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1-1始まりの村の大冒険


 不思議な夢を見た。この場合は走馬燈か。


 空を飛ぶ夢は何度かあった。その時は上昇と下降の繰り返しで身体を大の字に広げたり腕を翼のように羽ばたかせていた。


 今回は落下から始まった。地面に向かって落ちていた。身体に叩きつけられる風も、うるさいほどに高速に風を切る音も、何もかもリアルで。


 地面に近づく。そろそろ飛ばないと。


 腕を振る。うまくいかない。風の抵抗が強すぎだった。


 さらに地面に近づく。


 大丈夫。夢でも地面に叩きつけられたけど、痛みは無かったし。


 もう地面はすぐそこだ。背の高い木だって目の前だ。


 いたいいたいいたいいたいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいかたいものがかたいかたくてかいかいかいたいあたたたってぶってぶてぶつかかかたこうこすこすれてこすれてぶつかてあたてあたたああったたたたたたたた


「――――――――――――がはhhっっっ!?」


 今回の夢はとても痛かった。……がく。


「********!」


 誰かの声がしたが、橘紳九郎はすでにブラックアウトしていた。



 目覚めると、そこは知らない天井だった。


 「(どこだ?)」


 すくなくとも記憶にはない場所。白い部屋は病室を連想させたが、その狭さが考えを否定させた。これならホラーに出てくる隔離室といった方が納得できる。明り取りの小さな窓が不安を払ってくれた。

 とにかく狭い部屋。弧を描くアーチ状の天井は壁との境が無く床まで続いている。ベッドから壁まで手の届く距離で足の踏み場しかなかった。他に家具はベッド脇のちいさなキャビネットと三脚椅子だけ。断捨離途中のミニマリストでない紳九郎でも、この椅子だけは部屋のデザインに違和感があった。まるで誰かがここに置いて行ったような。


「――っ痛。……身体が痛い」


 起き上がろうとしただけで身体に雷が落ちたかのように激しいしびれが襲った。それが傷みと分かったとき全身が熱を帯びた。


 全身の擦り傷と打撲。骨折四肢の欠損は無い。痛みから過去に負ったことのある怪我から比較してそう分析した。悪運とともに過ごしてきた二十数年、死にはしなかったが何度も車に轢かれたことのある経験が語っていた。……なんとも嫌な経験をしたものである。


「だ、だれ……だれかいないのか」


 虚空に消える声。膨らませた肺がろっ骨を軋ませた。痛みで碌に息がすえない状態では声はか細いものになってしまった。静寂に溶けてそれは誰の耳にも届かなかったかに思えた。


「おや、目が覚めたかね」


 まるで計ったかのように扉が開き、しわがれ声の男性が入ってきた。

その男性は声の通り顔に深い皺が彫られており、学ランに似た服装をだった。だがそれよりの紳九郎の眼を釘付けにさせたものがあった。顔の横、耳があるはずの場所から伸びる肌の色の何か。それまるでファンタジー作品に出てくる妖精の代名詞とも呼ばれる――。この状態でコスプレだのドッキリ番組の仕掛けだの疑うのには充分だった。


「………………………あ、あなたは?」

「わたしは森の教会で神父をしている者だ」

「神父?」

「……ああ、これは困った」

「あの、なにが」


 現れた老人は医者ではなく神父で、名乗って勝手に困りだした。


「今は気にするな。あとで説明する。それよりも傷をいやす方が先だ」

「話をきけ」

「おやすみ」

「っておい聞け………ぐぅ」


 視界を遮るように目の前に出された手。紳九郎はそれをまじまじと見る前に意識を失った。



 何か動く気配がした。

 次に目覚めたとき、赤茶色の髪の少女が立っていた。


「……あー、あの」

「**!*****」

「え、なんだって?」

「********!」


 少女の話す言葉が聞き取れなかった。少女はあたふためくと、大急ぎで出て行こうとして足がもつれて滑って転び、すぐさま立ち上がってドアノブに捕まるが無駄にガチャガチャと回して開けられず、やっと開いた隙間から逃げるように出て行ってしまった。扉は開いたままで。


「……な、なんなんだ」


 呆気にとられて時間が止まった紳九郎だったが、「ああ、そうだ」と我に返り身体の調子を見た。


「痛みはないけど違和感が若干あるな。動けないほどでもないし」


 身を起こして改めると、身体は切り傷の痕ばかりだった。どうしたらこんな傷ができる。隕石が落ちたのにこの程度で済むなんて、到底思えなかった。隕石といえば。


「……どうして生きている?」


 紳九郎はやっとその疑問にたどり着いたのであった。


 紳九郎はやけに頑丈で重い扉を押し開いて、狭い部屋から出た。部屋の天井は低く扉はさらに低くてくぐるように出た廊下も頭が擦れるくらい低かった。右には先ほどいた部屋とは別に扉が四つ。左には背の高さ程度の階段とさらに先がある明るい廊下。探検は後回しにして、日光が差し込む廊下の奥に進んだ。


