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2-11辺境の町ゼルーノ

「見たかあいつの顔!」

「俺たちにビビって乗れないでやんの。笑っちまうとこだったぜ!」

「実力が本物なら怒鳴るなりしただろうし、それをしないってことは噂は本当か……」

「サキュバスを利用して不正してランクを上げた冒険者なんて冒険者の風上にも置けないぜ!」


 冒険者たちを乗せた馬車が舗装されていない道を進む。

 八人に加えて重い武器に防具まで乗っていてもその悪路には関係なく轍が何かに乗り上げるたびに馬車がガタンガタンと左右に揺れる。既に二人も顔を青くしている。

 キヒルを乗せた馬車はその倍以上に揺れている。幌で遮られて中がどうなっているか窺うことができない。女性の甲高い嬌声が聞こえてきている時点で何が行われているかは想像に難くない。これに股間を膨らませる若い冒険者は、いつか俺だって、と夢に気合を燃やしていた。


 二時間後。馬車馬の足が止まり目的地に到着した。馬車が止まったのは低い丘の上。そこから今回の依頼目標である『草』を見つけることができた。


キヒルの号令で冒険者たちが下車する。


「よし、これから『草刈り』を行う。三組をローテーションで討伐してもらう予定であったが、一人抜けてしまったな。まったく団体行動ができない者はこれだから困る」


 せせら笑う声が彼らを包み込んだ。

 が、それもすぐに止まった。


「目的地はここですか?馬車止まったから降りてきたのですが」


 いないはず男の声が聞こえた。

 全員が辺りを見渡すがそれらしい人影はない。しかし、影だけが彼らの傍にあった。

 示し合わせたかのように全員が顔を上げて、そして固まった。

 そこには大楯に乗ったシンクローと奴隷のロゼが宙に浮いていたからだ。




『草刈り』という依頼が冒険者ギルドから定期的に出されている。受注できるランクは玉級からとなっている。つまり対小隊規模以上の戦力が求められる仕事だ。たかが草刈りに冒険者パーティが必要なのかと思うかもしれないが、ここはファンタジー異世界。そんなわけがない。

冒険者の花形はモンスター討伐であるからして、『草』とはそのモンスターを指す。

遠目でみればカブっぽい植物が風も無いのに(・・・・・・)ユラユラと青く生やした葉茎を揺らしている。不味そうな極彩色の身にあたる部分には植物にないはずの目がギョロギョロと一行を観察していた。


「…………………あれが、魔草?」

「……の、成れの果てです……」


成れ果てた魔草と呼ばれるそれは地中を流れる魔力――龍脈の上に生えるもので、龍脈から魔力を吸い上げて魔素に変換しその実に蓄える特性を持つ。だが、蓄えすぎると魔素が変質を促してモンスター化する。魔素による変質は何にでも起こりゆるものであり別段特別性はないが、この魔草はその特性上モンスター化しやすい。定期的に依頼が発生するのは採集できなかった魔草の見落としがあるからだ。

魔草採集は石級の仕事。下の不始末を上がフォローしている状況だが、責任を押し付けるようなことはない。討伐できればマナポーションが大量に作れるからだ。ちまちま採集するより育ってから討伐した方が旨味がデカいのは確かだ。


「いいか!今回君たちには一組一株を担当してあれを討伐してもらう。といってもここにいるのは魔草を刈ったこのない冒険者しかいない。いくつかなっているので一つは私が貰おう。君たちは私の戦い方を参考にして君たちの戦いに役立ててほしい」

