逃れられない運命②
西の空から伸びる夕影が町の輪郭を曖昧に溶かしていく中、私は尻尾が一本の普通に黒猫の姿に戻った猫魈の後をトボトボとついて歩いていた。
本当なら「行きたくない、もう帰らせてください」と言いたいとこだ。
だが一度、何でもすると言ってしまった手前、もはやついていくという選択肢以外残っていない。
もうやだっ
なんであんなことを口走ってしまったのだろう。
現在進行形で面倒なことに巻き込まれている気しかしない。
そして歩き続けているうちに、ある不安もふつふつ湧き上がってくる。
私は今どこに連れていかれているのだろう…
「あの…猫魈さん」
「クロだ」
「え?」
「我のことはクロと呼べ。今まで我と関わってきた人間は皆我のことをクロと呼んでいた。お主とは長い付き合いになりそうだからな。特別にクロと呼ばさせてあげよう。」
「クロ…」
良い名だとは思う。
だが正直、なんて安直な名前なんだと思ったわけでもないこともない。
しかし相手は神様だ。
このクロという名前にもそれなりに深い理由があるはずだ。
「ちなみに、そのクロという名前の由来は何ですか?神名に黒の字が入っているとかだったり…」
「いや、見た目からだ。」
そのままだった。
「今、なんて安直な名前なんだと思ってたか」
「いえ、滅相もございません!なんて素敵な名前なんだと感動していただけです!!」
「嘘は重罪だぞ」
「すいません、思いました…」
私はすぐに手のひらを返し、正直に答える。
「そんなことだろうと思ったわ」
クロはあきれたようにこっちを見たのち、はぁ~とため息をつきながら「まぁしかし」と続ける。
「我もそう思う。」
「え」
驚いてクロを見る。
まさか本人にも自覚があったとは…
「だがこの名には色々と思い入れがあってな。不本意だが気にっているのだ。」
クロは過去を懐かしむように目を細めた。
その顔は幸せそうだがどこか悲しげにみえた。
「そういえば、何か我に尋ねようとしていなかったか?」
そういわれた私はハッと本来の目的を思い出し、クロに尋ねる。
「あの、つかぬことをお伺いしますがどこに向っているのでしょうか?」
「あぁ、ここから少し歩いたことろにある店に向っている。そこの店員と以前町ですれ違ったのだが、その際相手から妖気を感じた。手始めに今日はやつの姿をあばいてもらう。」
「ん、ちょっと待ってください…そんなに身近に妖怪っているものなんですか!?っていうか妖怪が店員やっちゃってんですか!?」
意外な事実に驚きを隠せない。
そんな私を横目にクロは「そうだ。なに、そんなに珍しいことではない。」と続ける。
「この世にはお主が思っているよりも多くの妖怪が人間に紛れて暮らしている。人間と同じように仕事をしお金をかせぎ、遊ぶ。なにもそんなに人間とは変わりない。それに妖怪は一般的に、面白いことを好む傾向がある。今日では人間の世界にいた方が面白いしな。そういう意味でも人間界に紛れて暮らしている妖怪は増えているのだ。まぁ、良い暇つぶしだ。」
なるほど、どうやら私が思っているよりも多くの妖怪が人間界にいるようだ。
確かにゲームやスマホなど私たちの周りは、様々な娯楽にあふれている。
そう考えるとやっぱり人間界は魅力的なのだろう。
「あとお主、我に対して人前で敬語を使うのはやめろ。今の我の姿は普通の猫だ。猫に敬語を使っている人間など滑稽だろう。下手に目立ちたくない。」
なんと!
自分への愛が全身からにじみ出ていることがこの短い間でも分かるクロから思いがけない提案が出た。
だがたしかに猫に敬語を使っていると間違いなく目立つ。
今まで猫に対して「可愛いでちゅね~」「ご飯でちゅよ~」などと赤ちゃん言葉を使っている人を見かける事はあっても、敬語を使っている人など見たことも聞いたこともない。
「まぁ、高貴な我に対して敬語を使いたくなる気持ちはわからんでもないがな」
とクロが何やらよく分からないことを付け加えていたが、聞こえなかったふりをする。
ここはお言葉に甘えてぜひタメ口にさせていただこう!
正直、普段使い慣れていない敬語で話すのは大変だったのだ。
そうこうしているうちに目的地に着いたようだ。
クロが「この店だ」と言って立ち止まった。
「まってここは…」
そこはよく友達と学校帰りに寄り道をする、某ハンバーガーチェーン店だった。