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2-7辺境の町ゼルーノ

◆(ロゼ視点)

外で待機するように言われたわたしは、衛兵所の外に出た。

黒奴隷であるわたしは入り口近くから離れて、ご主人様が出てくる出入口が見える暗い細路地に移動した。白奴隷なら入り口近くで待っていても問題ないが、黒奴隷は白い目で見られてそれはご主人様への評判に繋がる。ましてわたしはサキュバス。冒険者ギルドでの失態に続き、ここでももめ事を起こしたらご主人様に迷惑が掛かる。

いや、もう迷惑を掛けているのだろう。奴隷としての正しい在り方が逆に迷惑している様子で、罰しないのが不思議だ。


不思議、そう、不思議なご主人様だ。

ニンゲン族なのにアルフ語しか話せず、大金を所持しているのに関わらず冒険者として働き、移動魔法と言っていた謎の魔法を繰り出す。

ご主人様は常識がないと言った。確かに知らないことが多すぎる。黒奴隷になる前の伯爵様お屋敷で読み漁った本の知識しか知らないわたしよりも。本の情報よりも生の情報の方が知識として優れているはずなのに。あのご主人様も、どこかで幽閉されていたのだろうか。友や親類はいないのだろうか。

けど、その本のおかげで様々な言語を知ることができた。そしてご主人様の通訳として買われて、今は、一生浴びることのないと思っていた日の下にわたしはいる。

ただ、通訳をするならなぜサキュバスであるわたしを買ったのだろう。サキュバスを恐れない酔狂家なのかな。以前一回のみならずわたしを買おうとした人はいたけど、結局サキュバスの魅了の前で屈して購入しなかった。ご主人様は魅了に掛かっている雰囲気ではない、と思う。時々目を背けたりしているから確信が持てない。


「………うわっわ……」


 立っているだけでよろけてしまった。自分でも分かっていたが、相変わらず体力がない。………分かってる。サキュバスが普通の食事だけで回復ができないことくらい。方法は知っているけど、それをするわけにはいかない。それをすればご主人様を今度こそ傷つけてしまう。

 座って待つことにしよう。いや、だめだ。買って下さった衣服が汚れてしまう。杖に寄り掛かるだけなら大丈夫なはずだ。

 そういえば、この杖も役に立っていない。魔力が足らず、魔術を使えないわたしとおなじだ。冒険者に囲まれた時もご主人様が絡まれた時もクーセフォールヴが現れた時だってなにもできなかった。


「……………ご主人様、すごかったなぁ……」


クーセフォールヴに対して逃げようと進言したのにご主人様は立ち向かった。そしてあっさりと倒してしまった。空の上から見ていたけど、何をしたのかは分からない。剣は早々に投げ捨てたから、倒したとしたら例の謎の移動魔法だろう。ドラゴンもそれで倒したのかな。


「……………ドラゴンスレイヤー……」


 未だに信じられない。ご主人様が龍殺し?

 冒険者ギルドが定めたドラゴンの危険度は最低で対英雄級以上。それを倒したとなればご主人様の実力は銀等級相当になる。

 だからクーセフォールヴを前にしても怯えなかったのだろうか。わたしの心配は杞憂だったのだろうか。でも、あの毛に絡まれた姿には心配になるくらい呆れたけど。


「…………………ふふ……」


 あの姿を思い出すだけで胸の中からくすぐったいものがこみ上げてくる。

 不思議なご主人様。

 ご主人様――シンクロー様の何も知らない。いや、黒奴隷が主人を詮索するなんて無礼もいいところだ。

 でも、あの優しいご主人様なら応えてくれるのではないかな?

 どこから来て、どうやってドラゴンと戦い、どこへ向かうのか、大好きだった物語の英雄のような話を。

 でも、わたしは黒奴隷だから。そんな思いは胸にしまってこれからもお仕えするだけだ。


「……よし!……」


 龍殺しの奴隷なのに腑抜けた姿は見せられない。足腰に気合を入れて、ご主人様を待とう。


「――むぐっ!!??」

「よ、よし捕まえた!」

「あいつはいないな?」

「まだ衛兵所の中のはずだ!」

「よし、今のうちに!」

「むぐぐぐっ!!」


――と、わたしにも思っていた時期があった。

 人攫いに遭いました。――って冗談じゃないです!こんなことで連れ去らわれたらご主人様にご迷惑どころじゃないです!

