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第30話【湯煙に揺れる心】

※このエピソードには、性的なニュアンスを含むと捉えられる可能性のある描写が含まれています(R15程度)。

直接的な性的描写は御座いませんが、苦手な方はご注意下さい。

壱月の腕に抱えられたまま浴室へと運ばれた。湯気が立ち込め、視界がぼやける。やがて、壱月の腕の中からゆっくりと体が離れていき、冷たい床に足が触れた。目の前に置かれた椅子にそっと座らせて貰うと、壱月はシャワーを手に取って温度を確かめるように指先で湯を掬う。私は彼の横顔から目が離せない。彼は今何を考えているのだろうか。彼の横顔を見つめていると、徐々に髪や身体を濡らされていくのを感じた。


「…では失礼して、お身体を洗わせて頂きますね。」


壱月はそう言うと、私の体を洗い始めた。温かい湯が肌を伝い、彼の指先が優しく背中をなぞる。普段は自分で洗う身体を他人に洗われるのはやはり緊張する。彼の真剣な眼差しが、その緊張を更に高めていく。


「…あの」


椅子に腰掛けたまま少し身を縮こませると、私は意を決して壱月に声を掛けてみる。目の前で湯気を纏う壱月の姿は、何処か現実離れした美しさを放っていた。頬には熱がこもり、心臓が少しばかり早くなる。


「何でしょうか?」


私の様子を察したのか壱月は身体を洗う手を止め、僅かに首を傾げ此方に視線を送った。その瞳の奥には私の内心を測りかねている様な光が宿っており、浴室の静寂が彼の視線の鋭さを際立たせていた。


「…その…何とも思わないの…?」


「…と、仰いますと?」


俯き加減で殆ど聞き取れない位の小さな声で呟くと、壱月は不思議そうに首を傾げた。その仕草は優雅ではあるけれど、その優雅さが今の私には逆にプレッシャーとなる。彼の纏う空気は従者としてのそれであり、それ以上を期待してしまう私の心が痛む。


「…だから…女の子の、私の身体…見えてしまってというか…」


顔が茹で蛸のように真っ赤になるのを感じた。恥ずかしさで全身が震え、今すぐにでも泡の中に顔を埋めてしまいたい。言葉を濁しながらも、何とか自分の気持ちを伝えようと必死だった。


「…嗚呼、成る程。」


壱月は私の言葉を理解したのか、納得した様に頷いた。彼の瞳が僅かに細められた気がしたが、私はその視線に耐えられず、内心の動揺を悟られまいと益々顔を赤くした。


「…先程も申し上げた通り、私はあくまでも羽闇様の従者。その様な邪な考えは持ち合わせておりませんのでご安心下さい。」


「邪な考えって…!ひゃっ…!」


壱月は再び私の身体を洗い始める。そして、私の腰のくびれをゆっくりと這い、敏感な場所を掠めた。その瞬間、まるで電流が走ったかの様に全身に鳥肌が立つ。


「(…駄目、意識しちゃ駄目だ…!)」


そう頭では分かっているのに、壱月の指先が肌をなぞる度に熱いものが込み上げてくる。それは、今まで感じた事のない、甘く、そして痺れる様な感覚。私は慌てて軽く頭を振る。壱月は私の従者であり、それ以上でもそれ以下でもない。必死に理性を保たなければ、彼に縋り付いてしまいそうだった。それでも、壱月の手が敏感な場所を掠める度に私は思わず声を漏らし、彼の名前を縋るように呼んだ。


「ちょっ…!壱月っ…」


「…何でしょうか?」


壱月は私の身体を洗う手を止めずに静かに応じた。彼の動作が私のすぐそばで続き、その僅かな距離感が私の心を更にざわつかせる。


「もう、充分だから…!」


「…まだ、髪が残っています。」


体を洗い終えた壱月は、今度は私の髪を洗い始めた。温かい湯が頭皮を伝い、彼の指先が優しく髪を梳く。その感触が私の平静を乱す。


「ねぇ、前の戦闘で動けなかった時はメイドさんが手伝ってくれたのに…どうして今回は壱月が…?」


以前の戦闘で体が動けなくなった際は複数名のメイドさんが入浴を手伝ってくれたのに、今回は何故か壱月が担当している事に疑問に思った私はその理由を尋ねてみた。


「…その件ですか。以前は羽闇様が完全に動けず、専門的な介助訓練を受けた者が介助する必要が御座いました。しかし今回は一時的に動けないだけであり、日常的な介助で済むと判断致しました。また、私が最も羽闇様の状態を把握している為、私が担当させて頂きました。」


