「新潮文庫『武者小路実篤詩集』」
(初出 note、2024年3月28日)
武者小路実篤の小説『友情』『真理先生』、評論『人生論・愛について』(全て新潮文庫)を読んだ時、私は「相対化されない善」を思った。世界には善人も悪人も居ないというのは言旧られた言い回しだが、それが本当だとしても彼に限っては疑いようのない善人だろうな、という気持ちである。
志賀直哉の親友であり、彼と並べて「白樺派」の代表ともされる武者小路だが、その活動は詩や小説といった文学のみならず、「仲良きことは美しき哉」という添文の有名な絵画や、現在でも存続している村落共同体「新しき村」の創設、運営など多岐に渡る。後者の目指したものは個人財産の所有を排し、共有財産とし、階級闘争のない調和社会の建設であった。この理想については「新しき村に就ての対話」という彼の文章で詳しく述べられている。
武者小路の理想が社会主義に近いものであると見られる事は、この文中で本人も言及している。実際に行われたこの活動については現在では様々な批判もあり、人類全体を共同体と見ての世界平和を究極目標としたこの運動の、旗手たる武者小路が太平洋戦争の開戦後一転して戦争支持者となった事や、僅か六年間で離村して会費だけを納めるようになった事などで彼を攻撃する専門家も居る。また、戦後の公職追放後にまた反戦主義に立ち返った事の一貫性のなさや、行動が極度に理想的であり、空想社会主義の非現実性を取り沙汰される事もある。
私は、武者小路は決してリアリストとは言い切れない部分があるが、彼の語る理想は決して上辺だけの偽善的なものではなく、専門知識による羈絆を排して理想を抱けば多くの人がそうなるだろう、という純粋な人間の善性を体現している人物だ、と思っている。そして、彼の文学はそれらが現実のシビアさとは別次元の、いわば「許される」世界で形を成している。
悲恋に関連する『友情』や『愛と死』などは彼の理想をそれ程反映した作品ではないようにも思われるが、前者の執筆中武者小路は「新しき村」に身を置いており、恋愛の宿命ともいえる「相手の気持ちだけはどうにもならない」という宿命を描いたこの作品は、彼の言葉によると今後結婚や失恋を経験する村の人々に力を与えたいという意図で書いたのだそうだ。後者の方は恋が成就したとしても死別という終わりを迎える男女を描いているが、これもまた天命の前には成す術のない人間を、いたずらに激励するのではなく悲しみに寄り添うような書き方がされている。彼は他者の善性も信じ、創作の根底に博愛を流し続けたように私は思う。
武者小路の文章は、不思議な程に柔らかい。それは詩もまた同じで、格式張った難解な言葉を使わず、くどい言い回しもなく、子供が書いたように素直で私には好感が持てた。私が亀井勝一郎編『武者小路実篤詩集』(新潮文庫)に触れた時期は、詩作に行き詰まって創作界隈を離れていた頃だったのだが、私の詩作に最大の影響を与えた中原中也に出会う前にこの詩集を読んだ事で、「詩とはこれ程正直に書いてもいいのか」「これ程自由なのか」と目の前が開けたような気持ちを味わった事を未だに覚えている。
この詩集に収録された作品の中に、「本気に」という二行詩がある。「本気になれさえすればいゝのだ、/この俺は。」という一文は、詩というよりはアフォリズムに近いが、武者小路が詩について抱いていた考えは詩壇の潮流がどうだの、技巧的表現がどうだのという理屈ではなく、この一言に集約されるのだろう。捻くれて受け取れば自己満足とも思われるが、詩という体系に囚われる事なく、書いた人の肩書きが「詩人」ではなく一人の「人間」だと考えながら読むと良いだろうと思う。俳句や短歌について、従来は心に残った風景やその時々の感動を後から味わい返す事の出来るように残した写真のようなものだ、という捉え方があるが、武者小路の詩はそういった写生である。
