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0-0地球滅亡のとき

運営様から指導されて一度は削除されましたが、なんか悔しかったので

修正して投稿していきたいと思います。

よろしくお願いします


 人々は常に世界滅亡の危機に晒されていることを知らない。

 正しくは、知っていても受け入れず、理解していないというのが正しいのかもしれない。

 それはそうだろう。なんで毎日生きる身の上で、自身の命の危機に対してビクビクしなければならない。ストレスが溜まるし、疲れるだけだ。


 どこかの核保有国が気まぐれに発射ボタンをポチっと押すだけで死ぬし、不慮の事故で飛行機が墜落しただけでも死ぬ。地面を歩いていても車が突っ込んでくることもあるし、日本の夏に現れる蚊に刺されれば、もっと単純に気温の変化に身体がついて行かず脱水やら凍傷やらでも死ぬ。しまいには、働きすぎただけでもあっさりと死んでしまうほど、人間というのは脆い生命だ。

そんな脆い生き物で構成された世界だ。千歩下がろうともお世辞にも頑丈とは言えないだろう。


 脆いからこそ、人々は忘れることにしたのだ。

 何かと忙しい現代社会に死という重りを背負っていては働けないではないか。金が無いだけで人間は死んでしまう。


 それに、現代民はそこまで愚かではない。少しでもこれは危ないのではいだろうか、なんて思っただけで安全装置をつけてしまうほど人間は賢いのだ。


 それでも、安全装置ガチガチに固められた国でも、流石に大自然の脅威までは防ぐことは難しい。そして運悪く被害に遭ってしまえば、それはもう誰も責めるとこはできない。「これは仕方が無かった」と諦めるほかない。


 それでも前を見続けた人々は強かで逞しい。どんな不幸に見舞われても、歯を食いしばり、こぶしを握り締めて、ひたすら前へ歩み続けた。転んでもただは起きぬ、「負けはしない」精神こそ人間の美徳だと、胸に秘め続けた結果が、今までの「当たり前の」日常なのだ。


 ただ、そんな負けなかった日常でも、隕石までには勝てないだろう。


 その報を聞いた時、橘紳九郎はこう思った。

 この世界滅亡はオレのせいではないはずだ、と。




 事の始まりは一年前。二一XX年。


 宇宙開発で有名な某研究所が、世界に向けて発表した。

 その内容は「人類が生存可能な環境を有している惑星が見つかったよ。やったぜ」とのことだった。


 世界は大いに沸いた。毎日がお祭り騒ぎで、報道されない日は無いほどだ。もしかしたら某惑星戦争のように、惑星間で物資や技術のやり取りが行われて更なる地球発展を望めるかもしれない。宇宙は可能性が無限大。誰もが胸に夢を抱いた。

 そこからは展開が早く、まるで実はこの企画を用意してはいたんだけど今までそんなことなかったからさ倉庫で埃被っていたやつなんだよねと言わんばかりに、地球惑星間宇宙航行計画が発足した。各国から優秀な技術者が呼ばれ、夢と希望と期待の戦士たちは世界中からの熱意を一身に受け、計画が達成するまでその身を捧げることになった。


 世界政府からしたらこれは嬉しい報告だった。

 なにしろ地球の埋蔵エネルギーのほとんど底が見え始めていたからだ。資源のリサイクルはもちろん、太陽光や風力でのクリーンな発電が主流となっていた昨今。過去の積み重ねで大気を汚染しつくし気候は変動。人間が生きているのが不思議なくらいの環境だった。そんなときにこの朗報であった。神々が救いの手を差し伸べたと思ってしまうほどだ。世界を舵きりしていた者たちからしたら世界が滅ぶまえに乗船できる箱舟だった。


 しかし状況はどんでん返しをすることになった。


 再び、宇宙開発で有名な某研究所が、優秀な技術者全員の雁首を揃えて世界に向けて発表した。

 その内容は「発見した惑星の軌道が地球と衝突するコースだった。つまり地球滅亡だね☆」とのことだった。


 世界は数分の間、本当に止まった。熱気は徐々に落ちていき、零度を越え、マイナスまで下がったことは言うまでもない。


 そして世界は避けることのできない絶望に動き出した。泣き、嗤い、怒り、諦めて、それでも受け入れられなくてただ茫然としている。感情が爆発した。もはや制御など不可能。警察などの治安部隊も加わるほどだ。誰もが頭を抱えた。だがそれも一週間もあれば収まった。現状をようやく受け入れたのだ。そして諦めた、諦められてしまったのだ。生きるという行為を。

