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守護者と瘴気と姫巫女と  作者: ラフ
1/1

プロローグ

 

 世界は瘴気に満ちている、と人々は立ち所にそう呟いた。

 


 それは比喩でも想像でもなく、この世に生を受けた時から学ばされる俗識(ぞくしき)



 危険だから外に出ては行けないと、死にたければ境を超えろと、人々は皆そのように瘴気を揶揄(やゆ)する。



 吸えば肺が焼け(ただ)れ、浴びれば重度の疫病(えきびょう)を巻き起こす。

 それほど迄に人畜有害な存在、それが瘴気。



 けれど、花弁は(いろど)り、水面は映え、星空は煌めく、そんな世界が満ち足りた瘴気に毒されているなど誰が想像するだろうか。



 無論、幾人もの学者がそれを研究しようと躍起になった。


 発生方法から成分に至るまで、長年の月日と多大な資産を掛けて解明に全てを費やしていく。



 それは多くの願いを抱えていた。人々の、王の、はたまた自己の。奇跡にも(すが)る思いで瘴気の謎を研究していく。



 しかし、結論は明白だった。



 幾度、時間や資金を費やしても何一つ得られる知見はなかったのである。



 そもそも触れることこそ有害な外気を解き明かすというのは些か文明的にも難しい話ではあったのだ。

 神の力とも言わしめん魔法学に精通しているものでさえ、手を挙げんばかりに。

 


 しかし、無論人々も生活を送る術が全て(つい)えた訳では無い。

 瘴気、その空気感や言わば呪いの様な害的存在に立ち向かう唯一の方法が御伽(おとぎ)の時代から存在する。



 ————神稚児(かみちご)



 生まれながらに多大な祝福を受け、瘴気を遠ざける退呪の力を授かった幼子。



 代々、各国に存在する神稚児はその家柄に生まれた生娘に継承する。

 そしてその神稚児は年に二度行われる奉納の儀で祭壇に祝詞(のりと)を捧げ、舞を踊らなければならない。


 しかし、そうすることでその年は侵食する瘴気を一時的に防ぐことが出来る。



 先代も、そのまた先代も受け継がれる神稚児の力と儀式を用いて人類の存続を成しえてきた。



 人が人であるが故に無き力を駆使する唯一の方法。それが神稚児という存在。



 人々は神稚児を敬った。それも人権など彼女には無いほどに。当然のことなのかも知れない。一人の幼子に掛かる幾人もの命。だからこそ民は神稚児に死なれては困る。退呪の力を失われても困る。

 その為、神稚児の生活は年々制限されていった。



 ————最初は移動範囲の制限。



 瘴気を遠ざける退呪の力は明確な効能を持つ範囲があるのかもしれない。それは神稚児を中心とした円形状なのかはたまた楕円形なのか。


 誰にも分かりえない状況で大きな変化が無いように神稚児は自身が住まう王国の中心、その居城の外に出ることは誰一人許さなかった。



 ————次に近衛の選定。



 この世界には瘴気の他に人間に害を成すものがある。


 それが魔物の存在。人とは姿形や成りが全く異なっており、筋力が人のそれとは比べ物にならない程高い。


 けれど知能は極めて低く力を持つ魔物と知恵を持つ人との勢力ははるか昔から均衡に等しかった。



 基本的に魔物は瘴気の中で生活する。それは退呪の力が例に漏れず魔物にも有効だからなのだろう。


 しかし、魔物側からすればそれを良く感じえない。知能は低けれど、あくまで自身の生息地が人間によって少なからず縮められているのだ。


 その為、時折躍起になった魔物の多種多様が神稚児を殺めようと王国へと侵略しにくる。



 だからこそ近衛兵が選定される。神稚児の付き人となり魔物等の危険から彼女を守る、それが近衛の役割。



 神稚児の少女からすれば良くは思わないだろう。


 危険から守るとはいえ、殆どの生活の同伴を強いられる。食事、睡眠、勉学、はたまた着替えや排泄に至るまで。一人の少女は多くの命を守るために生活の殆どを制限され年を過ごした。


