転生-1
メリバや鬱エンドにはならないと思いますが、ハピハピで終わることもないと思います。多分。多分ね。タブンネ(激ウマギャグ)
もしこれを読んでいるお前が、異世界に行くなんて馬鹿げた事を夢見ているのだとしたら、悪いことは言わない、考え直した方が良い。
異世界。
異世界転生。異世界転移。異世界召喚。
形式はなんでも良い。「異世界」とざっくばらんに纏められる、こことは違うどこかの世界で、ここでは成し得ない様なことを成す。あゝ異世界、だが我々が異世界に懸想するのは何もその“世界”そのものに魅力を感じているだけでは無い。
現代日本において、若者達はカースト上位者を陽キャ、下位者を陰キャと区分けして、ことある事にやれ陰キャがどうの、陽キャがなんのと話をする。中でも陰キャと呼ばれるような人達は、魂を一つ下の次元に売り渡していたり、時間の大半を仮想の世界に費やしていたりして、概ね現実的な幸福……とりわけ恋愛面のそれを手に入れることが出来ず、あるいは自分からわざわざ心理的ハードルを上げ、しかし望む思いだけが脹れ上がり、そういった願いや欲望がより一層彼等を異世界に注目させるのだろう。
異世界モノはやり直しの側面が強い。
現世で成しえられなかった事や現実では不可能である諸々を、異世界にて叶える。例えばハーレム、例えば無双、例えば原作再現、例えば、例えば、例えば。例を上げていくとキリがないだろう。
また、異世界にしかないものに魅力を感じている人も多い。それは絶対王政であったり、魔法であったり、奴隷であったりというような。
僕――椰子長啓介もまた、異世界に憧れを抱く者の一人である。そう自覚している。普段よりネット小説で異世界モノを読み漁り、時には主人公に、時には悪役に、といったように登場人物に自身を重ね、その世界で生きる妄想する事は一回や二回じゃない。
夢の中の僕は、いつだって万能だった。時にはチート能力で無双した。時には現代の化学技術をもたらして改革を起こした。時には不遇の扱いを受ける奴隷を助け、その子に惚れられた。学園で婚約破棄をした。古代魔法を復活させた。スローライフを堪能した。弱い魔物から進化を繰り返し、魔王と呼ばれるに至るまで成長した。
異世界について考えている時だけ、僕は僕から解放され、圧倒的な幸福を感じることが出来た。反面、現実はクソだった。
虐められている訳では無い。だが友達はいない。
容姿が特段悪い訳では無い。だが彼女はいない。
特に太っている訳では無い。だが運動は出来ない。
勉強をサボっている訳では無い。だが成績は中の下だ。
何処にでもいて、どうでもいい。人口が飽和した現代じゃありふれた、よくあるそんな存在。
「現実はクソゲーだ」と誰かが言っていたが、それは真であると心から同意出来る。現実はクソだ。いや、クソ以下だ。
だから――。
夜、信号を無視して突っ走ってくる大型トラックのハイビームの光に包まれながら、別にそこまで悪い人生でもなかったな、と思ってしまったのは、死への恐怖からの逃避故か、それとも思い出補正的なものなのか。
椰子長啓介、十七歳。何を為すでもなく何を残すでもなく、飲酒運転中のトラックに引かれ、事故死。その短い人生は悔いばかりだったが、死に顔は思いのほか穏やかだったという。
◆
「いや恥ず」
映像の終わりと共に思わず呟く。声に、読み聞かせを終えた保育士のような柔和な微笑みを浮かべた、自称神と名乗る幼女が首を傾げた。
「どこが、かな。何も恥ずべき所は無い、可愛らしい最期だったと思うが」
「ハイハイ。そりゃ、アンタにゃわからんだろうさ」
軽く流したが、声色から本気で理解出来ていないことがわかり、戦慄。精神の造りから根本的に別生物であると再認識する。神、というのもあながち間違いでは無いのかもしれない。
「丁寧に確認してみたが」俺の気も知らず神は上機嫌そうに言葉を続ける。「やはり不満は感じていなかったではないか。むしろ望んでいた。渇望していたと言ってもいい」
上機嫌さは天井知らずのままに、口が、まるで潤滑油をつけたかのように滑らかにまわる。
「なら、断ることじゃないだろう」
「……何度言われても答えは同じだ」
異世界転生の話だ。
俺は目の前の存在に、転生を勧められていた。
「生前のお主はあれほど転生を望んでいたではないか」
「生前は、な。今は違う」
生前は生前、今は今だ――と、本気でそう思う。生前は魅力的に感じていたらしい転生は、しかし今や色褪せたその他諸々と同列だった。魅力を感じていなければ、必然、断るという選択肢も頭に入ってくる。そして俺はその選択を採ったのだ。
