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1-5始まりの村の大冒険

 シンクロー。今日も今日とて森の探索。森にも慣れてきて行動範囲を広げてみたものの成果はない。あらかた拾いつくしたと見るべきなのだろう。

 ちなみに一人だ。


 あの日の事件の進展はなかった。事情は老エルフ神父経由で伝えられたが事を荒立てたくないという主張が出ており両成敗の両者注意で終わった。果たして主張はどちらから出てきたものなのか。

 進展はないにしても後始末は残った。アンナである。うら若き乙女の唇を奪ってしまったのだ。それが必要な行為だとしても結果が出てしまっている以上、意識するなとは女の子にとってさすがに酷であろう。なお、重要項目である。オッサン・イズ・チューの記憶は消えている。


 要は避けれっぱなしなのであった。

 理由は判明しているので特に傷つくことはない。逆に避けられることが楽しく嬉しく恥ずかしいシンクローは時間が解決することを祈ったのであった。

 サボり癖のナウマは強制的なお手伝がまだ続いている。監視付きで。おそらく自発性が起きるまではずっとだろう。


特筆も成果もない森の探索は終わりを迎えた。



「――ん?」


 教会に戻ってきたシンクローを最初に出迎えたのは違和感だった。

 いつも通りの変わらない慣れ親しんだ通常に突然紛れ込んだ邪魔者。例えば真っ白なキャンバスについたシミのような黒色。例えば女性専用列車に誤って乗車してしまった男性。例えば奥歯に挟まった昼ご飯の肉カス。整列しているからこそ僅かでも外れてしまえば浮き彫りになり目立つそれ。


 だが、今回は逆。無いからこその違和感。

 本棚に並べられた本が巻数バラバラに並べられていたとか。規則正しく一定のリズムで刻んでいた秒針の音が消えたとか。ズボンをはいたのに下着をはき忘れたでもいい。一見すると分からないが凝視すると見えてくるそれ。


 違和感の正体は、静寂だ。

 まるで生気がない。寝ているとか隠れているとかそんなものではない。

 抜け落ちていた。まるでセミの抜け殻のよう。


 子供たちが遊ぶ無邪気な声も。老エルフ神父のしわがれ声も。「おかえり」と優しく迎え入れてくれたアンナの声も。


 ない。なにもない。


倒され、壊され、割られ、引きちぎられ、踏み荒らされ、

神聖たる教会は侵されて冒されていた。


鼓動が徐々に大きくなるのを自身の耳が拾った。

吐く息さえ震えている。


「なにが、どうなって?…………みんなは?」


それでも逃げ出さず散乱した教会内を進むことができたのはここが知己の場所で目的ができたからか。知らない場所でシンクロー一人だけだったら迷わず回れ右して逃げていただろう。

居住スペースはひどく荒らされており足の踏み場もない。どかして進むという選択肢はシンクローの中ではすでに捨てられていた。何が日常を惨状にしたかその正体が掴めるまでは音を立てたくなかったのだ。さらにどかそうとすれば視界が下を向く。死角を作ってしまえば何かが起きたときアクションが遅れてしまう。


「……せっかく直したのに」


教会の正面扉は蝶番から折れて屋内側に倒されていた。複数の泥の足跡付きで。

常に清掃を欠かさなかった清廉な教会の中も、床や長椅子構わず大人数が右往左往したのだろう足跡が残されていた。それはシンクローの寝室がある地下に通ずる廊下まで続いていた。見回っていないのは残りこの先となる。


暗がりの廊下はまるで肉食動物の胃袋に通ずる道か。虎穴の虎に遭遇してしまいそうな、口の中が嫌に乾く。もはや飲み込む唾もない。

それでも行くしかない。

この惨状で得られるのは最悪の結果か肩透かし。絶対に最良はあり得ないのだから、シンクローが足を進めるのは安心を得るためではないだろうことは自身がよく分かっていた。


シンクローの希望としては皆が何処かに避難していて無事であること。

しかしそんな希望は簡単に砕かれる。


「………神父?」


やっと出会えた老エルフ神父。

彼はシンクローの部屋の扉に寄り掛かるように座り込んでいた。力が入っているようには見えない、頭が大きく垂れていた。


「神父、しっかりしてください!」

「…………………シンクローか」


 駆け寄ったシンクローはこちらに来てから出してない大声で呼びかけた。幸いにも弱弱しくも神父からの返答は会った。

 間違っても肩を揺すろうとは思いつかなかった。右肩から左腹部まで一直線に。切り裂かれた傷からは血が滲んでいた。ただ、見た目が重症な割には出血が少ないように見られた。


「………お前は無事であったか」

「森にいたので。そんな事より手当を!包帯はどこに!」

「………案ずるな。もう血は止まっている」

「そ、んな大怪我で何を強がっているんですか!」

「………わたしは治癒魔術も使えるでな。自分の治療くらいわけない」

「………魔術。ぱね」


 すっかりファンタジーな世界であることを忘れていたシンクロー。

 それでもこれだけは聞かなければならない。緩みそうな気持を正した。


「それで、いったいだれが?」

「………盗賊だ」


 この答えに心の中でこっそり息を吐くシンクロー。

 実は惨劇を見たときから疑っていたのだ。普段からこの教会を下に見ており、つい先日の水難事故の確執でとうとう村人たちが襲ったと思っていたのだ。だから神父が怪我をしているとしても医者がいるであろう村には助けを求める考えはしなかったのだ。


「………おそらく、ここら辺の盗賊ではない。間違いなくよそ者だ」


 そう断言できる神父の根拠は盗賊の在り方にあった。

 彼らは国に帰れない敗戦者、畑を持たない農民の三男四男、仕事にありつけない浮浪者もしくは冒険者で構成されている。なりたくてなったわけではない、そんな考えをもつ人たちだ。しかし生きていくためにはどうしても富――この場合は食料――を持つ者から奪うしかない。彼らは襲う。怪我もさせる。

しかし人殺しは断じてしない(・・・・・・・・・・)

農民出の盗賊は作物を育てる大変さを知っているからだ。もし感情任せに農民を殺してしまえば畑を管理する人がいなくなり、収穫物が減る。それは略奪で生計を立てる彼らの糧が減ると同義なのだ。他にもいもしない魔物や魔獣の脅威から守るかわりにせびるくらいだ。

村人も長年に渡る行為でそういう事を察して、大人しく渡せば大人しく帰る、そのような暗黙の了解が出来上がってしまい、今では特に警戒する素振りすら見せない。せいぜいドラ息子が親の年金をせびりに来た程度だろうか。


「完全に気を緩ましてしまってな。………バッサリよ。わたしとあろうものが、情けない」


 この教会も一度や二度ではない。特に神父は治癒魔術が使える。薬を買えない彼らからすれば間違っても阻喪をしていけない相手なのだ。老エルフ神父には脅しとも捉えられる口調だが実際は懇願だ。自分たちが悪人だから頭は下げられない。堕ちたなりにプライドがあるのだ。それは神父もわかっているので特に抵抗はしない。

 この神父時々フラッと姿を眩ますことがある。実は盗賊の隠れ家あたりをぶらついており、どうぞ攫って仲間を治療させてくれと回診の真似をしているのだ。

 見覚えが無い盗賊であっても危機感と警戒心が薄れてきていた彼は、隙を突かれて文字通り痛い目にあったのだ。


 刃物を振りかぶっている姿を見た瞬間にようやくいつもの盗賊ではないことを知り、怪我を負いつつも反撃。さらに子供たちをシンクローの部屋まで避難させて盾の魔術で壁となり籠城戦術を執った。迎撃は自身の怪我(特大)の治癒と数人がかり相手に盾の魔術を行使するのに集中していたためできない。魔術はそこまで器用ではないのだ。ようやく音を上げて帰っていった後でシンクローが立ち替わり入れ替わりで戻ってきた。