「「「きゃー!キヒル様、頑張ってー!!」」」


 露出過多な美女たちに爽やかなスマイルを送りながら、魔草に一人で退治するキヒル。

 腫物扱いされている二人以外の全員が固唾を飲んで見守る。


「………………行くぞ!!」


 腰から下げた鞘から黄金の刀身の剣を抜き放ち、魔草に向かって駆けていった。

 知能があり敵と判断したのか、魔草の葉茎が激しく揺れ始めて、そのうちの一本が近づくキヒルを打ち払うべく、鞭のようにしならせて迫った。


「「「きゃー!キヒル様危ないー!!!」」」

「「「キヒルさん!?」」」

「……っフ。遅いな」


 キヒルはステップを踏むように避ける。それも泥臭く避けるのではなく、どこか激しいダンスを踊っているかのような魅せる避け方だった。


「フハハハハ!そんな攻撃では私に傷一つ付けられないぞ!」

「「「きゃー!キヒル様かっこいいー!」」」

「…………す、すげぇ。あの早い攻撃をやすやすと避けるなんて」

「あんなことできるのはこのゼルーノでもキヒルさんくらいだぜ」

「憧れるぜまったく!」


 もはや討伐というよりショーだった。

 飛んで跳ねてバク転して、葉茎を切って払ってわざと受けて拭き飛ばされて、なんの冗談なのかダブルアクセルトリプルアクセル。観客は拳を握って声を上げて応援している。


「…………おかしい。いつからここは特撮戦隊ショーの観覧席になったんだ?」

「……分かり切った出来レースほどつまらない見世物はないです……」


 そして盛り上がりはクライマックスへと差し掛かった。


「よくぞここまで私と対峙した。賞賛しよう。………だが、これで終わりだ!」

「………ま、まさか。あの技を使うのですねキヒル様」

「あの技とはなんだ!?」

「あれを解き放てば敵はバラバラに切り刻まれる、キヒル様の必殺技よ!」

「この技を破った相手はいないし、知られていない。知ったら最後、その敵は死んでいるわ」

「それを見られるなんて、あなたたち運がいいわ」

「そ、そんなすごい技を俺たちに見せてくれるなんて!?」

「俺たちはついてるぜ!」

「「「「「「いっけぇぇぇぇ!!キヒルさんー!!!」」」」」」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああ!!!」


 キヒルの裂帛の気合とともに魔素が噴出し身を包む。黄金のオーラを纏った姿に魔草が怯んだ様子を見せた。逆立つ髪。黄金のオーラ。シンクローにはス〇パーサ〇ヤ人にしか見えない。


「喰らえ!必殺剣『黄金の雷閃』!!!」


その技はまさに雷だった。

 駆けだしたキヒルの姿を誰も捕えられず、黄金の残像だけが帯を引いて残る。

 すべての葉茎で迎え撃つが、決して雷を打つことはできず。逆に葉茎の隙間を黄金の紫電が走り抜ける。それだけにとどまらず、紫電が通り抜けた葉茎はみじん切りにされた。

 魔草に迫る黄金の光は、キヒルが剣を振りぬいた格好で魔草の後ろに現れたのを終点に消えた。

 振り返ることはない。剣を鞘に納める。すべての葉茎を斬り捨て、攻撃できないと分かっているからできる行動だ。


「………………と、こんなところかな?」


爽やかな笑顔で振り返ったキヒルの目に映ったのは、葉茎を失い実だけで藻掻くように揺れる魔草と大歓声で迎える冒険者だけだった。


熱狂的な歓声でキヒルを迎えている一団と離れたところに、シンクローとロゼがいた。


「ただ足を速く動かしていただけにしか見えなかったけど」

「……!見えたのですか?……」

「普通の足さばきじゃないってことは素人目でも分かるけど、あれは何だ?」


 その声色に感動はなく冷静よりも平素で疑問を口にしていた。


「……ご主人様がどのように見えたのですか?……」

「えーっと、倒れるくらいにかなりの前傾姿勢で倒れる前に足で支えて、地面を蹴っているというよりは倒れないために足を出し続けているって感じかな。それが結果的に走っている風に見えているだけ、かな。言ってて自分でも良く分からない」

「………………なるほどです。ご主人様、あれは『体技魔術』の体技魔術全集(スキルブック)にもあった『縮地走』だと思うです……」

「縮地は何となくわかるけど、タイギマジュツとやらはなに?」

「……言葉を崩せば『体術と技術を魔力で体現する魔術』です。無属性に分類されている魔術で、唯一魔術の才能がない一般人でも会得できることから『スキル』とも呼ばれているです……」

