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未分類  作者: 藍原センシ
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「ハルモニア」⑥


          *   *   *


 P.M. 08:50──伊豆ヶ岳、キャンプ場跡。

 自分をここまで輸送してきたヘリが舞い上がり、西へ飛び去って行く。このヘリが山中に居るヨグ=ゾフトの的にされては話にならないので、作戦発動時の囮部隊の座標まで移動する為には、西から真都心方面へと、日本アルプスを大きく迂回するルートを採らねばならないようだ。

 ここからは、自分一人の戦いだった。憑魔の咆哮が、地響きが絶え間なく伝わってくる山の中へと入り、一人で敵を殲滅する。それも、可及的速やかに。自分が懐に入り込んでいる事に気付けば、憑魔の標的は囮部隊から自分へと変更される。ビームの死角に入れたとしても、敵の攻撃手段がそれしかない訳ではない。その巨体や爪によって、自分は間違いなく命を奪われる。

 そして……自分が遅れれば遅れる程、囮部隊の皆は死んでいくのだ。それは安威一佐かもしれないし、或いは樹璃かもしれない。

(私は……やらなきゃいけない)

 一分、二分、三分、と時間が経過する。デジタル時計の表示を確認すると、その度に時間は一分ずつ刻まれていた。作戦が早く始まってしまって欲しいのか、永遠に開始されないで欲しいのか、自分でもよく分からなかった。

 面接の順番待ちのように、或いは処刑台へ向かう道のように、いつか辿り着かねばならない場所に、まだ辿り着くな、と念じ続ける気持ちにも似ていた。

 数字が09:00へと変わった瞬間、インカムから母の声が届いた。

『状況を開始せよ!』

 数秒遅れで、夜空に無数の光点が瞬き始める。鍛え上げられた視力を絞り出すと、星一つない漆黒の空をバックに、国防軍のヘリや戦闘機が犇めいているのが確認出来た。囮部隊は、予定通りにポジションに就いたらしい。低く、重々しいエンジン音やローター音が梢を渡ってきた。

 山間から、その音すら掻き消すような轟音が響き始める。地震のように大地が鳴動し、律は咄嗟によろめいて尻餅を突きそうになった。

 軍による爆撃が開始された──いや、違う。

 自分を討伐しに来た者たちの存在を感じ取った憑魔が、動き始めたのだ。律は行く手の森から夜空へと、高く掲げられた象の鼻の如き無数の触手を見た。それは、あの致死性の光線を放つ憑魔の爪に違いなかった。

 その先端から、闇を切り裂くように光線が射出されるのを見届けるか見届けないかのうちに、律は森の中へと駆け出した。大厄災前、人の手によって造り出された登山道やキャンプ場の移動コースは、破滅(ブレイク)によって徹底的に蹂躙されている。管理する者の居ない山の中は天然木が増えすぎ、何処を採っても「道なき道」の様相を呈していた。

 森の中に駆け込んだ瞬間、湿気が肌にまとわりついた。密林なので、木々の呼吸によって空気中に滞留した水蒸気が、植物の間を薄い霧で埋め尽くしている。視界が遮られる程ではなく、むしろ風の流れが可視化されている。

 微かに、悪臭が鼻を掠める。踏み潰された草木の裂ける、濃厚な匂い。そこに、山向こうで殺戮を行ってきたらしい憑魔に付着した、血や肉──破壊された人体の臭いが絡んでいる。

 息の根を止められた生命たちの匂いだ、と思うと、吐きそうになった。

運命開放(オラクル・リリース)! 魔導書板術(アルス・アルマデル)!」

 嘔気を懸命に飲み下しながら、律は詠唱する。風の流れ/震動/匂い……自然界に委ねられた”自然”の中、明らかに不自然な要素たち。=憑魔の位置情報。

「ギイイガアア──……」

 近くから遠くまで、方向だけは分かるが距離感の掴めない憑魔の声。同時に響き渡る、電動工具のような音+爆発音。ビームが射出され、遂に軍用機の一機が墜とされたのだ。

 魔導書板を手に駆けながら、律は天を仰ぐ。それが囮部隊の隊員たちを案じる気持ちの為か、無意識に悪臭から逃れ、新鮮な空気を求める体の作用の為か、自分でも判断がつかなかった。

