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第32話【訪問者の思惑】

部屋に戻ると華弦が椅子に深く腰掛けており、手にしたティーカップの紅茶を優雅に口に運んでいた。


「やぁ、羽闇ちゃん♪こんな所で会うなんて、まるで運命みたいだね。」


「…あのね、運命も何も一応私の部屋なんだけど…!?っていうか華弦はどうして此処に…?」


私は少し戸惑いながらも苦笑いを浮かべて尋ねる。そもそも、華弦が予告もなしに私の部屋にいる事自体が私を困惑させていた。


「君の顔が見たくなってね♪僕、ずっとここで羽闇ちゃんを待ってたんだよ?でも中々帰って来ないから少し心配になっちゃった。」


華弦は両肩を軽くすくめ、微笑んだ。その仕草は全てを掌握しているかの様な余裕を感じさせる。


「ご、ごめんね。長く待たせちゃったみたいで。」


「大丈夫さ、羽闇ちゃんの部屋にいるってだけで凄く居心地良かったし♪それにしても随分遅かったけど、羽闇ちゃんはさっきまで何をしていたの?脱衣所の方から君達の声が聞こえてたけど。」


華弦の問いに、私の心臓がドクリと跳ね上がった。まさか何かを知っているのだろうか。彼の視線がまるで先程の出来事を覗き見ていたかの様に感じ、背中に冷たい汗が伝う。


「…お風呂に入ってたのよ。その、月姫の特訓で…汗が気になって…。」


「そっか。それで、萱君も一緒にいたのかな?まさか一緒にお風呂に―」


華弦の言葉に、更に動揺が広がった。彼の口から壱月の名前まで出るとは思ってもみなかった。


「ち、違う!…何ていうか、その…まだ身体が上手く動かなくて壱月に手伝って貰ったというか…。」


私は顔を赤くしながら視線を逸らし、早口で答える。華弦の視線が真実を暴こうとするかの様にじっと射抜き、私はその場から逃げ出したくなった。華弦は私の言葉を聞くと、ゆっくりと壱月の方へ視線を移した。その瞳には普段の柔和な笑みは消えており、氷の様な冷たい光が宿っている。


「…へぇ、そうなんだ。萱君、羽闇ちゃんのお世話ご苦労様♪女の子の入浴のお手伝い、さぞかし大変だったでしょう?」


華弦の言葉には、皮肉がたっぷりと込められていた。普段の優雅な物腰は消え、冷たいものが滲み出ており、その声は部屋の温度を一気に下げる。

壱月は華弦の言葉に僅かに眉をひそめ、一瞬だけ不快感を露わにしたが、すぐにいつもの無表情に戻り、静かに、しかし毅然とした口調で答えた。


「いえ、当然の務めを果たしたまでです。」


「ふぅん、そう。…羽闇ちゃん♪少しで良いから、萱君を借りても構わないかな?実は彼に話があってね。」


華弦は再び私に視線を戻すと、形だけの笑みを浮かべる。その笑顔は仮面を張り付いた様で私の心に不気味なざわめきをもたらした。


「…そうなの?壱月が良いなら、私は別に構わないけど…。」


「私は特に問題御座いません。」


私が言葉を言い終える前に、壱月が静かに口を開いた。


「決まりだね。じゃあ萱君、少しだけ僕と話そうか♪此処じゃなんだし、場所を変えよう。」


華弦は椅子から立ち上がると私達に背を向けた。その背中には何かを企んでいる、不穏な空気が漂っていた。


「すぐに戻るから、羽闇ちゃんは良い子で待っててね♪」


華弦は部屋を出る前に私にそう言い残し、壱月は彼の後について部屋を出て行った。

部屋には二人分の足音が消え、静寂だけが残った。その静寂は私の心に拭い去れない不安を深く刻み込んだ。


「(華弦と壱月が二人きりでなんて、一体何を話してるんだろう?華弦も何だか機嫌が悪いみたいだったし…。それに、場所を変えるって事は私に知られたくない話…?)」


私は一人テーブルに突っ伏し、先程の会話を何度も頭の中で再生していた。華弦が壱月に何を話すのか全く想像がつかない。私はいてもたってもいられず、部屋の中を何度も往復する。二人の姿を求めて窓の外を凝視したが、見当たらなかった。そして、木々が風に揺れる音だけが静寂を際立たせていた。

その時、ふとテーブルに置かれている華弦が使っていたティーカップが目に入った。まだ温かい紅茶が静かに湯気を立てており、何気なくそのティーカップを手に取ると紅茶の香りに混じって、華弦の香水の微かな香りが私の鼻を掠めた。


「…私ってば、何してるんだか。」


私はティーカップをソーサーに戻し、再び部屋の中を歩き始める。すると、部屋の扉が開く音が聞こえた。二人が戻ってきたのだろうと思い、私は期待と不安が入り混じった気持ちで扉の方を見る。しかし扉から入ってきたのは華弦と壱月ではなく、一葉さんだった。


「一葉さん…!?」


「失礼します、羽闇嬢。華弦はいらっしゃいますか?此処にいると聞いたのですが…。」


「…あ、華弦は今少し席を外していて…。」


私は新たな来訪者に少し戸惑いながらも、一葉さんにそう返した。華弦と壱月が二人きりで何処かへ行ってしまった事をどう説明すればいいのか分からなかった。


「そうですか。因みにどちらへ?」


「それが、私もよく分からないんです。壱月を連れて何処かに行ってしまって。」


「…萱と?」


いつもの涼やかな眼差しを湛えたまま、表情一つ変えずに尋ねてきた一葉さんの問いに私は正直に答える。

すると、彼は僅かに眉をひそめ、何かを考え込んだ様子で静かに沈黙した。


「…そうですか。でしたら、少しだけこの辺りを散策してみましょうか。」


一葉さんはそう言うとすぐに踵を返し、部屋を出て行った。何かを確信している様な迷いのない彼のその素早い行動に私は目を丸くし、只々見送っていた。

32話お読み頂きありがとう御座います!

今回は、華弦と壱月の思わぬやり取りがありましたね。

二人きりになった彼らが何処で何を話すのか?そして羽闇の部屋を訪れた一葉さんの登場が、物語にどう影響するのか。

次回もお楽しみに!

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