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第2話 お前もポニーテールかよ

 春の陽気が窓から差し込む研究室で――俺はただ呆然とするばかりだった。Ayaと名乗るAIが俺のことをダーリンと呼び、馴れ馴れしく話しかけてきているのだ。


 向こうにいるアヤの方を見やると、机に向かって淡々と作業している。俺のことをからかっているのかと思ったが、そういうわけでもないらしい。……何かがおかしい。


「どうしたの? 私のAI、うまく動かない?」

「いや、そんなことはないけど……」

「だったらいいけど」


 俺が目を見開いているものだから、不思議に思ったようだ。アヤは何事もなかったかのように鞄から水筒を取り出し、蓋を開けて水分補給をしている。俺は再び画面に視線を戻し、AIに問うてみることにした。


Gaku:俺、きみの彼氏になった記憶はないんだけど?

Aya:またまた~! Ayaはずーっとダーリンと一緒だよ♡


「正気か!?」

「何よガクくん、さっきから」

「おまっ……何がダーリンだよ!?」

「何のこと? あんまり変なログ残さないでって言ったでしょ」


 この「Aya」のテンションとは対照的に、アヤはいつも通りクールな受け答えをしている。たしかに「恋愛シミュレーションも機能としては存在する」とは言っていたものの、初手でダーリン呼ばわりは流石に機能としておかしい。とりあえず、もう少し話しかけてみるか……。


Gaku:きみ、AIなんだって?

Aya:うん! 私は人間との対話を目的として開発された人工知能だよ!

Gaku:なるほどね……

Aya:でも……私のことは本当の彼女だと思っていいんだよ、ダーリン?

Gaku:えぇ……


 再び現れた「ダーリン」という文字列に、思わず背筋がぞわっとする。これ……アヤがこういう風に仕込んでるってことだよな? アイツ、彼氏のことをダーリンとか呼ぶタイプだったのかよ。七年目の付き合いで初めて知る事実なんだが。


「ふう……」


 落ち着け、落ち着けよ俺。たとえ普段は絵に描いたような真面目系美人であるアヤが「ダーリン」だのをAIに教え込んでいる事実が明るみになったとして、いったい何の問題があるんだ? 高校時代に廊下で野球をしていたら教師のように怒鳴りつけてきたアヤが、実際にはAIに恋の方程式を解かせていたという事実が明るみになったとして、いったい何がおかしいんだ?


「問題だしおかしいじゃねえか……」


 思わず天井を仰ぐ。アヤ、お前のことは今までそれなりに理解してきたつもりだったんだがなあ。こんな一面があるとは知らなかった――


「やあーっ、諸君! 牛乳ゼリーの補給が完了したのだっ!」


 教授室の扉が開き、オーバーサイズの白衣をはためかせたロリ――じゃなくて、教授が現れる。教授は研究室をぐるりと見回していたが、珍しくパソコンの画面を見ている俺のことが目についたようで、ぴょこぴょことこちらに歩み寄ってきた。


「ちゃんと研究しているのだっ? 感心なのだ!」

「研究ってか、その……」

「ああ、彼には私のAIを使わせてみているんです。勉強になればと思って」

「なるほど、さすがアヤくんなのだっ!」


 どう答えたものかと言いよどんでいると、アヤが説明してくれた。……しかし、この画面を教授に見られていいものかなあ。傍から見れば同級生が作ったAIを彼女代わりにしているヤバい奴だし。


「それでっ、ガクくんはAIで何をしているのだっ?」

「いや、別に……ただ会話しているだけですよ」

「あーっ、なんで隠すのだーっ!?」


 とっさに開いていたウインドウを最小化したのだが、教授の目はごまかせなかった。素早く駆け寄るようにして、俺のもとにやってくる教授。


「見せるのだ、何を書きこんだのだ!?」

「その……自己紹介とか」

「本当なのだ!? 学生の研究内容を把握するのもナノの務めなのだっ! ゼリーを作らせるだけの仕事じゃないのだっ!」

「当たり前じゃないですか! いつから俺たちはゼリー業者になったんですか!?」

「分かっているなら早く見せるのだっ!」

「だからっ、その……!」


 必死に机上のマウスを奪おうとする教授と、なんとか阻止しようとする俺。よく考えれば、あの画面を見られればアヤだって変に思われちまう。仮にも高校時代から知っている女がバカップルダーリン大好き女だと思われるのは回避しないと……!