「…そっか。」


湯船に浸かると温かいお湯が全身を包み込み、特訓で酷使した体を優しく労わってくれる様だった。激しい動きで張り詰めていた筋肉がじんわりと解きほぐされていき、あまりの心地良さに目を閉じた。体は確かに疲れているけれど、不思議と殆ど痛みは感じないのは怪我なく特訓を終えられた証拠でもあった。


「羽闇様。身体が温まったら、お風呂から上がりましょう。」


壱月の声でハッと我に返り、目を開ける。いつの間にか意識が遠のいていた。特訓の疲労がじわじわと身体に染み込んでいるのかもしれない。


「…うん。」


私は小さく頷き、湯船からゆっくりと立ち上がった。少しふらついたけれど、壱月がすぐに支えてくれたので転ぶ事はなかった。


「はい、此方へ。」


壱月に促され、湯船から上がるとふかふかのタオルで丁寧に体を拭かれる。そして湯気が立ち込める洗い場の椅子に腰かけると、目の前には銀色の蓋が輝く高級そうな保湿クリームが置かれていた。壱月はそれを手に取ると私の肌に塗り始める。


「…あれ?これ、すごく良い香りだね。」


「ええ。これは羽闇様の肌質と特訓後の状態に合わせて、特別に調合したものです。保湿効果だけでなく、筋肉の疲労回復効果も期待出来ます。香りには、リラックス効果のあるラベンダーと疲労回復効果のあるローズマリーをブレンドしています。」


「そうなんだ…。」


壱月の言葉に私は只々感心するしかなかった。彼の知識と技術は本当に素晴らしい。壱月の手が、私の肌を優しく滑っていく。普段は自分で適当に済ませてしまう保湿も、壱月にして貰うと全然違う。彼の指先が肌の上を滑る度に全身が蕩ける様な快感に包まれる。


「…気持ちいいですか?他にご要望などは御座いませんか。」


「…ううん、大丈夫。凄く落ち着くよ。」


思考はぼんやりと霞んでいき、この感覚に浸っていたいと願う。このまま時間が止まってしまえば良いのに。

そんな願望が頭の中に浮かんだけれど、現実はそう甘くはない。


「…羽闇様、終わりました。」


壱月の声が夢と現実の境界線を打ち破り、私を現実に引き戻す。ハッと目を開けると、そこには心配そうな表情を浮かべた壱月の姿があった。浴室の温かい空気と保湿クリームの優しい香りが鼻をくすぐる。ぼんやりとした視界をゆっくりとクリアにして辺りを見回すと、いつの間にか保湿クリームはきれいに塗り終わっていた。どうやら私は気持ち良さのあまり、うとうとと眠ってしまっていたらしい。


「…ごめんね、いつの間にか眠ってしまっていたみたい。」


「いえ、お疲れのようでしたのでゆっくり休んで頂けて良かったです。お身体が冷えますので、脱衣場までお連れします。」


壱月はそう言うと、私の身体を優しく抱き上げた。全身が露わになっているけれど壱月は全く動じる事なく、静かに脱衣場まで運んでくれた。

あくまでも従者としての務めを果たしているだけだと思うけれど、壱月はいつも私のことを気にかけてくれる。彼の優しさに触れる度に胸の奥が温かくなり、何かが弾けるように高鳴るのを感じる。


「(私は、壱月の事を…。いや、これは夜空君に感じる心が弾むときめきとは違う…のかな?)」


私は自分の胸に手を当てる。まだよく分からないけれどそこには確かに夜空君とは少し違う、壱月に対してのみ感じる特別な感情が芽生え始めているのを感じた。


30話お読み頂きありがとう御座います!

壱月とのシーンでは、羽闇の戸惑いや感情の変化が描けたかと思います。彼女のこの気持ちは何処へ向かうのか?

次回もどうぞお楽しみに!

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