「部屋は借りておるぞ。ここしか頑丈なところはない上、隣は君の拾い物で埋まってしまっているのでな」

「それは構いませんが」


 部屋の中を確認すれば確かに子供たちが押し込められていた。皆一様に涙を流した跡が見て取れた。扉が開いたことで恐怖がぶり返したが、隙間から顔を覗かしたのが知っている人物だと知ると盗賊が去ったことを悟ったのか安堵の笑顔がこぼれた。

 しかし、シンクローは安堵できなかった。


アンナは(・・・・)?」

「…………連れ去られた」

「警察………公的に悪人を捕まえる組織への連絡は?」

「騎士団のことか。残念ながら距離が離れている。馬を使って呼びに行って帰ってくる間に完全に足取りが分からなくなる。それに要請に即時に動いてくれるかどうか」

「………だったら、村の人たちは?」

「剣よりも鎌や鍬を握る方が多い者たちだぞ。とうに諦めているよ」


 情報を手当たり次第に詰め込み、脳が理解するのに一秒。

 それを遂行するために必要なものをリストアップするのにまた一秒。

 シンクローは行動に移した。


 見覚えでもあるのか、シンクローの行動を察した老エルフ神父は止めにはいる。


「待てシンクロー。何をする気だ」

「盗賊を張り倒して連れ戻す」


即答。その言葉に迷いはなかった。

シンクローは隣の荷物置き場と化している部屋に入る。この扉は頑丈な造りをしてあったため荒らされた形跡はない。鍵もシンクローが所持していた。中身はすべて把握してるので、乱暴に積み上がっている物を廊下に投げて、必要なものを引っ張り出す。タイヤが少し変形した自転車に、ゴルフの8番アイアン、黄色い安全ヘルメット等など。


「無謀な考えはよせ!お前がいた国は既に戦争が無く平和を享受していたのであろう!」

「それが?」

「相手は敵と分かれば迷いなく殺しにかかる連中なのだぞ!」

「それが?」

「お前たちの国の人間は戦い方どころか剣や槍の扱い方も知らない!それはお前も同じで、それを言ったのは他ならぬお前だぞ!」

「………………」

「馬鹿な真似はよせ」


 老エルフ神父はらしくない口調でまくし立てた。シンクローが下手な正義感に駆られて起こした行動だと思ったのだ。

 この世界にも戦いから身を遠ざける人たちがいる。偶然に巻き込まれ、または保身で武器を手にすることがある。だがその人らが生き残ることはない。訓練を受けてない者が戦いに身を置くエキスパートに敵うはずない。

 止めなくては。戦いのない国から来た必ずこの人間は死ぬ。娘のように思ってきた少女を犠牲にしてでも、戦いに挑もうとする息子にように思っている青年を止める。

 考え直せ。お前が行っても死にに行くだけだ。それはお前がよく分かっているだろう。


それが、どうした(・・・・・・・・)?神父。あなたが諦めたことが俺まで諦める理由にはならない」


 しかし、届かなかった。


「なぜだ。なにがそこまで駆り立てる………?」


 シンクローは疲れたような、悲しそうな、遠くを見るような顔で過去を思い出していた。


 つい、この間のことだった。

平和だった故郷は地球が滅亡すると分かってからはすべてが停止した。過ごしてきた文明も生活も法律が意味をなさず、世界の文明レベルが獣レベルと同等に落ちた。

かつて過ごしていた田舎でもそれは現れて、シンクロー自身も当惑して何もできずにいた。

ある日のことだ。一人の男がシンクローを訪ねてきた。以前にシンクローが仕事を請けたことがある相手だ。

男は依頼をした。「自殺する勇気がないから俺を殺してほしい」と。

 当然シンクローは拒否した。

 後日、その男の家に様子を見に行くと、彼は死んでいた。身体はバラバラになって原型を保っていなかった。

 男はシンクローに断られた後、別の人物に頼んだのであろう。しかし頼んだ相手はタガが外れた連中だったのだろう。そのことをシンクローは察した。

 断らなければ良かったのか、分かっていたらこうはならなかった、どうすれば良かったのか。

 地球の崩壊で正常に動かなくなった世界で、失念と自責と後悔の重さは何とか支えていた若者の心を壊すには充分だった。

 よりどころを探すようにフラフラと町を徘徊していたシンクローは暴漢に襲われた。何度も金属バットで殴られて、ようやく粉々になっていた心が再構築された。だがそれは動物の本能に近かった。死にたくない。ただそれだけだった。

 互いに殴って殴られて血塗れになって、ようやく暴漢を倒したシンクローはガラスに映る自身を見て思った。

 なんて、醜い。これじゃ獣だ。

 法律も正義も無くなった世界で、獣に落ちることなく、今までの人でもなく、自分であれ。

 そう思うと、フッと闇の中にいた心が照らされて軽くなった気分になっていた。地獄になったからこそ大切なものに気づくことができた瞬間だった。

 世界崩壊でそれまで動いていた歯車が散り、個は完全な個と化した。

 シンクローの最期まで普通の生活にこだわる姿勢は理不尽の対する精一杯の抵抗だった。理不尽を突きつけた神に踊らされない。その意思表示だ。


「アンナたちは必死に生きてるんですよ。俺みたいに裕福に育ったわけでもない。ここで生活してそれがよく分かった。そんな彼女たちが盗賊の身勝手に振り回されようとしているんですよ。そんな理不尽が許されることじゃない」


 一年だけといえど地獄を知ったシンクローは、人権の概念が薄いこの異世界で、理不尽を拒み個人を尊ぶ気概を固めていた。


「それに俺は大人ですよ。せめて世話になっている女の子を助けて守ってあげたいじゃないですか。神父がそうしたように。だから神父そんな諦めた顔をしないでください」


 神父だって傷つきながらも子供たちを守った。それは親代わりとしても当然の行動だったともいえる。

 しかし、神父の中ではシンクローも彼の子供になっていたのある。でも、己の間違いに気づいた。


「本当に行くのか?」

「もちろん」

「死ぬのかもしれんのだぞ」

「可能性としてあるかもね」


 老エルフ神父が溜息をつき、シンクローから離れていった。愛想をつかされたとしてもシンクローは自業自得と考えた――。


「シンクロー、こちらに来てくれ」


 ――と思っていたら。呼ばれた先はシンクローの部屋のさらに奥の扉。事前に近づくなと注意を受けていたが、どうやら地下に通じているようだった。もとは地下墓所らしいのだが、今は用途が違っていた。


「ここは?」

「わたしが各地で集めた魔術道具の保管庫にしていた。だが見ての通り荒らされてしまったがな」


部屋の中は箱や樽と本が所狭しとあったのであろう。しかし蓋が外され木片は飛び散り書架には何もなかった。残っているのは地上と同じ荒れ果てた残骸の山。

老エルフ神父が石畳の一つを外した。収納になっているようで奥に腕を伸ばして取りだしたのは革の袋。


「良かったこれは残っていたか」


 入っていたのは古びた巻物が一つ。新聞紙やチラシ、コピー用紙くらいしか日常的に見慣れていないシンクロー。所々黄色く色あせていることかた年月が経っていることが分かる。