「……………スキルって、ゲームじゃあるまいし………って、そういえばゲームっぽいところもあったな身分証」

「……ゲーム?遊びですか?……」

「気にしないで。それよりもそのスキルとやらは俺でも会得できるものなの?」

「……スキルの会得には修行はもちろんですがその大本となるアビリティが必要です。そうでなければスキルは発生しないです。ご主人様は『足』類のアビリティを身に付いているですか?……」

「いや、無いね。なるほど『能力』(アビリティ)ありきの『技術』(スキル)ね」


 一度は無理だと思うコントローラーのボタン捌きも慣れてしまえば意外とできるものだと思ったことはないだろうか。

 生まれたばかりの赤子は立ち上がることも手を器用に動かすこともできない。だが成長することで手足という能力があることに自然と気づき、走ったり物を掴んで扱うということができるようになる。さらに技術を高めれば手品などの神業と呼ばれることもできるようになる。

 体技魔術――スキルとはそういった培った技術に魔力を付与することで、早く出すかもしくは大きく出すか得られる結果に大きな変化が発生する。ただし能力が無ければ技術は生まれない。手のない者には剣術は修められないし、翼が無ければ空を飛ぶこともできない。


次は控えていた冒険者たちの出番だ。順番は五人組、三人組、最後にシンクローとなった。

やることは攻撃してくる葉茎を切り落として土中の根から切り離す。その際気を付けなければないことは実に傷をつけないこと。商品価値がさがるとかでななく、深く傷つけると液体化した魔素が溢れだしてしまうからである。蜜が少なければそれだけでマナポーションを作れる数が減る。


五人組が前に出て、それ以外は遠巻きから見守る。因みに美女は馬車に戻ったのでいない。

剣・槍・大楯・弓・長杖と前衛後衛バランスの良いパーティだ。ガタイの良い大楯持ちが葉茎を受け止めて、剣と槍持ちが斬っていく。長杖は攻撃には参加せずに呪文を唱えながら安全な位置から付いていく。ロゼ曰く呪文の正体は初歩の強化魔術とのこと。弓持ちは全体を見ながら後方から指示を出している。ゆっくりとだが確実に前進していく。


「盾持ちはよく耐えられるな。あんだけバシバシ叩かれているのに」

「……あそらくあれも耐久系のスキルでしょう。盾持ちには必須スキルです……」

「ほんと、ゲームみたいだ」


その最中、弓持ちが構えたり解いたりする動作はあるものの矢を射たないことに疑問を抱いた。


「弓は何やってんだ?」

「……恐らく、目を狙っているかと。でも射てないようですね……」

「なんで目?」

「……魔草の弱点です。あれは目にして心臓でもあるです……」

「射てないようだけど」

「……葉茎が邪魔なのでしょう。下手に射ても矢を消費するだけ。当たり所を間違えば実を傷つけるです……」


 そして時間が進み、茎がほとんど短くなったところで弓持ちが放った矢が目に当たり魔草が動きを止めた。

 次の魔草が生えている場所に移動し、今度は三人組が前に出た。


「君たちの先ほどの戦いは見事だった。しかし堅実すぎるきらいがある。悪くはないが討伐には時間を掛けていられない状況もある。そこら辺を我が弟子たちで学ぶといい」


 弟子という言葉で三人組の注目度が上がった。

 身長にこそ僅かな差があれど三人とも似た装備だった。同じデザインの鎧に長剣を携えている。そしてイケメンの弟子はやはりイケメン度が高めだった。


「師匠に教え導かれてようやくこの時を迎えました。師匠の名に恥じない戦いをご覧ください!」

「うむ」


 頷き一つで送りだされて、対峙する三人組。抜いた剣を空へとかざした。


「我ら三人、生まれた日は違えども同じ正義を心に刻み!」「魔獣を討ち払い皆が安心して過ごせる世界を願い!」「この身は剣となり盾となり、今こそ魔獣羅刹に立ち向かわん!」

