1-2始まりの村の大冒険
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落下系異世界迷子になった橘紳九郎を助けたのは、森の中の教会に住む老いたエルフ族だった。実はこの老エルフは神父ではなく、ただ神父服を着た教会の管理人だった。彼の友人が本来の神父である理由からここを任されたのだという。着る服が無くなったのを機に神父服を着るようになったのでいつの日から周りから「神父」「老エルフ神父」と呼ばれるようになった。
そんな彼は数百年まえに身寄りのない子供を見捨てることができず、この教会で引き取り立派な大人に育てた。それ以来、この教会を孤児院として新たに開き、捨てられた子供を育てては立派な大人に育てて新たな世界に送り出す手伝いをしていた。
現在教会で暮らしているのは紳九郎と老エルフ神父を除いて八人。人間が四人、顔や手足は人間なのだが猫耳や犬耳を生やしている獣人が一人と三人だった。
「こんにちは、今日からここでお世話になるシンクローだ。よろしく」
「「「………………」」」
無言と怯えている目はなんともクリティカルだったシンクローは、心で泣いた。せっかくのケモミミが涙でにじんだ。
子供らは戦争や魔獣と魔物の被害に遭い親を亡くした者。親はいても口減らしのために家を追い出された者。根強い信仰から種族差別からの迫害から逃げて来た者と、もう大人なシンクローに警戒心を持たれるは当然な理由を持つ子供らだった。
ちなみに老エルフ神父と自己紹介した際「橘紳九郎」と名乗ったのだが、この地には貴族がいて平民が家名を名乗ることは許されないとして、「橘紳九郎」改めて「シンクロー」と名乗ることになった。どのみち名乗ってバレなければ処罰はされない。
ちなみに服は老エルフ神父の丈に合わない神父服を借りた。裾上げはシンクロー自身でした。
ということでシンクローは子供たちと何とか親交を育む方法を考えつつ、教会で出来る仕事をするのであった。しかし、案外壁というのはすぐ近くにあったのだ。
まず言葉が通じない。異世界転移特典としてこちらの世界にある言語「アルフ語」を自動獲得したのだが、これが超希少言語であって不自由なく話せるのは老エルフ神父しかいなかった。
さらに、シンクローがやって来る以前から子供たちだけで教会近くの畑や小さな厩舎で鶏やヤギっぽい生き物の世話をしたいたりと生活サイクルが出来上がっているので、シンクローが入る隙間が無い。言葉が伝わらず大人であるシンクローを怖がっているのでコミュニケーションがますます取れずにいるので、言葉が伝わらずとも手伝おうとすると子供たちが遠ざかっていき子供たちの仕事ができず時間を奪ってしまう結果になった。老エルフ神父との相談の結果は慣れてくれば自然となるようになると、少し様子見になった。
シンクローは子供の力では難しい高いところや力仕事を頼まれた。教会内の高所の掃除、川からの水くみ、巻き割りが一日の割り振られた仕事だった。
掃除はともかく、水くみが大変だった。重い甕が二つ括り付けられた天秤棒を担いで、近くといっていたのに全く近くではない川まで行き、帰りは重さの増した甕に翻弄されながらも教会に帰り、これを大きな水甕が満たされるまで往復しなければならなかった。重くて持ち上げなれないとか、足が取られて転んで水をぶちまけたとか、シンクローの非力な話ではない。むしろ早々に運ぶコツを掴み安定して運搬していた。ただ運ぶ量と溜まる量をざっくり計算して、往復回数が「うわ、まじかー」と思えるくらい面倒くさかっただけであった。
ちなみに井戸が無いのかといえばそんなことはなく、教会から離れた村の中央に一つある。距離としてはこちらが近い。しかし老エルフ神父以外の教会に住むものを快く思っておらず、井戸を使わせることは許可していなかった。
だからって川の水が飲めるのかと思ったが、老エルフ神父が濁った川の水を清水する「浄化魔術」を使うことで飲み水などの生活用水に変えていた。目の前で披露してくれた夢に見た魔法に感動したシンクローは「自分にもできるか」と問いただしたが、残念ながら才能と修練がいるようで首を横に振られた。
