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第35話【積極的な甘さ】

※このエピソードには、性的なニュアンスを含むと捉えられる可能性のある描写が含まれています(R15程度)。

直接的な性的描写は御座いませんが、苦手な方はご注意下さい。

華弦の言葉が私の胸に小さな波紋を広げる。

私の考えを否定した、少し冷たい響き。『優秀な執事様』という言い方もそうだ。華弦はいつも壱月の事をそんな風に呼んでいただろうか?彼は一体何を言いたいんだろう?それが何なのか、まだ何も理解出来ていない私は只々戸惑うばかりだった。


「壱月はそんなつもりはないと思うけど…。さっき入浴を手伝って貰った時だって『邪な考えは持っていない』って言ってたし…。」


声に出した途端、彼の穏やかな横顔が鮮明に蘇った。湯気に包まれた湯殿で真剣に私を支えてくれた壱月。彼の瞳には主を案じる誠実さしか宿っていなかったと、私は信じたい。その温もりはまだ私の奥底にじんわりと残っていて、彼の言葉を疑うなど考えたくはなかった。


「あれ?随分と彼を信用しているみたいだね。まぁ、彼はそう言うだろうさ。執事というのは口達者だからねぇ…上手い事を言うのは得意だろう?もしかして、そんな言葉を鵜呑みにする程に彼とお風呂で親密な関係になった…とか?」


彼の放った言葉の意味が分かった瞬間、顔に熱が集まるのを感じた。心臓の鼓動が早くなる。そんな事を言われるなんて思いもせず、胸の奥がキュッと締め付けられる様な恥ずかしい気持ちでいっぱいになる。彼の意地の悪い問い掛けに頭の中が真っ白になり、どう反応するのが正解なのか全く分からなくなってしまう。


「んなわけないでしょ!どうやったらそんな考えに辿り着くのよ…!壱月は只の執事!主と従者の間にそんな親密な関係なんてあるわけないでしょ!」


私は熱に浮かされた様に早口で言葉を紡いだ。顔の火照りは増すばかりで、彼の探るような視線から逃れたくて無意識に身を引いてしまう。心臓はまだドキドキと騒がしく、頭の中は言い訳に聞こえる言葉でいっぱいになって上手く纏まらない。壱月は只、執事として親切にしてくれただけだというのに華弦は何故そんな事を言うのだろう?彼の意地の悪い想像に、恥ずかしさだけでなく反発心までもが湧き上がってくる。


「ハハッ、そっかそっか!どうやら僕の考えすぎだったみたいで安心したよ…世の中、油断大敵って言うしね♪でも、君の周りには色々な思惑を持った人間がいるかもしれないから今後は気をつけるに越したことはないよ。」


そう言って軽く笑っているけれど、華弦の瞳の奥にほんの僅かに影が宿っているのを見逃さなかった。本当に安心したのだろうか?それとも私の反応を試していただけなのだろうか?彼の言葉の真意を測りかねて、私は少しだけ首を傾げた。


「…分かった、心配してくれてありがとう。確かに私って鈍感なところあるから肝に銘じておくわ。」


私は華弦は単純に心配してくれているのだと思う事にして、頷きながら答えた。そう思わなければ、彼の言葉の裏にあるかもしれない別の意味を考えてしまいそうで少し怖かった。自分の鈍感さは自覚している、だからこそ彼の忠告は素直に受け止めるべきなのだろう。でも、一体誰に気を付ければいいのだろうか?その疑問は喉元まで出かかったけれど、今は言葉にするのをやめておいた。華弦の表情は、既に穏やかなものへと戻っている。きっと私の考えすぎなのだろうとそう思うように努めた。


「そうしてくれると助かるよ♪…こう見えて僕はいつも羽闇ちゃんの事を心配しているんだよ?だから…」


華弦はそこで言葉を区切ると、私を見つめる空気が変わった。甘い愛情と同時に、決して揺るがない独占欲が彼の周りを濃密に包み込んでいる。


「…だから、君の身に何があっても一番に駆けつけられる場所にいたいんだ。君の小さな溜め息一つで僕の心は大きく揺れるんだから。」


その瞬間、私の胸がドキリと高鳴った。華弦の声は甘く、それでいて切実で、私の心を揺さぶった。


「…華弦。」


彼の名前を呼ぶのが精一杯で、その熱い眼差しから目が離せない。


「…ねぇ、羽闇ちゃん。近々、二人で何処かへ出掛けないかい?少しだけ時間を作れたんだ。さっき話した大事な話っていうのは、君への…デートのお誘いさ。」


華弦はそう言いながら私の手をそっと握った。その手は心地よく、その温もりに触れていると胸の奥がほんの少しだけ緩んだ気がした。


「…うん。」


小さく頷くのが精一杯だった、彼の眼差しに思わず目を逸らしそうになる。それでも、彼の温かい手にそっと自分の手を重ねた。その瞬間、甘い予感と同時に心臓が微かに痺れる様な緊張が走った。さっきまで少し冷たかった彼の口元がふっと緩んで、嘘みたいに優しい笑顔を見せる。その笑顔に私は少しだけ安堵した。