「「「すべては民の為に!!!」」」


 師と弟子はドヤ顔で語る。決まった、と。

 カッコいいと感動するのは五人組だけで、異世界人は体中を掻き毟りながら心の痛みに堪える。

 なにを練習してんだ、と思ったが、練習したのは大見得の口上だけではなかったことをこれから知ることになる。


「いくぞ!」

「「おう!」」


 駆けて近づく三人に対して魔草が行ったのは、キヒルと五人組にも行った葉茎を鞭のように振るうことだ。

 三人とも別の方向に異なる動きで緩急をつけて避けるのでまったく当たらないうえに、それが魔草を惑わしていた。大回りに小回り。一人が後退している一方で二人が一直線に前進してみせたり、その逆もあり。バスケットボールのプレイかの如く、その連携した動きはジグザグのように見えて確実に早く魔草に迫ってみせた。


「…………す、すげぇ。まるでキヒルさんみたいだ」

「あれもスキルの俊足か?」

「いや、彼らが使えるのは快足だ。残念ながら俊足はそう簡単には身につくものじゃない」


 シンクローの疑問に答えたのはロゼではなくキヒルだった。


「だが鍛錬を続けてレベルが上がればいずれ得られるだろうさ。それと興味があるなら私の弟子になるか?」


 ゲームのような異世界ファンタジー世界でゲームのようなスキルが得られる。それは興味深いものだが。


「大変魅力的なお誘いですが、俺にはやることがあるので」

「………そうか。なら一つだけ忠告しておこう。心の中でのスキルの詮索はいいが、口には出さないことだ。魔術と同じく手の内を晒す行為は冒険者に限らずマナー違反だ」

「それは知りませんでした。以後気を付けます」

「…………………ふん」


 離れていくまでキヒルをずっと威嚇していたロゼの頭を撫でる。


「……確かにマナー違反ですが、ご主人様は私と詮索していただけで、バラしたのは自分じゃないですか……」

「案外、面倒見が良い人なのか」

「……まさか。龍殺しのご主人様を弟子として取り込んで、自分の名に更なる箔をつけたいだけです……」


 目の前の戦況に戻る。

 三人組は弱点の目玉まであと少しというところまで迫っていた。

 しかしどれだけ翻弄するように動こうがたどり着く場所は決まっている。

 魔草が素早くすべての葉茎を振り上げ叩きつけるように振り下ろした。線ではなく面での攻撃に移したのだ。それぞれの葉茎が邪魔しないように振るっていたが、これでは意味がないと切り替えた。盾を装備していない三人に、いや盾を装備していようとその重量は耐えられるものではない。

 小細工の利かない力任せの攻撃に、三人は左手を掲がる。


「なにをする気だ?」

「……ご主人様、左手に指輪が嵌まっているです……」

「…………ただの指輪ってわけじゃないよね」

「……冒険者が身に着けるアクセサリーの殆どは魔術具ですので、間違いなくあれも……」


 三人は力強く高らかに唱えだした。


「「「我が力は紅く染まりて火となり迫る邪悪を焼き滅ぼさん!!『火球』(ファイアボール)!!!」」」


 強い光を放った指輪はその輝きから火球が放たれて、三つの火球は迫りくる緑の壁を爆ぜ飛ばしてみせた。

 攻も防もできない魔草の末路は目玉を刺されて動かなくなり討伐された。

 歓声が上がりその中には拍手を送るシンクローもいた。……ただ勝ったことへの賞賛より魔術具なんてファンタジーアイテムを披露してくれたことに比率が傾いているが。


「……素晴らしい。素晴らしいぞ我が弟子たちよ!まだまだ研鑽は必要と思うところはあるが、今のレベルで考えれば上位に位置しているだろう戦いだった!」

「「「ありがとうございます!」」」

「まだまだこれからも実力は伸びるだろう。もしかすると私に追いつく……いや、追い抜かれるかもしれないな」

「そんな!?」

「僕たちはまだ未熟です!」

「師匠の教えがなければここまで強くなれませんでした!これからもご教授させてください!」

「当たり前だ。強くなるのはあくまでも可能性の話。されど可能性は未来において無限大だ。私も研鑽と鍛錬を重ねて強くあり続けなければならない最強に程遠い未熟者だ。………そんな私でもまだ教わりたいか?」