魔法の巻物(マジック・スクロール)だ。広げて魔素を込めれば赤子だって扱える使い捨ての詠唱の巻物(キャスト・スクロール)とは異なり、これはこれを読んだ者に修練なしで魔法を授ける代物だ」

「おお!じゃあこれを使えば俺も魔法が?」

「その可能性はある」


 まさに魔法ありきの異世界。かつて魔法という空想に虚しき憧れに焦がれていた少年の心に刺さる夢にも思わなかったアイテムだろうか。一瞬ではあるがここが現実ではなくて仮想空間ゲームと勘違いしてしまいそうだ。

 だからこそ、現実は甘くない。


「シンクローは一度問うたな。自分にも魔法は使えるかと。その答えを覚えておるか?」

「才能が必要だとか」

「そうだ。そしてこの魔法の巻物(マジック・スクロール)でも同じ事が言える」

「………そんな」


 上げて落とすとか、この神父は何をしに見せたのか。エルフの皮を被った鬼か悪魔か。


「早合点するでない。才能はいるがこれに関してはそうではない。分かりやすく説明するが、本来のスクロールは使用者の属性に合わせて使われる。火の属性は火のスクロールを。水の属性には水のスクロールを。そしてここにあるのは属性関係なしに使用者に的確な魔法を授ける予測不可能の巻物(ランダム・スクロール)。魔法は発現するがその中身までは選べないのが欠点だ」

「……とすると」

「君がこれを紐解き得られたものが攻撃性であるものとは限らない。それでも使うか?」

「当然」


 問われるまでもない。

 もともと行動しようとしていたところに魔法という武器が増えたということの話。使わない手はない。力とは行動の原動力ではなく、その行動に付随するものだ。

 なにより科学文明で育ったシンクローにどんな魔法であれ、それを得られる機会を逃すのは馬鹿げている。ハリポタ世代はいつだって杖を磨くことを欠かしていないのだ。異世界デビューに魔法使いとは運の流れが良い。アンナの事を一瞬忘れヒャッハーしたくなる。


「(アンナが連れ去らわれたのは別件として。魔法が習得できるなんて、なにやら運がいいのだけれど、しわ寄せどっかで来ないよな?)」


 盗賊にとらわれた少女。

 勝算不明。敵戦力不明。自戦力未知数。作戦出たとこ勝負。

 それでもやる。やらないで後悔はしたくない。

 納得しない青年は悪い運命に戦いを挑む。



 富を持つものは敵が多い。単純に妬んでいる気がするが。

 シンクローは後から知ることになるが、今いる王国は肥沃な土地だ。

 海に面した都市は貿易の玄関口として、高くそびえる山脈は敵国から進軍を防ぐ天然の防壁として、広大な平地では多くの営みが今日まで続いていた。極地に住む者たちにとっては垂涎の理想郷。

 当然、外国からの略奪や侵略は後を絶たない。

 しかし、住みやすい国というのは外ばかりに敵が生まれるわけではない。当然内側にもいる。

 代表するならば盗賊だろう。


 草原を横断して真っ直ぐに山に向かう一団がいた。

 馬に騎乗する男たちが七人。左右背面を囲まれるようにして並走する二頭引きの荷馬車。むき出しの荷台には食料と数人の年若い女性が詰め込まれるように乗っていた。

 村と教会を襲った盗賊の一団であった。

 彼らは村と教会から食料を強奪。抵抗した村人は切り殺し、徹底的にその暴力でもって破壊を楽しんだ。当然金に代わるものはすべて奪った。女は犯した後に奴隷として売られるか盗賊が飽きるまで奴隷として生きるか。アンナを含めた女性たちの生殺与奪権は盗賊たちによって握られた。


「逃げようだなんて思うなよ~。あ、違った。逃げてもいいぞ。荷馬車は止まらねぇけどな」

「そうしたら、後ろから追いかけてくるお馬さんに、やさ~しく踏んづけてもらってからあの世に行けるぜ。ギャハハハ!」


 囚われの彼女たちは手足を縛られていない。よって荷馬車から飛び降りようとすればできるのだ。しかし盗賊の男が言ったように背後から追いかけるように三頭の馬が走っている。飛び降りればどうなるか。彼女たちを縛っているのは恐怖と悪から逃れたいがための暗黙の結束。

たしかに盗賊は怖い。これから何が起きるか想像もしたくない。だけど、もし誰か一人でも逃げたらどうなるか。この場で彼女たちの身が危険にさらされるかもしれない。だったら抵抗しないほうが、素直に従っていたほうが死ぬよりもマシなのかもしれない。

彼女たちから漂うのはただの諦めだ。この先に光はない。縋れるものは今までの暖かな思い出と命だけとなった。


「しかし、しけた村だったな」

「だな。金品どころか酒すら少ない。あんなんでよく生活できたな。俺たちに対する嫌がらせか?」

「食いもんはたんまりあったけどよ。やっぱり酒が呑みたいぜ!」

「俺は女がいればいいな」

「だな!」

「ちと獣臭いのがいるが、酔狂なやつが買っていくだろうし」

「おん?やらねえのか」

「やるさ!大勢で囲ってヒィヒィ言わせてやんよ!」

「そいつは楽しみだ!その時は俺も混ぜろよ」

「俺も俺も!」

「…………なぁ、俺我慢ならねぇんだけどよ。この場でやっちゃだめか?」

「バカヤロー。一番最初はお頭からってのが決まりだ新入り!間違っても手ぇ出すな!」

「それは膜ありの女だけだろ?すでに無いやつは良いんじゃ……」

「死にてぇのか?」

「じょ、冗談ですって!本気にならねぇでくだせぇ!」


 盗賊の中にも掟は存在する。弱肉強食。強者がすべてを決める。むしろ野生動物にしか見られないそれは支配構造の原点もと言えよう。全てを奪い、全てを犯し、全てを破壊する。これこそが盗賊の本当の姿。そして暴走を許さないためにも頂に立つ者は王者ではなく強者でなければならない。あの村に出没する農民を気遣い盗賊を装う物乞いの存在は稀だったのだ。というか本職の盗賊からしてみれば風上にも置けない者たちと言った方かいいのだろうか。


「…………………」

「アニキどうしたんです?」


 荷馬車の御者席に座るアニキと呼ばれた槍持ちの男は先ほどから会話には参加していない。ただじーっと荷台に乗っている女たちを眺めていた。

 明らかに他の盗賊と風貌と着ている皮鎧が違った。額には赤いバンダナ。髪と顎髭は長く三つ編みして女物の髪飾りを飾っている。皮鎧はきちんと手入れをしているのか状態がいい。これだけでも、この男は他人からどう見られているかを意識している証拠ではないのか。他の盗賊は身体も鎧も垢だらけで小汚い。野性味あふれる盗賊の男達の中にいるからこそ、その男は浮いていてそれが知性的に見えるのかもしれない。

 事実その槍持ちの男は荒くれ者の盗賊団の参謀役であり、奴隷などを売る際に商人を相手にしている。収穫するのは下っ端の役目だが、必要なものを購入するための金銭の収入はこの男が稼いでいる。


