「鳥」
(初出 note、2024年1月30日)
旧Twitter時代、「黒揚羽」なる風変わりな詩で創作界隈に参入した私だが、早いものでもう三年半が経過しようとしている。十九歳の誕生日を迎え、かつての私と何が変わったのかと問われればはっきりと答える事は出来ないが、徐々に気取ったところや己への過信、創作に対して無知なところが削り取られ、成熟とはいえないにしても成長したな、と感じる事がある。
一度界隈を離れれば、これといった実績がある訳でもない私は一介の大学生に過ぎない。二元論と陰謀論、悲観主義を嫌悪し、猫と女の子とペンギンをこよなく愛する若者一匹に過ぎず、プロフィール画像のペンギンも、母親が描いた、家にあるぬいぐるみのイラストを転用しただけである。
故に、私といえば鳥、現代詩の中でも奇抜な作品を日々投稿している私が鳥を三年半の間一貫して手放さない事には何か創作上の理由があるのだろう、などと解釈される事には非常に心苦しいものがある。だが、創作を一趣味から遊びを超えた追究対象にするに連れて、「鳥」というものが私の中で、ある一つの象徴に変化していった事は確かな事実として述べねばならない。
* * *
明治四十五年、日本人初の南極探検を行った多田恵一は、大正元年に『南極探検私録・南極土産片吟鳥の話』という本を出している。ペンギンは「片吟」という字を当てられた訳だが、現実の濁声で鳴くあの鳥とは似ても似つかないような情緒的な、詩情的な表記である。吟遊詩人のような、俗世を離れて平和に歌でも作り、高らかに朗詠していそうな。現実のペンギンは、冬は寒く夏は暑い極地で懸命に魚を獲り、営巣し、トウゾクカモメやらアザラシやらの天敵から身を守り暮らしている凄絶なサバイバーであるので、やはりかけ離れている。
とはいえ、総合研究大学院大学の渡辺佑基教授の著書『それでもがんばる! どんまいなペンギン図鑑』には、驚くべき事にペンギンの詩吟を思わせる箇所がある。渡辺氏からは「宇宙人と交信する」と表現されていたが、ペンギンたちは時折、誰も居ない場所で唐突に空を見上げ、繰り返し鳴き声を発する事があるのだという。あたかも、本当に空の向こうと交信しているような、何処かに電波を飛ばしているような様子であり、しかもこの行動がどのような意味を持っているのかは未だに明らかにされていないという。
私は昨年の今日、「片吟鳥」という詩を投稿した。コンセプトは「僕の事」とし、詩を書いてはネットの海に流し続ける自分を指して「詩吟をする鳥」と表現した訳だが、その時渡辺氏の『どんまいなペンギン図鑑』の記述を思い出して不思議な吻合を感じたものだ。詩を書いては電波に乗せ、発信し続ける私は、歌い、電波を飛ばし続ける(とされる)ペンギンと、切っても切れない縁があるのだな、という納得であった。
ペンギンはしばしば、「飛べない鳥」とされる。渡辺氏はペンギンが飛べなくなった理由(海への適応)を、著書に挙げた中で「独断と偏見で」ペンギンの最も「どんまい」なポイントとしている。海中を泳ぐペンギンは、フリッパーを羽ばたかせ、あたかも空を飛んでいるような動きを見せるのだそうだが、どうも動物に感情移入しがちで、好きながらも動物学者には決して向いていない私などはそこに「一度は捨てた空に憧れる姿」を見出してしまう。そうすると、何もない時に不意に空を見上げ、電波を飛ばすように虚空に鳴くペンギンたちの姿が、とても哀しいもののようにも思えてくる。
空を飛ぶ鳥は、何を連想させるだろうか。
飛翔する彼らは、シンボルとしては解放と知性の象徴であり、人間の自由を思わせる存在でもある。そして私にとって、自由を謳歌出来る鳥、何物にも囚われずにいられる青春時代にも似た象徴としての彼らが、成長に伴い現れる光と影のような存在として捉えられ始めたのは、ごく最近の事だった。
戦後から現在に至る間に登場した、現役で活躍中の多くの作家より一回り上の世代が描く小説群で、私はしばしば「鳥」を見た。それは例えば、大江健三郎の「鳥」という短編小説で主人公「かれ」に群がる幻影の《鳥たち》であったり、「不満足」『個人的な体験』に登場する鳥と呼ばれる青年であったり、柴田翔『鳥の影』であったり、村上龍『限りなく透明に近いブルー』で主人公リュウが見る「黒い巨大な鳥」であったりした。
青春、もしくは成長を、何処か退廃と、それを突き抜けた光と共に描いたような文学作品には、頻繁に鳥が登場する。大江健三郎「鳥」の「かれ」は、「暗い部屋に閉じこもって、耳たぶにふれるほど近くまで鳥の存在を感じていることでぼくは充分に幸福ですからね」と言うが、それを精神疾患だとされ、非人間的な病院に入れられてしまう「かれ」の中で鳥への感情は次第に空虚なものへと変化し、最終的には「おれは、あのいまいましい鳥どもからえんを切ったところだ」と言わしめる。そして、彼の中で鳥は狂気と共に現れる幻影に過ぎなくなってしまう。