 それは法律でもなく、概念でもなく、あくまで課せられた人々の守り人として。





 そして現在栄える歴史的大都市アンデル。


 そこにも生まれながらに退呪の力を持つ神稚児は存在して。



「————いつか私も普通の生活を……」



 一人の少女がため息と心籠もりの感嘆を零す。


 誰にも届かぬその息は文字と絵の書かれた分厚い本の頁をそっとめくった。




 ———————————————––————




 少年がこの世に生を受け、産声を上げて生まれ落ちた場所は、温かく柔らかいベッドの上ではない、小汚い家畜小屋の片隅だった。



 道半ばで産気づき、身動きの取れなくなったとある娼婦が、必死に辿り着き、誰の助けも借りぬままにそこで出産に至った。



 育ちきってもいない筋肉を震わせ、健気に生きようとする彼に娼婦の母親は、侮蔑を込めた目で何度も何度も罵倒をぶつけた。



 そして、在ろう事か家畜の餌中(えさなか)に彼を埋めたのだ。その後、何事も無く母親はその場を立ち去った。振り返る事など一度も無く。



 この世に生まれ落ちたことは不幸であると誰かが言った。そしてそれは正しかった。少なくとも母親に捨てられ家族の愛情を受けることなど無くなった彼の中では。



 翌日、家畜の様子を見に小屋を訪ねた主人の男によって、息も絶え絶えになった赤ん坊が発見された。



 羊水から出ておよそ半日、産湯にもつからず餌に埋もれた少年は見るも無惨な姿になっていた。



 無論、家畜小屋の主人が見知らぬ赤子を育てる道理はない。ましてや可愛さの欠片も無い赤ん坊などもってのほかだろう。



 家畜小屋の主人はその赤子を抱くと持っていた緑黄色の布で彼を包んだ。そして小屋外から少し歩いた国境壁、その外側まで行くとこれまたあろう事かその赤子を布ごと瘴気の外へと放り投げたのだ。