「悪りぃな。俺が我慢できなかった」

「はぁあ?」

「女一人貰うわ」

「ちょっ、ちょっとアニキ!いくら何でもそれはマズいですって!」

「大丈夫だって。兄ちゃんはこれくらいで怒ったりしねぇから」

「止めなかった俺たちが殺されちまうじゃねぇですか!?」

「最近引っ越しやら新人教育やら新しい取引相手との会合やらで忙しくって発散してる暇がなくってよ。それに俺が代わりに殴られてやるから安心しろ。な。」

「………えー。全く安心できない。というか俺たちが目の前でお預けってのが」

「外からイイ女と酒を買ってやるから。それでいいだろ?」

「約束ですよ?では俺たちは何も見てない聞いてない」


 この男ただの参謀ではなく盗賊団の首領の実の弟だったりもしている。つまり血を分けた兄弟が盗賊団を仕切っているのだ。力の兄と知の弟。そして兄たる首領は弟にかなり溺愛しており大抵の事なら多めに見る傾向にある。つまり甘々。槍と鎧も兄から与えられた極上の逸品だったりする。だからってやりたい放題というわけでもなく引き際も弁えているので、こういうところが盗賊団の中でも知性的なのだろうか。

 しかし欲望に忠実なところはやはり盗賊だったりする。


「さて、処女厨の兄ちゃんの為に若いのは残しておいて。だからって子供産んでる奴は中古臭いし相場も安いんだよな。俺の息子は安くない。となるとお前だな」

「……。え?あたし!?」


 指名されたのはアンナだった。


「お前処女だろうけど、兄ちゃん猫派だから犬は抱かないだよね。あ、安心しろ俺は犬派だから。」

「い、いや、来ないで!」

「初めて痛いかもしれんが諦めろ。それに乱暴に壊す兄ちゃんと違って俺は紳士で優しくできる自信があるから」

「………だ、誰か助けて」

「助けなんて無駄だぞ。どうせこいつらも兄ちゃんに壊されるんだから。遅いか早いかだけ。それに好きなやつでもいるのか」

「…………」

「あー、それは悪かった。だったらそいつだと思って抱かれてくれ」


 少女の助けを求める声に応えるものはいなかった。同じ荷馬車に乗る女性たちは恐れからか一様に俯き、顔を背けた。頑なに目を瞑り耳まで抑える者もいる。

 逆に男たちはニタニタと脂のように汚い視線を向けてくる。ズボンの上からでも分かるくらい逸物がそそり立っていた。

 そして槍持ちの男は自分のズボンに手を掛けた。露わとなるのはアンナが初めて見る知識でしか知らない怒張。この場においてそれは絶望の象徴でしかない。


「………いや」


 思い浮かんだのは黒髪の男性。溺れたときに唇を奪われたその人。

 好きかと問われれば分からない。

 彼には二度も助けられたのだ。気になっているのは確かだった。

 でも、今も走る荷馬車の上。決して助けに来れるはずない。

 それでも縋るものがあるとするならば、求めるものがあるならば、手を伸ばしてしまう。

 決して届かなくても。


「いやああああああああ!助けてシンクロー!――」




「呼んだ?」




「は?」

「へ?」

「――おおおおぉぉぉ…………え?」


 その返答はあまりにも近くで。

 だからこそ温度差の違う声に全員の動きが止まり。

 その姿を最初に目撃したのは後ろを向いていた御者だった。


「ぶっごはっ!」

「ぷげぎゃっ――ががああああああああああああああ!」


 アンナ視点からでは、黒い何か荷馬車よりも高速で通り過ぎたように見えたら、槍持ちの男と御者が短い悲鳴を上げて吹き飛ばされて御者の男だけが落ちていった。槍持ちの男は御者席ででんぐり返しの状態でひっくり返って気を失っていた。そして代わりに立っていたのはここにはいなかった人物。

 黒髪に神父服。助けを求めて脳裏に思い浮かべたその男が目の前にいた。


「………シンクロー?」

「ギリギリセーフって感じだな」




 時間を少し戻そう。


 読むだけでランダムに魔法が授かると言われる予測不可能の巻物(ランダム・スクロール)を使って魔法の力を得たシンクローはものすごく気分が悪かった。


「…………………………………………………………………………………………」

「………し、シンクロー?大丈夫か?」

「…………………大丈夫じゃねぇですよ。死にたい」


 訂正しよう。鬱一歩手前であった。


「(最も嫌な思い出を改めて見せられたっというか、永遠に癒えないカサブタ無理やり剥がされて塩と辛子とワサビを注入されて熱々の火搔き棒でぐりぐりかき回されたようだ)」


 これは魔法の巻物の使用者に現れる症状だ。


 「魔術」とは「術・すべ」の文字があるからして分かるように「技術」である。才能の有無はあるがコツやら練習やらで誰でも習得可能な技。

 対して「魔法」の「法」とはなにか。

 誰の手元にある辞書にはこう記されてある。


 『池の中の島に珍獣をおしこめて、外に出れないようにした様。珍獣はその島という「枠」の中では自由だが、その「枠」の外には出れない』


 この場合「珍獣」とはすなわち己――魂。性格。培ってきた記憶。今の自分を形成する情報――を指し、「外」とは恐らく知覚・観測の外と考えられる。「島・枠」は外とは逆でパーソナルスペースや知覚・観測範囲を指していると考えられる。

 つまり「法」とは「他人に邪魔されずに、自分で好き勝手思い通りにできる世界」「精神」であり、「魔法」とは「自身の観測領域内において、己が魂に従い精神力で世界に干渉する力」となる。夢と現実をごちゃ混ぜにした破格の力。


 魔法使いの扱う力はそれまでの自身の過去に所以する。自身の人格を形成するにあたり、火に関する出来事があれば火の魔法を得る。水ならば水を。そしてそれは物質に留まらない。破壊の魔法に時空間の魔法と、この世あるものすべてが魔法の力に直結する。

 ではその適正に合わなければどうなるか。

 魔法とは魂の具現化。元ある人格に別の人格を必要もないのに移植したとしよう。魂の座は身体に一つ。そりが合わなければ、破綻するだろう。

 発狂。精神汚染から始まり麻痺。最悪、死。


 では今回シンクローが使用した予測不可能の巻物の場合どうなのかというと。単に自分の過去をプレイバックしただけなのだ。何度も言うが、魔法とはそれまで人生で形造ってきた魂の在り方の具現化。魔法の力を自覚させるために思い出を振り返させた。夢や希望の詰まった楽しい思い出なら良いだが、楽しい人生が必ずしも影響を与えるとは限らない。自分の過去にいろいろな思い出があれど、シンクローの思い出は苦い物だった。


「ほれ、いつまで膝を抱えておる。アンナを助けに行くんだろう」

「…………アンナ、そうだ、そうだった」


 抱えていた膝を解放したシンクローはのろのろと動き出す。やる気はこれから上がります。


 シンクローの身に宿った魔法がどういう力なのか、それは自覚できていた。

 だがそれは、コップ一杯の水に塩の結晶の欠片を一粒だけ混ぜたような、薄っすらに漠然を掛け合わしたかなり曖昧な感覚だった。だけど使うことはできる。それこそ見えない腕が生えたようなもの。皮膚や目視で確認はできないが触覚とも視覚とも違う感覚はある。

 使うことができると言っても、反射的に使うのはやはり使い慣れた手足の方が多くて早い。それに比べて魔法はそれこそ意識しないと使うことができない。耳を動かす感覚に近いのだろうか。

 使い慣れるために練習は欠かせないとしても今は時間が無い。


 ケガを負っている老エルフ神父を残して教会から続いている複数の馬蹄の跡を追う。

 それは村まで続いており、また新たな馬蹄と馬車らしき轍の跡が合流して村の外へ。シンクローは村の外の地理まで詳しくないが、どうやら遠くに見える山脈に向かっているようであった。