「「「はい!」」」

「よろしい。では共に強くなろう。そして最強の名を勝ち取ろうではないか!」

「「「はい!これからもよろしくお願いします!!」」」


 拍手と歓声とともに惜しみない賞賛が三人に送られる。

 次はシンクローたちの出番だ。前の二戦を見返して持ち合わせの装備を見てどう戦うかを脳内でシミュレーションをしながら、少ない荷物をもって移動の準備を始めていた。


「では、現在最強の名を欲しいままにしている自称ドラゴンスレイヤー君の戦いを参考にして見ようじゃないか!」

「…………へ!?」


 程よい緊張感の中、今の言葉を理解するため反芻していた分、反応を遅らせた。


「………げ、現在最強?一体誰が」

「君しかいないでないか自称(・・)ドラゴンスレイヤー君」

「そんなこと名乗った覚えはないんですが」

かつて(・・・)ゼルーノ最強だったこの私の教えを先ほどきっぱり断ったではないか。龍殺しとクーセフォールヴの件は何かの間違いで噂が一人歩きして勝手にあだ名がつけられて困っている思っていたが、さっきの君の言葉は私には、俺はドラゴンすら倒せる最強の冒険者だから格下に教わることなんて何一つとしてない、と聞こえたぞ。残念だ。他称(・・)に困っていると思って親切から誤解を解こうと思っていたが、本当に自称(・・)していたなんて」