 人々が恐れる瘴気の影響は赤子といえど例外ではない。長時間瘴気に晒されればたちまち体を毒されるだろう。



 けれど主人は赤子がどうなろうと構うことなどなかった。むしろ放り投げた衝撃で首の座らぬ赤子など死ねばいいのにとさえ思っていた。



 母親にも捨てられ、拾われた主人にも捨てられ、行き場を失った彼はそこで命を絶っても良かった。



 言語も、常識も、ましてや視覚や聴覚さえもままならないのならばそれを知り得る前に生命を終えた方が楽だったのだろう。



 けれど赤子は自身の境遇すらも理解できない。健気に家族の愛を、母親の母乳を求めて涙の出ない泣き声を上げる。



 そしてそれは閑散とした瘴気の世界で影にひっそりと身を隠す魔物を憤らせるには十分なほど轟いた。


 木々に現れる無数の影。辺りに住まう魔物が赤子を殺めようと石や太い木材を持ち、現れたのだ。



 緑黄色の体表に、焦点の合わない黄色い目。体格は人間の成人と変わらないくらいかはたまたそれ以上のものが多い。



 人を主軸の食料とする魔物は少ない。けれど魔物は依然雑食。腹が減ればなんでも口にする。その為、立ち所に現れた赤子の少年は魔物にとっては狩りやすい餌なのだろう。



 群れの先人を立つ群れの中でも一回り大きい、言わば魔物の首領が赤子の前へと歩みを進める。


 魔物は数歩、また数歩と進み、それでも尚泣き止まない赤子の目の前まで立ちはだかると頬から垂れる涎を右拳で拭った。



「————————」



 人には理解出来ぬ声を上げ、魔物の右手が振り下ろされる。

 遅くも早くもない殴打。しかし重力の乗った渾身の一撃。


 その一撃で赤子の顔面は見るも無惨な形へと変わる、————はずだった。




 一閃、空を切るような光が走る。

 すると瞬間、赤子を目の前に捉えていた魔物の長は炎を纏い火花を散らした。



 魔法、それはこの世界に深く根付く技術の一つ。行使すれば物を燃やし、水を湧かせ、植物を照らし、土を耕す。力なき人々に神が授けた知恵の結晶。



 奇声を発し、焼き焦げていく魔物の前に一人の女性が凛と髪を(なび)かせた。



「危ないところだったな、坊や」



 赤子を助けた女性が、言葉のわからぬ赤子に声を届かせる。



 外見は二十歳程だろうか。赤い真紅の腰ほどまであるロングヘアーに透き通っていてそれでいて重厚感のある薄紫の瞳。妖艶さこそあれど年端を感じえない妙齢な顔立ち。


 纏うのは黒を主軸と礼装を思わせるレースの着いたローブで、しなやかな四肢と引き締まったボディラインも相まって着こなしは完璧と言わざる負えない。



 見るもの全てを魅了し、その空間だけ異質に思えるような女性がそこにはいた。


 そして、そんな美しき女性は泣き止まぬ赤子に寄りかかるとそっと手を伸ばし、その子を抱き抱える。



「どうして赤ん坊がこんなところに……」



 泣き顔と汚れで悲惨さを語る赤子。

 そんな瘴気という人の住めぬ所に捨てられた彼に対して女性は言葉を零す。


 けれど、この世界では赤子が捨てられるなど少なくないことである。そして、彼女自身もそれを理解している。


 彼は何らかの理由で見放されたのだろうと。この先、誰の助けもなければ直ぐに命を落とすのだろうと。

 それは偶然出会った彼女でさえ理解出来ることだった。



「————————」



 赤子は言葉にならない声とともに懸命に涙を流す。

 そんな彼を見て女性はある決意を固めた。



「私の元に来るか?」



 今時、求婚でさえ用いないような言葉を女は赤子に問いかける。端的でされど赤ん坊には分かる余地のないセリフ。

 けれど赤子にとってその言葉は、唯一この世に生を受けたことを認めて貰えた意思表示に他なかった。


 泣くばかりで返答はない。

 しかし、それを見てか女は赤子の後頭部をそっと撫でるとその胸に抱き寄せた。



「————————」



 すると女が赤子と共に去ろうとした寸前、倒れた魔物の仇を打つかの如く子分たちが皆一様に声を上げた。

 街に近いとはいえここは瘴気の中。時間をかければかけるほど女と赤子には大きな負担がかかる。そしてそれを魔物の群れは理解している。

 仇を射ち、食料を得るだけなら魔物にとっては持久戦でいいのだ。



 女は赤子をしっかりと抱え直すと魔物たちに背を向ける。女がどれ程強かろうと流石に瘴気の中、魔物と対峙するのは(やぶさ)かではない。



 幸い赤ん坊が捨てられていたのは瘴気と街との境界線付近の林道。

 門番が守る城門まで着いてしまえばこちらの勝ちである。


 女は少年をより一層強く抱きしめるとその城門まで走り始めた。



「————————!!」



 逃がさないと、言っているのだろうか。人には奇声としか思えぬ鳴き声で彼女らを追わんと魔物たちも一斉に走り出す。


 無論、彼らは魔物。人不格好な走り方とはいえ人並みのそれとは筋力、脚力が到底違う。そのため、先に走り出した女との距離は段々と埋まっていった。


 しかし、女にとっては想定内。背後に近づく彼らを流し目に女は不敵な笑みを流れる景色に零す。



「————疾風(シュロスト)ッ!!」



 女がそう唱えた瞬間、女の踏みしめる足元に光の輪、陣とも言える模様が広がる。するとその光の輪が一瞬弾けたかと思うとその刹那、魔物の身体を持ち上げる突風が地面から吹き荒れた。


 十数体ほどいただろうか、魔物の群れがその風によって地面から投げ出され、見るも無惨に落下。

 受け身も取れぬ勢いで地面に叩きつけられ、彼らはあえなく全滅した。


 女はそれを知ってのことか走る足を辞めない。

 ————無論、魔法を行使したのは彼女である。


 指定した位置に風を発生させる汎用的な魔法、疾風(シュロスト)


 魔法は魔力を用いて行使する。そのため、使用する魔力が多ければ多いほどその魔法の規模は増大する。

 彼女は汎用的な風を吹かせる魔法に魔力を込め、更には地面から噴き出すようにイメージすることで乱風を起こしたのだ。


 基本、魔法や魔術は外界には出回らない。

 正式に認可された者しか扱えず、更には認可される者も世界にほんのひと握り。


 当然だろう。世の中には技術がある。医療や農業、工業、漁業など挙げ始めると切りがない程に。確かに魔法や魔術を用いれば驚異的にその技術や知恵を推進させるはずだ。しかしそれは諸刃の剣。使い方を間違えれば人を騙し、犯し、殺すことだって容易である。だからこそ使う人間を選定する。


 そして、勿論彼女は世界でも数人のそれを許された者の一人で。


 彼女は赤子を抱えたまま、眼前に見える城門を目指す。


 捨てられた赤子と魔術師の女。そんな異質な関係は女が赤子に名を授けることから始まった――――。




更新遅くなるかもです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 文章の紡ぎ方が非常に上手いと思います。 [気になる点] しかし、表現の仕方が些か重厚で、読んでいて胃もたれしてしまうような錯覚をしました。もう少し読みやすいような表現、語句を使用するべきだ…
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