「………うわぁ、どうしよ」


 ここに来て少し頭が冷静になったのか、足が動かない。シンクローは事態の深刻さが見えてきた。

 

怪我を負いすすり泣く声。

血まみれで動かなくなった誰かに寄り添い悲鳴じみた声で呼びかける人。

包帯に血をにじませながらも何かを訴える村人たちとそれをなんとか宥めている村の顔役。

家の戸がすべて蹴破られて倒れている。

教会と同じであれば、家の中は相当荒らされているだろうことは予想できる。

初めて感じるリアルな恐怖。

未発達な文明でありがちな異世界の影の部分。

シンクローは耳で、目で、肌で、異世界の恐ろしさを感じて、背筋から足腰を凍らせてしまった。


……………とかではなく、


「………移動手段。考えてなかったよ」


 シンクローの頭に中にはタイヤの歪んだ自転車の存在は忘れ去られていた。

時は戻って、シンクロ―は高速で走る荷馬車の上にいた。


「………なんで、どうやって?」

「良かった無事だな………無事だよな?」

「え、あ……うん」


目を見張って驚くアンナに、盗賊が現れて今まさに誘拐されている最中だというのにそのことを忘れた、もしくは無かったかのように泰然で平素な態度で応えるシンクロー。

しかしシンクローの目線は少ない情報を集めるために忙しなく動いていた。

下半身丸出しの男と衣服の乱れたアンナ。イコール何を指すか。シンクローブチギレ案件である。

実際はシンクローのファインプレーにより未遂であったが、安易に予想できた分だけシンクローの腹は簡単に沸点を越えた。

アンナが衣服の乱れを直している間に、とりあえず汚い角度でひっくり返っている男を走る荷馬車から蹴り落とす。

強姦男(と、シンクローは決めつけている)がいなくなったことで御者席に槍が落ちていることに気付いた。自然な彩色の緑色の槍。感触は木というより観葉植物の葉のようにツルリとしていた。太ももに押し当ててしならせてみたが折れるどころか曲がる気配がない。そしてかなり固い。


「ちょうどいい。武器が無かったし」


 緑の槍を貰っておくことにした。窃盗?落ちていたものなので所有権は拾ったシンクローに移りました。というか武器すら忘れる男。


「えーっとアンナ、馬ってどうやって操るんだ?とりあえず手綱引っ張れば曲がってくれるのか?」

「だ、ダメ!馬ならあたしがやるからできるから勝手に引っ張らないで―!」


 泰然な態度でも内心テンパってるシンクローは自身が決めた段取り通りに荷馬車を村へ向かわせようとする。車ならまだしも馬なんて扱ったことのないシンクローは焦って無暗に手綱を掴む。それをひったくったのは御者席に乗り込んできたアンナだった。


『てめぇ!どっから湧いて出てきやがった!?』

『よくもアニキを!ぶっ殺す!』

「何言ってっか、わかんねぇよ!」


 Uターンは出来ないので大きく弧を描きながら右に曲がり始める荷馬車。当然異変に気が付いている左右にいた盗賊は近づいてくる。

 それをシンクローは魔法を使い、操ったソレを高速でぶつける。御者盗賊を落としてから死角である空中で待機さておいたソレを騎乗した四人の盗賊たちが丁度重なるように一直線に衝突させて落馬していった。


「シンクロー今の何!すごい速さで飛び去って行ったけど!」

「わーっ!わーっ!おい馬鹿前向け!危ねえだろ!」


 通り過ぎていったソレを見ようと手綱を握るアンナがよそ見運転しようとした。

 現代社会において軽車両扱いされている馬を知らないシンクローにとってそれは未知の乗り物だ。搭乗頻度が低いバスや飛行機と違って馴染みが無さすぎる。しかも高速で走ることを想定した通常の馬車ではなく農作業をメインとした荷馬車。それが風を切って突っ走っているのだ。大きく不規則な揺れと体に叩きつけられる風は新米ドライバーにハンドルを任せるよりおっかなかった。


 ともあれこれで追いかけてくる盗賊は後方の三騎のみ。仲間たちを落馬させていった謎の存在に警戒しながら徐々に近づいてくる。


「粗方片付けたな。アンナ、お前はこのまま村に戻れ。盗賊は俺で何とかする」

「そんなの危ないよ!神父様に頼った方がいいよ!逃げようよ!」

「神父は傷を負ってる。それに神父の魔術がどういうものか知らないから頼りにくい。それとも知っているか?」

「……ううん分かんない。魔術は時々見せてくれるけど、戦うための魔術は見たことが無い」

「だろ。ついでに言うと、もうすぐ追いつかれる」


 二頭引きとはいえ荷馬車に荷物満載で村人たちまでいる。一頭に対して一人の盗賊たちの方が軽いため、距離は近づくばかりだ。


誰かが足止めしなければならない。

そしてそれができるのか誰か。


犬耳少女の指が青年の袖を掴む。

お互い何も言わない。

言っても止まらないし、言われても止められない。

悲痛な表情は青年の胸を打つ。打ったからこそ、守らなければならない。

仕事の関係ではない、個人的な繋がりに。熱のある気持ちを通わせるなんて異世界に来る以前はなかなか無いものだった。


「誰かに心配してもらいるなんて、何年ぶりだ?」


 それが嬉しかったから、こんな状況に関わらず頬が反応してしまった。

 想像できなかった笑みに驚き、少女の手が僅かに緩み、袖がするりと外れていった。

 

「あ!」

「先に帰ってご飯の用意でもしといてくれ」


 槍を掴み荷馬車から飛び降りた。盗賊たちの目を引くように高く。

 走る馬車の上で伸ばされた少女の手は引き離されてもう届かない。


『男が飛び降りやがった!?』

『馬鹿か!?』

『このまま踏みつぶしてやれ!』


 車でもそうだが、当然高速で走るものの前に飛び出してきたのならブレーキでは止まらない。まして盗賊たちは止まる気はない。


 ただ馬鉄がシンクローに着くよりも、シンクローの足がまだ地面に着いていない。

 着くよりも先に、荷馬車の下に隠していたソレが飛び出し、両足を受け止めた。

 

「……せーっの!」


 突然出てきたソレに警戒を強めすぎて硬直した盗賊たち。近すぎる馬間(車間?)は彼らにとって命とりで、シンクローにとって絶好の的だった。

 まるでスノボーのハーフパイプでもするような、両足をつけたままソレに片手で掴まり本来の正面を見せるように垂直に傾けた。


 とうとうソレの正体が判明した。

 盗賊たちを次々に落馬させた、それ以前にシンクローがここまで運んできた物の正体。

 だからこそ、困惑したことだろう。

 見慣れているが、ここには無い物。盗賊たちだって日常的に触れたことのあるソレ。

 各家庭、家持ちならば確実にある、ある意味その家の顔であり口であり、この場合は唇か?