 必死に力の限り振りほどこうと抵抗してみたけど、わたしの細腕程度では拘束を解くことが叶わない。口も封じられて声も出せないけど、だからと言って無抵抗なままというわけにはいかないです!ジタバタするも、麻袋に入れられて運ばれてしまいました。

ああ!杖は邪魔だと捨てられた。それ未使用の高級品なのですよ分かってるのですか!


 右に左にまた右に。ずっと牢屋にいたので土地勘すらないのに、余計にもうどこに向かっているのか分からない。

 麻袋から出されると、そこはどこかの宿のようです。汚れたままの木の床。黄ばんだシーツのベッド。欠けた窓ガラス。ご主人様と止まっていた宿に比べてランクは下がっている印象が見て取れます。……嫌ですよ。いくらサキュバスだからってこんな訳の分からない男たちに輪姦されたくないです!どうせ犯されるのなら最初から最後までご主人様がいいです!


「…………………い、いや……」

「こ、怖がらなくていい。俺たちは、あ~、あれだ。……………ぼそっ(なんだっけ?)」

「………ぼそっ!(馬鹿ヤロー)。俺たちは『国家迫害種族保護団体』っていう組織の一員だ」

「そうそれだ!」

「…………ごほん(黙ってくれるか)。私たちはサキュバスや吸血種族とか差別や迫害を受けている種族を守り、また彼らの誤解や悪評を払拭して国家の一員として迎え入れてもらおうと活動しています」


 胡散臭いとか、もうそういうレベルじゃないです。

 一人の男が部屋に入ってきた。貴族が着るような仕立ての良い三つ揃えの服に身を包み、甘い香水を纏わせている。ただ顔は優男風なのに冒険者(・・・)のように焼けた肌をしている。

 しかも全員が纏っている香水も不快なくらいきつい。


「……そんなの、知らない……」

「知らなくて当然です。迫害されている種族を助けるってことは迫害している者たちの敵になるということですから、秘密裏に活動しなければならない。また伝聞していないのはそういう情報が握りつぶされているのですから。だが安心してください。たとえ我々の活動が知らされなくても、我々は助けを求める声が聞こえればどこにだって駆けつける。なぜなら我々の活動はやんごとなき方によって保障されている!」

「……助けなんて呼んでない……」

「………本当ですか?」

「……事実、ここから解放して……」


 優男は大げさな仕草で溜め息をついた。


「あなたは知らないのですね」

「……なにを……」

「あなたを買った男について」


 ドキッとした。この優男はわたしの知らないご主人様を知っている?

 知りたいわたしと知りたくないわたしが鬩ぎあう。


「……だ、だったらなんだっていうの?……」

「やつはサキュバスを使った犯罪集団の一員です」

「……………え?……」

「我々を知らなくても、奴らの噂なら知っているでしょう。サキュバスの魅了を用いて操り、金品や人命を奪い、やがて国家を転覆させる存在。聞いたことありませんか?とある伯爵がこの組織に与していたことで捕まり一族郎党が処刑されたのを。ですが、組織といっても暖簾分けした数あるうちの一つですが」


 聞いたことあるどころか、わたしは当事者だ。知らないわけない。


「その伯爵もそうだったのですが、あの男は『飼い手』と呼ばれる末端です」


 その言葉に、ドクンと、胸の中で大きく脈を打った。

 知っている。だってわたしとお姉ちゃんが飼われていたから。


「『飼い手』とはサキュバスやヴァンパイアなどといった催眠や暗示のスキルを持つ人と接触してその力を行使させようとする者です。当然善良な心を持つ彼らにスキルを強いることはできません。反撃されてお終いです。だけど彼らと飼い手との間に強い信頼関係を築いていたならば、疑いもなくスキルを使ってくるでしょう。この人しかいない。この人の言うことを信じればいい。スキルを使わない一種の暗示を施すのが飼い手あり、奴なのです」


 ……………やめて。


「優しい言葉を掛けられませんでしたか?着ている服は?十分すぎる食事は?少しの労働で大きな報酬を受け取っていませんか?それが奴らの手口です。プロになると見ている前では催眠や暗示を打ち消すものを使いません。あなたがご主人様と呼んでいた男、あの臭い実を食べていましたか?」