「今?」
「考えが変わったって事だよ」
「だから転生を受け入れる気は無い、と」
「さっきからそう言っている」
答えると、とうとう我慢がきかなくなったのか、癇癪を起こしたように声を張り上げ詰め寄ってきた。
まるで子供だ。自称神の精神は思ったより見た目通りなのかもしれない。
「異世界だぞ。お主が欲しがっていたものが全て手に入る異世界だぞ!チートにハーレム、俺TUEEEEにざまぁ、スローライフ!全部がある!前世の未練を異世界でやり直せるチャンスだ!」
「どれも興味が無いな」
「今なら転生特典も豪華にするぞ!?」
「関係ない」
「……お主にしか頼めない事がある、と言っても?」
「何度でも言うが、俺に転生する気は無い」
「何故」
俺の返答が気に食わないのだろう。先程のテンションとは裏腹に、トーンを落とし、無機質な声で問うてくる。
「何故、そう頑ななのだ」
胡散臭せぇからだよ、とは言わない。言えない。茶化しは許さないとばかりにこちらを覗いてくる相手に、わざわざ混ぜっ返すような返答は躊躇われた。
代わりに出たのは、拗ねた子供の言い訳みたいな、幼稚で稚拙な言葉だった。これじゃどちらが子供か分からないな、と頭の冷静な部分で考える。
「別に。ただ、もう人生に未練とか無いんだよ。やり直したいことなんて一つも無いし、“もう一度”は望んでない。面倒なだけだ」
本心だった。
言い切り、幼女の方を見る。自身を神と称した彼女は、感情を見透かせない表情でこちらを見返していた。その顔を見て、美しいなと思う。人間離れしたその造形は、なるほど、神だというのも頷ける。俺も生まれ変わるなら美男美女がいいなぁ。まあ、転生はしないんだけど。
「……へえ」
「?」
上擦ったような声が聞こえた気がして彼女の方に意識を向けるが、変わらず無表情。いや、うっすら頬が朱色に染っているような……?
なんて。すっとぼけたが、やっぱりなという意識の方が強い。やっぱり、俺の思考は見透かされている訳だ。この思考すらも相手には筒抜けなのだろう。プライバシーの欠片も無い。
「なあ、そろそろいいだろ。このままじゃいつまでたっても平行線だ。何故かは知らないが、アンタが俺の自由意思を尊重しようとしている限り話は纏まらないよ」
「諦めろというのか」
「端的に言えばそうだ。……大体、なんで俺なんだ。俺以外にも、代わりは沢山いるだろ」
「……お主が異世界転生を望んでいたから?」
「嘘だな。それこそいくらでもいる……フッ」
疑問形の時点でそれが適当な思い付きだとバラしてるようなもんだろ。本気で答えてくれるとは最初から思っちゃいなかったが、あまりにもすぎて思わず笑ってしまった。
向こうは笑われたことに気付いてピクついているが、知った事じゃない、せめて隠す努力はして欲しい。ただでさえ行く/行かないの不毛な言い合いをしてるってのに、これじゃただの喜劇だ。それも観客がいない為虚無。無駄の二文字がこれ程合う状況はそうそうないだろう。
考えたらムカムカしてきた。安らかに死ぬはずだったのに勝手に呼び出されて、転生しろだのなんだのゴチャゴチャ言われて。なんで今まで真面目に答えてやってたんだろうな。イライラ感情に任せて声を出す。
「大体、『お主は死んだが、異世界転生させてやる』って言われて、素直に『そうなんですか、ありがとうございます嬉しいです』になる訳無ぇーだろ!」
「ハア!?なろう系じゃ皆泣いて喜ぶじゃろうが!死んだのに妙に理解がはやくて意味不明に盛り上がるから神側が困惑するまでがセットじゃろう!」
「それは創作だからだろ!作り物と現実をごっちゃにする奴がいるか!」
「あ゛ぁ゛~゛煩い!煩い煩い!とにかくオマエは転生するの!」
「し、ま、せ、ん!お?なんだ?泣くのか?マジでガキじゃねぇか。いや違う、そうだった、神様だったな。神ちゃま、お昼寝はしないんでちゅか?」
「幼女姿はお前らの趣味に合わせてやってんだろーが!!」
「――俺は年上派だ!!!」
静寂。
つい数秒前まで感情を顕にし、顔を真っ赤にして言い合っていたとは思えぬ程に表情が消えた幼女。
嫌に冷たい空気が頬を撫でた、気がした。
「……帰る」
ポツリと零し、虚空へと消えていく。
「……は?」
後に残されたのは、何の術も持たない俺一人だった。は?
読んで頂きありがとうございます。
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