文学が何であるかという問題以前の、写生。彼が、取り分けて芸術的な評価が高いとはされないが素朴な味わいのある野菜の絵などを描き続けた事にも通ずるものがあり、それは『真理先生』に登場する馬鹿一こと下山一の描く絵を連想させるものでもある。『真理先生』に登場する人物たちを主役に据えて描いた短編小説の一編「馬鹿一」では、彼の書いた詩が載せられている。
おまえは道ばたに落ちていて
詩人の処にゆきたいと願っていた
すると一人の男が来て
おまえの無言の言葉を聞いた
そしておまえを拾って
詩人の処に持って来た
おまえは無言で喜んでいる。
そして無言で詩人にお礼を言ってくれと言う
おまえをここまで運んでくれた人に。
おまえはついに詩人の処に来た
おまえはついに安住の地を得た
千年たつと、お前は宝石に化するであろう
武者小路は語り手の山谷五兵衛に「馬鹿につける薬はない」と思った、と言わせているが、無論登場人物たちは皆、周りからまずい出来の作品だと思われても愚直に自らの描きたいように絵を描き、詩を綴り、出来るものは愚作ながらも不思議と人を惹きつける魅力を持った馬鹿一を好いているのだ。私はこの馬鹿一が書いた上の詩に関して、武者小路が殊更に「彼の書いたもの」という事を意識してこれを綴った訳ではなく、本人が普段心のままに書いている詩と同じように書き、自分で「手のつけようがない」と苦笑したのではないか、と思えてならない。
そしてそれが本当だとすると、武者小路は自身の書く詩について高尚な目的を持っている訳ではなく、決して上手くはなくとも、自分の満足の行く仕事が出来ればそれでいいのだ、と思っていたようだと分かる。それは、分析的思考を以て相対した時に特別な手腕を読み取らせるものではなく、素直な心で読む者を決して不愉快な気持ちにさせない作品という事だ。
『武者小路実篤詩集』の編者である亀井勝一郎は解説で、「子供の自由画、そんな印象を与えられる。しかしくりかえし読んでいると、技巧のすばらしさに気づく」「考えが煮つまっていて、言葉の使い方も繊細である」と述べているが、私は武者小路の詩に緻密な計算は感じ取れない。「詩人」の作品ではなく「人間」の作品、そう思う印象は依然変わっていない。
解説の文中で亀井の指摘する通り、武者小路の詩には彼の思想を綴った詩も非常に多い。題名から「戦争はよくない」と言っている作品もある。私は彼の詩が写生の役割を果たすものであると述べたが、そういった性質はまた彼の思想詩によって裏打ちされている。
この詩集を一読して私が特に好んだ詩は三編あるが、中の一編「私はかきたい」という作品中で述べられている事が、武者小路の詩の性質をよく表したものとなっている。「そして私が死んで/何年も何年もたったあとで/一人の人がそれをよんで/そしてそのまゝ/そっとしまっておくような/そう云うような詩がかきたい。」(ルビ原著)という言葉には、明らかに同時代の詩壇からの評価を意識して”狙って”はいない、彼の詩作のスタイルが簡潔に反映されているといえよう。
一方で、詩人を名乗る者が彼の「正直に書いた」ような作品を見て、私と同じく良いと感じたとしても、それを「平易な言葉で単純な事を書けば良い」と早合点してはならない。彼の言葉が琴線に触れるとするなら、それは書いた武者小路と同じく「詩人」ではない「人間」の琴線に触れたという事だ。何かを書いた上であくまで詩人と名乗るのであれば、この詩集を「手本」にする事はあまりお勧めしない。
私は界隈を離れていた時期、詩作を行うに当たって詩の解釈を狭めて自ら囚われていたが、その時に巡り会ったこの詩集はそのような私の視界を開き、復帰する為のきっかけを与えてくれた。同様に、この詩集は詩人たちの界隈に参入したいと思いながらも敷居の高さを感じている人々の緊張を解き、特別なものとしての詩を考えさせる為の足掛かりを与えるもの、といえる。
この間、私は詩を、ある物事を表現する為に言葉を極限まで搾って抽出したエッセンスのようなものだと述べた。新潮文庫『武者小路実篤詩集』は、故に収穫前の果物畑であり、豊かな感性を持った「人間」を「詩人」として養う為の初等教育機関である、と言う事が出来る。