 食べてない。それどころか匂いすらしなかった。

 伯爵のところにいたころは毎日嫌でも嗅いでいたあの匂いを忘れるはずがない。


「それが答えです。奴は飼い手です。でも安心してください。奴は我々の仲間が始末しに行きました。時期報告が来ます」

「……え?だめご主人様に手を出さないで!―――っブ!!?」


 バチンと、視界が揺れて、わたしは汚い床に倒れていた。

 優男が振りかぶった手がわたしの頬を叩いたのだ。


「甘い夢から覚めなさい!!あなたは騙されていたのですよ!!現実を見るのです!!奴は主人ではない、飼い手です!!」


 すぐに私を起こす優男。

 ふらついて真っ直ぐ立つことができない。


「叩いてしまって申し訳ありませんね。しかし、これもあなたが解放されるための儀式です」

「……………か、いほう」

「そうです。あなたは黒奴隷でもなく白奴隷でもなくただの人として開放されます。それも近いうちに」

「…………む、りでしょ。だって黒奴隷は、解放されるには、国王からの恩赦がないと」


 優男が、そのセリフを待っていましたと言わんばかりにニヤリと笑った。


「………言いましたよね。我々は『国家迫害種族保護団体』だと、そしてやんごとなきお方が背後についていることを」

「…………………まさか」

「そのまさかです。我々の背後には国王陛下が控えていらっしゃいます。陛下だけではありません。皇帝陛下にくわえて教皇猊下までが我々の活動を支援してくれています」


 そんな嘘のようなことあるはずがない。たとえ真実だとしても、ここまでその存在が隠されているなんてあり得ない。


「解放されたあとでもよろしいのですが、あなたにも協力してほしいことがあります。さきほど敵と言いましたよね?その敵とは各国の重鎮貴族です。国とはいえ一枚岩ではないのです。彼らが我々の活動をつぶしているから世間で我々の噂すら立ちません。また、彼らに反逆されればさすがの陛下たちも抑えることはできません」


 推測は当たっていた。


「…………………なにをすればいいの?……」

「簡単なことです。我々とともに戦い、今も苦しむあなたの同胞を助ける手伝いをしてほしいのです。そうすればあなたの身柄は完全に自由となるのです。あなた一人ではありません。助けた人々ともにですよ。そうすればあなたは彼らの英雄的存在になるのです」

「……………自由……………英雄……」

「そうです。すでに助けたサキュバスやヴァンパイアの仲間が隠れ家で待っています。同じような境遇をした仲間が待っているのですよ。さぁ、私の手を取って、仲間とともに彼らのもとへ、そして完全なる自由のために、幸せな未来のために、行きましょう!!」


 差し出された手。

 飼い手だというご主人様。いや、騙していたシンクロー。

 黒奴隷からの解放、そして自由。幸せな未来。

 掴んだ。

 温かく、笑顔で迎えてくれる、その手を。













「……ところで、伯爵に捕まっていたサキュバスはわたしのお母さんなのですが、もしかしてその隠れ家にいますか……」

「…………………………………な、んと!?あぁ、奇跡が起こった。こんなところに離れ離れになった母子の片割れがいたなんて!話には聞いています!おそらくはあなたの母親でしょう。さぁ早くいきましょう!」


――振りほどいた。


「…………………なにをしているのですか?」

「……黙れ嘘つき……」


 わたしは最初から信じていなかった。

 こいつらも、ご主人様でさえ。


「嘘とはひどいですね。確かに我々は知られていない存在ですが、確かに実在する組織です。ここに陛下から賜った証拠のメダリオンもあるのですよ」

「……そんな証拠はどうとでもなる。わたしが信じられないのは、その目だ……」


 伯爵の下にいた頃から知っている目。

 発情と欲望にまみれた目。隠しきれていないその表情。

 目は物を良く語る、なんて教えられていたけど、本当だったねお姉ちゃん。

 そして分かったことがあった。


「……確かにご主人様のことは良く分からない。正直謎だらけ。でも少なくてもご主人様は魅了のスキルを受けていないことは分かっている!……」


 魅了のスキルを受けると、人はどうなるか。それは伯爵家にいた時から散々お姉ちゃんから聞かされ見せられてきた。

 なぜ、と問いたことがあった。

 お姉ちゃんは男や女の体液に塗れながら、疲れた様子でそれでも宝物を守れた安堵を浮かべた笑みで諭してくれた。伯爵に捕まった、わたしを産んですぐに死んでしまったお母さんから託された願い。利用しようとする悪い人に捕まってサキュバスの力を悪用されないように。決して見誤らないように。正しいわたし達を見てくれる人に出会うように。


 わたしは、目を信じている。

 自身の魔法を黒奴隷に暴露して、アルフ語しか話せなくて、なぜか大金を持っているのに冒険者として働き、杖と服と温かい料理を与えてくれて、なによりあの冷たい地下の牢屋から温かい日の下にわたしを連れ出してくれたご主人様。

 わたしをきちんと写し、濁りなく映し返すシンクロー様の目とわたしの目を信じる!!


