第106話【裏口の攻防】
さっきまでの迷子だったのが嘘のように、鳳鞠君の足取りには迷いがない。
「…見つけたぞ!羽闇、裏口だ!」
ようやく裏口らしき扉が見えてきた…と思いきや、扉の前には待ってましたと言わんばかりに複数の使用人達が立ち塞がっていた。
私を屋敷中探し回ってる位だから、大体予想はついていたけれど。
「月姫様!お止まり下さい!」
中央に立っていた女性の使用人が、顔をしかめながら声を上げた。
私達は慌てて足を止める。
「…火燈様もご一緒でしたのですね。誠に申し訳御座いませんが、これ以上先へはお通し出来ません!」
「月姫様、外は危のう御座います!お部屋にお戻り下さいませっ!」
「舞久蕗様と私共が必ずや貴方様をお守りいたします故、何卒…!」
他の使用人達も壁の様に行く手を遮り、必死に訴えかけてくる。
手に持ったマイクをぎゅっと握りしめる。正直、彼女達を押し退ける事はしたくなかったけれどこの際仕方ない。
一歩、前に踏み出そうとしたその時―鳳鞠君が私を背中で覆い隠すようにスッと前に出た。
「鳳鞠君…?」
「待って。ここは俺が何とかするから、羽闇はじっとしてて。」
「火燈様…一体何を…」
「…悪いけど、押し通らせて貰うよ。こっちは急いでるんだ。」
鳳鞠君は手に持っていた炎の石を突き出すと、石からぼんやりと赤く禍々しい光が放たれ始めた。
光を目にした使用人達の間に、戸惑いと警戒の色が浮かび出した。
「ま…まさか火燈様、能力を……!」
「月姫様の味方をされる為とはいえ、我々に手出しをなさるおつもりで……!?」
次の瞬間、鳳鞠君の手から肌で感じる程のじんわりとした熱の波が放たれた。
「ぐっ…!身体が…!」
「…意識が……遠く…!」
「うっ…た、立て…ないっ……!?」
目の前で一人、また一人と使用人達が膝をつき、その場に倒れ伏していく。
苦しげな呻き声が廊下に響き渡る。先程、華弦と夜空君が陥ったのと同じ状態だ。
彼女達の身体に炎の石の熱を流し込んだのだろう。
「……ごめん、君達は何も悪くないんだ。だけど、俺が責任を持って羽闇を守るから今回は許して欲しい…。舞久蕗もちゃんと助けるから。」
力なく倒れた使用人達を見下ろしながら、鳳鞠君は心底申し訳なさそうに呟いた。
そして私の手を取り、動けなくなった使用人達の横を無言で駆け抜ける。
「羽闇、靴は?」
「あ、正面玄関に置いたままだ…。どうしよう…!」
「…適当にその辺の靴借りたら?」
近くにあったサイズの合いそうな靴を差し出され、私はそれに足を滑り込ませると鳳鞠君はドアノブを引いた。
扉が開かれたと同時にポカポカと暖かい空気が流れ込んでくる。私達は一瞬だけ立ち止まり、大きく息を吸い込む。
「ふーっ!脱出成功ー!これで外に出られたな、羽闇!」
「うん…鳳鞠君、本当にごめんね。私の為に皆をあんな風に倒させちゃって辛い思いさせてしまって…。」
「辛くないと言えば嘘になるけど…ああでもしないと外に出れないだろ。心配ないって!皆に流し込んだ炎の熱は三十分もすれば完全に消えるし、後遺症もないから!……だけど、後で皆に謝らないといけないよな…羽闇も一緒に謝ってくれる?」
「も、勿論よ!元はといえば、私が鳳鞠君を巻き込んでしまったわけだし…」
「良かった。…この後の事だけど、舞久蕗のところに行く前にまずは正面の敵を倒そう。」
「えっ?正面の、って…結界を壊そうとしてる敵の事よね?どうして?」
「だって、使用人が危ないだろ?俺も最初は真っ先に舞久蕗のところに行く予定だったけど、こうして羽闇が外に出たのがバレたんだ。だとしたら、使用人達が君を追って外に出てくるかもしれない…。そこで正面の敵と鉢合わせしてしまったら、どうなると思う?」
「あっ…。」
私を心配して追いかけてきた使用人達が、もし敵の攻撃に巻き込まれでもしたら…!それは絶対に避けなければならない。
あの人達は能力者ではなく、普通の一般人なのだから。
「それにさ…正面の敵を放置したまま舞久蕗と合流したところで、奴等が結界の破壊を諦めて俺達の方に来るかもしれないだろ?そうなれば、敵が有利になる可能性も高い…!」
鳳鞠君は冷静に状況を分析し、最悪のシナリオを提示する。
「……そこまで考えが及ばなかった、鳳鞠君の言う通りだよね。先に正面にいる敵を倒しに行こう!」
「よーし!じゃあ、作戦を説明するね!敵は結界に集中して攻撃を続けている。それを利用して、奴等の後ろを狙うんだ。」
「不意打ちって事ね。」
「うん。気付かれずに接近すれば、確実に仕留められる筈だからさ!」
彼の頭の回転の速さに只々驚かされるばかりだ。まだ中学生であるにも関わらず、こんなにも的確な指示を出せるなんて…。
「敵は全員俺が倒すから、羽闇は隠れて周囲を警戒してて。」
「えっ、待って!一緒に戦うよ!私の歌で一気に―」
「落ち着けよ…ちゃんと考えがあるから。羽闇には万が一の為にも月の力を少しでも温存していて欲しいんだよ。俺が正面の敵を片付けたら、舞久蕗の援護に向かう。だけど俺じゃアイツを助けきれないかもしれない…!その時にこそ君の力が必要になると思うんだ。」
鳳鞠君は決して私を戦力外だと言っているわけではない。むしろ一番重要な局面で、私の力が必要だと考えてくれている。
「……分かったわ。こんなところで力を出し尽くすわけにはいかないものね!」
「そーゆー事っ!正面はあっちだ…他の敵が潜んでるかもしれないから絶対に俺のそばを離れるなよ!」
しっかりと手を繋いだ私達は一葉本家の裏門を潜り、音を立てないように慎重に素早く表門へと急いだ。