 その次に日、世界の秩序は消え去り、何かもが停止した。

 残りの人生を力一杯悔いの残らないように謳歌する者、やり残したことを諦念から正当化し犯罪に手を汚す者、同じ諦念でもどうせ死ぬならと早々に旅立つ者、最後まで信じて諦めずに神に祈り続ける者。共通していること言えば、現実逃避であり、もう誰も働いていないことだった。世界のためにその身を社会に捧げる必要はもうない。


 だが、橘紳九郎だけは働いていた。日本人特有の狂気までの勤勉さを発揮したわけではない。ただ単純に、「働いていないと生活リズムが狂うから」というどうしようもない理由からだった。


 橘紳九郎はどこにでもいる平凡な青年である。学歴は高卒ですべて地元出身。これといった目立つ資格はない。生まれた家庭も普通。と、勤労意識が高くなる要素はどこにもない。

 ただこの青年は悪運体質であった。

 悪運とは「運が無い」というわけではない。引き寄せた、また選んだ選択が、辿り辿った運命が悪い方に傾くだけの事だ。簡単に言ってしまえば、くじ引きで当たりを引いたことが無いとか、自販機にお金を入れたが商品が出てこないなど、ツイていないだけのことなのだが。

されど馬鹿にすることなかれ。青年は度が過ぎていた。

大地を行けば通り魔と出会い、空からは女の子ではなく鉄骨が落ちてきて、森に入れば興奮したクマさんとバッタリ出くわし花咲く森の中を命がけの鬼ごっこ。就職した会社は次々に倒産して転々とした。

現在の橘紳九郎の肩書は「非公認特務地方公務員地域活性化係」。簡単に言ってしまえば少子高齢化と過疎化が進み若者がいなくなった地域の「その地限定のなんでも屋」。何かと人手の足りない街の心強い猫の手であった。職務内容は彼の手を借りたい人が役所に依頼し、優先度の高い順に振り分けられて派遣されるというもの。田舎のため郵便と農業が基本的に多く、たまに農作物を荒らす害獣を追い払うなどを勤めていた。


「わざわざこんな時にまで仕事なんてするか普通」

「まぁ、普通はね。ただ心残りは無い方がいいじゃん」

「そういうのって仕事じゃなくってプライベートを優先するんじゃね?」

「今更プライベートもあるか」

「そりゃそうだ」


 紳九郎と同じ地域に住んでいる年の近い男性に最後の郵便の配達を終えたところだ。過疎化が進んだ街で唯一気兼ねなく話せる間柄だった。林業の若頭である彼にもとに派遣されて指導されつつ同じ仕事をしたことがあった。その時は頼りになる溌剌とした兄貴分だったのだが、今ではその顔に陰が落ちていた。


「この中身って新作のゲームでしょ。やらないよりやった方がいいじゃん」

「いやそれこそ今更……そうだな。こんな気持ちで終わるくらいなら楽しい気分で死にたい」


 こういう時に気の利いた言葉が返せない紳九郎は自身の語彙力が歯がゆかった。


 役所に戻れば中年の男性が待っていた。


「橘くんおかえり」

「中村さんどうしたんですか」

「それはこっちのセリフだよ。こんな時にまで出勤するなんて」

「ええ、じっとしているのも疲れまして」

「相変わらずマジメだね君は」

「それぐらいしか取り柄が無いものでして」


 正規役員の中村は紳九郎の恩人だ。


バイトの合間のハローワーク通いだった紳九郎が声を掛けられたのが始まりであった。

当時居酒屋で勤めていた紳九郎が酒の入った中年数名に仕事の勧誘を受けたのだ。所詮は酔っ払いの戯言と思っていた紳九郎は今までの悪運の自虐話付きで職歴を明かした。経緯はどうであれ既にいくつかの会社を入社と退社を繰り返していたので、履歴はかなり傷つきボロボロでもはやまともな就職には就けないと覚悟していた。その時は同情と悲劇に涙してくれたが、夜が明ければ忘れるだろう高をくくっていた。数日後一人の男性が紳九郎の下を訪れた。それが中村だった。居酒屋のアルバイト店員のために自分の勤める街役所になんでも屋を作ったのであった。どうしてか理由を聞いたら「健気な青年を放ってはおけなくてね」とのことだった。足は向けられず頭も上がらない。それ以来、仕事を全力で勤めることが中村への恩返しとなった。