 単体であるから、草原のど真ん中では違和感しかもたらさない。

それは家の――。


『『『ドア?』』』


 呆気にとられる盗賊たちに代わり行動したのは彼らが跨る馬たちだった。

 突然人しか立っていなかった視界がドアの影に塗りつぶされたのだ。驚かないはずがない。避けるための急な進路変更に盗賊たちは身体がついて行かず振り回されて大きく体を傾けてしまった。

 そこをシンクローがドア越しに蹴りをかました。

 最後の三人も見事落馬させて、アンナたちを追える者はいなくなった。


「これですべてなんだろうけど、どうすっかな?」


 さて、予想と想像を超えた結果にシンクロー自身が驚いているが、このプラン行き当たりばったりなのを忘れてはならない。つまり処理を考えていなかったのだ。


「とりあえず縛ってお巡りさんにお任せかな」


 一般市民に過ぎなかったシンクローが発想できる限度はこれしかないのだ。ロープも何もないので盗賊たちが着ていた服を代用して縛り上げる。落馬したので程よくけがを負っているはずだ。無駄な抵抗はないはずだ。その後は神父にどこに預ければよいか尋ねれば万事解決。


『全く、よくもやってくれたな』

「……無傷だと?」


 物事が万事解決といくのであれば人々は何も苦労はないだろう。

 ただ蹴落としたはずの強姦野郎が服の泥を叩き落としながら近づいてきた時は、もはやシンクローの悪運がマイナスに働いて偶然助かった、なんてことでは説明付けられなかった。


 遠くの方で、また近くの方でのろのろと立ち上がり駆け寄ってくるのは落馬させたはずの盗賊たち。強姦野郎と同じく大怪我を負っている様子ではない。もしくは落馬すれば大怪我というのがそもそもの誤った認識なのか。武器を手にあっという間に囲まれてしまった。


 強姦野郎以外は怒りの形相だが、ドアが飛んでくるのを恐れているのか囲むだけで近づいてこない。


『アニキ!さっさとヤッちまおうぜ!』

『待て待て。この俺たちに楯突いたんだぞ。これは称賛に値する尊い行為だ』

『それが何だってんだよ!』

『黙れ脳無し。三下のように振舞うな。お前ら、俺たちが成した偉業を忘れたのか?』

『………あ』

『よろしい、分かってくれてなによりだ。俺達には敵わない。そうだろ?』

『ああ、そうさ!俺たちは最強だ!』

『そうさ誰も俺達には手も足も出ない!』

『腰抜けの王国騎士が出てきたって負けないぜ!』

『よしよし俺の可愛い子分たちよ。まずは拍手をしてやろう』


 奇妙な光景だ。

 先ほどまで鼻息が荒かった盗賊たちが一変。卑下た笑みを浮かべて一斉に拍手しだした。襲ってくる気配を潜めた。

 強姦野郎に何を言われたのか、残念ながらシンクローの耳には理解できない。だから一層警戒を高める。


『おお、勇敢なる神の下僕である神父よ。その女を助けた行為は神も喜ぶ事だろう。だが、相手が悪かったな。我ら「三つ首の蛇狩り盗賊団」に敵うと思ったのか?』

「……………………………………………………………」

『………………………………………………………おい』

「……え、俺?」


 三つ首の蛇狩り盗賊団はそれなりに有名である。その残虐な行為でもって人々を震え上がらせて、群体としての武力は生半端な騎士団では敵わないと言われている。さらにその名を広めるきっかけを作ったとされるとある噂。大怪物討伐。世間の信憑性はどうであれ、鵜呑みにしないでかかってくるものは良い鴨で、疑いだせばそれは畏怖させる強力な手札にもなる。

だというのに目の前の神父はきょとんとするばかり。驚いた様子もない。


「悪いんだが、言葉は話せないんだ。身包み寄越して全裸で謝罪しろなんて提案なら断るぞ」

「なんだ、聞こえてないんじゃないのか。それにしてもアルフ語か。妖精族でもないのに珍しいな」

「お、合わせてくれるのか」


 シンクローに合わせて強姦野郎がアルフ語に直してきた。これにはシンクローも助かる。


「それでなんて言ってたんだ?」

「………ごほん。おお、勇敢なる神の下僕よ。………いや二度も言わせんな」

「聞こえてなかったんだよ。しょうがねぇだろ」

「おまえ、三つ首の蛇狩り盗賊団を聞いたことはあるか?」

「ない」

「即答かよ。アルフ語しか喋れなさそうだし、妖精の森から出てきた男か何かか?………いや、となると相当貴重な人材か?」

「なにブツブツ独り言してんだ。帰っていいか?」

「待て待て。おまえアルフ語が話せるんだな?」

「そうだ。それしか話せない」


 突然始まる面接のような事。刑事の取り調べかもしれない。


「それはなぜだ?」

「俺が来訪者だからだ。最初に会ったのがエルフの神父だった」

「来訪者だと!?これまた貴重な。おまえ俺たちを追いかけてきたよな。どうやってだ」

「それは魔法で」

「おお、しかも魔法まで使えるなんて!どんな魔法だ!?」

「どんな、と言われても。こう物を動かすだけっぽいけど」


試しに魔法を行使し、シンクローの傍らにあるドアを動かしてみた。

ひとりでに空中に浮かんで縦横に回転しだす盗賊たちを吹き飛ばしたドア。

その様子で盗賊が驚き槍を瞬時に構えた。


シンクローからしてみれば、半径四十五メートルはある球体状の立体型のディスプレイの中でパソコンマウスを動かしているような感覚だ。傍らにあるドアにこの魔法のカーソルポインタを合わせて、ドラッグして空中に移動する。そして魔法感覚的な想像上のホイールとトラックボールを回すのに従ってドアも動いているに過ぎない。

シンクローを中心に球体状に広がる魔法の効果が発揮できる領域内であればカーソルは自由に動かせる。それ以上先に行こうとすると画面端に当たったようにピタリと止まった。さらに控えているカーソルポインタはまだ六機ある。そしてこの展開している魔法領域とカーソルポインタはシンクローにしか見えていない。

普通のパソコンならばあり得ないだろうが、ここは異世界でこれは魔法なのだから深く考えない。


 シンクローが得た魔法の力は本人でも分からない所だらけであった。分かりやすい名称や比較対象がいればそれなりにこうなんだろうなと予想できよう。説明書もなく最新の携帯端末をポンと渡されて「さあ扱ってみせよ」と突然言われたようなものだ。ただ現代っ子なシンクローは取り合えずこれさえできればいいと思った最低限の必要技能はここに来るまでに身に着けたと自負していた。


「………それだけか?」

「それだけだね」

「………そうか。……ふ、ふふ、ふははははは!」


 肩を落とし見るからに落胆の仕草を見せる強姦男。かと思いきや三段活用で笑い出す。展開について行かないシンクローとその他盗賊たち。顔を合わして「どうしたんだろう」と相談できる相手がいることが羨ましい。


「*****!」

「*****!?」

「「「hahahahahahaha!」」」


 強姦男が盗賊たちに何かを伝えた。それを聞いて「マジですか!?」といった感じで笑い出す盗賊たち。とうとう展開はシンクローを置いてけぼりにした。


「なんなんだよ」

「あーすまんすまん。余りにも滑稽なのもでな」

「なにかそんなに面白い要素なんてあったか?」

「あるさ。来訪者だから知らないんだろうが。お前さんの魔法だが、それは俗に『移動魔法』と呼ばれている」


 魔法には名前はない。しかし名称というのは第三者が勝手に名づけるものだ。先着順、投票とその方法は様々。動物の赤ん坊などで愛着がつけやすいように配慮だったり、人間社会であるならば一番最初に与えられる人権とその確立、ただ物ならば単純に情報の整理をするためのナンバリングか。魔法の名称も結局はそれだ。


「その魔法は昔からあってな、今じゃ研究が進んで、個人でしか使うことのできなかった『移動魔法』から誰もが使うことができる『移動魔術』になって世界中に普及されて使われている。それも改良が進んで『魔法の手』になっているがな。だから移動魔法は骨董魔法。逆にレアな魔法ってわけだ。ま、全く羨ましくないけどな」

