続・オーロラ/初恋泥棒
つまりここからは蛇足である。
「ノヴァ、とどのつまり我々の仕事は客商売だ。工房に籠って己が仕事にのみ従事していればよいわけではない。では、その客商売で大事なこととはなんだと思う?」
「安いものを高く売る」
「そこは価格以上の価値を提供すると言葉を濁すべきだよノヴァ。だが僕が今言いたいことはそれじゃない。話術、愛想、そして容姿だ」
「………はぁ」
「今年のイベントでは君にも店番をやってもらうわけだが、祭り客は全体的に女性が多い。ノヴァ、僕が言いたいことはもう理解しているね」
「いえ、全く」
「では仕方がない、はっきり言おう。ノヴァ、祭り会場に訪れた女性が思わず立ち止まるほどに、君はその外見を磨いておくことを命じておく」
「…はぁ?!」
「君は素材をいかしきれていない。これを機に自分自身を深く知り、魅せ方について学ぶといいだろう」
……と、相変わらずウィスタリアに無茶振りをされたわけだが、ルベウス本宅の自室にある姿見で顔をまじまじと見つめて、そしてげんなりした。
磨けとは、どうすればいいのか。顔が汚れているのか?作業中ならそれもあるだろうが…不潔にしていたつもりはない。
「どうなさいました、若様」
ノヴァ専属の家令、フランツが尋ねてくる。いい機会だ、彼に聞いてみよう。
「マスターに外見を磨けと言われたんだが、俺は…どこか汚れているのか?」
真顔で的外れな質問をしてくるこの若い主人に、フランツはどうしたものかと思案する。
平均以上に整った顔立ちと、最近は特に肉体も鍛えていることもあって異性はもちろん同性から見ても魅力的になりつつあるこの主人は、自分については無頓着なところがある。自分を飾ることをあまりしないのは自身の持ち物に意識が向いていないからではあるが、ここまで感覚がずれていたとは。
「つかぬ事を伺いますが、若様はお嬢様をどのように思われますか」
「どのようにって?」
「お嬢様の容姿についてです」
問われて一瞬ためらったものの、ノヴァは答えた。
「……かわいい、と思う。いや、きれい、かな…」
どちらが正しい表現かわからないが、客観的に見てもアウロラはかなり整った部類の美少女であるという認識は彼にもあった。
「さすがにお嬢様への審美眼はおありなのですね。安心いたしました」
「………」
引っかかる言いようだったが、ここは聞き流しておく。
「察するに、ウィスタリア様は女性の視点を意識し、若様の容姿が際立つようにせよ、と仰せなのだと思います」
「際立つ?」
「はい。ですが目指す方向を間違えてはせっかくの魅力も半減いたします」
「?…あぁ、それでどうしたらいいんだ?」
「容易きこと。お嬢様にお尋ねになるのが一番でございましょう」
「アウロラに?」
「はい。若様が服を仕立てる時に、お嬢様の意見を伺っているのと要領は同じでございます。磨け、つまり際立つようにするには、女性であるお嬢様の目線とセンスに沿うのが最も近道ではないかと」
詭弁である。が、ノヴァは気づかぬまま、ふむと考える。
公のスーツは男性陣の意見を聞くことにしているが、基本的に着衣に対するこだわりは薄い。そのため、普段着はアウロラの好みに任せてしまっている。アウロラに任せておいて困ったことは一度もないので、要領は同じだと言われてしまうと腑に落ちないこともない。
ただ。
「アウロラに自意識過剰だと思われないか」
「それを意識している時点で立派に自意識過剰でございますよ」
「………」
フランツは若いが、ウィスタリアが選んだだけあって言葉に遠慮がない。わかりやすくていいが。
「……わかった。アウロラに聞いてみる」
というわけで、ノヴァはその日のお茶の時間にためらいながらも彼女に尋ねるのだ。
「…アウロラ、俺の顔をどう思う…?」
「?どうって?」
「俺の容姿をどう思うかって話なんだが……深刻になるほど整ってないのか?」
「………はい?」
アウロラはティーカップを持ったまま目を見開いて絶句する。
驚き固まる彼女の様子に彼の心も凍る。
フランツめ、やはり自意識過剰だったかじゃないか。
「……いい、何も言うな」