 その瞬間律は、そこに無数の光の帯と、それを避けて舞う樹璃の姿を見た。

具現化(リアライズ)……415 - JP」

 小さな呟きにも近い詠唱が、やたらとはっきり律の耳に届いた。

 その瞬間、樹璃の突き出した右腕に、螺旋を描くように何かが巻き付いていくのが目に入る。何だろう、と目を凝らした時、それが閃光と共に解け、あたかも彼女の腕が銃器であるかの如く撃ち出された。

 空を貫くように、憑魔の爪の一本が伸び、ビームを放つ。しかしそれは、樹璃の放った魔法(?)が直撃した瞬間、金属板に投げつけられた水の如く放射状に散り、囮部隊に届く事はなかった。律が思わず見入っていると、樹璃によって放たれたものが梢に接近してくる。

 それは、東洋の龍を思わせる神秘的な大蛇だった。大口を開け、ビームを撃ち終えたばかりの憑魔の爪に肉薄するや否や噛みちぎる。憑魔の絶叫が轟き、肉体の一部として死滅したらしいそれがこちらに向かって倒れてきた。

「うわあっ!?」

 律は咄嗟に魔導書板を頭上に広げ、それを受け止める。大きな衝撃と熱風は襲って来、その場で数回蹈鞴(たたら)を踏んでしまったが、下敷きになるような事はなかった。触手にも似た爪は、魔導書板の上で大きくバウンドし、木々を薙ぎ倒しながら森の中に横たわった。

 作戦が始まる前に、安威一佐から樹璃の”特権”について、簡単な事は教えられていた。人々の中で共通認識はあるが、実際には存在しない想像の産物を具現化する能力。具体的にはポルターガイストなどの超常現象や、伝承上の生き物などだ。肝となるのは「人々の中で共通認識がある」という点で、例えば天使の姿は誰でも思い浮かべられるし、名前とそのものが結びつくが、頭が鰐の象の姿は誰もが考えつくものではないし、名前も持たない。

 今、樹璃は”龍”を具現化させた。なるほど、それは律にもイメージ出来るし、一目見れば龍だと分かる。それに、強そうだという想像も働く。

(でも、何でこれが契約術(テスタメント)なんだろう?)

 そのような、どうでもいい思考が頭を()ぎった時、

「ギイガアッ!」

 憑魔が吠え、山が再び震えた。どうやら、敵が本格的に動き出したらしい。

 急がねば。まだ、相手は移動してない。今のうちであれば、自分は最大限安全に対象へと接近する事が出来る。

 (はや)る胸を宥めながら、律は行く手を睨んだ。

 森の中を、ずるずると音を立てて巨大な姿が移動している。一箇所に留まっている印象の強かった新潟スラムでの戦いの時とは、大違いだ。ヨグ=ゾフトはどうやら地中でも活動──恐らく、地上よりも俊敏に──する事が出来、それは硬い岩盤のある都市部よりも、こういった地面が直接土のフィールドで特に効果を発揮するもののようだ。

 同時に、斜面を土砂が滑り落ちてくる。土壌を撹拌され、脆くなった山が崩れ始めているらしい。

 ──この勢いのまま人里まで駆け下りられたら、憑魔本体の暴走による被害だけでは済まない。少なくとも、真都心郊外の七十パーセントは土砂に埋没する事になるだろう。

 土砂崩れの速度は、時速二十~四十キロ。初速度のうちに乗り越え、ヨグ=ゾフトの懐に入り込まねばならない。

 律は、出来ればアルマヘッドをラウンド一式、続けて使いたくはなかった。そうすれば技の威力は最大になるとはいえ、”切り札”で仕留めきれなかった場合は冷却時間を課される。その間、憑魔のターゲットは間違いなく律に移り、こちらの通常攻撃は通じない。死が最も身近になる。

 しかし、迷っている時間はなかった。”切り札”の使用は確定事項なので、この技を挟めばラウンドは完成する。=仕方がない。

魔王術(サロモニス)!」

 徐々に”+加速度×時間”で速度を上げながら接近してくる土砂の上に、律は七枚のフィルムを階段式に駒打ちする。跳躍し、それを踏んで進みながら魔法を解放、斜面で爆発を起こす。爆風の圧力で土砂を堰き止め、初速を殺す。

 標的があまりにも巨大な為、遠近感が上手く掴めなかった。木の枝に登るようにして移動すると、激しく蠢いている憑魔は、思いの(ほか)近くに居る事が分かる。物凄い速度で移動しているように見え、その巨躯+遮蔽物の多い密林という条件により、完全に最初の位置から座標を変えるにはそれなりに時間を要するらしい。

