1-3始まりの村の大冒険
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シンクローは森の中にいた。落とし物を探すためである。
教会に預けられていた迷子の猫獣人少年ナウマを犬獣人少女アンナと共に探していたら、森のくまさんにバッタリ遭遇してしまったシンクロー。荒ぶる熊は言葉なんて通じるわけなく肉体言語でご退場していただいた。そのあとナウマが数珠を身に着けていたので、どこで拾ったか尋ねたシンクローであった。
老エルフ神父によれば、シンクローと同じように世界から投げ出された文明器がこちらの世界のあちこちにばらまかれるのだという。シンクローが落ちてきたということはその付近に落ちてきているかもしれないとも言っていた。そしてナウマが拾ったのはその一つだった。
他にも何かあるかもしれないと、シンクローの日課に森での落とし物拾いが加わった。
熊を退治してから数日。異世界生活に変化があった。
一つ目は身体の調子が良いということだ。健康体でいられるのは素晴らしきことだが、あの重厚だった教会の正面ドアが軽く感じたのだ。確かな重みはあったのだが「あれ、こんなに軽かったっけ?」と自分の感覚を疑ってしまった。身体が異世界に慣れてきたから気のせいだと言われてしまうとそれまでなのだが。
二つ目は子供たちとの関係だ。あの出来事の後でナウマが真っ先に懐いてきた。足にしがみついてきたり背中によじ登ったりと、シンクローの方が変化に追いつけなくなって目を白黒させた。アンナともよく話すようになった。顔から険が取れたというべきか笑顔が増えた。最近では言葉の練習以外にもシンクローの事や地球の事を話すようになった。この変化に逆に戸惑ったのはシンクローの方であった。伝説の吊り橋効果の症状を考えたシンクローが「無理してないか」と訊いたところ、アンナの答えは「だって怖い人じゃないから」だった。この答えに納得したかというとそうでもなく、怖がらせるようなことしていたか、シンクローは頭を捻ったという。この二人に釣られたように他の子供とも接するようにもなった。しかしまだ言葉が通じないのとナウマの真似をしてアスレチックじみたコミュニケーションには四苦八苦していた。
「ナウマ、頼むから下りてくれ」
「?」
シンクローは現在ナウマを肩車して森の中を歩いていた。アンナと森に入ることもあるが今日はナウマの日だった。
ナウマの今のお気に入りは肩らしく、下ろそうとすると「いやいや」される。身体の調子が上がってから苦ではなくなったので「まぁ、いいっか」と半分諦めていた。
森の中を探せば、木の高い位置にある枝に引っかかっていたり、落ち葉の陰に隠れていたりと、いたるところに散乱して落ちていた。登山用とおぼしき大きいリュックサックが最初に見つかったのは幸先がいい。その後も二人の協力のもと、テレビ、冷蔵庫、ゴムだけのタイヤ、ぬいぐるみ、百均ボールなどと多くの物が見つかった。電化製品は高いところからの落下ダメージで壊れてしまっていた。それにたとえ生きていても、電気が無ければ動かせない。
「www」
「楽しいのか?……楽しいんだろうなー」
ナウマには落ちていた折り紙セットと周囲に生えている枝で作った風車を渡している。渡したときは「なんだこれは」と言った表情だったので、シンクローが風車に息を吹きかけたり腕を振ったりして回して見せると同じように真似しだした。今はシンクローの肩で動くのと合わせて回る風車を楽しそうに眺めていた。
原理を知らず、ただ目の前にある摩訶不思議な物に目を輝かせて未知に思いを馳せる少年の姿に、ほっこりしてしまうシンクローであったが、お前まだ二十代だぞ。老成にはまだ早い。
見つかったものからシンクローが欲しいと思ったものを貰い、あとは教会に渡した。というか「いらないなら貰う」と老エルフ神父が引き取ったのだ。シンクローが既に壊れている物やこちらでは使えない物と思っていたものは「星喰いの落し物」と呼ばれ、大抵この世界には無い物だ。それを解析することで世界の発展に繋げようと各国家が買い取っていた。その時にこれらの使い方や製法の情報も渡せば、情報料が上乗せされる。老エルフ神父はこのようにして昔から稼いでいたのだという。
