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第89話【敵意と結界-禍魂終哉Side-】

口の中で弄んでいた棒付きキャンディを口から出すと、ペロリと舌先で残った甘みを拭う。


「……ったく、月姫め。厄介な場所に来やがったな。」


俺は死角となる角に身を潜め、巨大な屋敷を観察している。

それは一葉の本家――結界術を継承する一族の本拠地だ。

月光邸から月姫と一葉舞久蕗を尾行していたものの、デパートでまんまと奴等の姿を見失いかけた時は本気でキレそうになった。あの小賢しい男はわざと裏口からデパートを通り抜け、人混みに紛れ込んで月姫を隠しながら移動したに違いない。だが、この俺の鋭い嗅覚と直感は奴等の移動方向を正確に捉えていた。


「フン…月姫に選ばれるまで平凡な生活を送っていた女がいきなり婚約者候補の実家で過ごすたぁ、随分と豪勢な真似をしてんじゃねーかよ。…まぁ、せいぜい今のうちに楽しんでおくんだな、月姫さんよ。もうすぐお前の平和は終わりを告げるんだからな。」


口角を歪め、俺は薄く笑った。狙った獲物は絶対に逃がさない。

だが、この一葉本家は俺の予想を遥かに上回る堅牢さを誇っていた。屋敷全体から放たれる威圧感こそ、その強固な防御の証だった。 一歩、また一歩と近づく度に肌がピリピリと痺れていく。

目には見えないが、この先へ進めば()()が俺の侵入を拒む予感がしてならない。一葉家が誇る結界――特殊な術式で張り巡らされた防御壁か。


「へぇ……大したもんだ。これだけのモンを張ってやがるたぁな。こりゃあ触れただけで灰になるかもしれねーな?」


それに、周囲にも警戒すべき気配があった。屋敷の敷地の要所要所には、紺色の着物を身に纏った複数人の男達が微動だにせず立っている。この屋敷の守護を務める警備隊だろうか?

俺は頭の中でシミュレーションを始める。

一葉家は結界術に最も秀でた一族。特に本家ともなると、並大抵の結界ではない筈だ。もし迂闊にこの結界に触れれば、身体に直接的な影響がなかったとしても間違いなく一葉の連中に察知され、大勢で俺に襲い掛かってくるだろう。


「…馬鹿な真似は出来ねーな。こっちは単独行動だぞ。」


結界にも、一葉家にも気付かれずに侵入する方法…。そんな事を考えていると、不意に背後から声が掛けられた。


「あの……」


「…っ!」


唐突な声に俺はピクリと肩を揺らした。すぐに平静を装い、ゆっくりと振り返る。

そこには一葉家の連中と同じ紺色の着物を身に纏った青年が立っていた。小さな紙袋を手にしているところを見ると、何か買い物の帰りらしい。

一葉本家へ戻る途中で、不審な俺の姿に気づき、警戒するように様子を伺っていたのだろう。男性は、俺の不機嫌そうな視線に一瞬怯んだように見えたが、すぐに気を取り直して言葉を続けた。


「突然お声掛けをしてすみません、先程からずっとあのお屋敷を見ていらしたので。一葉家に何かご用ですか?」


「……チッ。」


このタイミングで使用人に見つかってしまい、俺は思わず舌打ちを漏らした。


「私は一葉家の使用人の者です。何かお困りでしたら、お力になれるかと。」


「困り事ねぇ…嗚呼、困ってるさ。この厳重な結界にな…!」


俺は一歩、使用人へと詰め寄った。奴はその場でピクリと体を固くする。


「えっと、仰る意味が分かりかねます…。」


とぼけるつもりなのか使用人は言葉を濁す。

こいつ、妙に警戒心が強い。


「しらばっくれるなよ。そんな演技、俺には通用しねえ。それに、お前の顔色はそうは言ってねーぜ?」


「な、何を…」


挑発する様に告げると、使用人の顔色がさっと青ざめる。やはり図星か。

目の前の男の額にはうっすらと汗が滲んでおり、嘘をついているのは明白だった。


「なあ…教えてくれよ、お前等が張っている結界の秘密をさ。」


使用人は後ずさり、背中を屋敷の壁にぶつけた。こういう小物程、揺さぶりを掛けると面白い反応を見せてくれる。


「…し、知りません!私は何も知りません!」


「そうかよ?じゃあ、試してみるとしようや。お前の口がどれだけ固いのかをな。」


俺は嘲る様に告げて、右手を自分の胸ポケットへと伸ばした。使用人の顔から血の気が引いていくのが見えた。


「…あ、貴方は一体、何者ですっ…!?」


「俺か?…俺は只の、月姫を迎えに来た客人だよ。早速歓迎はしてくれねえみてーだけどな?」


取り出したのは碧色の水晶玉だ。手のひらに収まる大きさのそれは中で光を放った瞬間、音もなく大鎌の姿へと変化した。

大鎌の冷たい切っ先を、使用人の喉元に近づける。


「ひっ……!」


使用人の喉から、蛙が潰れた様な悲鳴が漏れた。体は震え、目を見開いて硬直している。

こんな小物、いちいち脅す必要もねぇんだがな。時間も惜しい。


「お前にやって貰いてえ事がある…とっとと結界を解除しろ。そうすりゃあ、命だけは助けてやるよ。」


俺は冷徹な笑みを浮かべながら、切っ先を奴の喉にほんの僅か食い込ませる。皮膚が薄く切れ、一筋の血が滲むのが見えた。

怯える顔は、俺を更に高揚させた。


「む、無理で御座います…!結界は、私の様な末端の者が解除出来るものでは……っ!」


使用人は震える声で必死に答える。右手には、いつの間にか単葉の形をした神符が握られていた。いざという時の護身用か。

だが、そんな紙切れ一枚でこの俺を止められるとでも思っているのか?笑わせるな。


「やっぱ知ってんじゃねーか。じゃあつまり、従わねえってわけだな?」


俺はそう問い掛けると素早く鎌を引き抜き、そのまま使用人の背後に回り込む。

そしてザシュッ、と奴の背中を斬り裂いた音が響き渡った。


「…なら、てめぇみてーな役立たずに用はねえ。」


「ぐっ……あ、あ……!」


使用人の背中からは鮮血が噴き出し、紺色の着物が赤黒く染まっていく。

何が起こったのか理解する間もなく、使用人は地面へと倒れ込んだ。


「……つまんね。」


俺は倒れた使用人を見下ろす。このまま放置しておけば、出血多量で死ぬだろうな。

結界が動いた様子はない。この男の言う通り、末端の人間が結界術に関わっているわけではないらしい。となると、結界を張っているのは敷地の要所に立つあの警備隊員達なのか?それとも、屋敷の奥にいる術者か?いずれにせよ、こいつを倒しても意味がなかった。


「チッ…貴重な時間を費やしやがって!最悪な気分だぜ。」


腹立たしさに任せてキャンディを再び口に放り込むと、ガリガリと音を立てて噛み砕く。

情報も得ないまま正面から結界を強行突破するのはリスクが高すぎる。


「仕方ねえ、最終手段だ。」


俺は腰に下げていた無線機を取り出した。面倒だが、自分の部下を使って囮になって貰うしかなさそうだ。駒は幾らでもいる。


「俺だ。三人でいい…場所を指定するから十分以内に来い。」


淡々と言い渡すと無線機を切る。

月姫…必ずお前を埜唖様に引き渡し、彼への忠誠心を証明する。そして、副リーダーの座は俺が貰う。

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