現在シンクローは仕事を終えて、教会の正面扉を直していた。分厚く重量があるため子供達にはできなかったことだ。釘が取れかかっていて蝶番が錆びていたので、扉と蝶番を外してボロ布で磨いているところだった。
「シンクロー、ご飯」
「お、アンナ呼びに来てくれたのか。『ありがとう』」
「……どう、いたしまして」
シンクローは昼ご飯を持ってきてくれた赤茶髪の犬獣人少女アンナに礼を言った。日本人の気味の悪い愛想笑いにならない自然な笑顔で対応したが、どうやら失敗したようだった。
アンナは子供たちのリーダー的存在でみんなを引っ張るお姉ちゃんポジションだった。そして、老エルフ神父を除きアルフ語が若干話せる存在でもあった。シンクローに対して恐怖心を抱いていることはバレバレだったが、シンクローに接してくれた健気で優しい女の子であった。
昼頃子供を怖がらせて食堂に近づけないシンクローにこうして食事を運んでくれていた。実際には誰よりも子供がいないうちに早く取りに行けばいいのだが、アウェーで寂しく誰かに近くに来て欲しいので取りにいかないという汚い戦法を使うシンクローであった。……自覚している分心が痛い。
そして今日もジャガイモスープ。文句はない、言ってはいけない。肉は貴重でめったに食卓には並ばない。大人が一人増えてしまったために子供が食べる量が減ってしまったのだ。ありがたくいただいた。本音で言えば、塩気が欲しいがこれも貴重であった。
「スプーン」
「『スぺーン』」
「スプーン」
「『ス、プーン?』」
「芋」
「『芋』」
「おいしい」
「『おいしい』」
後付けになるが、こうして共通言語を話せるアンナに言葉を教えてもらうと思い、食事の最中に勉強と練習をしていた。アンナと話して寂しさを忘れて、さらに言葉を覚える。一石二鳥だ。とはいえ、まともな会話をするにはまだまだ足りない。いずれは子供たちと打ち解けられたいと考えていた。
「シンクロー、少しいいか?」
「神父どうかしましたか」
「ナウマの姿が見当たらんのだ。探すのを手伝ってくれるか?」
「……あー、分かりました」
「『あたしも行きます』」
「そうかいアンナもすまないな」
またか、と思っても声に出さない。猫獣人の少年ナウマは人間をかなり嫌っていたとシンクローは印象付けていた。老エルフ神父から事情を聞くと、戦争で両親を人間に殺されたらしい。だから教会に保護されている人間の子供にも打ち解けられておらず、畑仕事も中途半端にどこかに消えてしまうのだ。シンクローが来てからというものそれが頻繁していた。正直な話、それは別の人間だろと思わないでもないが、植え付けられたトラウマはそう簡単に消えるものではないことも知っている。何とか打ち解けられないかと考えてもそれも結局解決できるのは時間であった。
◆
「『ナウマ、ご飯だぞ。教会に帰ろう!』」
シンクローは森の中を歩く。もちろんナウマを森で逃げられても教会に向かうように声を出しながら。
姿を消した猫獣人の子供ナウマは基本森にいることが多い。人間がいる村には下りないし水辺である川にも近寄らない。あるとしたら教会の奥にある深い森だけだった。
日本のように計画して伐採されておらず雑然としている森の中は木々の間隔がバラバラで、自然の迷路を作っていた。シンクローもそうであったように、慣れてない者が進めば確実に迷っていただろう。
シンクローが森に入るときは老エルフ神父から鉈を借りて、一定歩数歩いて近くに木に目印を刻みながら進んでいた。仮に迷っても目印を辿れば戻れる。目印であるローマ数字を刻みながらナウマを探していた。
シンクローはあまり森に良い印象は抱いていない。森とは人間の生活領域と自然の野生領域が線引きされたライン上と考えている。スポーツでライン上はセーフのものとアウトのものに分かれていることからとても曖昧なのだ。森に置き換えれば、どこまでが人間が進んでも良くどこまでが悪いのか明確な決まりはない。混在した領域ならば人間だっている。そして野生動物もいる。