「………うそん」


 まさか手に入れた魔法が、実はこっちではかなりメジャーを通り越して持っていない方が逆におかしいという状況。同じ系列なものなのにハイテクでもローテクでもなくオーパーツレベルなのでは。スマホ溢れる原宿新宿にバブル時代の肩掛け携帯電話で練り歩くようなものだ。こちらでは当たり前の物を手にはしゃいでしまったノーファンタジー住人であったシンクロー、少々恥ずかしい。

 羞恥心を若干感じているシンクローの反応に「おや?」といった感じで片方の眉毛を小さく上げる強姦男。彼にしてみれば正体不明の魔法が実はありきたりのもので肩透かしの拍子抜けであった。移動魔法の下位互換である移動魔術はメリットデメリットが誰でも知っている。人間を走る荷馬車に届けるなんて強引で器用な使い方をしていたが、種と手の内さえ分かってしまえば怖くない。だというのに目の前の男は手札を見破られたのにかかわらず焦りの感情を見せない。


「まぁ安心しろ。使う魔法は骨董でもアルフ語が話せて来訪者ともなれば物好きの好事家には高値で買ってくれるはずさ。だからまずは俺たちに感謝してお礼を返してくれ」


 強姦男は仲間たちに伝えた。殺すなと、商品になると。当然反発はあるが、生きていれば何をしてもいいとも伝えたので盗賊たちの溜飲が僅かに下がった。だが彼らの中で死なない程度の八つ裂きは決定していた。

 彼らのような真っ当な(?)盗賊にとって味方以外は家畜同等の消費物でしかない。しかもオスとメスがいれば子供が生まれる。常時発情しているので盛りの時期は関係ない便利な生き物。食べて、殺して、売って。奪って、盗んで、買って。今を生きる快楽さえあればその他の事は些事なのだ。よって目の前の男も結局は売られていく。ただ手足が無くなるだろう。価値は下がるが売れなくないことは確信できる。今、シンクローは家畜にしか見えていないだろう。

 武器を手に盗賊たちがシンクローを取り囲んだ。


『まずは腕を切り落としてもらうぜ!』

「――ッ!?」


 早速一人の盗賊が手入れもされていない刃こぼれだらけのショートソードで切りかかった。

 それに対してシンクローは頭より高い位置で腕を交差させた。


 反射的に防御したようにも見える。刃こぼれした剣は切断性能を著しく落としているが、腕をへし折るくらい造作もないだろう。剣を振りかぶった盗賊は腕をへし折られて泣きわめくシンクローを幻視した。

だがシンクローはさらに動く。


スーッと瞬時に前へ。それこそ盗賊の身体と密着しそうになるくらいに。

交差させた腕は刃ではなく剣を持った腕を受け止めた。交差を解き、左手は剣を持った手首を、右手は盗賊の首を逆手でそれぞれ掴んだ。

さらに魔法も行使。イメージ的にどうやら肉体は選択できないので、領域内の盗賊の靴、ベルト、剣の三点にカーソルを合わせてクリックで掴みドラッグで動かした。進むコースはシンクローを支点にするように放物線を描くように地面へ一直線。


「――ぅおおりやあ!」

『グッガバ!?』


 気合と魔法と力任せの一撃。左手で腕ごと身体を引っ張り、右手は一度持ち上げてから追随、魔法で補助をしながらも強引に背負い投げをかました。といっても、シンクローは柔道なんてしたことが無いのでなんちゃって背負い投げだ。しかも落としたのは首が先だったのでかなり凶悪な技だ。後から身体が受け身もなく叩きつけられた。その衝撃で空気が口から出ていこうとしたが、首はシンクローによって押さえつけられていて気道を塞がれており、結局は灰の中で暴れることになった。


「まずは一人目」


 後頭部への衝撃と内側からの圧力で男は呻くことすらできずに気を失った。


 叩き落としてから手首を捻り無理やり掴んでいる剣を放させた。それをシンクローが取り、盗賊に向かって投げつける。盗賊の指揮をする強姦男を狙わなかったのは彼が包囲の外にいたことで距離があったからであり、さらに武器を構えず腰で手を組む直立した姿からは直接的な脅威を感じなかったからだ。

 回転しながら飛んでいく剣は、方向こそ良かったが投げつけた盗賊の頭上を越えた暴投となった。背負い投げを見せつけられたときは警戒を上げたが、放物線を描いた間抜けな投剣に緊張が解けたようであった。というより人を投げ飛ばす派手な技を決めておきながら剣はノーコンでは「えー…さっきは格好良かったのに」といった感じで呆れるのも無理はない。


 つまり、投げた剣に注意が無くなったのだ。


魔法の行使。まだ領域内である盗賊の背後で、落ちてくる剣を急いでカーソルを合わせて捕まえる。トラックボールで向きを調整すると、盗賊めがけて素早くドラッグ移動させた。


「くらえ!」

『――ッぎゃああぁぁ!?』


 投げた剣は、空中で止まり刃先が盗賊の背に向き直り、まるで矢でも飛び出したかのように飛んでいき、盗賊の太ももを裏から突き刺したのだった。

 もちろん、魔法で操ったシンクローの仕業である。盗賊の陰で目では確認できなかったが、この立体ディスプレイになっている魔法領域はシンクローの新たな感覚器官として目の代わりとしても役立っていた。おかげで狙いは外れない。


「二人目」


 もとから刃こぼれしていた剣だ。筋肉に食い込み容易には抜けない。これではしかも剣の根元まで刺さっているので這いずることさえ困難だ。


『おい!奴が使うのは移動魔法だ!一人ずつ立ち向かうな。全員で囲んで殺せ!』

『『『おう!』』』


 後ろから観察していた強姦男が指示を出した。盗賊たちの顔つきが真剣なものへと変わり、包囲の輪を狭めるようにゆっくり迫ってくる。

 

 分かりきったことだが、シンクローは一般市民だった。職業が格闘家とか警察自衛隊とかではない。戦いに関しては素人そのものだ。もう二人やってだろ、と疑問に思うかもしれないが、相手が侮っているうちは不意と隙を突いてやれば誰だってこれくらいできるだろう。あとは魔法の力か。


 本番はここから。


 さきほども説明したが、シンクローは戦闘の素人である。

 であるので、バスケットボール経験者のシンクローは戦闘をプレイに置き換えた。


「よっと!」

『来た!ん、剣の動きが!?――がはっ!』


 シンクローは背後にいた盗賊に突貫した。

 迫られた盗賊はこれを迎撃しようと剣を振り上げて、そのまま振り下ろされることなく、無防備な状態のまま槍の石突きで顎を打ち上げられてしまった。


 包囲を抜けたシンクローは大きく左右に、時には前後に、また魔法を行使して動かした槍に掴まって常に足を動かしながら一人ずつ対処していった。囲まれないように。全員を視界に入れておくように。時には身体全体を使ってフェイントをかけて相手を誘い、ボディではなく急所を狙って。身体は強く打ちつける鼓動で発せられた熱を帯びていたが頭は意外と冷静だった。


「………移動魔法じゃ、ない?」


 その様子を観察していた強姦男は疑問で頭を埋め尽くしていた。


 剣や槍の構えと足さばきからして戦いは素人であることは見て取れた。

 なぜ、そんな男に百戦錬磨の盗賊たちがいなされ、地に伏せていっているのか。仲間たちは決して弱くない。むしろ騎士団や凶悪な魔物と渡り合えるだけの実力を持っている。それなのに素人相手にあっさりと打ちのめされている。

