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2-6辺境の町ゼルーノ

 目覚めた時から帰りたいと思う。でも既にここは帰る場所。

 労働している者ならば一度は思うであろう。思わないのであれば、そいつは訓練されている。

 これから苦みを味わうであろう事に、朝っぱらから溜め息をつかずにはいられなかった。

 とはいえ、このまま宿に籠っているわけにはいかない。


 冒険者ギルドでも謎の騒動の翌日から、早くもシンクローの取り巻く状況が変わっていた。

 まずは冒険者からの印象だ。以前であればなんてことはない、しかしちょっと気になれば視線を送り興味が消えれば視線を戻す程度の街中ですれ違う他人同士だったはずが、今では一挙手一投足を目の端もしくは堂々とガン見で見られるくらいに変わった。何か言ってくれば対処できたはずが声を掛けられることもなし、声を掛けることもできない。険しい顔つきで監視されていた。

 そしてロゼだ。明らかに落ち込んでいるご様子。会話もご飯も口数が減った。外を歩けば距離を置こうとするので手を引いて歩くほど。

 監視されている状況よりもロゼの方がダメージが大きい。野郎よりも女の子が大事。シンクローの中ではやり意思疎通できる存在はかなり心の支えになっていたことは間違いない。唯一の救いは宿屋の店主の態度が変わらなかったことだけだった。


 仕事は変わらずに薬草採集。多く納品したところで冒険者の階級がすぐに変わることはない。

 変わった点と言えば、シンクローが移動魔法(仮)を人前で堂々と使用したくらいだ。ロゼのデジャヴともいえる反応で驚いていたが、さすがに問い詰めてくる真似はなかった。

 もともとストーカーのように監視されていたくらいだ。魔法は隠蔽しろと言われていてもこれではどうしようもないと割り切った結果の事。ロゼは物申したそうにしていたが俯いて結局開いた口を閉じてしまう。


「………あー、その、せっかく忠告してくれたのにバラしちゃってごめん」

「…………いえ、ご主人様の判断なら従うです。いらぬ諫言をした奴隷に罰を…………」

「………いや罰したりしないし」


 主人の判断ならと。指示を忠実にこなし、人間味と顔から生気さえ消えたその姿は、まさしく奴隷。

 シンクローは苛立ちと寂寥を覚えた。なんとか顔と態度に出さないように努めているつもりだが、手をつなぐ少女は気づいているのか。深めのフードと俯き加減でその表情は窺うことはできない。


 本日の薬草採集にポイント前回とは別の場所だ。手付かずの取り放題の場所が複数もあるのでローテーションで回っている。今日採ってローテーションで一周するころにはまた生えている仕様で、競争相手がいないことから小金の山である。どんなに集めても大金にならないのが残念だ。


「…………………………」

「…………………………」


 黙々と。摘んでは籠へ。繰り返す。

 広く群生していたので、手分けして採取するとこにした。二つも籠が借りられたので手元に置いて作業していた。

 が、これはいけないと、内心焦っているシンクローさん。

 奴隷商からサキュバスは迫害されていると聞かされていたのにかかわらず、迫害の被害がどのような状況を生むのかを理解していなかったことが落ち度であった。ただ、現代日本で育ったシンクローが真の意味でそれを知るのは難しいと思われる。宗教政治個人の思考から好き嫌いまで、その思考は国境を越えて千差万別。せいぜいいじめのちょっと酷い版と想像するのが限界で、それすらふわっと曖昧だ。

 なんとか励ましたい。元気で幼い魅力を振りまいて胸をキュンとさせる笑顔が見たい。

 では、どうするか。それが問題だ。

 ホストみたいに言葉巧みに女性をキャーキャー言わすような話術があるわけでもなく、クラスメイトのお調子者のように個人のパーソナル領域にズケズケ入り込むが決して不快感を感じさせないほどのコミュニケーション能力を持っているわけもなく、万人の心を震わせるような詩を謳う詩人でもない。恋人もいたこともなければ会話なんて仕事の応対に毛の生えた程度の話術しか持たない彼にはハードル(?)が高い。

