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未分類  作者: 藍原センシ
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「理想」

(初出 note、2024年5月12日)


 理想主義という言葉が、世間一般的に見て否定的な意味合いで使用されがちになったのはいつ頃からだろうか。

 この言葉自体は哲学史上に登場する専門用語であり、国際政治学や国際関係論ではややニュアンスの異なるものとして使用されるが、西洋哲学史に於いては一貫して常に現実とは乖離した遠い理想を求め、それに肉薄しようとする態度を肯定的に捉える思想となっている。検索すればヒットするような唯物論だの観念論だのといった事は省くが、だから大雑把に言えば本来「理想主義的だ」という批判はそれだけで矛盾したものとなる。が、実際に何らかの物事を、この言葉を以て否定しようとする人々がそこまで厳密な定義を意識しているはずもないので、今回は敢えて「主義」を付けずに「理想」で筆を進めさせて頂く。

 理想が批判されがちな風潮には、あまりにも大きなそれを抱えると泥沼に嵌まり込み、身を滅ぼすという前例を、成長過程であまりにも私たちが教え込まれすぎているからだろう。私とてその例外ではなく、例として真っ先に思い浮かぶ人物に明治時代の文学者・北村透谷が居る。

 私が透谷の名を知ったきっかけは、彼や平田禿木、星野天知らと共に文芸雑誌「文学界」を出版した島崎藤村だった。藤村は詩「初恋」が教科書に掲載されていた事により、中学校時代から名前を知っていたが、彼の自伝小説『春』や『桜の実の熟する時』に透谷がモデルとなった人物が登場する。

 恋愛至上主義的な文章(「厭世詩家と女性」など)で有名な透谷だが、世間的に最も有名な作品は「内部生命論」という評論である。彼と同じく「文学界」の同人であった山路愛山の発表した「頼襄を論ず」に於ける、「文章即ち事業」が何の為に行われるのか、という問い掛けへの答えとして、愛山自身が「為す所あるが為」「世を益するが故」「人世に相渉るが故」という理由を挙げて「文章は事実なるがゆえに崇むべし」と論じているのに対し、透谷はこれに対して「人生に相渉るとは何の謂ぞ」という反論を誌上に掲載した。透谷と愛山はこれらの評論が発表される直前まで互いの家を行き来する程の良好な関係だったそうだが、透谷のこの批判をきっかけに、同時代の文学者たちを大勢巻き込んだ論争に事が発展した。

 この論争は透谷の論題から「人生相渉論争」と呼ばれ、日本文学史に於いて、明治時代のうち最も重要な出来事だったといっても過言ではない。この論争の結果として透谷が発表した文章が「内部生命論」であり、その主張を集約すると、あらゆる物事の価値は「人間の内部の生命」「人間の根本の生命の絃」に触れるか否かによって決定されるというものだった。

 透谷の主張を分かりやすくする例は、「内部生命論」の文中で彼の手によって挙げられている。

 透谷が生まれたのは明治元年であり、徳川幕府による統治が行われていた江戸時代が、まだ歴史上の出来事ではなく、多くの人々にとって日常の延長線上にある過去の話だった。彼は、この「内部の生命」に「近かりしもの」(そのものではない)として江戸時代の儒教道徳を挙げているが、それらも「繁雑なる礼法」「種々なる儀式」によって畢竟「Formality(筆者注:形式の意)に陥るを免かれざりしなり」と結論づけている。

 私が思うにこれは、儒教道徳に留まらず現代でもあらゆる倫理や礼儀に通ずるものがある。敬語の使い方を取るにしても、心から尊敬する相手に向けた手紙で、敬服の気持ちを表すべく敬語を使ったつもりが尊敬語と謙譲語を取り違えていて、その点で相手が不愉快な思いをする……という事もある。これは本当の心情と形式の乖離であり、受け手側が後者を重視した事によって、発信者が良い印象を持った人間とは見られない。