「良かった、前はまりりんに先を越されてしまったからね。ようやく君とデートが出来そうで嬉しいな♪」


彼はそう言い、私の手を握る力を少し強めた。その温もりが私の心をじんわりと温めていく。


「あ…でも私、今謹慎中だから暫くは…。」


「アハハ、知ってる♪焦らなくても大丈夫だよ。むしろ、その数日があるからこそ僕たちはもっと特別な時間を計画出来るんじゃないか?ね、羽闇ちゃん?」


彼はそう言うと、私の手の甲に優しく唇を寄せた。その時、ふと視界の端にテーブルの隅に置かれたままの壱月の手帳が映った。いつも肌身離さず持っているはずのそれが何故こんな所に?入浴の支度をする前にうっかり置いてしまったのだろうか。


「(壱月の手帳…珍しいな。)」


目の前には甘い言葉を囁く華弦がいるのに私の意識は、いつも静かに佇む壱月の存在へと引き寄せられてしまう。華弦の熱烈な独占欲と、壱月の控えめながらも確かな眼差し。二つの異なる引力の間で私の心は静かに、しかし確実に揺れ始めていた。


「ねぇ、羽闇ちゃん。どんなデートにしたい?僕に君の希望を教えてよ。君が望む場所へ、どんな我儘でも叶えてあげる♪」


華弦の声が再び私を現実へと引き戻す。彼の瞳は真剣そのもので、私への期待に輝いていた。


「そうだね…まだ、何も考えられないけれど…。」


戸惑いを隠せないまま、私はそう答えた。華弦の積極的なアプローチに心が追い付かない。


「ふむ…それもそうだね。なら、僕がいくつか提案しても良いかな?君が喜んでくれる様な、とっておきのプランをいくつか考えてきたんだ。」


そう言って、華弦は私の手を握る力を少し強めると身を乗り出した。彼の瞳は熱を帯び、私だけを見つめている。その積極的な姿勢に私は内心圧倒されていた。


「(華弦は、本当に…積極的だな。)」


華弦の甘い声が私の耳元でプランの詳細を語り始める。彼はきっとこの時間をずっと楽しみにしていたのだろう。彼の熱意は伝わってくるのに、何故か私の心は彼の言葉をちゃんと受け止められない。


「(壱月は今頃、何をしているのかな…?)」


私の心の片隅では、先程『仕事がある』と言って部屋を出て行った壱月の様子が少し引っ掛かっていた。


「羽闇ちゃん、どうかした?」


私の上の空の様子を察したのか、華弦が少し心配そうに私の顔を覗き込んできた。彼の声にハッと我に返った私は慌てて顔を上げる。


「あ…!ごめん…少しボーッとしていたみたい。そういえば華弦、さっき一葉さんが貴方を訪ねて来てたけど会えた?」


「一葉君が?此処に来てたんだ?…うーん、残念ながら僕は会えてないな。どうやらすれ違いになったみたいだね…恐らく、()()()についての用件だろうな。」


一瞬、華弦が目を伏せて何かを考える様な表情を浮かべる。そして小さくそう呟いたが、私には何を言っているのかよく分からなかった。


「あの件…?何かあったの?」


「ん?いやいや、気にしないで。大した事じゃないからさ♪」


「そ、そう…?」


彼の含みのある言い方が気になり、私は首を傾げて尋ね返した。だが華弦はそう言うと、話題を遮る意図を示し軽く手を振った。それから少し間を置いてから何処か遠慮がちな声音で言った。


「それよりも…僕が考えてきたデートプラン、つまらなかったかな…?」


「(いけない…!)」


彼の声にはほんの僅かな寂しさが滲んでいる様に聞こえ、私の心はチクリと痛んだ。

彼の努力を無下にする真似はしたくないのに。私は慌てて首を横に振った。


「そんなんじゃないよ。華弦が考えてくれたプラン、どれも素敵だなって思ってる。只…何だか、急に眠くなってきちゃったみたいで。せっかく色々と考えてくれてるのにごめんね。」


それは真実ではない。本当は壱月の事が頭から離れなくて、目の前の華弦に集中出来ずにいるだけなのだ。彼の純粋な好意をちゃんと受け止められない自分が少しだけ情けなくなった。


「そっか、今日は疲れているのかもしれないね。プランの事はいつでも話せるから無理しないで。」


華弦は少しだけ残念そうに微笑むと、私の頭に手を置いた。彼の優しい言葉が今の私の嘘を責めている様に感じて、心が重くなった。

第35話お読み頂きありがとう御座います!

華弦の直球な愛情と羽闇を巡る彼の独占欲。そして、華弦との甘い時間の中で壱月の存在がちらつく羽闇の心を描きました。

華弦が口にした『あの件』というのも気になるところですね。

次回もお楽しみに!

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