 苦手意識はそのまま物理的な距離としてシンクローとロゼの間にあった。

鬱蒼と生い茂っているが、事前に決め事で『目の届く範囲にいる』ことをギリギリで守っている。

ありきたりに「気にするな」「大丈夫だ」なんて焼け石に水の付け焼刃並みに時間稼ぎの中身のない安い言葉を言いたくない。それこそ何も考えていない証拠になる。


「ん゛~~~~~~。何か、何か言うんだ」


 頭をガシガシかき回したところで神と考えが乱れるだけだった。

と、――


「…………………………うん、おや?」


 天啓が降りてきた、わけではない。

 目と耳の感覚器官が反応するような、でも違う。何も見えないし聞こえない。でも感じる違和感。いや、違和なんてない――真っ当な知覚感。正確な直観……でもなく、新たな第六感――魔法領域からの知覚だった。


この魔法領域はシンクローの移動魔法の使用範囲というだけではなく、どうやら『シンクローを中心としてどこに何があるか』『何が魔法の対象にできるか否か』を感じることができる。しかもそれはドラゴンを倒した前後で鑑みて比べられない程に拡大していた。

空気さえも対象にできるのだから、それを逆手にとれば索敵レーダーの真似事ができた。魔法領域だけのレーダーなら大雑把な情報でしかなくシンクローとの距離があると近視の裸眼のように情報がぼやける。しかし、魔法領域内の空気を魔法行使させる対象として選択するとそれ以外が真空でもなったかのように浮き彫りとなることが日々の魔法の試行錯誤で判明していた。………実はそれは牢屋の中での暇つぶしで分かったことだった。

閑話休題。

 領域内の空気を利用した真空レーダー(命名・仮)によれば、接近しているのは人影が三体と大柄な四足歩行の何か。剣、槍、弓が浮き彫りになったことから武装した三人は思いつく限りで冒険者か盗賊。大きな影に追われているのだろう。付かず離れず………というよりは前者の足が遅く後者の足が速いのだろう。今にも襲われそうだ。そして真っ直ぐロゼのいるあたりに向かってきている――。


「――って!ロゼこっちに来い!!」

「っ!?……え?……」

「早く!!――って、ああもう!!」


 シンクローが大声を上げて呼ぶ。

風に揺れ葉の叩く音しかしなかった静かな森の中で響いたそれはロゼを驚炉かせて身体を硬直させた。叱責にしては声に怒気は無いことにロゼは感じて、逆に戸惑いからまだ身体が動かせないでいた。

目にかかるフードと前髪が心配する表情のシンクローを見せなかった。行動がさらに遅れる。

迎えに行った方が早いと判断し、魔法を行使して緑の槍を引き寄せて掴み、そのまま引きずられるようにロゼのもとへ。


「……え、え、え?……」


 突然目の前に高速で接近した主人に目を白黒させるロゼを小脇に抱えて、魔法を使い大きく飛び退いた。


 その一瞬後、――。


「「「ぎゃああああああああああああ!!!」」」

「AWOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」


 背丈以上に大きく育った根から飛び降りて現れた男一人に女二人と、灰白色の大きな獣だった。


 その灰白の毛を持つ獣は怒気を表した双眸で睨み、大きく裂けた口には鋭い牙を生やしていた。その巨躯からでも人なんて簡単に食い千切ってしまうであろうことは容易に想像がつく。頸部に長いたてがみを生やしているのでライオンかと思いきや顔は長細い犬顔で、犬よりは狼が近い。そのたてがみも狼の怒りに表しているように重力に逆らい毛立たせてユラユラと揺れている。足の毛から覗く爪は猫のように鋭くなさそうだが一本一本が杭のように太い。


「………狼だよな?」

「…………………………そ、その巨躯以上に長いたてがみと尻尾。岩崖を穿いて登ることができる杭の爪。灰白の狼。ま、間違いない、です。地がある限りどこまでも追う灰白の死影、善悪すべてを処刑する狼クーセフォールヴ!」

「…………(なにその説明カッコいい!!)ごほん、あれはヤバいやつ?」

「ヤバいなんてものじゃないです!目を付けられたらどこまで執拗に追いかけられる対軍級以上の魔物です!………こんなところにいる魔物じゃないはずなのにどうして」


 質問したシンクローに、ロゼは震えながらも答えた。


 魔物の危険度は冒険者ギルドと国家で定められており、それを討伐するのに必要な冒険者の階級と人員を表している。危険度は上から対神級・対勇者級・対英雄級・対国家級・対要塞級・対軍隊級・対大隊級・対中隊級・対小隊級・対単騎級と分けられている。今回、対軍級の魔物を討伐するのに求められている冒険者パーティは白鉄級以上の冒険者、もしくは赤鉄級冒険者パーティが十組以上で編成された討伐隊になる。


