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月の婚約者〜私の運命の相手は誰?〜  作者: 紫桜みなと
4章

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第36話【デート前のざわめき】

謹慎中の日々を送る中、私は有栖川さんの熱心な指導を受けながら月姫としての特訓に励んでいた。

数日前までの辛すぎる鍛錬が嘘と思える程に今日は身体が軽く、歌のコントロールも幾分かスムーズになった気がした。隅で静かに見守る壱月の瞳が、私の動きを念入りに捉えているのを感じる。彼の存在は空気の様に自然で特訓に集中させてくれる。


「羽闇さん、今日はここまでとしましょう。…大分、成果が出てきてるわよ。」


「本当ですか!?良かったです!」


激しい特訓を終え、その力が徐々に身体から抜けていくのを感じる。月姫の鮮やかな衣装が解け、見慣れたトレーニングウェアの姿へと戻っていく。汗を拭う私に有栖川さんが薄く微笑んだ。彼女のくれる言葉が自信を失いかけていた私の胸に温かい光を灯してくれる。


「お疲れ様で御座います、羽闇様。激しい運動の後ですのでお身体が冷えませぬよう、汗をお拭きになって下さい。」


「ありがとう、壱月!」


いつの間にか私のすぐそばに壱月が立っており、丁寧に折り畳まれた上質な肌触りのタオルが差し出される。私は受け取ったタオルで額や首筋の汗を優しく拭う。

明日で長かった謹慎期間も終わる。ようやくいつもの日常が戻ってくると思うと、胸の奥がほんの少しだけ軽くなった。その時、特訓ルームの扉が開き、眩しい笑顔と共に華弦が現れた。


「やっほー!羽闇ちゃーん♪」


「華弦…!」


笑顔を浮かべた華弦が私の名前を呼ぶと同時に、勢いよく抱きついてきた。彼がこんな場所に来るなんて珍しい。華弦の温もりに包まれると、ふっと体の力が抜けていく。

その様子を静かに見ていた有栖川さんに気付いた華弦は、満面の笑みで彼女にも声を掛ける。


「楽夢音ちゃん、久し振り。今日も一段と見惚れちゃう程綺麗だね♪」


「久し振りね、藤鷹。…相変わらずチャラついた男だこと。」


「(二人共、知り合いだったんだ…。)」


有栖川さんは華弦の熱のこもった挨拶とは対照的にひんやりとした静けさを帯びた返事を返す。けれどその口元には微かな笑みが浮かんでおり、本当に呆れているのか、それとも彼のいつもの調子を少しだけ楽しんでいるのか…私にはまだよく分からなかった。


「ふふっ…楽夢音ちゃんのそういう素っ気ないところ、何だか可愛らしいよねぇ♪」


華弦は有栖川さんの冷たい言葉など全く気にしていない様子で、楽しそうに笑っている。


「ねぇ…華弦。何か用があって此処に来たんじゃ…?」


私の問い掛けに華弦はきょとんとした表情を見せるが、すぐにいつもの笑顔に戻り、抱きしめていた腕を少しだけ強くした。


「勿論そうだよ。実はね、僕達の大切なデートについての最終確認をしておきたくて来たんだ。」


デートという言葉に私の頬がほんのり熱くなるのを感じた。その為にこうしてわざわざ会いに来てくれたんだと思うと、何だか胸が温かくなる。


「デートは明後日の十八時。それと、隣街で一番高級なレストラン『フルール・ド・リュンヌ』を予約したのは覚えているよね?」


「うん。」


耳元で囁かれる華弦の声に、私はこくりと頷いた。彼が以前、夜景が綺麗でとびきり美味しい料理が楽しめるお店だと嬉しそうに教えてくれた時の事を思い出す。


「今回の場所はあのレストラン。そう、ディナーデートだよ。それでね…当日羽闇ちゃんに是非着てほしいと思って、とっておきのドレスを用意したんだ。」


楽しそうに目を細める華弦は、私を抱きしめたまま少しだけ体を揺らす。その表情は秘密を知っている子供の様にわくわくとした期待に満ちている。


「あのね…華弦。私の為にドレスを用意してくれるのは本当に嬉しいんだけど、そんなに色々して貰うのは何だか申し訳ないっていうか…。」


少し遠慮がちにそう言うと、華弦は優しい眼差しを向けた。


「何を言ってるんだい、羽闇ちゃん。君が喜んでくれる顔を見るのが僕にとっては何よりの喜びなんだ。羽闇ちゃんの美しさを引き立てる素敵なものを贈りたいと思うのは当然さ。それにね、僕が君に何かしてあげたいと思うのは純粋に僕の気持ちなんだよ。だからそんなに遠慮しないで?むしろ、素直に喜んでくれた方が僕は嬉しいな♪」


華弦は熱烈にそう言いながら私の手をそっと握った。その指先は温かくて、少しだけドキッとする。

私が思っているよりも華弦はずっと私を大切に思ってくれているのかもしれない。


「うん…ありがとう、華弦。」


素直に感謝の気持ちを伝えると、華弦は満足そうに微笑んだ。そして、抱きしめていた腕を少し緩めて私の肩に手を置いた。夜景の見えるレストランでのデート。想像しただけで胸が高鳴る。

そんな私の隣に静かに佇んでいる壱月の存在に気づいた華弦は、わざとらしく皮肉を込めた声を上げた。


「あれー?萱君、いたんだ?君って本当に影が薄いよね、全然分からなかった。ま、どうでもいいんだけどさ。明後日の羽闇ちゃんとのデートだけど、彼女のドレスや装飾品は全てこの僕がスペシャルなものを用意するから、くれぐれも君は余計な真似はしないでね? 君の地味なセンスが、僕の可愛い羽闇ちゃんの美しさを台無しにしたら僕は悲しいなぁ。」


その言葉は華弦の笑顔とは裏腹に、隠しきれない悪意と壱月の存在そのものを嘲笑する冷たさに満ちていた。何故、華弦は壱月に対してだけ意地の悪い言い方をするのだろう。

ほんの僅かに壱月の整った眉が怒りを押し殺す様にひそめられた。しかし、その表情はすぐにいつもの静けさに戻り、深く頭を下げた。


「…承知致しました。」


いつもと変わらず穏やかで完璧な従者としての響きを湛えている壱月の声。その奥底に冷たい炎が激しく燃え盛っていると感じたのは、やっぱり私の気のせいではないはずだ。華弦の容赦ない挑発を目の当たりにした有栖川さんも明らかに不快感を露わにし、深く眉をひそめながら二人のやり取りを静かに見守っていた。

華弦は満足そうに、そして何処か悪戯っぽく微笑むと私の額にちゅっと軽くキスを落とした。


「じゃあ、羽闇ちゃん。明後日のデート、楽しみにしてるからね♪」


そう言って、華弦はひらひらと手を振りながら軽い足取りで特訓ルームを出て行った。

後に残された私と壱月の間には先程までの和やかさとは一転して、冷たい沈黙が漂っていた。私は華弦の最後の笑顔が何だか酷く引っ掛かっている気がした。有栖川さんは険しい表情で腕を組み、何か深刻な事を考えている様子だった。その場はさっきまでの特訓の後の爽やかさとはかけ離れ、重苦しい静けさに包まれていた。

第36話お読み頂きありがとう御座います!

華弦とのデート企画と、彼が壱月へわざと放った挑発的な言葉。彼の真意は一体?

華弦と有栖川さんのユニークなやり取りも見どころです。

次回もお楽しみに!

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