また『限りなく透明に近いブルー』のリュウは、退廃に暮れ、淫行と薬物の蔓延するハウスでも淡々と、虚無的に描かれているようでありながら、その実誰よりも苦しみを自らの内に溜め込んでいる。そして、終盤それが決壊したかのように悲しく感情的になる場面に至って、鳥は現れる。「黒い夜そのもののような巨大な鳥、いつも見る灰色でパン屑を啄む鳥と同じように空を舞っている黒い鳥、ただあまりに巨大なため、嘴にあいた穴が洞窟のように窓の向こう側に見えるだけで、その全体を見ることはできないのだろう」──彼はこの鳥に怯え、「鳥は殺さなきゃだめなんだ」「殺さなきゃ俺は俺のことがわからなくなるんだ」「俺が見ようとする物を俺から隠してるんだ」と言う。
彼らの描く「鳥」たちは、一つ一つ異なる。大江の「鳥」に描かれる鳥は《現実》の対義語のようで、《現実》は「鳥たちのように柔かくせんさいな感情を持っていない」「決して従順でなく頑固にかれの部屋の外側に立ちふさがっていて、かれの合図をはねつける」(ルビ原著)とされている。また《現実》は「すべて他人の匂いを根強くこびりつかせている」、《鳥たち》は「鳥たちのほかは、みんな他人だということがわかった」即ち鳥は自分や親しい友人・家族の如き「かれ」の理解者だったという描写をされる。一方で『限りなく透明に近いブルー』の鳥は、恐らくはリュウが直前まで蛾の死骸を握り締めていた事から限界の彼の前に恐ろしいものとして具現化した幻であり、虫を蹂躙し餌とする捕食者としての存在即ち彼の「敵」である。
成長、そう言い切る事が出来なくても、青年時代に現れる何かしらの決定的な変化に伴って、味方として、或いは敵として「鳥」は姿を見せる。それは、鳥が自由の象徴である事と無関係なはずはない、と私は思う。
好ましくない言い方かもしれないが、社会に出る以前、心理・社会的モラトリアムと呼ばれる学生時代と、社会に進出してその運営に参加するようになってからでは、自由の意味もがらりと変わる。
前者の場合、大人が負うべき義務からは免除される代わりに、幼稚園・保育所から小学校、そこで六年間を過ごしたら中学校で三年間、また中学校生活の中では最初に前期中間試験があって、期末試験があって、といったように細かな決まりがある。いつまでにこれをしろ、と指示をされ、考えずともそれを確実にすれば、将来が閉ざされるような事だけはまずない。一方後者の場合は、義務が課されるし責任も課されるようになる。しかし、どのような現場でどのような仕事をすればいいのか、といった事などは、自分で選んでも良くなる。同時にそれは、ある意味では誰も指示をくれないし、自分の選択で人生から転落する可能性も、ない訳ではなくなるという事でもある。
サルトルに「人間は自由の刑に処されている」という言葉がある。これは先の例を見る限り非常に成人向けの言葉だが、私のような義務教育を卒業した後の高校生や大学生、特に時間割から所属するゼミからを皆自ら決めねばならない大学生には、「自由」が最も両面的な顔を見せやすい時期なのではないだろうか。
大学に於ける自由な風は、味方につける事さえ出来れば、自らの成長と成功に大きく貢献してくれる。限られた時間を、自らが成したい事の為に有効に利用する機会が与えられるという事なのだから。しかしその一方で、自ら何一つ決められず、どのように日々を生きれば良いのか分からない場合、大学時代の自由さは信頼出来るものから見放された空虚な不安を伴うものになってしまう。
「自由」の具現化が鳥であり、青年期に於いてはそれが常に表情を変え、現れる。私にとって飛べない鳥とは、まだその選択の段階にすら至っていない、空を飛ぶように自由に自身の道を選ぶ事を許されない、それを許される時期に至るまで、自分では干渉する事の出来ない「時間」が足りていない、というもどかしさを覚えさせるものでもある。
故にペンギンは、電波を飛ばして「自分はここに居る」「自分のメッセージは届いているか」と訴え続けているのだろう、と思う。そして、鳥と何処かしらで折り合いをつけ、何とか社会の中で毎日をこなしているように見える人々でも、結局のところは「ように見える」だけで、内なる葛藤や悲哀、絶望や嘆息を抱え、上げられない声に傷ついているのではないだろうか。だからこそ、人よりも豊かな感受性を持ち、繊細でその事に感じやすい表現者は表現をする。書き、歌おうとする。
私は恐らく、この先もずっとペンギンである。
病んでいる訳では、決してない。