「………とりあえず、助けを呼んでこようか」

「無理です!ゼルーノでの最高位冒険者はソロの青銅級ですが、今から呼んだところで遅いです!」

「…………じゃあ、どうなるの?」

「…………………………わたしたちはおしまいです……」

「…………………………まじかぁ」


 ロゼの顔色は真っ蒼になり全身から絶望が漏れていた。

 どんなに絶望的な状況でも、相手が大地を走る魔物である限り空を飛んで逃げることができる。そのことがシンクローに心の余裕を持たせて、クーセフォールヴを注意深く観察できることができていた。

 先ほどからずっと話していたが、クーセフォールヴは唸り声を上げるだけで襲ってきていない。視線は三人組ではなくシンクローを向いていた。シンクローも瞬きを止めて目を合わせていた。目は警戒しているような色も見える。なぜ?

追われていた三人組も腰が抜けたのか地べたにへたり込んでいる。と、威嚇のつもりか、それとも注意を逸らすためか剣を無意味に振り回していた男がシンクローたちに気づき何かを叫んだ。相変わらずシンクローは聞き取れない。


「なんて言ってる?」

「…………救助要請です。援護を求められているです……」


 冒険者の規則として冒険者が受けている依頼に他の冒険者は手出しすることはご法度となっている。そうする場合は救助要請を持ちかけなければならない。逆に助けたくても救助要請がなければ助けることはできない。


「………………………………無理です。救助要請を受け入れずに逃げるです……」

「それは彼らを囮にするって意味か」

「…………………………提案した以上、罰は受けるならわたしです。ですから……」

「彼らに言って。助けるって」

「!!ご主人様、何を言って!?」

「ロゼはこのままサーフボード乗せて浮かすから」

「ご主人様なんでです!!階級は黒石で――」

「問答無用!サヨナラ!」


 魔法で引き寄せたサーフボード(大楯)にロゼを放り投げるように乗せて上空へ上げた。ボードを安定させるためには魔法のカーソルを三機使用しているが、カーソルもドラゴンを倒した後で六機から一四四機までに増えていた。三つ無くなったところで一四一機も残っているのだ。


「………なんで、か」


 ………理由をつけるとしたら。

 冒険者は危険な仕事が多い。その大半を魔物の討伐やその関係していることが占めている。冒険者を志す者たちは、今は栄光や欲望にまみれている。しかしそれだけが冒険者ではない。語られるその英雄譚はそこに上り詰めた冒険者たちの軌道で、それを知った幼子が目を輝かせて次代の冒険者になる。そして心の奥底に灯る消えない炎のように思うのだ。

 助けを求める誰かのために。

 それは勇者と呼ばれるに至る原動力なのかもしれない。

 なればこそ、理由をつけるとしたら。


「いやいやいや、いちいち仕事に理由なんていらないし。理由を考えたら仕事にならないし。自身の生活のためだし」


 補足をつけるなら、ドラゴンと戦った時より恐怖心がない、ということだ。


「………さて、ひとまずは」


 魔法を行使して腰の抜けた三人の冒険者を後ろの茂みに飛ばした。突然身体が浮けば悲鳴を上げるは当然のことだが、シンクローはお構いなしに投げ飛ばす。着地のフォローも一切ない。

 クーセフォールヴは自身が追い込んだ獲物が突然遠ざかっていくのに反応して襲い掛かった。ネコ科のバネような柔軟性からの飛躍ではない、膨れ上がった己の筋肉で蹴りだしは直線の軌道を描いたロケットダッシュ。喰いつかんと口を裂き開く。

