予期せぬ出会い
夏の始まり、あの黄昏の街角で、私は黒猫と出会った。
ただそれだけの、何気ない偶然が――
世界の形を変えるほどの、必然になるなんて思いもしなかった。
これは、夏の初めにに“あっち側”へ踏み出してしまった私の、ちょっと不思議で、ちょっと危ない冒険譚。
ここ一週間ほど、青空が広がり、夏の匂いを含む日が増えてきた。
衣替えしたばかりの制服で剥き出しになった肌に、教室の窓から心地よい風が吹き抜ける。
これから訪れるリア充のためにあると言っても過言ではない夏のイベントに向け、何が何でも彼氏・彼女を作らなければならないと使命感に駆られていち早く浮足立っているクラスの雰囲気の中、私は一人、この世の終わりのような顔をしながら授業を受けていた。
普段なら好ましく感じる晴れやかな空、少しの熱気と甘酸っぱさが漂っているクラスでさえ今の私にとっては致死量の毒だ。
なぜこんな雰囲気の中、私一人だけお先真っ暗な状況になっているのだろう。
「なんで私がこんな目に…!」
直面している問題に頭を抱えれば抱えるほど、これから訪れる夏に胸を焦がしているクラスメイトと自分との対比を深く感じ、恨めしく思える。
直面している問題、それは昨日の夜に起こった出来事が原因だ。
そもそもあれは偶然の出来事だった。決して悪気はない。
なのにっ…なんで、なんでこう、予想だにしていなかった方に転がってしまったのか。
思い出せば思い出すほど昨日の自分を全力で殴りたくなる。
昨日、私は桃鉄100年を制覇した。
喜びも束の間、授業開始3分で睡魔に敗北した。
3徹のツケは重く、私は机に沈没し、そのまま夕暮れまで爆睡したのだった。
***
「…おい……おい、起きろ!」
ハッと目を覚ますそこには担任の先生がいた。
「いつまで寝ているんだ、もう下校時間だぞ」
そう言われてぼんやりしながらも時計に目をやってみる。
「え、もうこんな時間!?」
いつのまにか随分と時間が経っていた。
「随分と爆睡していたようだが……大丈夫か?ちゃんと夜、寝ているのか?」
「それが……最近ちょっと寝れてなくて…、どうしてもやり遂げないといけないことがありまして、、」
「睡眠は大事だぞ!特にお前たち高校生には…」
ありがたい説教もぼんやりした頭には半分も届いておらず、右耳から左耳と言葉が通り抜けていく。
「はい、気をつけます…」ととりあえず曖昧に答えながら、私は重たい体を起こし、カバンを肩にかける。
誰もいなくなった教室を出て、外に出ると、空はオレンジと群青の間に染まり始めていた。
そのまま帰ればいいものを、なんとなく空気を吸いたくなって、少しだけ遠回りしていくことにした。
***
酔っ払いの叫び声ややたらと大きい車のエンジン音をBGMに、「今日の夕飯は何だろうか」などのんきなことを考えながらぶらぶらと歩く。
その時ふと目の前を黒い猫が横切った。
びっくりするほど真っ黒だった。
こんなに黒一色な猫を見かけるのは初めてかもしれない。
小説や映画の中には多く登場する黒猫も意外と街中で見ることは少ない。
「珍しいな」なんて思いながら猫を目線で追っていると、猫はパッとこちらを振り向いた。
夕日を溶かしたようなビードロの目。吸い寄せられるような、飲み込まれそうな、そんな目に心臓が一瞬、大きく弾んだ。
数秒間私と猫は見つめあっていたが、そのうち猫は興味が失せたようにプイっと顔を背けビルとビルの間に入っていった。
何だが惜しいような気がして…私は反射的に猫を追った。
あの時、追いかけなければよかったなんてーー
そんな後悔が、このあと私を襲うとも知らずに。