未知のテクノロジーでもって更なる飛躍を遂げようとしているなんて、なんてロマンがある話だった。
「シンクローこっちこっち!こっちから知らない匂いがする!」
「ちょっと待てって。ペースが速い!」
基本自由なナウマと違い、みんなのお姉さんアンナは実に優秀だった。人間の百倍の嗅覚によって遠くでも嗅ぎ分けられて、落とし物に導いてくれた。ナウマも分かってはいるのだろうが遊ぶのに夢中で真面目に探してはくれなかった、などということが頭を過ったシンクロ―はすぐさま頭を振った。よく考えれば二人ともまだ子供だ。遊び盛りな年で遊びでも仕事でもない趣味の範疇のようなことに力を貸してくれていることに感謝しなければならなく、決して不満を感じてはいけないのだ。
「それよりも良かったのか?こっちを手伝ってもらって。自分たちの仕事もあるだろう」
「大丈夫だよ。もうあたしがいなくても畑の世話はできるし、自分の分はもう終わっているよ。シンクローもそうでしょ?だからこうして付き合えるんだよ」
「じゃあナウマは?」
「あとできっちりさせます。サボるなんて許しません」
「おー、ちゃんとお姉ちゃんしてるな」
「みんなのお姉ちゃんだから。みんなを守って、生き方を教えるのが役目だよ」
「えらいな。さすがお姉ちゃん」
「ふふーん。でもたまに妹に戻りたい時があるんだよ」
「妹」という対義語が何で、この場において誰を指しているか鈍感なシンクローではない。しかし、
「もう兄なんて呼ばれてもいい年齢なのか自分は?」
「妹はいいって言ってるからいいんだよ。あ、あった。これだ」
アンナが草むらをかき分けて拾い上げたのはネックレスだった。銀色のチェーンに繋がれた円状のペンダントには大きくて球状な赤い石がはめ込まれている。透明なその石はシンクロ―が親指と人差し指で作った輪っかにギリギリ通る大きさだった。そのくせ大きさに対して重量をあまり感じない。
「……きれい」
「欲しいか?」
「え、いいの?」
「いいよ。でも売るなよ、偽物だから」
おそらく安価な粗品ではなく、幼児がオママゴトで使うアクセサリーの類だとシンクローは予想した。赤い石はプラスチック製で大きいのは何でもかんでも口に入れたがる乳児への誤飲対策なのだろう。
「後ろ向いて。付けてやる」
「うん!」
シンクローに背中を見せて後ろ髪を上げたアンナの白いうなじが露わになる。ついつい注目してしまうシンクロー。ここにも未経験があった。彼女にネックレスをつける彼氏の図。下半身から来る熱い何かと頭から出る冷たい何かが胸でぶつかりぐるぐると渦を巻き始めた。
「(なんで付けてやろうなんて言ったんだろう。キャラじゃないじゃん)」
大人の社交場で夜の花やら蝶やらとお金の限りたまに遊んでいるシンクローであるが、年頃の女の子は交際経験が無いシンクローには精緻なガラス細工のようなものでして、綺麗だからこそついつい触りたくなった。
うなじを指で上から下にツーっと。
「ひゃん!?」
「おお、ごめん。でも動くな。チェーンが壊れる」
「え!?あ、うん…………じゃなくって!もう変なことしないでよ!」
「はいはい」
やっておいて動くなとは、随分ゲスである。
今度こそ大人しくつけたシンクローは森で拾った手鏡は渡した。丸い鏡がはめ込まれた縁と取っ手は木製で一つ繋ぎ出来ている一品だ。手垢や落下のものではない細かい傷あるからして随分使いこまれているが鏡は割れていない。
「ほれ、良く似合ってるぞ」
「……えへへ、ありがと」
先ほどのイタズラで頬を赤らめたままはにかんだ姿は、シンクローの過ぎ去った青春のページにあとから書き加えるほど可愛らしかった。いい大人が何をキュンとさせてんだか。
ちなみに手鏡も渡したがそちらの方がアンナを驚かせた。鏡はこちらではまだ高級品であったことを失念していたシンクローは逆に驚いたのだった。