 何かある。当然行き着くのはシンクローがあっさりばらした移動魔法の存在だ。

 移動魔法はその名の通り、手を使わず物体を移動させるだけの魔法だ。世に出てからかなりの年月が経っているため、すでに改良されて移動魔術になり今ではさらに改善された「魔法の手」として知らぬものなどいない平凡な魔術。

寄り道になるが、魔法の手とはどんな魔術なのか。


・生物、物体に魔術の効果がある。

 ただし気体と液体そして術者自身には作用しない。


・効果範囲、重量と数量に制限がある。

重量は術者の腕力次第。数量は手の数と同じく二点まで。距離は術者の保有魔素粒子次第で発動と同時に時間経過と距離で消費度が比例して増える。


また魔術の改良によって指という概念が追加された。それまでは移動させたらそのまま。たとえ上下ひっくり返った状態を戻すことができなかった。某国民的アニメの未来型猫型ロボットの丸々とした手のようなものを想像すれば分かりやすい。そこに指というものが加わったことでより複雑で精密な操作ができるようになったのだ。故に「手」。魔法の手と呼称されるに至った。


シンクローの行為を改めて見てみよう。

高速で駆け抜ける荷馬車に追いつくため、ドアに乗って飛んで追いかけてきた。

二人以上の手下の動きを止めてみせた。


移動魔法・魔術でもこんなことはできない。であるならば。


強姦魔は移動魔法と言った。

だが条件がかみ合っていない。

安直に、それと似ているからと移動魔法と口走った。実際にはそう思っていた。しかし、ここまで見せつけられて、もう先ほどの答えに自信が持てない。逆に確信が深まる。

強姦男に戦慄が走る。

これは、この魔法は、未知の魔法ではないかと。


後悔した。

殺せと、命じるべきだった。

仲間に移動魔法と誤認させるべきではなかった。


魔法魔術はその性質上武器を必要としない。補助という意味で儀式や杖を使われることもあるが、「これは相手を傷つけるぞ」なんていう分かりやすいモーションが少ない。

シンクローのようにスクロールなど後天的に魔法の力を手に入れることを別にすれば、魔法魔術を扱える才能ある者は剣や槍を持って戦う者よりその数は圧倒的に少ない。しかし戦力に置き換えればそれは逆転する。充分な戦略と準備があれば、魔術士一人で百人を相手取ることだってできる。

だからこそ魔術士と戦うときは情報が肝となる。どの系統の魔術を使うかをあらかじめ調べ上げ対処する。いわゆる情報戦だ。そうすれば例え広範囲魔術攻撃にさらされようとも僅かな隙から倒すことができる。さらに言えば魔術士はその数が少ないので攻撃魔法の種類も限られている。レパートリーが少ないというよりは出尽くした感じだ。

そして未知とは恐怖なのである。

どんな魔法でどこまでできるか。情報が無い、知らない魔法と言うのはそれほどまでに脅威なのである。


唯一の救いが、移動魔法と勘違いしていることだが。

今、仲間たちを地に倒したこの男。

移動魔法ではない未知の魔法を行使するこの男。

目の前に立ったこの男に、半歩足を引いたのだった。


「さて、あと一人なんだけど」


 まさかここまで上手くいくとは思っていなかった。

 人の身体を魔法で持ち上げることに途轍もない抵抗を感じたので、靴やらベルトやらを持ち上げてなんちゃって背負い投げで地面に叩きつけたり、迫ってくる剣や槍を同じ要領で動きを止めたら驚愕に動きを止めた盗賊に持っていた槍を叩きこんだりしていたら、なんと残りは強姦男だけになってしまった。魔法スゲーである。


 ラノベの主人公でもあるまいし、たった一つの力を手にいれただけで無双とか。嬉しいとか超越感とか通り越して唖然としてしまう。


 とはいえだ。敵を倒して喜びを感じるサド気質をシンクローは持ち合わせていないので、とっとと済ましてしまうことにした。淡々である。


「出来れば降伏してほしいんだけど」

「……な、なあ、取引しよう!」

「取引?」

「まず今回の事は謝る。だから――」

「その前に、跪け」


 あっさりと両膝を地面に着ける強姦男。できればもう一回強めに「跪け!」と言いたかった。

 その姿勢に、何かあるんではないかと勘繰るシンクロー。槍を構える。


「で?見逃してほしいと」

「そ、そうだ!」

「そうしたらまたあの村を襲うだろ?だったら手間でも全員をしかるべきところに運んだ方がいいな」

「あの村はもう襲わない!それにいい話もある!」

「……続けて」

「手を組まないか!?」

「俺に盗賊になれと?血塗れになるのはごめんだ」

「盗賊になったからって、なにも全員が汚れ仕事をするわけじゃない!現に俺は裏取引で窓口に立っている。人をこの手で殺したことなんて一度もない。それに俺が口添えすればボスである兄ちゃんだって分かってくれる!そうなれば金も酒も女も不自由しない!」

「……ふむ。手を組んだとして、俺に何をさせたい?」

「アンタのできることをやればいい!その魔法には無限の可能性があるはずだ。今は物を移動させることしかできなくても使い方を熟知すればできることは増える。そうすれば移動魔法なんて馬鹿にされない!俺が評価する。俺が価値あるものに変える!だから、俺を信じて来てくれないか!?」

「……………」


 シンクローは首を傾げて思案顔。

 確かに、この魔法には知らないことが多い。シンクローも感覚的にできることをやっているがそれが全貌ということはないことも感覚で分かっていた。

 後天的に手に入れた未知の魔法は可能性が無限大ということも頷ける。

 ただ――。


「やなこった。いい加減捕まれ」

「くそっ!!」


 盗賊というのがマイナス要素でかすぎた。そうでなくても甘い話には裏があるという詐欺じみた話にまんまと引っかかるほど日本青年は馬鹿ではない。


 シンクローは素人ながらも槍を突き出し、強姦男は懐に隠し持っていたナイフで応戦しようとした。

 まさに、その時だった。


 分厚い雲が太陽光を遮ったかのように暗くなった。

 いや、それよりも暗い。

 その不自然さを感じて見上げた先は、巨大な岩のようで――。


「………は?」


 ドゴゴオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォ。


「「うわあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」」


 それは花火のような大音量で、

それは大地震のような揺れで、

それはビル解体のような土煙で、

それはシンクローたちを着地と共に吹き飛ばした。


辺りに立ち込めた土煙を吹き飛ばした翼は蝙蝠のようであるもののその厳つさで別の物に思えて、翼が無ければただのごついイグアナだと思えるが残念ながらサイズが大型トレーラーより大きいとニアイコールで方程式を完成することなんて無理がある。なによりもイグアナに人を易々と切れそうな大きな牙と爪は無いはずだ。


「……うわ、本当にあのゲームまんまなんだなぁ」


 思考停止したシンクローは再起動に支障をきたしているが、その言葉だけは出た。もう感想と言ってもいい。

 某狩人ゲームでお馴染みの、ファンタジー世界の定番、世界最強の生物。

 でも一応確認。


「………なぁ。コレ、何?」

「シーッ!(………馬鹿動くな!これが何なのか知らねぇのかよ!?)」

「………まぁ、一応」

「(…………ドラゴンだよ)」

「…………ですよねぇ」


 強姦男は倒れた姿勢から刺激しないように小声で話しているが、シンクローはそこまで気を遣うほどまだ再起動に時間が掛かっていた。というかもう体起こして突っ立ってるし。


「……運が悪いなぁ」


 運が悪い男シンクローの戦いは最悪の形でまだ続く。


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