「そこまで言ってないし!断ったのは弟子入りの件だけだし!」


 ぞくっと。身体に突き刺さるプレッシャー。キヒルからではない。


「…………屑が」

「そこまでしてゼルーノで一番気どりになりたいのかよ」

「飛んできたときはあの噂は本当だったのかと疑う程度には見直していたのに、キヒルさんに敬意も払えない奴だなんて。見直して損した」

「消えろ!嘘の功績で成り上がる冒険者の風上にも置けないクズめ!」


 非難と殺気に嵐に揉まれる。シンクローは恐怖を感じていた。目の前の冒険者に、ではない。隣にいて黙っている奴隷ちゃんに、だ。


「まぁまぁ、落ち着きたまえ君たち。私は全く気にしていない。それよりも龍殺しの実力を見ようじゃないか」

「………………………………………………クズが……」

「………………………………………………ひぇっ」


 しれっと、場を宥めるキヒル。

あいつを殺さんとばかりに睨みつけるロゼ。

そんなチビッ子にガチでビビるシンクロー。


今シンクローは魔草と対峙していた。ロゼが隣にいることはなんとも心強い。

それもそのはず。彼らの味方はここにはいないのだから。

前門の草、後門のギャラリー。


「い、居心地が悪い。もう帰りたい」

「……ではとっとと倒して帰るです。あいつらと同じ空気を吸っていると思うと反吐が出そうです。宿に戻ってご主人様を吸いたいです……」

「……わお、ロゼがヤンな変態化してないか」

「……ご主人様の前ではすべてを肯定するです。それともご主人様はわたしが臭うですか?……」

「俺もロゼ吸いしたい」

「……やる気が上がるです!……」


 後ろのギャラリーを見れば馬車に引っ込んでいたはずの女性陣が勢ぞろいしていた。聞こえはしないが全員の表情からは嘲笑が浮かんでいた。


「始めますよー!」

「ああ、じっくりと観察してもらおう。始めたまえ!」


 キヒルから合図が言い渡された。


「ロゼ準備は?」

「……いつでも……」

「じゃあ行こうか」


 事前に打ち合わせは済ませていた。さくっと終わらせようと思っていたが、意外にロゼがやる気を見せたので彼女考案の作戦を決行した。


「……眠れ……」


 ロゼが短く唱えると、魔草の様子が変わった。葉茎は力が抜けたように垂れさがり、目は眠りに抗っていたが次第に瞼が閉じた。


「……ご主人様、もう大丈夫です。止めを……」

「はいよー」


 テクテクと警戒心の感じられない軽やかな足取りで近づき、魔草の目に剣を突き立てた。


「「「「……………………………………………………………………は?」」」」

「終わりましたー」

「ちょっと待て。何をした」


 固まったギャラリーを代表してキヒルが疑問を口にした。


「見ての通りですが」

「分かっている。魔草がピクリとも動かなくなり、君が剣を突き刺したことくらい。私が聞きたいのはなぜ動かなくなったか、だ!」

「俺の奴隷であるロゼの力です」

「だからそれは何なのだ!?」

「………マナー違反じゃないんですかそれ」

「………くっ」


 苦虫を噛み潰したような表情になるキヒル。

 ホクホクのどや顔のロゼに挟まれているシンクローは溜め息をつき、疑問に答えた。


「サキュバスの魅了をあの杖で威力を増幅させて眠らしたそうですよ」

「………………魅了を増幅だと?魅了とは精神系に分類される魔術のはず。それを増幅させるとはあの杖にはもしかすると精神に関する概念因子が込められているのでは?そうだろう!」

「これ以上は企業秘密(ダメ)です」


 ここまで展開はロゼが先読みしていて、この程度までなら開示しても問題ないと彼女自身の許可があった。そもそも精神に関する魔術はかなり貴重で、攻めるにしても守るにしてもその手のアイテムも高額で、辺境にそのようなものがあるはずもない。ロゼの杖があったこと自体がおかしいのだ。

 貴重な術にアイテム。この辺境にいたのでは分かっていても防げないそれを知ってまた苦虫を食べたキヒル。それを見たいがために、ざまぁしたがために情報を開示したロゼはますますどや顔。


「………だが、これは君の力ではない。もう一度だ」

「はいよー」

「……………え?」

「……………ん?もう一度でしょ?」

「………あ、ああ。今度は精神魔術を使わないように」


 抵抗しなかったことに驚いたのだ。

 ロゼからもう一度戦うかもしれないと事前に聞かされていたから即答できたのだ。

 この程度で否は言わない。これも仕事だ。



 次の魔草へ移り、対峙する二人。


「……不壊の盾よ、ここに出ませ……」


 ロゼが短く唱えると、四枚の半透明の盾が中空に浮かんで現れた。

 それらはロゼが腕を振るうと二人の前方に二枚、左右に一枚ずつ配置された。


「………これ、大丈夫?」

「……魔草程度で破られる盾でないのです。それにご主人様からエネルギーは充分に充填せれているですから全力でいけるです……」

「信じるよ。じゃ行こうか」

「……はい……」


 呼吸を合わせ、歩幅を合わせ、歩調を合わせ、二人はゆっくりと歩いて近づく。

 魔草が葉茎を振るっても、ロゼが作り出した盾が受け止めて、時には受け流して、二人を傷つけるどころか、その歩みすら止めるに至らない。葉茎をまとめての面打ちでようやく盾にヒビが入ったが、それも瞬く間に修復されてしまった。


「……魔草のくせにやるです。だけど、ご主人様……」

「はいよー」


 近づいたシンクローに目を刺されて力尽きた。


「あれはなんだ!?今度は何をした!?」

「さぁ?」


 待っていたのはキヒルの怒声に近い疑問であった。


「あれもサキュバスの力だというのか!?」

「らしいですよ。よく知りませんけど」

「…………サキュバスは魅了をはじめとした精神魔術に特化していると聞くが、物理効果がある精神魔術なんて聞いたことがない」


 今回は精神魔術を使わないと制限があったが、しかし属性で分ければ今回ロゼが使ったのは間違いなく精神系にあたる魔術だ。それをサキュバスの力と組み合わせて物理にも効果があるようにしたのだ。詳しいことは短い間では伝えることができなかったので、今回は知らぬ存ぜぬで通した。


