三界は火宅ですね。
なんという業の深さか。
寂しく独り言ちて机の上の堆いパンチカードを私は見つめた。イングランドの夏の日はいまや西に傾きつつある。すでに南の窓は薄暗く、もうじきメイドがランプを付けにめぐってくることだろう。この世界、この時代の化石燃料を使った照明技術はまったく貧弱なもので、日が沈めばもうなにもできはしない。
せめて窓にいくらかの明るさが残る間に、この記念すべき九月の秋分の日に、なぜか覚えている東洋の奇妙な文字で、すこしばっかり、自伝めいたものの最初の一文を書か始めていくこととしよう。
ええと、プログラマーならば(どうやら私がこの世界線の最初のプログラマーとなるらしい)まずプログラムの名前を決めて、変数を定義せねばるまい。自伝の書き方なんてよく知らないが、プログラムと似たものと
思えばいいんだろう。で、私の文章が読者諸君諸嬢の胸中に一巻の詩興を回転せしむるならば、それは私のプログラムの動作成功ということ。
では、まず私の名前から。
私の名は
オーガスタ・エイダ・バイロン。
この名字で私の父の名を思い出す人も多かろう。
もちろん、これは仮の名。
本当の名は―――
私の綴る文字を理解しうる人々の間につい先日まで生きていた。
その世界は、おそろしく科学の進み魔術と見まごう程の複雑怪奇に達した状況であった。女たちは、この世界のように家に閉じ込められるということはなく、甘やかされ乳離れできぬ男たちを圧倒するばかりの勢力をしめしていたのだよ、御伽話のアマゾネスではなく。
で、私は、その世界-太陽の帝国-にあった考える機械神に仕える巫女のようなものだったと思っていただこうか。ここで巫女というのはちょっとばかりの含意のあることを付け加えておこう。
あれは運命の日だった。祝祭の日だった。機械神の新しいご神体を大神殿に披露する日だった。機械神の名?それを語るのはタブーではない。クオンタム・コンピュータ―と私たちは読んでいたよ。私は。その式典のために雇われた歩き巫女だった。歩き巫女とお蔑みでない、私達の記した算譜がなければ、クオンタム・コンピュータ―なんて鉄のかたまりなんだ。ただ、クオンタムというのが、とてつもなく扱い困難な魔術―技術であること、すなわち、獰猛なドラゴンであることを知っていてほしい。このドラゴンの反乱が、神殿をふきとばし、私の魂を、こっちの世界に島流しにした張本であることを覚えてほしい。