「……………やれやれ、穏便にはいきそうもないな」


 口調が変わった。というかこれが素の状態で間違いない。


「―――っぐう!?」

「ぎゃははは!確かサキュバスってのは天然の娼婦の才能を持っているって話だったよな。こんなガキでも俺たちを喜ばせるだけのテクニックを持ってんのかね!?」


 一瞬で間合いを詰められて、ベッドに押し倒されてしまった。


「おい!もうおっぱじめんのか!」

「あたぼうよ!というか俺が一番だからな。そういう約束で臭せぇ香水にあの不味い実食いまくって慣れない言葉に似あわない服着せられたんだからな!」

「っチ!そういうことならとっとと済ませろよな!」

「馬鹿ヤロー!俺たち冒険者が一発二発で萎えるかっての!!」

「がははは!そりゃそうだ!」


 身動ぎするが頭の上で抑えられた腕の拘束は解けそうもない。

 勝手に下品な猥談を進めないでほしい。サキュバスが娼婦の才能を持っているとか、その体質に尾ひれのように噂が付随しただけだから!


「さて、お前はこれから俺たちと楽しいことをするわけなんだが、まず一対一で、次にまとめてって流れかな。今晩どころか明後日の朝まで眠れないぜ」

「……は、なせ!……」

「バーカ離すかよ。というか放してもいいけど、ここ三階だから窓から飛び降りれないだろ。この宿は俺たちが貸し切ってる。各部屋で俺たちの仲間が今か今かとサオをビクンビクンさせながら待ってるぜ」

「……放さないとご主人様がやってきてお前たちを倒してしまうぞ。ご主人様は強いんだからな!……」

「あーあ、クーセフォールヴを倒したって話しな。デマだろ。それに黒石風情が俺たち玉ランクの冒険者に勝てるはずないだろ?」


 優男がズボンを脱ぎ、そのそそり立った怒張を見せた。腐った匂いが鼻腔を侵す。

 ご主人様は言っていた。困ったときは遠慮なく助けを呼べって。ご主人様に処女を捧げられない困った状況になりたくない!!


「助けてご主人様!!!」

「うるせぇよ!というかそんな大声出せたのか」

「――もがっ!?」


 口に猿ぐつわを嵌められた。これじゃ助けを呼べない!


「実はな、俺たちお前がこの町に来た時金出しあって買おうとしていたんだぜ。結局足りなくて買えなかったが、今は買って外に連れ出してくれたあの間抜けに感謝しよう!………というか、なんだこの服、これ剣とかを縛るベルトだろ、手足の首やら太ももやらに巻いて、拘束系か?なんでショートパンツ?犯すために買ったんだったらスカート履かせろよな」


 ご主人様が買って下さった服をナイフで切り裂いてく。

 わたしの胴体から恥部が露になったことで、優男の目がさらに欲望を深くした。

 身体を撫でまわす手が気持ち悪い。ローションで濡れた男根がこの世の物とは思えない。触手のモンスターだ。


「少々骨が目立つが、まぁいいだろう。――それじゃあ、大いなる恵みを下さった神とコイツの母とあの黒石間抜けヤローに感謝して、いっただきまーす!!」


 もうだめ!!!






 と思ったその時でした。


「――むぐう!?」

「――うわあぁ!?」


 前触れもなく、男が後ろに吹き飛んだように見えた。

 いや、ベッドが突然縦方向に立ち上がって男を落としたのだ。

 わたしはベッドに張り付いている。というかもう宙に浮いている。

 これって、もしかして!

 猿ぐつわを急いで外し、力の限り呼ぶ!ここに来ていると信じて!


「ご主人様!!!」

「ロゼ!!!」


 返ってきたわたしの名を呼ぶ声に、わたしは安堵ともに胸と頬に温かいものが帯びたことを感じていた。




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