「もう終わりで良いですか?」

「………だめだ。二つともサキュバスが主軸ではないか。君の力ではない。今度はサキュバスの参戦を認めない。君一人でするんだ」


 次の魔草へ。

 今度はロゼの助けがない。完全に一人だ。

 シンクローが近づいたことで警戒するように葉茎を揺らし始める魔草。

 葉茎の射程の外にいるシンクローがとった行動は、懐から投げナイフを取り出して構えることだった。


「ナイフ?投げるのか?」

「あの距離を投げナイフが届くとは思えないが」

「例え届いたとしても矢と同じで防がれるはずだぞ」


 そして、投げられた。意外にも真っ直ぐ飛んでくナイフの軌道に驚きはしたが、そこまで。この後の展開は誰でも予想できた。

 その予想通りに魔草は目を守るように葉茎を動かした。あとはナイフが葉茎に当たるだけ。

 だが、当たらなかった。失速して地面に落ちたのではない。空中を進むナイフがあり得ない軌道を描いたのだ。

 目を守るように遮っていた葉茎を避ける軌道を通り、吸い込まれるように目に刺さった。


 冒険者の間で憶測が飛び交う。


「なぁ、投げナイフのスキルであんなことできるか?」

「無理だ。スキルを持っている人は知っているし、見せてもらったこともあるから分かる。初めの構えからでも分かったがあれは真っ直ぐにしか飛ばない投げ方だ。途中で軌道を変えるなんて知らない」

「いや、あれは魔術だ。僅かだが魔素が活性化するのが見えた」

「あいつが空飛んできたのも魔術か。なんだ、種が明ければこんなもんか」

「………いいやあり得ない。魔術だとしてもごく僅かの魔素活性であんな複雑な動きはできない」

「風の魔術で吹き飛ばしたとか」

「素人め」

「なんだと!?」

「風で物が飛ばされるときどれだけの力が必要か知らないのか?軽い物ならそよ風でもいいかもしれないけど、そもそもナイフの軌道が変わるとき風は吹いていなかった」

「……じゃああれはなんなんだよ?」

「…………知らない魔術としか」

「使えねぇな」

「なんだと!?」


 がやがやと騒ぎ出す冒険者を尻目にシンクローは固まっているキヒルに近づく。


「これでもういいですか?」

「…………………………………………なにをした?」

「企業秘密」

「……………っく」


 イケメンフェイスは歪みにゆがみ色も赤みがかっている。

 化けの皮を剥がすつもりでいたキヒルは追い詰められていた。ゼルーノ最強を謳っていた彼にとって目の前の新人は目障りだった。様々な伝手を辿り新人が龍殺しであることを知ってから、彼の地位が脅かされる不安に襲われた。身分証は偽装できないこと。そこに記載されていることは真実であること。それでも信じがたく認めるわけにいかなかった。彼の地位と名声とプライドが虚実をすり替えて、彼の中では何らかの手段で身分証を改ざんしたと決めつけていた。それを確固たるものにするために噂を流した。もしここで実力を認めてしまえば真相が明らかになる道筋ができてしまう。

 そして、目に付いたのはシンクローが腰に帯びる安物の短剣だった。


「………いいや。どうせ次で魔草は最後の一株だ。ここまできたんだ。最期までやってもらおう」

「べつにいいですけど」

「ただし、今回はその剣だけだ。投げナイフも剣を投げることも禁ずる。魔術もなしだ」

「……んな!?それはあまりにも横暴が過ぎるです!……」

「奴隷風情が私に口答えするな!これはゼルーノ支部正規冒険者として命令だ!!」

「…………分かりましたよ」

「……ご主人様!?……」

「ロゼ」

「……………………………はい、申し訳ないのです……………」

「決まりだ。移動しよう!」


 キヒルは腐っても冒険者だ。動きを見ればどの程度の実力を持っているはある程度見極められる。そしてシンクローの動きは素人丸出しだった。しかも討伐系を避ける傾向にあることから戦闘が苦手と推測した。戦闘ができない者が龍殺しと呼ばれるわけがない。やっとこれで奴の皮を剥がせるとたかをくくった。


