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第95話【策謀の対決-禍魂終哉Side-】

敷地の外れにある古びた大木の上。幾重にも重なる枝葉の陰に、俺は完璧に身を隠していた。

視線の先では、三人の部下が一葉家の結界に絶え間なく攻撃を仕掛けている。

奴等が手にする細身の光剣が透明な壁に切りつける度に、ギィン!という耳障りな高音が鳴り響く。光剣が触れた部分からは火花が散り、部下達の服の袖が焦げ付くのが見て取れた。


「へっ…やっぱり只の結界じゃなかったみてぇだな。アイツ等に試させて正解だったぜ。」


やっぱり並大抵の術者が張った結界ではなかった。触れただけで身体を焼け焦がす程の強烈な反発力がある様子だ。だが、此方とて手練れの部下達を送り込んだ。いくら強固とはいえ、結界が破れるのは時間の問題だろう。

あの屋敷の中では今頃、月姫は護衛に守られて安全な場所でのうのうと過ごしているんだろうか?俺達は命を賭けて任務を遂行しているというのに、高みの見物とはいいご身分だ。想像するだけで胸糞が悪くなる。


「…にしてもだ。これだけ派手に攻撃を仕掛けてるってのに屋敷の中から一葉家の連中が誰一人として姿を現さないのはどういう事だ?」


気付いていないとでも言うのか?いや…これだけ厳重な屋敷だ、些細な異変も見逃す筈がない。それとも、堅固な結界があるからと高を括ってるのか?


「…ハンッ!まさかとは思うが、ビビってやがんのか?もう白旗上げるつもりかよ、一葉家の連中は随分弱っちいみてぇだな。」


そう確信した、直後だった。


「…残念ながら彼等は恐れているのでも、ましてや降伏など考えていませんよ。僕が動くなと指示を出しているだけですからね。」


「っ!」


突然、俺の耳元で涼やかな声が響いた。ゾクリと背筋が凍り付く。

気配も音も、何一つ感じさせずに…!?あり得ない。俺は反射的に枝から大きく跳躍し、地面へと飛び降りた。着地と同時に素早く身構え、振り向くと同時に声の主を探して元いた大木の上を見上げた。

そこに立っていたのは、月光邸から月姫の隣にいた男――一葉舞久蕗だった。


「ほう、こんなところに隠れ潜んでいたのですね。」


一葉は静かに、しかし明確な殺意を込めて告げると自分も地面へと着地する。

俺を今日、散々振り回してくれた忌々しい男。何処までも冷静で感情の起伏すら見せない表情が、俺の苛立ちを一層募らせる。


「……あの男達を送り込んだのも、堤之を襲ったのも、君で間違いありませんね?()()()さん。」


「堤之ぉ?誰だソレ?真犯人って何の事だよ、俺にはさっぱりなんだが。」


「往生際が悪いですね。つい先程、この辺で血だらけになって倒れていた使用人の事ですよ。彼を斬りつけたのは、君ではないのですか?」


一葉は僅かに目を細める。


「んん…?あぁ〜!アイツか!いやー、実につまんねー野郎だったな!蛙みてぇな悲鳴上げて惨めにくたばりやがってよぉ!ギャハハ!」


斬りつけた相手を思い出した俺は嘲笑いながら、挑発するように言葉を続けた。実際にあの使用人は弱かった。一葉家が誇る結界術師の一族だというのに、その配下の人間はこんなにも脆弱なのかと心底呆れたものだ。


「やはり…」


「お前んとこの使用人ってのはあんな使えないのしかいないのかぁ?まともに戦えも出来なかったみてーじゃねえか!役立たずを置いておく一葉家も一葉家だな!なぁ、当主のお坊っちゃんよぉ。」


畳み掛けるように一葉家を侮辱する言葉を吐き出した。これで少しは顔色を変えるだろう。怒りに震え、冷静さを失うだろう。それが俺の狙いだった。

だが、一葉の表情は変わらず無表情だった。

挑発が全く効いていないのか、この男は静かに俺を見つめているだけ。


「……僕の事は既にご存知のようですね。君は何者ですか?そして、目的は何なのですか?」


「俺か?俺の名前は禍魂終哉だ。目的の方は…言わずともお前なら分かってんだろ?月姫だよ、月姫。」


「…月姫?はて、それは一体誰の事でしょうか?」


一葉は表情を変えずに淡々と答えているが、月姫が一葉本家の屋敷に入っていったのは確かに俺はこの目で見ている。だからこそ、奴の態度が俺の苛立ちを頂点へと誘う。


「しらばっくれんじゃねーよ!テメーが愛してやまない婚約者候補様の事だよ!此処に月姫がいるのはもう分かってるんだ。」


俺がそう言うと、奴の顔が僅かに歪む。しかし、奴はまだ言葉を紡ごうとしない。俺の視線を受け止めながら、一葉はゆっくりと深い溜め息を吐いた。


「……ハァー。上手く撒けたつもりだったんですけとねぇ…中々にしぶとい。」


「フン、撒けたつもりだと?笑わせんじゃねーよ。確かに、デパートで見失った時はマジでどうしようかと思ったけどな。けど、結局こうして追いついちまったんだから無駄な足掻きだったな?」


「そうでもないですよ?今回は上手くいかずとも、今後の参考にはなりましたからねぇ。」


一葉は眼鏡のブリッジを押し上げながら、ニヤリと笑みを浮かべて答えた。


「…御託はいいからさっさと月姫を引き渡せ。引き渡すってんなら、アイツ等を止めてやってもいい。これ以上、お前の大事な部下達も怖がらせずに済むぜ?」


俺は取引の話を切り出した。奴がこの条件を飲めば、こっちとしても手間が省けて楽だ。何より、すぐに月姫を埜唖様の元へ引き渡す事が出来る。


「お断りします。」


一葉の返答は俺の予想を裏切らなかった。

当然だ。奴は俺の獲物を易々と引き渡すような男ではない。


「そしたらアイツ等は攻撃を続けるぞ?結界だってそのうち破れるだろうよ。お前んとこと違って、俺の部下達は腕のいい奴しかいないからな。攻撃を続けてりゃ、いつかはぶち破れる。」


俺はわざとらしく肩をすくめて見せた。奴が月姫を引き渡さない以上、攻撃は続けざるを得ない。


「あの程度の部下の力では、攻撃を続けていたところで結界を破る事は不可能ですよ。それこそ、月姫程の力なら破れるかもしれませんがね。」


一葉はきっぱりと言い放った。結界の強度はともかく、奴はアイツ等の実力を完全に把握している様子だ。


「チッ……」


奴の自信満々な口ぶりに、俺は舌打ちをした。

この男は、本当に厄介だ。

まあいい、この状況を打開する手段はまだ残されているからな。


「……なら仕方ねぇな。」


そう呟くと、俺は再びポケットから碧色の水晶玉を取り出した。

それを見た瞬間、一葉の表情が一変し、明確な驚きと警戒の色が広がっていく。


「いい顔してんじゃねーか…!テメーも堤之とかいう男と同じで、コレを見てビビっちまうかもな?」


コレは俺の相棒であり、埜唖様から頂いた最強の武器だ。

手のひらで眩い光を放ち始めた水晶玉は、音もなく姿を変えていく。そして、光が弱まっていくと禍々しい存在感を放つ巨大な大鎌が姿を現した。


「一葉舞久蕗。テメーの命は今此処で、俺の手で終わらせてやるよ…!」


俺の胸には新たに興奮が湧き上がっていた。強い奴と真正面からぶつかり合うのは面白い。

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