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第43話【闇に囁く野望-昏冥宮埜唖Side-】

「それで、お兄様。まんまと月姫に近づけたのは良いけれど…これからどうするおつもり?」


妖蝶姫は退屈そうに長い睫毛を伏せ、赤い口紅の塗られた唇を僅かに歪めながら私に問いを投げかけてきた。


「焦るな、妖蝶姫。せっかくの晩餐だ…邪魔をするのは粋じゃないだろう?」


私は低い声で答えた。先程まで私達を照らしていたレストランの温かい光とは打って変わり、今は夜の闇だけが辺りを包んでいる。しかし、今宵の獲物が男とまだあの店内で親密な時間を過ごしている気配がする。その隙を窺い、静かに近づくのが私の流儀だ。


「どうせならあのディナーが終わった頃合いを見計らって、連中の足元を掬ってやろうと考えているところだ。」


指先で冷たい夜の空気を弄びながら、私は密かに計画を練っていた。警戒心の薄い獲物は油断している隙に狩るのが最も効率的だ。


「以前、月姫を捕らえろと命じたはずの麗夢は全く以て役立たずだったからな。次にどの駒を使うべきか…」


過去の失態が蘇り、私は小さく舌打ちをした。私の部下である麗夢は、星の力を宿す男には勝てても月姫の力には遠く及ばなかった。情けない限りだ。


「あらあら、また麗夢の話?本当にアレはお兄様の計画の汚点だったわね。随分と調子に乗っていた癖に月姫にあっさり負けて戻ってくるなんて、一体何をやっていたのかしら…。お兄様の見る目も曇ったって事よね。」


退屈を持て余していた妖蝶姫は何気なく赤く塗られた爪先を眺める。その鮮やかな赤色が彼女の沈んだ気持ちを明るくしたのか、楽しげな声が漏れた。


「婚約者候補も婚約者候補だ…月光家に選ばれておいて所詮はその程度。星宮夜空は星の力を持ちながら、麗夢に敗れたのだから推して知れる。月姫の婚約者候補兼、護衛としては余りにも頼りない。」


「でも、藤鷹華弦には少しばかり注意が必要よ…お兄様。情報筋によると、あの男もまた隠された強い力を持っているらしいじゃない。」


妖蝶姫の言葉に私は僅かに眉をひそめた。彼女が警戒するとは珍しい。


「その程度の情報は既に把握済みだ。だが、お前がそこまで言うからには何か特別な情報でもあるのか?」


「いえ…そういうわけではないけれど。只、あの男には何か尋常じゃない力を感じるというか…」


憂いを帯びた瞳で夜空の一点を見つめながら、妖蝶姫はそう呟いた。その言葉には単なる警戒というよりも深い懸念の様なものが滲んでいた。


(えん)。」


背後から夜の静寂を切り裂く様に、確かな重みを持って私は部下の名を呼ぶ。先程までの妖艶な笑みを妖蝶姫は既に消し去り、只々冷たい夜風が彼女の長い髪を揺らしていた。

やがて、暗闇の奥から一人の女性がゆっくりと姿を現した。深い鉄紺色のライダースーツが彼女のしなやかな肢体を包んでおり、金属製のジッパーが鈍く光を反射している。


「…埜唖様、お呼びでしょうか。夜啼(よなき) (えん)、只今参りました。」


艶の大人の色気を孕んだ艶やかな声が、夜の静けさに溶け込む様に響く。長く伸ばされた海老茶色の前髪は左右に美しく分けられ、知的な印象を与える。後ろ髪は頭頂部できちんと纏められ、すっきりとした首筋が露わになっている。瑠璃紺色の瞳は敬愛する主の姿を静かに捉え、その言葉を待つように注がれている。そして、唇の端に光る小さな黒子がその端正な顔立ちに妖艶な魅力を添えていた。


「艶よ、お前に重大な命を下す。」


「は。何なりとご命令を。」


私は、静かに佇む艶の姿を冷たい眼で見下ろす。その装いは、彼女の能力への信頼を裏付ける様だ。今宵の計画の核心であり、私の野望実現の為の重要な一手となる。失敗は許されない。その重圧をこの有能な部下は理解しているだろう。