「……なんなんですあの男!龍殺しだと早く認めればいいものを、そんなに辺境最強なんてみみっちい称号にこだわるのですか……」


 移動する一団から少し離れた後ろでロゼが爆発した。爆発したところでロゼの喉では先頭集団には聞こえない。


「……ご主人様だってもっと威張るです!そうすれば舐められずに済むのです!……」

「威張るのは性格上無理だし。これでも仕事なんだから」

「……だからってこのままではゼルーノにいる間ずっとネチネチやられるですよ!……」

「ずっといるわけじゃないし。届かないドラゴンの報酬を貰えばすぐに出ていくさ」


 むしろそれが貰ってないから動けないのである。家に帰るのが目標であってもどれだけ時間と金が掛かるか分からない以上、貰えるものは貰っておかないといけない。


 ロゼがしがみ付く。

 シンクローは受け止めて、安心させるために頭を撫でる。

 心配するのも無理はない。シンクローと出会ってからロゼはナイフを投げる以外の戦い方を見ていない。戦闘は素人だとも聞いている。龍殺しだという最大の打ち消し材料も役に立たない。


「……大丈夫だと信じているですけど、ご武運を……」

「ロゼを武運は良く効くからな。大丈夫だって」

「……はい!……」


 最後の魔草と対峙した。

 思えばシンクローの戦いはその殆どが偶発的な遭遇戦ばかりだった。地球であっても異世界だっても。しかも感情がニュートラルな状況ともなれば初めてだ。

 緊張はあるが、動けない程でもない。

 碌に抜いたこともない新品同様のショートソードを抜く。


「………重いな」


 本当は重みなんて感じない。でもその錯覚がある。


「さっさと終わらせよう。気分が悪くなる」


 またしても歩いて近づくシンクロー。威嚇をする魔草に気も留める様子もない。

 あっさりと葉茎の射程に入り、魔草は迎撃に移った。真上からの振り下ろし。

 シンクローと魔草の接触の直前。

ババァァン、と地面が二度爆ぜた。

 葉茎と交差するように黒い砲弾が魔草に迫った。

 その砲弾の正体こそシンクローだった。

二度目の爆発音は葉茎が地面に叩いた音である。

そして一度目の爆発音こそがシンクローが地面を蹴った音だった。

一切地面に足をつけることなく迫るシンクロー。滑空は身体の各所に巻いた小さいベルトを移動魔法で浮かして動かしているだけだった。その速さはキヒルの俊足に匹敵するほどだ。

ほんの一瞬で魔草との間合いが無くなり、その速さのまま無防備な目玉に剣を突き刺した。


「――っ!?まずい!」


 足の踏ん張りは意味をなさずシンクローの身体は急停止を掛けたが勢いを殺せず衝突しそうになった。刹那の直感と判断で地面を蹴り跳ねて錐もみするように空へと飛び逃げた。慣性の影響で魔法の制御もままならず空中で無様な恰好を晒す羽目になった。


 なんとか体制を整えてロゼとギャラリーの下へ飛んでいく。

 目の前で着地すると小さな影がシンクローに抱き着いた。


「……ご主人様!……」

「おーただいまロゼ」

「……おかえりです。その剣は?……」

「あー折れた。やっぱり安もんだな。新しいの買わないと」


 手には元新品同然の中ほどで折れた安物のショートソード。空へ逃げた時に引き抜けずに折れたのだ。

誰もいないと思うくらい静まり返ったギャラリー。シンクローの影が砲弾と化し、再び姿が見えた時には空を飛んでいたのだ。僅か一瞬の出来事に驚きすぎて言葉を失っていた。


「それで、もういいですか?」

「…………ああ」


 ギャラリーは空いた口が閉まらず、キヒルに至っては二の句を継げずにいた。

 今日を境にキヒルがシンクローに関わることも、その逆も無くなった。

 そして今日が彼らの交流は最後となった。




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