「#物書きは自分の文体でカップ焼きそばの作り方を書く」
(初出 Twitter、2022年12月22日)
小腹が空く、という感覚程、対応に困るものはない。
本格的に三度の飯の一という程度の食事を作るまでもない。だが間食をスナック菓子などで満たそうとすれば、ちょこちょこ食いがずるずると長引いて、結果無為に食欲を増長し、夜間の活動のお供となるそれらをいたずらに蕩尽するのみである。
食べない、という選択肢をすれば、この中途半端な飢え、些細なフラストレーションに気を取られ、勉学や趣味への傾注に支障を来す。結果、首鼠両端のうちに時間だけが過ぎていく事が少なくない。
何か、手っ取り早くこの間隙を埋めるものはないか。
そんな時、ふと台所の机の上に、インスタントソース焼きそばのパッケージがレジ袋から透いて見えたらどうだろうか。
袋からパッケージを取り出し、自問する。食すか、食さざるべきか。
「写真はイメージです」とあるが、それが空疎な想像で終結した試しはない。
腹を決める。
据え膳食わぬは男の恥、というやつだ。
* * *
封を切る時は、正方形のパッケージの一角から反対側へ対角線を引くように薄い蓋を折り曲げる。この加減が大切だ。何も考えない人は、引っ張れば蓋が取れる寸前まで剝がそうとするだろう。そうしてしまうと、湯切りの際に肝腎の麺を流し台に放散する事になる。まあ、大抵の場合蓋に湯切り口が付いているので、その意味が看取出来れば問題はない。
それから湯を注ぐ。ポットに湯がない場合、薬缶で沸かす十分弱を待たねばならず、パッケージの完成図の破壊的な誘惑に煩悶する事だろう。そのような悲劇が起こらない事を祈る。湯は、カップ麵の如くスープにする訳ではないのだから、そこまで厳密に基準線に合わせる必要はない。
また、かやくもこのタイミングで投入する事。後から入れると、それらはフリーズドライから立ち直れず、油断した歯と喉に深刻なダメージを与えるだろう。
タイマーは三分間。これは厳密に守って欲しい。
ここで主観が入る事を許して頂きたいのだが、どん兵衛や日清カップヌードルの場合、自分は少し硬麺派なので二分三十秒にセットする。二分だと硬すぎるからだ。だが、ソース焼きそばに必要なのはコシである。また、少し硬いとソースが上手く絡まないという問題も発生する。
それでも俺は硬麺がいいんだ! という方を敢えて止めはしない。だが、ソース焼きそばの醍醐味を最大限味わいたいのならば、疑う事なくパッケージに従う事だ。努々疑う勿れ。
さて、そんなこだわりを話している間にタイマーが鳴った。湯切りをしたら最後の手順、ソースと辛子マヨネーズで味を付ける段階に入ろう。
ここで、ソースを一箇所に集中させてから混ぜるのは思慮が足りない。辛子マヨネーズを掛ける時と同様、長方形のソースの袋の一点を斜めに切り、満遍なく全体に行き渡らせた後、箸を使って混ぜる。余程几帳面でない限りむらは仕方がないが、こうするとなるべくそれを軽減する効果が期待出来る。
辛子マヨネーズに至っては読者諸賢も想像されている通りだと思うので、殊更に説明する必要はない。だが一つだけ述べておこう。
パッケージ通りの見た目を一度楽しみたいのなら、混ぜるな。
* * *
いよいよ完成である。湯気の粒子までもが、食欲をそそる濃厚なソースの香気を纏っている気はしてこないだろうか。
カップ焼きそば。これは、深夜の試験勉強に邁進した学生や、残業と交通機関の都合上帰宅が日付を跨いだ社会人の胃袋に寄り添う至高の食物である。
片や、小腹が空いた時。片や、調理を行う気力がない程疲労困憊した時。
そこにあったら、カロリーなど無粋な事を考えるのは止そう。
ほんの数ステップと僅か三分間の待機で、一食を終えた満足感を味わう事の出来るこれは、我々のヰタ・キブスアリスをより豊饒なものとしてくれるだろう。
※宣伝と取られると困るので、商標名は明確にしておりません