 明治時代は、まだ封建制度が色濃く残り、身分や家といった「本人」のステータスではない要因によって存在の価値すら決定された。この事は、島崎藤村の『破戒』からも十分に読み取れる。『破戒』で取り上げられている差別問題自体は未だに解決したとは言い切れないが、この小説の主人公は身分を隠す事に人生すら賭けているようだった。透谷はそうした、個人の外的な部分によって価値が定められる風潮に疑問を投じ、人間の内部(今風にいえば精神世界)に於ける幸福を謳ったのだ。愛山は「文章は事実なるがゆえに崇むべし」とし、「世を益せずんば空の空なるのみ」、即ち文章は外界の現実であり、当時の思潮の上に成り立つ実生活に連関しない文学には意味がないとした訳だが、芸術・娯楽を問わず現代の創作物についても根本は透谷の方に近い思想が前提になっていると言えるだろう。私がしばしば「参考書や実用書ような事ばかり書いている人に物書きを名乗られたくはない」と言っているのも、この辺りが証左になっているようだ。

 透谷のこの価値観に影響しているのは、「内部生命論」発表の八年前、明治十八年に彼自身が自由民権運動から脱落したという出来事だった。彼が民権運動に熱中して間もなく知り合って親友となった青年政客・大矢正夫が、朝鮮の内政改革を図る計画に加わり、活動資金調達の為に強盗を企て、透谷もこれに誘われた。透谷は悩んだ末に参加を断り、次第に運動から心が離れ始めた。

 大阪事件と呼ばれるこの一連の革命運動は、透谷の参加しなかった強盗には成功したものの、革命の発動前に計画が発覚し、関係者が逮捕される事によって潰えた。大矢に下された判決は軽懲役六年、これは国事犯と強盗罪の併合の為であり、明治二十二年の憲法発布祝賀に伴う大赦令でも、首謀者の大井憲太郎らが釈放される中大矢の懲役は継続された。

 大矢は、党の仲間たちの面子(メンツ)の為にも強盗で済まされてはならないとして、自ら国事犯の罪を実際以上に引き受け、このような結果を招いた。大矢の用意した資金は計画の頓挫と共に、幹部たちの遊蕩費に蕩尽された。透谷が民権運動への熱を冷ました時点で、過激な革命論を唱えながらも酒色に溺れ、議論が実情に先行するきらいは党内にあった。

 そしてもう一つ。「東洋のジャンヌ・ダルク」と呼ばれた活動家の女性、景山英子はこの大阪事件の一環として、強盗が計画された年に、後に透谷の妻となる石坂ミナに鞄を預ける。この中身が計画の為に製造された爆弾であった事は後に発覚し、透谷のショックは大きかった。ミナは、自由党員であった石坂昌孝の娘であり、透谷が恋をした女性だった。

 透谷の処女作である長編詩「楚囚之詩」に描かれる囚人は、入獄した大矢正夫がモチーフになっているといわれている。思想犯が解放されるまでを描いたので、完全に大矢本人の事とは言い難いかもしれないが、主人公の内面の暗さやそれでも自由を希求し政情と対決する姿勢を見せる様に、透谷がかつての仲間への想いを未だに捨てきれていない様子が窺える。

 更に、文壇で活動を始める以前も、始めた後も続く透谷の内面的な暗さは、全てが彼の思想=当時の世情との乖離による形而上のものだけではなく、生活の困窮という現実的な問題にも由来していた。藤村の『春』で、青木駿一として描かれる透谷の生活の苦しさは、彼について書かれた多くの資料よりも克明に伝わってくる。許婚の居た石坂ミナとの大恋愛は、一連の大阪事件によって極限まで摩滅した透谷の心にこの上ない救いをもたらし、彼の理想的な恋愛至上主義、()いては「内部生命論」に繋がっただろう。当時の結婚にはまだ家柄や身分といった外的要因が付きまとい、感情的に個人同士が惹かれ合う恋愛は、それらとは対極に位置するものだったであろうからだ。しかし、家計の窮乏は否が応でも、彼が「現実」の世界で齷齪と生きる事を余儀なくする。