また叫んだ。
明白にする。ここにいると。人間がここにいると。
野生動物が「ここは自分の縄張りだ」と主張でもされたらひとたまりもない。
早く見つけてここから出よう。
こんなところで童謡なんて歌いたくない。
「きゃああああああああ!」
「……この声、ナウマ?チクショウ!」
絶叫は意外と近い。
自分の聴覚を信じて聞こえた方角へ走り出す。
シンクローの心を「まさか」と「やばい」の単語が占め始めた。現在進行形で増えていっている。
途中で止まり、息を整えながら耳を澄ました。
重い四足歩行の何か走る音。それより軽い不規則な四足―この場合二人分の足音。
森は反響しないので、その方向に再び駆け出した。
そして、
「――見つけた!」
だがそれは最悪の状況だった。
アンナが手を引きながら先行して三毛猫耳を生やした男の子が追走する。その後ろを追いかける黒いなにか。
「チクショウ!運が悪い!」
どうやらこの森のクマさんは童謡を歌いたいようであった。
◆
童謡「森のくまさん」の歌詞にこうある。「おじょうさん おにげない」と。もう何度もテレビや専門家の誰もかれもが伝えてきたはずであるが、野生の熊にあったら背を向けて「逃げて」はいけないのだ。それをしたとき熊は獲物と判断して追いかけるであろう。死んだふりなんて迷信だ。正しい対処はいくつかあるが、「目を合わしたまま、静かにゆっくりと後退る」。これだけ覚えておけば熊に遭っても怖くないはずだ。会わない方がいいが。
当然、森と隣接するこの教会で住んでいる子供たちも老エルフ神父から似たような対処法と注意が教えられた。
だが、教えられたからっと言ってできるかどうかは別問題であった。
実のところ、犬獣人少女アンナはすでに迷子の猫獣人少年ナウマを見つけていた。
獣人たる彼女の嗅覚は野生の獣と遜色ない性能を発揮できており、ナウマの匂いを捉えていた。
「みんなのお姉ちゃんですから、ナウマのお昼寝スポットは分かっちゃってるのよねー」
太陽の日差しが心地よい日は必ずといってもいいほどお昼寝してしまうナウマ。そのサボり癖のある弟分のお気に入りの場所を知っているのは、早く見つけるのとサボった仕事をさせるという意味で、姉分として当然だった。
たとえ風に流されて匂いが漂ってこなくても、その足取りに迷いはなかった。
「なんで神父様はあの人に頼んだんだろう」
突然やってきた人間。男の人。子供ではなくもう大人の人。森の中で大怪我をしていたのを神父様が運んできて、そのまま世話をするようになった。怪我の仕方は獣に襲われたものではなかった。かといって戦いの傷跡でもない。傷やボロボロの服からではその人の何者であるか判別できなかった。だから彼が目覚めたとき、突然不安が襲ってきて逃げ出した。
失礼なことをした自覚はあった。でも怒らなかった。
アンナは人間を信用していなかった。
獣人のみ生活する集落で育った彼女は人間というものを知らずに過ごしてきた。たまに訪れる行商人は両親が対応して遠巻きにいているだけだった。そんな集落が盗賊に襲われて両親は彼女を逃がすために帰らぬ人となった。一人彷徨っていたところを老エルフ神父に拾われた。連れてこられた教会のそばには人間の村があり、ひょんなことから人間と仲良くしたいと考えてしまった。だが結局は、よそ者に加えて獣人に偏見がある村人は石と罵声が投げつけられた。
人間には様々な面がある。それはアンナ同様獣人にもあるということは分かっていたつもりだった。だがその幻想は非常にも破られ、アンナに不信感を抱かせる原因になった。
だから、その人は怖がらせて起こると思った。でも恐れなかった。それどころか「仲良くなりたいから言葉を教えて」なんて今まで出会った人間とも違う不思議な人。
その人はナウマのいる場所から離れた見当違いの場所へ向かっていった。
どうして探してくれるのか。どうして怖がらないのか。……どうして他の人と比べて怖くないのか。
「きゃああああああ!」
ナウマの悲鳴!