 それを黙って目で追っているシンクローではない。

 安物の剣を抜きクーセフォールヴの進路上に投げ付けた。剣は空中で縦回転して迫っていった。当たれば目の辺りを負傷させるだろう。

 灰白の狼のたてがみが飛んでくる剣を難なく絡めるように掴んだ。そしてバキンっと高い音を立ててへし折られた。


「ご主人様!!クーセフォールヴはたてがみと尻尾を自在に動かすです!!触手にも斬撃にも使ってくるです。捕まるとそのまま食べられるです!!」


 上からロゼの声が聞こえてきた。

クーセフォールヴの長い長いたてがみと尻尾はそのために存在している。灰白の毛には狼の魔力が込められていて自在に動かせる上に、ちょっとやそっとでは断ち切れないほど頑丈になる。頑丈な毛は摩擦でもって斬撃を生み束ねれば鈍器にも変わる。触手のように動かして手の代わりになり、捕えて動きを封じてから捕食というのが戦術パターン。その毛に捕らわれたドラゴンは杭のような爪が楔となり空へ逃げることが叶わなかったと伝聞されるほど。囚われたら最期。生きたギロチン。それがクーセフォールヴ。……早く言ってほしかった。


 だが、クーセフォールヴは動きを中断して、その目は完全に剣を投げた矮小の生き物へと向いた。ターゲットが三人組からシンクローに移った。博打感覚で行った行為が狙い通りになったことに安堵する。そのまま突っ込んでいっていったらどうなっていた事か。


 懐から六本すべての投げナイフを取り出した。安物とはいえ剣をへし折るだけの力があるので安易には投げられない。かといってそのまま刃物として使うには心もとない。緑の槍は頑丈が取り柄のただの棒。


「………さて、どうしたもんか?」

「AWOOOOOOOOOOOOOOO!!」


 クーセフォールヴが再びロケットダッシュで突進して迫ってきた。噛みつくためか牙を見せつけてくる。

 シンクローは冷静に、焦ることはない、念仏のように自身に言い聞かせながら緑の槍を構えた。


「――っ!!今だ!!」

「――っ!?AWO!?」


 牙を閉じようとする狼は口腔内でつっかえた緑の槍に阻まれた。

 噛みついてきたクーセフォールヴに対してシンクローがやったことはドラゴンの時と変わらない。口の開閉の向きを確かめて、槍はただ添えるだけ。


 見えない口腔内の異常に取り乱したのか首を振るって払う。しかし槍の長さ以上に開けない口がしがみ付くシンクローを吐き出させるわけもなく、今度はたてがみが殺到した。


 シンクローとてやりっぱなしではない。魔法を使って取り出しておいた投げナイフを六角形に整えた。柄で描いた六角形は刃になる部分が図形から飛び出し金属性の風車にも見える。しかし角度はない。

 シィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!、と。

 風を切る音。受ける羽もなく魔法によって超高速で回りだす。


「それいけ!!」


 いや、掛け声も投げるフォームも本来はいらない。なぜしたのかも分からない。もしかしたら、無意識で行ったこれから起きる結果への宣告なのかもしれない。

 それを投げた。


 柔らかいものを切るブチブチという音と、空気がかくはんするグチョグチョという音と、硬い物を切るギャリギャリという音が同時に鳴り響く。

 口腔を進んだ丸鋸は喉の皮を破り、その奥にあるものを強引に切り破いた。


 悲鳴もなく狼の巨体が前のめりに倒れた。一見したのなら石に躓いて転んだかのように。一回転した巨躯はもう動くことも立ち上がることもない。

 その光景を空から、あるいは茂みから目撃していた四人は言葉もなく立ちすくんでいた。


 ゆっくりとサーフボードが降下した。

 大地に降り立ったロゼは茫然したまま目の前で何が起きたか頭の中で反芻していたが、結局理解できない。その幾回かの過程で初めはチラチラ見えていて最終的にクーセフォールヴの陰に消えた大切な存在を思い出した。


「…………っは!!ご主人様!?」


 ピクリとも動かないクーセフォールヴに駆けて近寄る。ロゼは灰白色の狼が死んでいるかは知らない。それでもここで再び狼が動き出したとしても、彼女の主人が死んでいればそれは彼女の肉体的死と同義だ。


「ご主人様!?ご主人様!!返事をしてです!!」

「………………………………ロゼぇぇ」


 悲痛な呼び声にすぐに弱弱しい返答はあった。

 良かった、生きている。安堵が胸に飛来するがそれを払う。声がしたにせよ姿を確認するまで安心できない。この巨体を相手にしたのだ。きっと重傷を負っているに違いない。


 巨躯を回り込み声のする方向へ駆ける。

 僅かしか走っていないのに関わらず息が上がる。弱った自身の身体が恨めしい。食事を与えてくださる主人に申し訳が立たない。

 それでも足を動かす。それしかできなくても!