 木の上で”切り札”を用意する詠唱に入ろうとした時、国防軍のミサイルが上空で憑魔の爪にぶつかったようだった。降り注ぐ閃光/熱線/衝撃。足場となっている木が大きく揺れ、律は踏ん張る間もなく跳ね飛ばされた。

 救いは、まだヨグ=ゾフトがこちらの接近に気付いていない事。

 急に体を逆さにされ、血液や臓器が頭の方に持ち上がる気持ち悪さを、律は必死に抑え込んだ。降り掛かる枝葉や火の粉を魔導書板で防ぎ、或いは両断する。自分がここに居るというのに、お構いなしに攻撃するのか、という抗議は律に許されていなかった。母は、律が常人離れした身体能力により、味方からの攻撃は全て回避するという事を前提に作戦を立てている。と、思った矢先に、憑魔の放つビームを避け、ついでに憑魔からも逸れて落下してきたミサイルが、律のすぐ横に落ちた。眼下で爆発音が響き、今度は下方から衝撃と閃光。

『避けなさい、律!』

 何処まで見えているのか、いないのか、インカム越しに母が叫んだ。

 (かろ)うじて律は、魔導書板を盾にする事が出来た。爆風/爆炎の直撃を避け、律は森の中を、何度も茂みやら木の蔦やらに揉まれながら転がって行く。終点は、大きな薮の群生だった。

「いっ……たーいっ……!」

 頭がくらくらした。視界の上の方が赤い。手を額に掲げると、そこに大粒の血の雫が滴った。頭蓋骨は硬いのでそう簡単に割れたりしないが、目尻や眉間が切れやすい事は母との戦闘訓練を経て知っている。

 体を見下ろすと、服は既に原形を留めていなかった。上半身は浮浪者の如く、襤褸(らんる)を数枚着けているだけで、スカートは半分程が存在しない。そして、ボロと化した服と剝がれた皮膚の区別がつかない程、血がべたべたと──この形容が最適だ──体を覆っている。

 痛みが、(かえ)って恐れや憂懼といった雑念を払ってくれた。その一方で、やや離れてしまった場所で相も変わらず炸裂する敵味方双方の閃光を見ているうちに、律は段々と腹が立ってきた。

(これが、フランチャイズの義務?)

 ──否定。

(違う……戦いなんて、ただの殺し合いじゃん)

 勇者きらら。母は、そう呼ばれていた。

 大厄災に於いて、彼女が何をしたのかは知らない。しかし、勝利を手にした事で母がそう呼ばれるようになったのだとしたら、そこには母の為に死んでいったであろう多くの人々の存在があるという事だ。栄光ある人類史には描かれない、名もなき犠牲者たちが。

 自分には”特権”がある。母は持たなかった、現在十六歳の少年少女──フォルブレイクの一部のみが持つ、未知なる人間の可能性。母は、自らがそれを以て戦えないが為に、娘に運命=代行を決定づけた。

(私は、殺し合いなんかしたくない。だけど、私がやらなかったから安威さんたちが命を落とした、なんて言われたら嫌だな……私がこんなにしたくない殺し合いを、私がやらないせいであの人たちにさせてしまうなら)

 さっさと終わらせるのだ。この、母の言葉一つによって支配される、戦場という世界を。しかしそれも、畢竟は母の意思通りなのだ、と思うと、律はやりきれない気持ちで一杯になった。

制勝奪取(トリックテイキング)……」

 詠唱→”切り札”を顕現。目標との距離は開いてしまったが、位置取り自体は決して悪いものではない。速度で詰める事さえ出来れば、十分に仕留められる。

 律は、血濡れた腐葉土を踏み締めて立ち上がる。山の上空で決死の攻防を繰り広げる樹璃たちに釘付けのヨグ=ゾフトに向かって、狙いを定めるように”切り札”を装備した右拳を向け、左足の腱を伸ばす。

 巨大な磯巾着の胴体は、地中に大部分が隠れている。新潟での戦闘のように高い位置から狙わずとも、弱点候補の部位──頭部周辺に命中させられる。

 律は意を決すると、足の撥条(ばね)を使って飛び出した。痛みが体幹を走るが、立ち止まれば反動で更に悪化する。なるべく、一歩で近づける所まで近づかねば。そう思った律だったが、もう少しで「(ゴーマ)」の射程に入るという瞬間、また飛来したミサイルを打ち払う憑魔の目が、偶然にもこちらを見た。

「しまっ──!?」

 つい口に出した時、先程は怒りによって払拭されたと思っていた怯懦が、しつこくもまた顔を出してきた。

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