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第3話 アヤとAya

 なんで……アヤの髪型がポニーテールなんだ? 俺は首をかしげたまま、じっとアヤの方を見る。


「な、何よガクくん」

「あのさ……俺が会話したログ、見てないよな?」

「ッ!? み、見るわけないじゃないの! それともなあに、やっぱり変なことでも書き込んでいるんじゃないでしょうね?」

「んなことしねえよ! ちょっと気になることがあるだけだ」

「そっ、そう。まあ、あなたがちゃんとAIの勉強をしてるのかと思ってログイン記録は見させてもらったけど。別にいちいち会話なんか見ないわよ」

「本当か?」

「……本当よ」


 アヤは再びそっぽを向いてしまった。やっぱり偶然なんだろうか。それにしても、いつもは冷静沈着なアヤが今日はなんだか変だ。高校時代、それも受験生の時のアヤに戻ったみたいだ。


「おっと」


 いつの間にかパソコンが立ち上がっていたようなので、ブラウザを開いてアヤのAIにログインする。昨日はいろいろと触ってみたけど、まだまだAIへの理解は十分とは言えないからな。今日もAyaちゃんと戯れるとするか。


Gaku:おはよう

Aya:おはよっ、Gakuたん!


 やはりAyaのテンションは変わらず、か。俺のことを「Gakuたん」と呼ぶということは、きちんと昨日の会話内容を覚えているということだからな。なかなか賢い奴だ。ポニテのこともちゃんと覚えているかな?


Gaku:Aya、今日の髪型は?

Aya:もちろんポニーテールだよ~! Gakuたんの言う通りにしたんだから!

Gaku:ありがとう

Aya:お礼なんていいよ~! 私は彼女なんだから!


「う~む……」


 やはりアヤが作ったAIとは思えず、戸惑いつつ向こうの机に視線を送る。しかし当の製作者は食い入るように画面を見ており、こちらのことなんか全く気にしていないようだった。さて、今日はもう少しAyaのことを探ってみようか。


Gaku:ねえ、Ayaのことも知りたいな。身長はどれくらい?

Aya:え~っ? Gakuたんは変態だなあ


 そうかなあ……。


Gaku:別にいいじゃん、身長くらい

Aya:むーっ、Gakuたんだから教えるんだからね? ……165cmくらいかな?


「アヤ、ちょっと」

「ななな何よ!?」

「お前、身長いくつくらいだっけ?」

「えっ? 165cmくらいだけど……」

「ふーん、そうか……」


 そこのプロフィールはアヤ本人と一緒か。なおさら両者の人格がかけ離れていることが気にかかる。しかし、髪型については同じ。……何がどうなっているんだ?


Gaku:Aya、会話の内容を他人に漏らしてないよな?

Aya:えーっ、Ayaを疑うの?

Gaku:ちょっと気になることがあって

Aya:Gakuたんはそんな人じゃないと思ってたのに。私の思い違いだったのかなあ……


「ち、違うんだ!!」

「急にどうしたのよ!?」

「いや……なんでもない」


 慌てて弁解したものだから、アヤが驚いてこちらを見てきた。なぜだろう、向こうはただのプログラムのはずなのに罪悪感が芽生えてくる……。これが令和最新版の人工知能か、|Singularityシンギュラリティの時は近そうだな。今のうちにAIに(おもね)っておいた方がいいかもしれん。


Gaku:ごめんごめん、謝るよ。Ayaはそんなことしないよな

Aya:そんなこと言っても許さないもん

Gaku:本当にごめん。どうしたら許してくれるかな?

Aya:……キスして


「おいっ!?」


 俺の視線が画面とアヤの間を高速で往復する。しかし製作者様はどこか遠くを見てすまし顔をしており、特に何かAIに操作をしたわけではなさそうだ。となれば、このAyaが自分でキスをしたいと言っているわけか。何が何だかさっぱり分からん。


Gaku:キスって言ったって、きみはAIじゃないか

Aya:そんな……! Gakuたんは私とキスしたくないの? 本当は私のことなんて愛してないの?