 手と腕が見えた。そこにいる!


「ご主人様無事ですか!?…………………………なにしてるです……」

「…………………………絡まった。助けて」


 そこにいたのは毛に捕らわれた五体満足の少女の主人。

 蜘蛛の糸に捕らわれた虫のごとくジタバタする姿に安堵も悲哀も去っていった。


「……全くもう。怪我がないからって心配しないわけではないです……」

「ごめんごめん」


 毛から脱したシンクロー待っていたのは奴隷からの小言だった。


「……分かっているのです?ご主人様の階級は黒石なのですよ本来はこのランクの魔物は討伐できる実力ではないのですそれを無謀にも正体不明の移動魔法を頼りに立ち向かうなんて正気の沙汰ではないです通用しなかったらどうするのですか今回はたまたま偶然が味方したようですが今後もこのような奇跡に巡り合うなんて思わないことです奇跡は何度も起きないから奇跡なのです以後このような無茶無理無謀は控えるですそうでなければ…………………………死んでしまうです……」

「分かったって」

「…………………………分かっていない顔です。なぜ笑顔なのです?……」

「心配してくれるのと、久しぶりの長文だからね」

「心配するのは当然で!!……………………………………………………す……………。………黒奴隷ごときが出過ぎた真似を………」


 何で奴隷らしい奴隷になっていたかを思い出したようだが、時すでに遅し。小言とはいえ機械的返答でない人間味溢れる可愛らしい声を聴けたシンクローさん。頑張った甲斐があった。


「いやいや全然出過ぎてない?」

「………ムニムニ………頬をムニムニするのはやめてほしいです………」

「やなこった。ご主人様権限で」

「…………………………………………それは、断れない、です………」


 謎の和解ムニムニムードに近づいてくる三人組。年若い外見。成年を迎えたばかりと推測できる。剣士の少年に弓使いの少女、槍ではなく杖を持った少女。枝葉で擦れた小さな切り傷を無数につけた顔には、なんだこいつ、と不審なものを見る目があった。


「……いい加減ムニムニをやめるです。見られているし『倒してくれて感謝する』と言っているです……」

「どういたしまして」

「…………………………は?……」

「なんて?」

「……『俺たちはクーセフォールヴの討伐を受けたわけではないが、最初に遭遇したのは俺たちだ。攻撃もした。だから報酬の大半を寄越してくれ』……と……」

「…………………………は?」


 冒険者規則において、ギルドに申請して複数のパーティが組む場合は報酬を均等分配することになる。申請がなかった場合、査問会が開かれて報酬の受け取りは減額させられるが一方に全額払われる。これは依頼を受けておきながら他のパーティに押し付けて報酬だけかすめ取る冒険者を処するものだ。それを防ぐという意味でも救難要請システムがある。受ける受けないは自由。要請を受けた場合は査問会が開かれて貢献度によって報酬の分配が決まる。ただ農民上がりが多数占める冒険者はこのことが頭の隅に追いやられておりしばしば揉め合いになることが多い。


 今回の場合は突発的遭遇タイプ――予期せず魔物と戦ったパターンだ。その場合の依頼でないので報酬はないが、魔物の毛や爪といった素材を売却することで生まれた金銭を報酬の代わりとしている。これは討伐者に一括で支払われる。救難要請があったとしても変わらない。もし要請を受けた協力者にも支払われるなら、個人で裁量するか臨時査問会を開かせて取り分を貰うことになる。


「無茶言うな。倒したのは俺だ。取り分は全額貰うのは俺ってことになる。いきなり大半をくれてやるわけにはいかない」

『………倒したのは確かにあんただ。だけど俺達には金が必要なんだ。半分でもいいから恵んでくれ』

「鳩は飛ばしたか?」

『鬱蒼とした森の中を逃げてたんだぞ。飛ばす暇なんてなかったよ!』

「じゃあ無理だな」

『どうしてだ!?』

「見方によってはお前らトレインしてきたことになるぞ?」

『!?』


 トレインとは魔物を引き連れて他の冒険者に擦り付けたり各所で被害を発生させる冒険者の禁止行為だ。依頼を受けていないのに関わらず、クーセフォールヴを引き連れてきたことは紛れもない事実。救難要請という形でシンクローが討伐したから良かったものの、逃げた先が違ったのであればトレイン行為と見なされて重罪となる可能性がある。