何かに襲われている?何に?いや、誰に?
ふと過る脳裏に浮かぶ教会に住み着いた男性の姿。疑うのは良くないと、頭を振って否定した。
「お姉ちゃん助けて!」
匂いと音を頼りに走って向かった先には、背を向けて逃げるナウマとそれを追う大きな熊がいた。
その光景がアンナの脳を漂白に塗りつぶし、気がつけばナウマの手を握り強引に引っ張るような形で熊から逃げていた。やってしまったと思ってももう遅い。このまま追いつかれるか、神父が助けに来てくれるのが先か。いずれにしても二人の命は風前の灯で、ただ走るしかなかった。
シンクローが見つけたのはそれから数十秒たったことだった。
アンナとナウマは体力に自信がある獣人とはいえ既に息が上がっていた。このままでは襲われてしまうだろう。
いくら悪運のシンクローでも、山で野生の熊とバッタリ会って無事に逃げたことがある経験があったとしても、今まさに襲おうとする熊に正面から戦いを挑むような真似はしたことが無かった。老エルフ神父や追い払える力のある人を呼ぶ時間もない。
「木に登れ!」
アンナたちに向かって叫んだ。ナウマはアルフ語を理解できなかったようだがアンナが木に登るように促した。猫獣人だけあってすいすい登るナウマに、足首まであるスカートが邪魔をしてそうだったがなんとか登れたアンナ。熊は声に気が付かなかったのか登ろうとして二本足で立ちあがり幹にしがみ付いている。
シンクローは鉈を構えて素早く近づいた。
「おい!」
「ROAR―――?」
アンナたちを追いかけるのに夢中になっていた熊がやっとこちらに気付いた。体を起こし爪で木を引っ掻く姿勢で首だけをこちらに向けるその仕草は「ああ?なんだいたのか」と言ってるような余裕のあるポーズだった。この山で俺様に敵う者はいないとか言いそうな図体と態度がでかいチンピラにしか見えなかった。そしてそれはシンクローが嫌う部類だった。
「――ちぃっ!」
舌打ち。シンクロ―の闘争心の炎が勢いを増した。
「余裕ぶっこいてんのも、今のうち、だぁああ!」
「ROAR―――ッ!?」
シンクローは構えた鉈を思いっきり振り下ろした。振り下ろした先は狙った通りの場所に叩きつけられ、立ち姿勢だった熊は痛みで腕を振り回しそのまま背中から倒れるように転倒した。
熊の身体は固い皮膚と分厚く生えた体毛で守られているため素人が切り裂くのは容易ではない。さらにシンクローが持っている鉈は切れ味が良いほうではなく体毛には熊の油がしみ込んでいるので滑りやすい。
しかしシンクローが狙ったのは人間でも急所になりえる場所である鼻梁だった。
立ち上がって二メートル以上あった熊にジャンプして近づき、落下と振りかぶった勢いで鉈のダメージ力が増し、熊の鼻骨を砕いた。切れなかったのは『叩き割る』性質である鉈とシンクロー素人な太刀筋だったからだ。
起き上がった熊はゼイゼイと口呼吸をしている。鼻からは鮮血がダラダラと流れていた。これでは鼻が使えない。匂いで感知する野生の動物にすれば生きるための武器が一つ潰れたといえよう。
「ROAR―――!」
「ええい、まだ来るのかよ!?」
しかし、シンクロ―の痛恨の一撃は熊を退かせるには足りなかった。さらに逆上した熊はシンクロ―に襲い掛かった。
爪の引っ掻き、牙での噛みつき、体重を生かした体当たり。全てが致死に繋がる攻撃を、左に避けて右に躱して足を止めずに回避していった。
「もう一度鼻をって、やらせてくれないよな」
シンクローにとって熊を攻撃してダメージを与えられる個所は少ない。しかしそのどれもが致命傷に繋がると信じていた。