「月光羽闇を捕らえろ。そして…藤鷹華弦を殺せ。」


明確な言葉で私は二つの命令を下した。羽闇を生きたまま捕らえる事。そして、邪魔な藤鷹華弦を確実に排除する事。二つの目標は異なるが、どちらも私の計画には不可欠だ。特に、藤鷹華弦の存在は予期せぬ障害となる可能性がある。妖蝶姫の警戒も考慮すれば、此処で確実に排除しておく必要がある。私の声には、命令の絶対性と失敗に対する苛立ちが僅かに滲んだ。


「はっ。貴方様のお心のままに、埜唖様。」


艶の耳朶をくすぐる様な甘美な響きを帯びた声が静かに応じた。高いブーツのヒールが石の路面を僅かに叩く音が聞こえた。深々と頭を深く下げたその姿は、絶対的な服従の象徴だ。この部下ならば私の期待に応えてくれるだろう。そして、まるで夜の闇に吸い込まれたかの様に音もなく、艶はその場から姿を消した。


「ふふ、艶なら問題ないわね…ああ見えて中々腕が立つもの。きっとお兄様の期待に応えてくれるわよ。」


妖蝶姫は確信した笑みを浮かべながらそう言った。


「(…そうだと良いのだが。)」


夜の静寂は、思考を深めるには都合が良い。艶の腕は確かだが、相手もまた一筋縄ではいかないだろう。藤鷹華弦…その隠された力がほんの僅かな懸念としてこの胸に残る。


「…そういえば、お兄様。()()()はいつ頃戻ってくるのかしら?」


妖蝶姫は、ふと思い出した様に物憂げな表情でそう問いかけた。あの方―彼女がそう呼ぶ()()()の帰りをずっと心待ちにしているのは明らかだった。


「ああ、アイツの事か。月光家の奥深くまで潜入しているのだ…そう簡単には戻ってこられない。まだ暫く、帰還を待つ事になるだろうな。だが今は艶の働きに期待する方が賢明だ。」


私は妖蝶姫の焦燥を軽くあしらいながら冷淡に答えた。アイツの任務は機密性が高く、時間が掛かるのは当然だ。妖蝶姫の個人的な感情に付き合っている暇はない。


「そう…まだ、そんなに時間が掛かるのね…。」


妖蝶姫は落胆の色を隠せない声で呟いた。その瞳には、待ち人への切ない想いが滲んでいる。


「だからこそ、立ち止まっている暇はないのだぞ…妖蝶姫よ。今は艶がもたらすであろう成果を確実なものとし、計画を円滑に進めるのだ。それが、アイツとの再会を早める唯一の道だという事を忘れるな。」


ハッとした様に顔を上げた妖蝶姫。その瞳からは先程までの落胆の色は消え、代わりに断固たる決意が宿っていた。


「ええ…分かっていますわ、お兄様。あの方の為にも、私が此処で無益な事をしているわけにはいきませんわね。」


私は、妖蝶姫の決意を冷たいながらも僅かに安心した眼差しで見つめた。彼女の強い思い入れは時に危ういものだが、今日はこの目的の為にも彼女を少しばかり促す必要があるだろう。大切な妹の願いを叶える事もまた、私の願いでもある。


「(羽闇よ…お前はこの偉大な計画の礎となると共に、この埜唖の腕に抱かれる事になるのだ。その清らかな血と月の力、そして何よりも…美しい花嫁をこの手に入れる瞬間が待ち遠しい…!)」


愚かな月姫は、間もなく私の掌中に落ちる。そして、邪魔な男はこの世界から永遠に消え去るだろう。私の計画は着実に、そして冷酷に進行している。

第43話をお読み頂き、ありがとう御座います。

今回も再び埜唖視点でお届けしました!彼の歪んだ野望と冷酷な命令、華弦への明確な敵意が描かれましたね。妖蝶姫が言及した『あの方』の存在も気になるところです…!

そして新たなキャラクター・夜啼艶の登場。彼女の活躍にも今後注目です!

次回もお楽しみに!

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