 ただ討伐が不可能と分かった場合に、逃げた先でトレインと見なされない方法として、冒険者にギルドから支給されている『簡易使い魔・伝書鳩』を使って急報を伝える手段がある。素材と見た目は白い紙。要点を書いて起動文を唱えると白い鳩となり指定されたギルドまで飛んでいく。まんま式神である。


 シンクローはロゼに持たせているが、万が一の時は飛ばすように言いつけてある。


「……ご主人様。実はわたしもう鳩を飛ばしてしまっていて……」

「ありゃ。でも討伐できたんだし、咎められることはないだろう」


 クーセフォールヴが迫ってきていることは伝わってしまったが、それはシンクローの手で討伐された。それについては問題ないだろう。


と、少年の目がせわしなく動いた。


『――――――』

『……?―――――……』


 少年とロゼの間で短い問答が行われた。


「なんて?」

「……鳩を飛ばした際に名前を告げたのか、と。しなかった、と答えたです……」

「ふーん。――――ッ!!」


 一閃。


 目の前の少年から鞘走った一太刀は空を切る。

 既にシンクローはロゼを抱えて後退した。


『………よく避けたな』

「………なにすんだ?」

『見て分からないのか?』

「斬りかかってきたようにしか見えないが」

『違う、全然違うぜ。ここに倒したクーセフォールヴがある。誰が倒したか?お前?違う。お前が消えればここにいるのは俺たちしかいない。つまり俺たちパーティ「栄光に輝く光の剣と弓と杖」しかいないってことだ』

「……………………………………今のなに?」

「…………………おそらく、パーティ名です……えーっと『しかもお前は噂のサキュバスを連れた冒険者。本当のことを話したところで誰も信じないし、死んだところでサキュバスを使った犯罪が未然に防げる!正義は我にあり!!』……。………………………………………………」

「もう、いちいち気にすんな」


 武器を構える三人組もとい冒険者パーティ「栄光に輝く光の剣と弓と杖」。

 シンクローは構えることすらしない。ロゼに構うことでいっぱいだ。


 雄叫びを上げて斬りかかる少年の剣を魔法で縫い留めた。ついでに三人組が身に着けていた皮鎧も止めた。

 ロゼに翻訳させなくても何を言っているかは分かる。

 落ち込むロゼ。突然動けなくなったことに困惑する三人組を見て溜め息をついた。


「……………………どうしよう、これ」



「おー!誰かと思えばシンクロー君じゃないか。元気にやっているかね?」

「はい、ご無沙汰しております、衛兵隊長さん。この度はとんだご迷惑をおかけしまして申し訳ありません」

「ははは!迷惑だなんてとんでもない。むしろこっちは感謝しているくらいだよ。冒険者ギルドから鳩で『クーセフォールヴが接近中だ。警戒せよ』なんて急報があったものだから態勢を整えていた最中だったのでね。まさか運よく君が居合わせて討伐してくれていたなんてな。君がこのゼルーノの地にいることを君と巡り合わせてくれた神に感謝を捧げなければな」


 シンクローたちは現在ゼルーノの衛兵所にいた。

 討伐したクーセフォールヴを解体する術を持たなかったシンクローとロゼは薬草採集を中断して、そのまま帰還することにした。生き物には効果がないシンクローの移動魔法は死体には効果があったので、灰白の狼ははた迷惑な三人組冒険者とともに空輸した。


「……ただなぁ、討伐したならそれも鳩を飛ばして知らせてくれると助かったのだがな。こちらは君が現れるまで死戦を覚悟していたのだぞ」

「すみません。それについては考えが至らなかったです」

「今後気をつけてくれればいいさ。怠けていた衛兵たちには丁度いい訓練にもなったしな。ドラゴンスレイヤー殿には赤子の手を捻るようなものでしたか?」

「そんなことありませんでしたよ」

「……………ドラゴン、スレイヤー?……」


 空輸した結果、ゼルーノの町は大混乱が起きた。ただでさえ町いる冒険者・騎士・衛兵たちの実力はクーセフォールヴに対抗できるほど届いておらず、町民は逃げ出すほどの騒ぎになっていた。そんな状況で空からクーセフォールヴが迫ってきたのだから、ハチではなくドラゴンの巣をつついたような収拾が付かない状況になってしまった。現在冒険者と衛兵が協力して町の収拾に尽力している。


