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第93話【貫く信念】

「あの…一葉さん。何が起こってるんですか? 堤之さんって人が戻ってこないのは、まさか…」


一葉さんは、私の不安を湛えた視線をまっすぐ受け止めた。彼は深く息を吐き出すと、苦渋に満ちた声で答えた。


「生憎、僕にも詳細は分かりません。ですが…尋常ではない何かが、今この一葉本家で起こっているのは確かでしょうね。それが何者かによるものなのか、どの様な意図があるのかはまだ掴めていませんがね。」


「そんな…!」


安全だと信じていた一葉さんの本家で、こんな事が起こるなんて。

一葉さんは眼鏡のブリッジを押し上げると、すっと立ち上がった。彼が纏う空気は、先程のデートの時とはまるで別物になっていた。


「現当主である父が不在の今、僕も当主代理としてすぐに動かなければなりません。現場の状況を確認し、結界の異常の原因を突き止める必要がある。一刻も早く事態を収拾させなければ一葉家に属する者達の安全も、そして何よりも羽闇嬢…君の安全も保証出来なくなります。」


そんな一葉さんを見上げていると、彼が言葉を区切った。


「申し訳ありませんね、羽闇嬢。せっかくの君とのデートだというのに、こんな形で水を差してしまって。しかも…君のお腹が鳴っていたというのに、昼食も摂らせてあげられないとは…。」


「んなっ…!」


その言葉に、羞恥心で顔から耳まで真っ赤になった。


「ちょっ、ちょっと一葉さん!この状況でそんな事言わないで下さい!恥ずかしいじゃないですか…!」


私は両手で顔を覆い隠すと、一葉さんは私の反応を面白がる様にクスリと笑った。


「クスッ…君はやはり、反応が面白くて飽きませんねぇ。」


「面白がらないで下さいよ!もうっ!」


彼の涼やかな笑い声が張り詰めていた部屋の空気を少しだけ和らげる。しかし、彼の表情はすぐに真剣なものへと戻った。


「デートの続きは、この一件が片付いてから再開させて頂くとしましょう。昼食は戻ったら一番に用意させますから、それまで羽闇嬢はくれぐれも此処で大人しくしていて下さい。…何かあればすぐに僕のスマホに連絡を。」


「あ…っ」


そう言って、一葉さんは今度こそ本当に部屋を出て行こうと私に背を向けた。彼の姿が遠ざかるのを見て、私はいてもたってもいられなくなった。私も月姫として、少しでも力になりたい。


「待って下さい、一葉さん!」


焦る気持ちを抑えきれず、私は思わず引き留めた。襖に手を掛けようとしたところで一葉さんは動きを止め、ゆっくりと振り返る。


「私も同行してもいいですか?もし私に出来る事があるなら力になりたいんです!」


私の訴えに一瞬の沈黙が部屋を満たす。次に彼が何を言うのかどんな答えを出すのか、固唾を飲んで待った。


「…羽闇嬢、それは適切ではありません。何が起こっているのか分からない以上、君は動かないべきだ。」


「どうして…!?確かに役に立たないかもしれないですけど何もしないよりは…」


「此処にいるのは、僕が君の安全を優先したからだ。…それが僕の責務ですからね。この屋敷は古くから伝わる強力な結界に守られているのであまり心配はしないでほしい。」


「でも……!一葉さんを待ってるだけなんて、私には―」


私の言葉は焦りと、何よりも自分自身の無力さに対する苛立ちを含んでいた。


「…これは月姫である羽闇嬢を狙った敵の仕業かもしれません。その可能性も考慮に入れています。となれば、君がむやみに動くのは敵の狙いを助ける行為になってしまう。」


あの時の記憶が鮮明に脳裏に蘇る。

以前、華弦も夜空君も私のせいで危険な目に遭った。私の力がまだ不完全だから、二人は私を庇って傷ついた。


「だったら……!尚更、私が力になった方が良いじゃないですか!私が、月の力で…」


内に秘められた『月の力』はまだ未熟だとしても、もしかしたら何か役に立てるかもしれない。そんな藁にもすがる思いで、私は一葉さんを見つめた。

しかし、一葉さんの返答は私の期待とは真逆のものだった。


「それは違う、羽闇嬢。」


「え…?」


「君が月姫として覚醒しているのは知っています。ですが完全な覚醒には程遠く、月の力を完全に使いこなせているわけではない。現に、絶えずその力に磨きをかけるべく特訓に励んでいる最中でしょう?それに…夜空と華弦は、君を甘やかしすぎている節がある。」


一切の躊躇なく、残酷なまでに現実を突きつけた。彼の瞳は傷つける事を恐れず、まっすぐに私の目を見据えている。


「この際はっきりと言わせて頂きます。今の羽闇嬢では、戦場に出たところで足手まといなだけだ。」


「……っ」


足手まとい。その響きが私の胸に深く突き刺さり、全身から力が抜けていく感覚に襲われる。

このままではまた大切な人を危険に晒してしまうかもしれない――そんな恐怖が胸を締め付けた。

下を向くと、視界がぼやけて目頭が熱くなっていく。

しゅんと縮こまる姿を見た一葉さんは一歩近づくと、そっと私の頭に手を置いた。


「……厳しい事を言ってしまい、申し訳ありません。羽闇嬢、これは君を守る為でもあるのです。君が無闇に危険な場所に身を置かせるのは、僕の選択肢にはありません。何があっても君を守る…それだけは信じて頂きたい。」


私の頭を撫でながら、一葉さんは柔らかく微笑んだ。その表情は責任感に満ちた厳しいものではなく、心の底からの安堵と私への深い気遣いが滲み出ていた。

彼の優しい眼差しに心配そうに見つめ返しながら、唇をきゅっと噛み締めた。

まだ納得いかないという気持ちが渦巻いていたけれど、彼が私を心から案じ、守ろうとしてくれている事は痛い程伝わってきた。

このまま食い下がっても、彼の決意は変わらないだろう。


「……分かりました、私こそ出過ぎた事を言ってしまってごめんなさい。一葉さんがそこまで言うなら私もそれを信じてみます。だけど、無茶だけはしないで下さいね。」


悔しさは残るけれど、今はもう一葉さんを信じてみる他はない。


「ありがとう御座います…羽闇嬢。手早く事態を収めてきますから、安心して待っていて下さい。」

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