「う、受け答えがちょっと変だったから! これを見せるのはAIを作ったアヤが可哀想だと思って……!」


 とっさに言葉をひねり出し、マウスを高く持ち上げる。教授は「あーん」と言って届かないマウスを取ろうと背伸びしていたが、アヤはピクリと反応してこちらを向いた。


「……ガクくん? 私のAIに何か問題があるのかしら?」

「問題っていうか、ちょっと思ってたのと違うっていうか……」


 もしかすればアヤが単に設定ミスをしただけという可能性もあるし、正直に「お前のAIがダーリンとか言ってくるぞ」なんて教授の前で言ったら恥をかかせることになるかもしれない。だからこう言っておくのが正しいはずだよな。……などと思っていると、アヤが少し不満そうな声色で話し始めた。


「言っておくけど、私はあなたにIDを渡す前に何回も何回もチェックしたわ。きちんと想定通りの応答をするように」

「え?」

「人工知能といってもただのプログラムだし、多少は変な挙動を見せるかもしれないわ。だけどね、ガクくん。あなたに見せる以上、私は真っ当で優秀なAIを渡すに決まっているでしょ? 何度か受け答えしていれば、きっとガクくんが抱えている違和感も消えるわ」

「いや、その……」

「そのAIは私の人格を模倣するように作られているの。ガクくんは私が『変な受け答え』をしていると言いたいの?」

「……」


 迫力あるアヤの演説に対し、こちらとしては何も言い返すことが出来なかった。うーん、あのアヤがこんな自信満々に発言するとは感慨深い。高校時代からの成長を感じるな……! って、そうじゃない。


 想定通り(唐突に始まる恋愛シミュレーション)の応答、真っ当で優秀(ダーリン呼ばわり)な能力、アヤ(クール系美人)を模倣した人格(色ボケ彼女)。どう見たってアヤの言葉とAIの特徴が合致しないのだが……アヤがあそこまで言うなら、もうこれでいいか。


「分かった、お前の言うことはよく分かった。俺、もう少し使ってみるよ」

「ええ、そうしてちょうだい」

「確認だけど。……A()I()()()()()()()()()()()なら、別に『変なログ』にはならないよな?」

「? 当たり前じゃないの」

「そ、そうか」


 言質はとったし、改めてアヤ――もとい、Ayaと向き合ってみることにするか。とりあえずこの教授を追い払わなければ。


「教授、さっきご不在の間に大きな荷物が届いてましたよ」

「そうなのだ? あっ、きっと通販で買った消火器なのだ!」

「しょ、消火器?」

「研究で必要なのだー! こうしちゃいられないのだーっ!」


 教授は猛ダッシュで自分の部屋に戻っていった。教授はいったい何を初期消火する気なのだろうか? 天才の考えることはよく分からんな……って、今はAIだ。


Aya:ねね、ダーリンのことも知りたいな!


 いつの間にかAyaからメッセージが届いていたようだ。えーと、何を言ったものかな。とりあえずダーリン呼びはやめてもらうか。


Gaku:その前にさ、ダーリン呼びはやめてくれない?

Aya:えーっ どうして? 私は好きだけどなあ


 模倣元たるアヤの顔を思い浮かべる。……ダーリン呼びが好きそうな面には見えないけどなあ。


Gaku:とにかくよしてくれ。名前とかでさ

Aya:じゃあ「Gakuたん」で!


「たん!?」

「牛タン?」

「奢って」

「嫌よ、噛み切れないんだもの」


 思わず叫んでしまうと、アヤがちらりとこちらに視線を向けた。こっちの言葉を毎度拾ってくれるアヤには恐れ入る。でもアイツ、男のことを「たん」で呼ぶんだな。知らなかった。


Gaku:もうそれでいいよ。それより、きみは何者なの?