「ところで彼女は仲間かね?」

「以前紹介してもらった奴隷商から買いました黒隷のロゼです。大いに助すけられています。紹介していただきありがとうございました」

「そうか。お嬢さん、ドラゴンスレイ―の主人を持てたなんて幸せだろう?彼はいずれも偉大な男だ。これからもしっかり尽くしてくれ」

「……あの、えと、……はい……」


 扉がノックされた。衛兵隊長が応対するとシンクローについてくるように促した。ロゼとはここで別れる。


 これから臨時の査問会であった。例の三人組とクーセフォールヴが関わっている。クーセフォールヴの急報と顛末、討伐報酬の行方、三人組とトレインからの一連の騒ぎと疑い。幸いにして町の混乱は不問となったが、運の流れが悪いのは確かだ。

 通されたのは窓のない石造りの部屋。照明は天井からぶら下がる裸電球のような小さな水晶――魔石を利用した魔道具「光ガラス」からの光だけだった。それ一つで十分な明かりは確保できていた。

 シンクローと衛兵隊長が入室した時に既にいたのは五人。一人だけ椅子に座っているフルプレートの鎧を着こんだ金髪碧眼の男――このゼルーノの町に駐在する騎士だ。一人は整った冒険者ギルドの制服を着こんで佇む男――オド。最後に例の三人組だ。

 なぜこうなったか。それは三人組が述べた供述がシンクローと食い違っていたからだ。クーセフォールヴをトレインしてきたのはシンクローで、討伐したのは自分たち。報酬を独り占めしようと襲い掛かってきて、謎の魔法で拘束されてここまで連れてこられ罪を擦り付けようとしていると述べたらしい。もちもんシンクローは否定したため真相を明らかにするために臨時の査問会が開かれた。

 始まる前に衛兵隊長から銀の十字架が渡された。


「シンクロー君、これを持って片手を挙げて宣言してくれ。嘘偽りなく真実を話すことを誓う、と」

「分かりました。でもロゼがいないと話せませんよ?」

「大丈夫だ。私が代行する」


 誓いの言葉を口にする。それを見届けた衛兵隊長は騎士の右側に立つ。左側はオドだ。三人組とシンクローは左右の壁際に分かれて立たされた。構図はまさに簡易裁判の体だ。

 衛兵隊長がなにか呟いたと思ったら三人組の剣士の少年と弓の少女が一斉にまくし立て始めた。シンクローには何を言っているのか分からない。ただ場の様子が裁判と同じなら今は供述にあったことをこれでもかと訴えていることだろうと考えていた。一回剣士の少年がシンクローを指さし、それにつられて全員の目が向いたが、衛兵隊長が何かを否定する素振りをすると少年は食い下がったが騎士に剣を向けられて渋々黙り込んだ。なにが起きたのか、衛兵隊長は翻訳しようとはしない。代行とはいったい何のことを指しているのか。

 シンクローが不安で圧し潰されそうな中、事態はすぐに動いた。

 仏頂面のやる気のなさそうな騎士が突然立ち上がるとオドに向かって一言二言だけ告げて部屋から出ていった。それを聞いていた三人組の内二人は「本当なんです嘘じゃない!」と言わんばかりにオドに――剣士の少年は足に、弓使いの女は無い胸を身体に押し付けてまで縋り付いていた。が、部屋の外から日に焼けた屈強な冒険者が入ってきて二人を羽交い絞めて連れ出した。女術師は観念した様子でオドに大人しくついていった。


 実はシンクローと三人組に渡された銀の十字架は騎士・オド・衛兵隊長が密かに握っていた小さな黒い十字架と対の魔道具になっていて、黒い十字架を持つ者は銀の十字架を持っている者の言葉の真偽を見破ることができる魔道具となっている。つまり噓発見器だ。三人組は見事に嘘をついたのだ。これは神への誓いにカモフラージュしている為この先一般人のシンクローが知ることは今後もない。


「お疲れ様、もう行っていいぞ」

「……はぁ、ありがとう?ございました」


 シンクローは疑問が解消されない中で解放された。

 とりあえず、行っても良いとはもう用事は無いということだろう。外で待たせている相棒と合流しよう。

だが、姿が見えない。外にいた衛兵に訪ねても知らぬ存ぜぬと返された。


「……………………で、ロゼはどこだ?」



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