「なんだこれ?」


 キッチンとダイニングのようなスペースがあった。土間という表現しかできない土が固められえただけの床に木製の長机に数脚の三脚椅子と皿が納められた食器棚。石でできた台所には鉄製の鍋とフライパンがあって、一見すればそこはよく見られる空間があった。――古い絵画に描かれるような中世ヨーロッパの風景だった。決して見慣れている風景ではない。


 違和感しかない。


 なぜハムや野菜がひもで吊るされている。なぜ樽や麻袋が隅の方で無造作に置かれている。薪はこだわりなのか。いや、それよりもなぜ電化製品がない。冷蔵庫も電子レンジもコンロも照明でさえ。店の雰囲気だとしてもここまでこった造りをしているだろうか。


「……いやいや、それよりも。ここまで綺麗なものか」


 被害があったとは思えない。あの隕石は長い悪夢でした、なんて冗談が言えて納得できるタイミングはとうに過ぎている。地球崩壊レベルだ。仮定の可能性すら存在しない。しえない。


「……まさか、ありえない」


 紳九郎はとある夢幻の可能性が頭を過った。だがそれはラノベだからいえるご都合ものだ。実は死んでいて次の転生が決まるまでの神様の別荘地といわれた方がまだ納得できた。


 紳九郎はもっと奥へ進んで、手当たり次第に扉を開けていった。倉庫。二段ベッドがいくつも押し込まれた雑然とした部屋。ベッドと机が一つずつがあるからして、一人用の整理された部屋。対面ソファが置かれ唯一絨毯が敷かれてある今まで見た中で豪華な部屋。


 そして最後の扉を開いた。

 壁と天井が汚れの無い白で統一されて、穢れとは無縁の清廉さがあった。一方向同じ方を向いて並べられたいくつもの長椅子。中央を真っ直ぐ歩けるようにスペースが開けられ、その先には簡素な祭壇らしきものと色ちりばめられたステンドグラス。そこはまごうことない――。


「教会?……神様の別荘地がしっくりくるぞ」

「おや、ここにいたか」


 紳九郎の混乱した思考を止めたのは聞き覚えのあるしわがれた声の男。振り返った先に神父がいた。しかし、それは新たな混乱を生む元だった。


「傷が癒えたとはいえ、すぐに立ち歩き回れるとはずいぶん頑丈なのだな」

「あー、神父さん、でよろしいでしょうか」

「いかにも」

「傷を癒していただきありがとうございます」

「感謝の言葉、受け取ろう。君を見つけたときは神の導きだと思った。だから癒した。それだけだ」

「なら、神にも感謝しなければ」


 ではない。そうではないのだ橘紳九郎。世間話でワンクッションとかどうでもいいというわけではないが本題に移るのだ。その顔の横に伸びている耳のようなものは何かと。


「それと、わたしは君に謝らなければならない」

「え、なにを?」

「こうして会話していること、をだよ」


 そうこうしているうちに勝手に進んでしまったぞ橘紳九郎。しかも、『会話』で『謝る』とは一体なにか。謎が増えてしまったぞ橘紳九郎。


「わたしは見ての通り、エルフだ」


 良かったな橘紳九郎、謎が勝手に解けたぞ。見た目が子供と灰色の脳細胞の探偵たちも裸足で逃げ出すぜ。しかし当の本人は「いやいやいやいやいや」と首を横に振るのに忙しくて正しく現実を受け入れることができないようであった。

 長くなるのか、紳九郎は老エルフ神父に長椅子に座るように勧められた。


「順を追って話そう。わたしが君を見つけたとき、君は空から降ってきたのだ。

経緯はどうであれこのままでは地面に叩きつけられると思ったわたしは魔術を使って速度を落とした。

咄嗟のことに動揺してしまったわたしは、大丈夫かね、と声を掛けてしまったのだよ。ついアルフ語でね。ああ、アルフ語は我々エルフやドワーフ――妖精族が使う言語でね、ニンゲンにはあまり広く伝わってないのだよ。それなのに君はわたしのアルフ語に答えた。伝われてない言葉で答えたてしまった。しかも君はあまり見かけない顔立ちだ。そして少し前に起こった『星喰い』。となれば君の正体も考えられる。これも神の導きか」