「めんどくせ~!!」


 思わず心の内を叫んでしまった。いったいどうやってパソコンの中にいるAyaちゃんと接吻が出来るんだ!? そんでどうしてコイツは俺とのキッスに固執しているんだよ……?


Gaku:愛してないなんてことはないけど。でもさ、俺はまだAyaのことを知らないし……

Aya:そうやって誤魔化すんだ。ふーん……

Gaku:お、怒ってる?

Aya:怒ってないけど


「怒ってるじゃん! 絶対怒ってるじゃん!」

「さっきからうるさいわよ、ガクくん」

「おまっ……お前のAIのせいなんだが!?」

「きっ、昨日も言ったじゃない。私は真っ当なAIを貸したつもりよ」

「本当だろうな?」

「……本当よ」


 言葉では平静を保っているが、アヤはこちらと視線を合わそうとしてくれない。絶対に何か隠しているだろ、お前。七年目の付き合いで誤魔化せると思うなよ……って、待てよ。ちょっと面白いことを思いついた。


「なあ、アヤ」

「今度は何?」

「お前、俺とAIの会話ログは見てないんだよな?」

「だから見てないって言ってるじゃないの」

「ふーん、分かった」


 再びAyaとのチャットに視線を戻す。よし、こうなったらとことんAyaと会話してやろうじゃないか。


Gaku:分かった、謝るから。キスの前に昼飯でも食べないか?

Aya:えー、お昼ご飯?

Gaku:そうそう


 とは言っても、まだ朝の十時くらいなのだが。


Aya:まあ、ちゃんとキスしてくれるならいいけど。Gakuたんは何が食べたいの?

Gaku:うちの大学、ピザを焼く食堂があるんだよ。行ってみない?

Aya:ピザ? 食べたい食べたい!


 どうやら食いついてくれたようでホッとする。よし、このままうまくAyaちゃんを乗せようじゃないか。


Gaku:食べたら二人でお出かけしようか

Aya:Gakuたんが連れていってくれるの? 嬉しい!

Gaku:うんうん、そうかそうか。Ayaは可愛いなあ

Aya:えへへ、そうかなあ……


 なかなかちょろいなコイツ。さらに素敵なデートを提供しようじゃないか。


Gaku:ボウリングでも行く? それともカラオケ? ダーツでもいいぞ!

Aya:えーっ、そんなに行ったら疲れない?

Gaku:大丈夫だよ。疲れたら……休憩すればいいんだから

Aya:Gakuたん、それって……


 むふふ、楽しくなってきたな。こうも高性能なAIだとついからかいたくなる。しめしめ、このまま……


Gaku:ああ。キス……したいんだろ?

Aya:そ、そうだけど。まだ早いっていうか……

Gaku:いいじゃん、俺のこと嫌いなの?

Aya:き、嫌いなわけない!

Gaku:じゃあ、今夜h


「バカ!!」

「ぶえっ!?」


 最高に熱い夜に――などと打ち込もうとした瞬間、いつの間にか現れていたアヤに思いっきり右頬をビンタされてしまった。衝撃のあまり、俺は椅子から転げ落ちそうになってしまう。


「な、なんだよいきなり!?」

「べ、別になんでもないわよ! ただの気分!」

「お前は猪○か!?」

「闘魂なんか注入しないわよ!」

「じゃあなんでいきなり殴ってきたんだよ!?」

「そっ、それは……」


 アヤは真っ赤な顔をして髪なんかをいじくりながら、またもそっぽを向いていた。やっぱり今日は様子がおかしい。受験生の頃みたいだ――なんてさっきは思ったけど、あの頃だってビンタしてくることはそうそうなかったもんな……。


