こいつらの適応能力、どうなってるんだ?


 桐井は外から俺の妄想世界に入り込んだ存在のはずだ。

 それなのに、俺が「桐井は生きている」と認知した途端、

 世界の方がそれに合わせて辻褄を作り変えている。


 まるで昔から、この三人がずっと友達だったかのように。

 自然すぎる笑顔。

 違和感だけが、ひとり結生の中に積もっていく。


 本来、桐井は俺を現実へ連れ戻すためにここへ来たはずだ。

 だが世界はその目的すら書き換え、

 “結生を愛とデートさせるための助っ人”という役にすり替えた。


 ――世界は、俺の都合に合わせて動いている。

 そんな思考が頭の中をぐるぐると巡る。


 沈黙していた結生に、桐井が気づいた。

「どうした?さっきから黙って」

「結生、調子悪いの?大丈夫?」


 気づけば、談笑していた二人が心配そうに覗き込んでいる。

 結生は慌てて笑みを作った。

「いや、天気が良くて、ちょっとぼーっとしてただけ」


「本当に?ちゃんとご飯食べなきゃ駄目だよ?」

「そうだぞ。さっさと食べないと、弁当冷めちまうぞ」


 結生は二人に急かされ、箸を手に取った。

 一口頬張り、苦笑いを浮かべながら軽口を返す。


「弁当はだいたい冷めてるもんだろ」


 愛が笑い、桐井が肩をすくめる。

 そんな何気ないやり取りの中で昼休みは、穏やかに、そして何事もなく過ぎていった。




 三人で教室へ戻ろうと歩いていると、突如、目の前に巨大な壁が立ちはだかった。


「おい、一年」


 低く響く声。

 結生は反射的に足を止めた。


 見上げて、初めて気づく。

 それは人の形をした“壁”だった。


 野生のゴリラのように盛り上がった筋肉。

 着ている制服は明らかにワンサイズ小さく、肩口が悲鳴を上げている。

 その強面の男が、鋭い目で結生を睨みつけていた。


「な、なんでしょうか……」


 思わず声が裏返る。


「ちょっとツラ貸せ」


「え、なんですか。ツラって……」


 状況が飲み込めないまま言葉を返すと、

 大男はさらに顔を近づけてきた。鼻息が頬にかかるほどの距離。


「テメェだ」


 結生は胸に感じた圧力に視線を落とした。

 大男の太い指が、自分の胸元をぐいと突いている。

 その節くれだった指先が、まるで「お前を標的にした」と宣告しているかのようだった。


 結生は震える指で自分を指差した。

「て、てめー……ですか?」


「おう、そうだ。そこの二人は行っていい」


 愛が怯えた表情で結生を見つめていた。

 唇がわずかに震えている。

 結生は恐怖に押し潰されそうになりながらも、無理に笑顔を作った。

「大丈夫だから」

 声は自分でも驚くほど掠れていた。


 そのとき、唐突に甲高い声が響いた。

「おいおい、それともそこのお嬢ちゃんが俺たちの相手をしてくれるのかい?」


 いかにも三下っぽい高い声。

 大男の背後から、二人の男がぬるりと現れた。

 さっきまで影の中に潜んでいたらしい。

 二人とも下卑た笑みを浮かべ、愛を舐め回すように視線を送っている。

 そんな二人の視線に、流石に気分が悪くなった結生は、愛を守るように前に出た。


「この娘は関係ないですよね」


 大男は驚いたように目を細め、それから低く笑った。

「ほぉ、威勢がいいじゃねぇか」


 結生の体は、恐怖で小刻みに震えていた。

 今まで喧嘩などしたこともなく、他人と殴り合うことに興味を持ったこともない。

 それでも、今は「力の強いほうが勝つ」という最悪の現実の真っ只中にいた。


「分かりました、先輩」


 突如として響いた声。


 結生が反射的に顔を上げると、そこには桐井が立っていた。

 ゆっくりと瞳を開き、その眼光が相手を射抜く。

 緊迫した空気が一瞬にして張り詰める。


 膠着した空間に割り込むように、桐井は一歩、前へ出た。

 軽く肩を回し、太ももに手を当てて屈伸する。

 その仕草だけで、まるで空気の温度が変わるようだった。


「俺たちは教室に戻るので――」


 淡々とした声で言いながら、桐井は愛の腕を掴み、すっと後ずさる。

 その動作に一切の焦りがない。


「お先に失礼します」


 桐井が静かにそう言い放った。

 突然の展開に、愛は混乱した表情で結生と桐井を交互に見つめた。

「でも、結生が――」


「大丈夫。結生なら大丈夫だから。行こう」


 桐井は愛の腕を掴むと、まるでその場の空気を断ち切るように走り出した。

 愛の口からは驚きの声が漏れたが、すぐに飲み込まれる。


「先生には結生が体調不良で早退したって言っておくから。大丈夫心配するなよ」


 廊下を駆け抜ける二人の足音が反響し、やがて小さく遠ざかっていった。

 その残響が消えると同時に、世界が静寂を取り戻す。


「おい……」


 結生は手を伸ばしかけたが、もう二人の姿はなかった。

 風が吹き抜け、誰もいない廊下のカーテンがふわりと揺れた。

 その静けさが、取り残された事実をより鮮明に突きつけていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