「それでどうして中村さんはここに」

「君、警報切らずに中に入っただろう」

「…………あ」

「私のところに連絡が来てね。意味はないかもしれないけれど重要な書類があるからねここには」

「すみませんでした」

「大丈夫ですよ。癖みたいなものですし、それに最後に見納めることができたからね」

「………中村さん、何年務めてきたんでしたっけ?」

「かれこれ三十年くらいだったかな。いろいろあったな」

「三年間しか働いていない若造には足手まといにならないように必死でしたよ」

「そんなことないさ。君が来てからこの街で君の助けにならなかった人はいないよ。それくらい感謝してる」

「恐縮です」

「例えばあそこ、――」


 そうして中村は昔に起こったことを語りだした。中村の表情には感情が浮かんでいなかった。迫ってくる確定した死を前では仕事への苦労や喜びといった感情は意味をなさず、今は走馬燈のように思い出に浸っているのだろう。これは紳九郎には分からない中村だけのものだった。


「――。おっと、長く喋りすぎたようだ。時間を取らせて悪かったね」

「いえ、そんなことないです」

「年を取ると昔の事ばかり振り返っていかんな」

「今はいいんじゃないですか。では、俺は上がりますけど、中村さんどうしますか?」

「わたしはもう少しここにいるよ。ついでに鍵も閉めておくよ」

「ありがとうございます。お疲れさまでした」

「お疲れさまでした」


 最後までいつも通りに。終わる日常であってもこれまでと変わらない日常の風景でしめた。だが、いつも通りの日常はこれで終わった。


 帰宅したあと、汗を流してチューハイ缶を開けて仕事後の一杯。冷えたアルコールは疲れた体に染みわたり身体の中からほんのりと熱が生まれて、疲れた体を内側からほぐしてくれるようだった。というか世界滅亡を前にしてテレビマンは仕事を放棄したのにライフラインだけは生きていた。

 窓際に腰を掛け空の向こうを見上げた。そこには肉眼で見えるほど近づいていた惑星があった。緑の大地に青い海。地球と変わらない自然があった。当然地球人以外の生命体はいたはずだ。滅びるのは地球だけではい。向こうがどれだけ大きかろうが、惑星一個分の質量だ。無事で済むはずがない。


「運が悪かった。お互いに」


 空の彼方にチューハイ缶を掲げた。


 今日はXデイ。運命の時刻まであと数時間。

 もはや出歩いている人は見かけなくなった。紳九郎が住んでいたアパートは仕事のために引っ越してきたところだ。実家は別にある。帰ろうかと思っていたのだが、帰れば本当にやることがなくなり最後の人生が腐りそうだったのでやめた。というか死の間際まで吞兵衛の母に付き合いたくない、本音だ。


 花見酒ならぬ星見酒でチューハイをもう何本か開けた。イイ感じに眠気が目蓋に重りを置き始めたので、敷きっぱなしの布団に横になった。


 最後の準備、これにて終了。あとはその時を待つだけ。


 未だに実感が無い。迫ってくる死というのはこんなにも静かだ。


 完全に停止した世界

明日が無い。未来が無い。それでも悲しみは無い。

受け入れたのか、諦めたのか。なにも浮かんでこない。

人として壊れているのかもしれない。


「………ぶっちゃけ、怖くないよのねぇ」


 死というものに恐怖が無い。恐らくそれが他人との差異。

 痛いのは嫌だ。だから睡眠導入剤代わりのアルコールを摂取したのだ。痛みを感じないように。もう何が起こっても起きない自信しかなかった。


「…………………そろそろ、か」


 目蓋の重みが増した。

 もうじき意識を手放す。


 この世界に未練はない。というか作りようが無かった。したいことはあっても生死の秤にかけるほどでもない。日々生きることに精いっぱいで、普通に生きることこそ悪運を寄せ付けないファクターだ。だけど、星が降ってくるなんて、運が悪すぎた。


 来世では、ぜひとも、運がいい世界でありますように。



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