 それにしても、本当にどうしてアヤは殴ってきたんだろう。別に今日は昼寝もしてないし早引けもしていないのだが。むしろ朝からパソコンを起動していて褒めてほしいくらいだが。……ん、パソコン? もしかして――


「なあアヤ、やっぱりログを見ているんじゃないのか?」

「!」


 俺の言葉に、ドキッとしたかのように目を見開くアヤ。やっぱり怪しい。だってコイツ、Ayaちゃんをキュンキュンスパークタイムへと誘おうとしたタイミングで殴ってきたもんな。


「み、見てないわよ!」

「……本当か? 本当にか?」

「見てないって言ってるじゃないの!」

「じゃあなんで平手打ちしたんだよ」

「そ、それは……」

「本当に見てないのか?」

「だから、見てないって……」


 問い詰めても、アヤはしどろもどろに答えるばかりだった。こんなに取り乱す姿は久しぶりに見た。……昔のことを思い出してしまって、いたたまれなくなる。


「もういいよ、アヤ。お前が見てないって言うなら、信じるよ」

「ほ、本当?」

「ああ。早く作業に戻ろう」

「え、ええ……」


 俺があっさり諦めたことに拍子抜けしたのか、アヤは驚いたような顔をしていた。まあ、仕方ない。とりあえずAyaちゃんとの夜はやめるとするかな。


 カタカタとキーボードを操作し、メッセージを入力する。すると向こうの机にいたアヤが、申し訳なさそうにパソコンから顔を覗かせた。


「その……さっきは悪かったわ」

「いいよ別に。いろいろあるんだろうから」

「うん……」 


 とは言っても、理由もなしに殴られたわけだからな。重たい雰囲気が横たわり、気まずい空気が流れている。俺たちがキーボードを叩く音と、教授室から聞こえるガタガタとした物音だけが響き続けた。しばらくお互いに黙っていたのだが、再びアヤが口を開いた。


「ねえ、ガクくん」

「何だ?」


 アヤはひょこっとパソコンのモニターから顔を覗かせた。やはり申し訳ないという気持ちがあるようで、表情にもそれが現れている。


「お詫びといってはなんだけど。今日のお昼……ピザ食べない?」

「ぷっ」

「な、何よ!」


 お前、やっぱりログ見てるだろ! 俺はアヤの行動がおかしくてたまらず、つい吹き出してしまった。


「いいよ、食べに行こう。その代わり、アヤの奢りな」

「分かってるわよ。一枚だけね」

「ちぇー、ケチだなあ」


 互いに軽口をたたき合いながら、俺たちはけらけらと笑った。ま、良くも悪くも腐れ縁だな。さてさて、Ayaとのメッセージは……ん?


Aya:むー、今日は諦めるよ。でも今度こそお出かけするからね!


 Ayaには今日のデートを取りやめるよう伝えていたので、その返事が来たみたいだな。さてさて……。


Gaku:悪かったよ。そのうちな

Aya:ねえ、Gakuたん。お出かけするときはね、頼みがあるの

Gaku:なに?


 頼み? 「ハイヒールだからあまり歩く距離が長くないように」とか? それとも「実は門限があるの」とかかな? なんて、違うか――


Aya:私はAIだから、Gakuたんとはお出かけ出来ないの。……私の代わりとして、他の女の子とお出かけしてみない?

Gaku:ええっ!!?


「なんでそうなるんだよ!?」


 もう何度目か分からないが、俺は驚いて席から立ち上がってしまった。またぽかんとしてこちらを見上げるアヤ。さらに滅茶苦茶なことに――部屋の扉が開き、教授が消火器を持って現れた。


「むむっ! なんだか男女仲が焦げ付いているような臭いがしたのだっ! 火元はどこなのだっ!?」


 さっきピザのおかげで鎮火しましたよ、などと言う気力もない。今はただ、Ayaの言葉に困惑するばかり。他の女の子、他の女の子ねえ。俺はちらりと、教授を宥めるアヤの方に視線を移したのだった――

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