第55話【傷痕と組織の影】
差し込む午後の日差しは穏やかで、消毒液の匂いの中に微かに甘い果物の香りが漂う。
落ち着きを取り戻した鳳鞠君は、ベッドの傍らに少しだけしょんぼりとした様子で立っている。
夜空君は先程置いてくれたフルーツバスケットの横で穏やかに微笑み、碓氷さんは腕組みをしたまま真剣な眼差しで華弦の顔を見つめ続けていた。壱月も部屋の隅で背筋を伸ばして静かに控えている。
「藤鷹。身体の調子はどうだ?」
静かに見守っていた碓氷さんが口を開いた。華弦はその問い掛けにニコリと微笑む。
「ん〜?見ての通りさ、みこ君。まだ力の副作用で身体が中々動かなくてねぇ…。傷口もすっごく痛いし。」
そう言って、包帯の巻かれた腕を少しだけ持ち上げてみせた。
「でも、命に別状はないみたいだから安心してよ♪一時はどうなるかと思ったけど何とか無事…ってとこかな。」
「…そうか。」
彼の言葉に碓氷さんからほっとした息が漏れる。
鳳鞠君が鼻を啜り「良かったぁ…!」と呟くと、夜空君も「うん、そうだね。」と深く頷いた。
そんな彼等の様子を見回した後、ふと、部屋にいない人物に気付いた。
「あれれ?そういやさ…一葉君がいないみたいだけどどうしたんだい?」
「あ、一葉さんはね。急ぎの用事があるらしくて、今は来られないみたいなんだ。でも、後で改めてお見舞いに来るってさっき言っていたよ。…彼も藤鷹君の事凄く心配してたよ。」
「…そっか。ん、了解♪」
「羽闇ちゃんも、昨夜は怖い思いをしたよね…。怪我はなかった?」
夜空君はそう言いながら、私の頭にそっと手を置いた。
「あ…ありがとう、夜空君。私は大丈夫だよ、華弦が命懸けで守ってくれたから。」
私や華弦の無事を喜んでくれているのは嬉しいけれど、皆はまだ昨夜の私達が経験した事のほんの一端しか知らない筈。
華弦が敵に襲われて毒を受けたという断片的な情報だけが屋敷内を駆け巡ったのだと思う。
沈黙の後、夜空君が皆の気持ちを代弁する様にぽつりと言葉にした。
「…ねぇ。藤鷹君、羽闇ちゃん。その件なんだけど…実は僕達、詳しい事まではまだ聞かされてないんだ。」
隣に立つ鳳鞠君と碓氷さんが小さく頷く。
「藤鷹、羽闇。もし差し支えなければ、何があったのか俺達にも詳しく聞かせて貰えないだろうか?」
華弦が私に視線を送ってきたので、応えるように頷くと彼は昨夜の出来事を話し始める覚悟を決めた。
「…そうだね。今後、君達にも危険が及ぶ可能性は大いにある。だからこそ、ちゃんと話しておいた方がいいかもしれないな。」
少しだけ間を置いてから、華弦は一つ一つ確かめるように言葉を選びながら話し始めた。
「実は昨夜…羽闇ちゃんとのディナーデートが終わった後、萱君からの迎えの車を待っていた時に…敵に襲撃されたんだ。」
「そうなの…本当に、突然の事で…。壱月を待っていたら、急に襲い掛かってきて…。」
「今回の敵は、夜啼艶っていう名の女性だ。案の定、羽闇ちゃんを狙ってきた。…それだけじゃない、初めから僕を殺す事も目的としていたみたいなんだ。」
敵の名前とその目的をはっきりと告げた瞬間、医務室に再び緊張が走る。
「夜啼艶…!?」
「最初から藤鷹を殺す目的で…!?」
「羽闇だけでなく今度は華弦まで標的にされたっていうのかよ…!?」
「その子は…凄く強かったよ。特に、毒を使った攻撃が恐ろしくてね。」
華弦は敵の能力について言及した。毒という言葉に、皆の顔に動揺が走る。
「毒使い…。それで藤鷹君が…!」
「うん…。その毒は身体の自由を奪う強力なもので…それを華弦に食らわせて…。」
「もう一つ分かった事がある。よぞらん。」
華弦はそう言って、夜空君に視線を向けた。
「前に君と戦った相手…宵闇麗夢って女の子は赤錆色の刃の大鎌を武器にしていたんだったよね?…実は、艶ちゃんも大鎌を武器としていてね。若紫色の刃で…不気味な光を放っていたよ。多分、あの武器は宵闇麗夢や艶ちゃんが所属している組織の特徴みたいなものじゃないかな…。それに『麗夢は仲間』って彼女自身が言っていたしね。」
「っ…!」
戦闘中に艶自身が語った決定的な事実を伝える華弦に、夜空君の表情が更に引き締まった。
第55話お読み頂きありがとう御座います!
今回は華弦と羽闇が、何も知らされていなかった婚約者候補達に昨夜の襲撃事件明かす重要な回となりました。
毒使いの敵・夜啼艶、そして彼女が口にした『組織』の存在。物語は更に深く動いていきます!
次回もお楽しみに!