熊の猛攻を避けて、木から生える枝を切り取った。もちろん先端は刺さりやすいように斜めに。
「シンクロー、もう逃げて!神父様を呼んできて!」
アンナが震える声で叫んだ。が、シンクローは無視した。叫ぶ暇もないからで、応えるつもりもない。シンクローが助けを呼びに逃げれば熊は当然追うだろう。そしていずれ背中から襲われるに違いない。そして追ってこなかったら当然矛先はアンナたちに向く。
アンナは鉈が通じなかったからリーチの長い枝で追い払うと思ったかもしれないが、シンクローは自棄を起こしたわけではない。頭は冷静を保っていた。
熊が立ち上がった。背の高いシンクローをはるかに凌ぐ高さだ。思っていたより大きい体躯に、余りの威圧に足がすくみそうなるのを堪えた。
高所からの重心を腕の方へと移した前足の圧し潰し。全体重を支える後ろ足では数歩しか動けないだろうが、それでも即時左右に対応できることから間合いが広がったといえよう。野生の熊とて馬鹿ではない、左右に避けるなら避けられない攻撃を繰り出すまで。
シンクローはその時を止まって待つ。足に力を込めて即座に動けるように。右手に切り取った枝を握り締めて。
「ROAR―――!」
「来た!」
落ちてくる重い腕と鉤爪を避けるように大きく後ろに下がったシンクロー。バスケットボールで鍛えたフットワークを全力で生かした。前足は掠ることなく地面に叩きつけられた。それと同時に下がった勢いを足のバネでもって前へ出た。素早く、かつ、正確に、右手を前に突きだした。
いかに力強い熊とはいえ、伸びきった後ろ足では体当たりもできない。前足は叩きつけた勢いを殺している最中で爪による迎撃できない。牙で噛みつこうとも遅いし遠い。
「ROAR―――――――――ッ!?」
枝は真っ直ぐに左目に突き刺さり、ズブッと軽い抵抗がありながらもめり込んでいった。
左目に突き刺さった枝は熊をひときわ大きい悲鳴で鳴かせた。
刺し違えながら転倒したシンクローは油断せずに鉈を構えなおした。
頭を振っても腕を振り回しても取れない枝に、熊は血を流しながら山の方へダッシュで逃げていった。
「……ざまぁ」
などと格好つけてみるシンクローであったが、足は生まれたての子羊みたくガクガクと震えていた。この格好が指すこととは強がりの独り言だった。
「シンクロー!」
「おお、アンナ無事か?ナウマはどうしt、ぅわああ!」
走ってきたアンナに胸にタックルされ受け止められずに一緒に転倒した。傾く中、倒されると思ったので鉈は遠くに投げておいた。安全第一。
「ひっく、うわあああぁぁぁぁん!」
「……おぅおー、怖かったなー、もう大丈夫だぞー」
胸にしがみ付くアンナの背中をあやすようにポンポンと撫でように叩いた。抱き着かれて胸で泣かせるなんて、過去にない経験をしているので台詞が棒読みになった。
「ナウマお前は大丈夫だったか。って聞こえてないか」
「うぁぁああああ!」
「……ナウマ、お前もか」
近づいてきたナウマの頭を撫でたら、その手を自分の顔に押し付けて泣き崩れた。涙と鼻水で右手がしっとりグチャグチャ。シンクローの右手はハンカチではないのだ。
「(移動したいけど、取り合えず落ち着くまで泣かせよう)………え?」
そう決めたシンクローは黙って泣かせてあやしていると、ナウマの右手首に注目した。
木製でできた小さな玉がいくつも連なって全体で輪になって手首にブレスレットのように嵌めていた。その玉一つにつき一文字。見える範囲でその文字を読むと「南無妙法蓮華経」となった。
「アンナもう泣き止め。それよりナウマに聞いてほしいことがあるんだ」
「ぐすん……なにを?」
「腕につけているソレ、どこで拾った?」