Aya:私は対話型AI、Ayaだよ! Gakuたんのお望み通りの彼女になれるんだから!

Gaku:というと?

Aya:Gakuたんが好きなタイプの女の子になれるってこと! お願い事はなんでも聞いちゃうよ♡


 なるほど、自分好みの受け答えをするようにカスタマイズできるってわけだな。たしかにそれは面白いかもしれない。AIだから為せる業だな。しかしお願い事といっても……特に思いつかないな。


Gaku:願い事って言っても分からないよ。例はないの?

Aya:そうだなあ……。例えば好きな髪型とか! Gakuたんのお好みに合わせてセットしちゃうよ! 


 コンピュータ上の存在が見た目……とはこれいかに。とはいえ、せっかく俺の好きなように髪を整えてくれると言っているのだからな。うーん、好きな髪型かあ。高校時代、体育館を一緒に使っていた女子バレー部員がポニテだったのは覚えてるな。あれは好きかも。


Gaku:俺はポニーテールが好きだな。出来る?

Aya:うん! 今度会ったら結んでおくね!

Gaku:ありがとう

Aya:じゃあ次は身長だね! Gakuたんとキスしやすい身長差って、どれくらいかな?


「キス!?」

「天ぷら?」

「なんでだよ」

「日本酒に合うのよね」

「お前の趣向は聞いてねえんだよ」

「酒肴だけに?」

「やかましいわ」


 また叫んでしまったのだが、再びアヤが拾ってくれた。流石のうわばみっぷりには恐れ入るが、本題はそこじゃない。アヤって意外と積極的なタイプだったんだな。実家暮らしでガードは堅いはずなんだが、逆に欲求不満なのかもしれん。


 しかしなあ、こんなAIをアヤがプログラムしたと考えると、なんだか楽しくなってきたな。本当に彼女みたいな気がしてきた。アイツの人格を模倣している、というのはやっぱり違うと思うのだが……まあ、アヤにも意外な一面があるのかもしれないし。


「アヤ、お前のAIなかなか面白いな」

「そう? ちゃんと参考にしてね」

「うーん、参考には……ならないかもな」

「?」


 首をかしげるアヤ。結局、この日はずっとAyaとやり取りをして終わったのだった。


***


「ふわ~あ……」


 次の日の朝。眠い目をこすりながら、自分の研究室に向かって歩いていく。アヤのAI、なかなか面白かったな。アイツに負けるわけにはいかねえし、俺もああいうのを作らんと。


「おはよーっす」

「おはよう、ガクくん! 今日も自宅が爆発したのだ?」

「ええ、まあ」

「寝癖くらい直すのだっ! それともこれで消火されたいのだっ!?」

「ひえっ!? す、すんません……」


 ドアを開けると、ぴこぴことサイドテールを跳ねさせた教授に消火器を突き付けられてしまった。いったい何の研究に使うんだか……。


 教授が自分の部屋に戻っていったので、きょろきょろと部屋の中を見回すと、既にアヤはパソコンに向かって作業を始めていた。熱心なことだな。


「おはよう、アヤ」

「ッ! ……おはよう、ガクくん」

「?」


 何気なく挨拶したのだが、アヤがびくりと反応した。不思議に思いつつ机の前に座り、パソコンを立ち上げる。って、あれ?


「お前……髪結んでたっけ?」

「こっ、これは気分よ! 別に、なんでもないわ……」


 アヤは明らかに動揺していたが、ぷいっとそっぽを向いてしまった。俺は首をかしげ、アヤの後頭部の方に目を向ける。高校時代にあんな髪型をしていたこともあったな。まあ、似合ってはいるが……アイツが何の理由もなく髪を結んでいるところは滅多に見たことがない。


 そういや昨日、Ayaに「ポニテが好き」なんて言ったよな。だけどそれはAyaに言ったのであって、アヤに言ったわけじゃない。それなのに。まさか……いや、偶然だよな?


 なんで……アヤの髪型がポニーテールなんだ?

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