紳九郎は こんらん していた。

順を追って話したところで体験してないことを語られても困惑するものだ。確かに大空からノーパラシュートでスカイダイビングした夢をみたが、それは既に紳九郎の頭から消えていた。「あなたは前世で悪の魔王から世界を救った勇者なのです」といきなりいわれて喜ぶのはラノベ読みすぎの肥満ニートくらいだ。とりあえず老エルフが語った内容はもう一度噛み砕いてからで、重要であろう『正体』とやらを聞くことにした。


「……は、正体?」

「そう君は招かれたのだ。この世界に」


 冷や汗が止まらない紳九郎。自身の運の悪さを自覚しているからこそ、このページをめくって犯人の犯行の手口を語る推理小説のもったいぶった感は。正直当事者だから心臓に悪い。


「君は来訪者だ」

「…………………………………………………………………………………は?」


 受け入れる現実に限界を感じた。量ではなく質、この場合どれがなにに分類される情報の分別ができていない紳九郎の頭がパンクしたので、もっと噛み砕いて一問一答形式にしてもらった。


問、来訪者とは何か。

解、この世界の「星喰い」によってこの世界に招かれた者をさす。


問、星喰いとは何か。

解、この世界、正確には惑星が他の惑星を喰らって自らの惑星の一部とすること。


「……惑星の一部にする、だって」

「そうだ。まるで別々にこねていたパン生地をあとから一塊にするように。星喰いとはまさにそれだ」

「………ありえねぇ。頭抱えたままでいいっすか」

「信じがたいことだと思うが、事実だ。現に元来訪者が目の前にいるのだから」

「神父が?」

「ああ、それこそわたしも困惑した。わたしも君と同じ立場だったんだよ。いきなり知らない土地に落とされて、知らない土地を歩き回り、やっと私の故郷の森を見つけた。その時知ったのだよ。わたしたちの星は滅びず、この星の一部になったのだと」


問、つまり、俺の星もこっちに来ている?

 解、おそらく。


「……あちゃー。星が滅ぶんじゃないかって、大勢が死んだ後だよ」

「それは、お気の毒に」

「それは知らずに死んでいった連中宛だ。気にしなくてもいいっすよ」


 たしかに運が悪かったとしか言えない。信用できる神様からお告げがあったわけでもないのだから。命を絶ったのはその人の選択だった。だけど、まさか地球ごと異世界に転移するなんて誰が考えようか。


 問、なぜ星喰いが起きるか。

 解、不明


 問、なぜアルフ語はいけないのか。

 解、アルフ語はいけない言語ではない。


「どういうことだ?」

「それこそ来訪者の特性によるものだ」


 問、来訪者の特性とはなにか。

 解、この世界のルールに新たに縛られ、新たな国ないし世界として組み込まれて認知されるための措置をさす。


「具体的には?」

「一番最初に聞いた言語を自動的に取得するというものだ」

「………は?」

「喋れなければ例え世界が喰われたとしても難儀するだろう。円滑に物事を進めるためにはまずは言葉だ。これはこの世界に主神のささやかな計らいだ」

「………ということは、謝られたのは」

「すまん。ここらへんでアルフ語を話せるのは指の数より少ないのだ」

「……それは国の人口で言い直すと」

「……大して変わらんだろう」


 こんにちは異世界したあとでウルトラマイナーレジェンドな言語を刷り込められた。しかも話せるのはほんの一握りだ。……運が悪い。


 まとめるとただ今の橘紳九郎の身の上は、地球ごと異世界に転移したんだけどシートベルトの締め忘れで知らないところに放り出された迷子ちゃん。異世界転移特典でゲットしたのは伝説の言語を操る術。伝説過ぎて誰も知らない言語を胸に新たな地を踏んだ来訪者だった。

 老エルフ神父によれば、来訪者という伝説の身分は神々にその国の新た名称が決まるまでそのままなのだそうだ。つまりこの神父もかつては耳の長い来訪者だったということだ。エルフという種族と国が認められたとき、初めてその名を口にすることができたのだそうだ。


「今後の事はあとで決めればいい。君を助けた手前、世話はするつもりだ」

「………しばらくお世話になります」


 大事なことと気になったこと聞けたので今後の事を相談した紳九郎であったが、老エルフ神父は雨に打たれる捨てられた子猫をしっかり責任をもって世話をする人物であった。

 紳九郎はこめかみを押さえて余りないきなりの展開について行くのがやっとだ。


「ここは教会ではあるが孤児院でもある。一人増えたところで大して変わらん。とりあえず新しい家族の紹介と君の着替えを渡そうか。いつまでも包帯を服代わりにはできん」

「よろしくお願いします」


 こうして橘紳九郎の異世界生活が始まった。



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