気まずく視線をそらす。
アウロラはノヴァが想像していない方向で絶句していた。
そもそも、こういった乙女ゲームの類のメイン登場キャラクターというのは、大概は自身の容姿についてある程度把握して自信のようなものを持っているのが常である。なぜなら、美形ゆえに何もせずとも周囲の視線は集まり、少女や女性から好意を寄せらるよう出来ているからだ。
だから、アウロラが容姿についてとくに言及しなくても、自覚はあるのだと思っていた。思っていたのに。
こ、これは……わたしの落ち度だわ。もっと褒め称えておくべきだった。手放しで称賛しておくべき案件だったのね。
ティーカップを元の位置に戻すと、アウロラは両手を伸ばしてノヴァのすっきりとした頬を取り、ぐいっとこちらに向かせる。
「お、おいアウロラ」
戸惑うノヴァを無視して告げる。
「ノヴァ、心配しないで!あなたはすっごく整ってるわ!あなたは今まで近所中の女の子の初恋泥棒になってたはずだわ、間違いない。断言する!」
「はぁ?何言ってるんだお前…っていうか、この屋敷に近所なんかないだろ」
「ここに来る前の話よ!ここだって街中だったら女の子たちが列をなしてあなたに告白しに来てたはずよ。屋敷の前は『告白通り』とかいう名前をつけられちゃうくらいだったわよきっと!」
「……言い過ぎだ。そんなわけないだろ…欲目が過ぎるぞ」
「客観的意見です!」
「……わかった、わかったから…手を離せって…」
アウロラの手を掴んでやんわり引き剥がす。
「でもどうしてそんなこと聞くの?今までは気にしてなかったのに」
「…あー……マスターに言われたんだよ」
「伯父様に?」
ノヴァは仕方がなく一連のやりとりを説明する。
「……で、フランツにも聞いてみたら、アウロラに尋ねるのがいいんじゃないかっていう話になって…」
「そういうことなら、わたしに任せて!だれも素通りできないくらいに、ノヴァを輝かせてみせるわ…!」
ぐっと拳を作って意気込みを見せるアウロラに気圧されつつも、フランツの言うように彼女に尋ねるのは間違いではなかったようだった。
「……あぁ、アウロラ好みにしてくれ」
それが一番手っ取り早そうだ、と思っただけなのだが、なぜか彼女は頬を赤らめる。
「……えぇ…?それは…いいのかな……セーフなのかな…?ああ、でもノヴァが女の子にモテるようにするのはわたしの…姉の義務かもだし…ノヴァがきゃあきゃあ言われてるところは見てみたい、かも?」
ブツブツと脳内会議の内容が口から漏れ出しているが、ノヴァからすれば意味不明。
そして結論が出たのか、意を決したようにキリっと表情を整えて頷く。
「了解よ。誠心誠意、携わらせていただくわ!」
「………。ああ、うん」
アウロラが、案外愉快な性格をしていることには薄々気づいたいたが、時々何かが台無しになっているような気がする。箱入り娘で世間知らずのはずなのに、妙に俗っぽいことを口にすることもあるし。気取った美少女より接しやすいのであえて指摘していないが……彼女の気安さが仇になることもあるだろう。
世間に披露されれば、放っておかれないのはアウロラの方なのだ。どの界隈も彼女と懇意になりたがるだろうし、もちろん…男共も放っておくまい。世間擦れしていない彼女を惑わそうとする輩がいないとも限らない。
「…………」
ウィスタリアの言うように、意識的に自分磨きもしておいた方がいいかもしれない。アウロラに見劣りしていては話にならないし、努力如何によっては害虫避けくらいにはなれるだろう。方向性の正解、不正解はアウロラに確認すればいいだけの話。
「……俺も少しやる気を出すかな」
「まあ、ノヴァがその気になってるわ!」
その気になった美少年が輝かないわけがない。
こうして彼は無駄に美形オーラを放つ罪深い男へと成長を遂げていく。幾多の少女たちの『初恋泥棒』となりながら。
なぜ詭弁を弄されているかの察しがついてくださっていると助かります(説明しなくても)。
とりあえずここで一区切りです。本当はもうひとつ話を差し込みたいのですが…。
次からは登場人物が一気に増えます(やっと本編に?)。