 透谷は最終的に、精神の変調がピークに達し、自宅で自殺を遂げた。享年は二十五歳で、文筆活動を行ったのはたったの二年間に過ぎなかった。晩年、キリスト教の伝道活動も行った透谷だったが、クリスチャンとしての彼については資料が少なく、その実態については(つまび)らかにされていない。ただ、神の前に平等という思想のキリスト教は、内面世界に於ける自由と愛を謳った透谷の価値観と迎合するようには感じられる。しかし彼は、生活の困窮や、日清戦争の火種が燻り、ナショナリズムに流れる国内の趨勢などという現実問題から、彼自身の理想が内面的暗さ以上のものに昇華しきれないまま死を選ぶしかなくなった。キリスト教系の刊行物の大部分では彼の死について全く取り上げる事はなく、勝本清一郎によると「福音新報」は「雑誌評のなかで、それ見たことかと論じた」そうだ。

 長くなったが、この文中に於いて最も重要な部分がここだ。理想主義が批判されがちな風潮の、最も典型的な例──理想を抱くあまり、現実との差に懊悩し、破局を迎えてしまう誰かと、それを冷然と斬って捨てる周囲の者たち。この構図は、明治時代から本質的な部分で変化していない。

 北村透谷の場合、時代に恵まれなかったといえばいう事も出来るし、現代では考えられないような極端な例になるかもしれない。ただ、「理想」を「夢」と置き換えて考えてみて頂きたい。小さい頃は「将来の夢」を持ち、それに向かって、というより信じて生きる事の出来たはずが、いつしか様々な現実問題を見るに連れて「自分には無理だ」と思い、無難な方向へとシフトしていく。必ずしもそうではなく、いつになっても夢を追い続ける人も居るが、その場合周囲が冷めた目で「何を熱くなっているのだ」と嘲弄するような事を言う情景も一緒に浮かんでくる。

 また、これも喩えの話だが、事業の経営には直接的な利益には繋がらない報酬というものがある。利用者や顧客に喜んで貰える、誰かの役に立てるという実感、といった(たぐい)だ。これをしばしば、「理想的」と批判的な意味合いで評する事がある。「誠心誠意を尽くせばそれは利用者に伝わる、だから見られない場所でも手を抜かない」といったポリシーを掲げたある従業員に、同僚の誰かが至極現実的な事──「どうせ客も用が足せればそれでいいと思っているんだし、そこまで気を張っても意味がないんじゃないか」などという事を言ったとする。

 相手は、「そうかもしれないけど、そういう事だけが全てじゃないだろ」と、極端な現実主義者、効率主義者から見れば「綺麗事」と捉えられそうな反論をする。すると、もう一方は「やれやれ、若いねえ」などと、理想に燃える姿が、あたかも幼稚である事や経験不足の代名詞であるかのような事を呟く。

 もしくは、専業小説家として生計を立てたいと考えている若者が居るとする。それを打ち明けると、親を始め周囲の大人は「リスクが大きすぎる」「もう少し無難な道を選んではどうか」と言う。若者は「やってみなければ分からないじゃないか」「どうして最初から失敗する事を考えているんだ」と反駁するが、大人たちは口を揃えてやれやれ、だからこいつはまだ若くて未熟なのだ、というような台詞を聞こえよがしに言う。

 理想を、空想や妄想と言い換えて斬り捨てる事は容易(たやす)い。しかし、そのような姿勢こそが「現実から目を逸らさない」という堅実な事だと妄信し、理想の成就を純粋に信じている人を病人を憐れむような目で見る事を在るべき現実主義であると思い込むのは大変に固陋な考え方だと私は思う。

 また、その価値観に則ると、大人になれば夢も希望も失うものだ、と言い換える事も出来、悲観主義にしても非常に悪質な見解だと思われる。「そのように生きていて楽しいですか?」と聞かれて何も言えなくなるような囚われ方だけはしないようにしたい、というよりすべきではない。

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