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オーロラ

「…あ…っ…」

 ボロリとピアスの石が崩れて落ちる。しかも両耳とも。慌ててカケラを拾い上げて確認してみるも、元の形に戻りそうにない。

 残骸となったそれに目を落としてまず思ったのは「なんとも不吉」ということだった。

 アウロラの体になった時分には、もうすでにそのピアスは彼女の耳を飾っていた。そして、何らかの魔法がかけられていたのか、ピアスキャッチは封をされて外すことができない仕様になっており(そして清潔が保たれるようにも成されていた)、もはや身体の一部のようになっていたのだが…。

「それなのに、どうして今更…」

 おそらくこれもルビーだったと思われる崩れた貴石を見つめて青ざめた。

 耳たぶを鏡で確認すると、穴は開いているがもうそこには見慣れたスタッドピアスは存在しない…。

 宝石ってこんな風に砕けるものなの…?

「と……とりあえず、ノヴァに相談してみよう…」

 何かのフラグではないかと少々怖い気持ちになりながら、わたしはノヴァの部屋へ向かう。

 扉の前に立ち、ノックをするとすぐに返事が戻ってきたので、そっと開いて顔をのぞかせた。

「ノヴァ、ちょっといいかしら…?」

「…アウロラか。いいよ」

 くつろいだ軽装姿のノヴァは机に向かっていた。振り返り、わたしだと気づくと立ち上がる。

 年々、日々、部屋の中は工房のような作業部屋と化しているのだけれど、当人はこれが落ち着くようだ。

「どうした?お茶の時間には……まだ早いんじゃないか」

 わたしがお茶に誘いに来たと思っているらしい。

「あのね、ちょっと相談したいことがあって」

「相談?」

「そうなの、実は…」

 彼に近づき、横髪を耳にかけて、それを示す。

「ピアスが砕けちゃったの。傷んでたのかもしれないけど、なんだか不吉な感じがして…」

 ついでに手のひらに乗せている砕けた貴石も見せる。

 彼はその両方を確認して言う。

「別に不吉でもなんでもない。魔力制御をしてたんだ、それは。でも役目を終えたんだろう。だから砕けた」

 こともなげに告げながら、ノヴァは指を伸ばしてわたしの耳にかけた髪を梳いて元に戻す。

「制御してくれてたの?」

「……気づいてなかったのか」

 やっぱり、と少々呆れ目を向けられて視線を泳がせる。

「だ、だって、自分のことはよくわからないから…」

 と言い訳しつつ、でもすぐに立ち直って聞き返す。

「役目を終えたってどういうこと?」

「少しずつ、アークメイジがアウロラへの魔力制御を緩めてるんだ。その分、アウロラの魔力が増すだろ?制御しきれず負荷がかかってたんだろうな。崩れるのは時間の問題だった。それに、今はそいつがあるから安心して砕けたんだろうし」

 ノヴァの視線がわたしの胸元を飾るロイヤルブルーの貴石がはまったペンダントへと移る。

 彼が13歳の誕生日に呉れたもの。わたしから漏れ出す魔力を安定させてくれる回路が仕込まれているそうで、後から聞いた話になってしまうのだけれども、どうやらわたしは約2年もの間、ノヴァに危ないお菓子(特殊効果付きのお菓子)を食べさせてしまっていたようで(お父様には害がなかった様子)、このペンダントを身につけていればそういった無意識の被害(?)を未然に防いでくれるのだという…。

 はやく真実を教えてくれればよかったのに、わたしからお菓子作りの楽しみを取り上げるのは哀れだと思ったのだろう…彼はずっと黙っていてくれたのである…。だから、打ち明けられた時には土下座する勢いであやまるしかなかったのだけれど、しかしノヴァは「色々と耐性がついたから、結果的にこれでよかった」と肯定的で………。

 耐性って、一体何の耐性なのかしら…。ど、毒耐性じゃないわよね…?(怖くて聞けない)

「じゃあ、心配しなくてもいいのね」

「あぁ」

 頷くノヴァを見届けて、わたしは安堵の息をついた。

「よかった。……あ、でも、今まであったものがなくなると、ちょっと寂しいかな」

 耳たぶに触れながら呟く。

「なら、俺が何か作ろうか」

 腕を組んで提案するノヴァに、わたしはぱっと笑みを浮かべる。

「本当?!」

「何がいい?」

「それはもちろん、可愛いのがいいわ!」

 今まではルビーが1石配されただけの、飾り気のないスタッドピアスだったので、愛らしいものが欲しくなる。

「注文は具体的に」

「えーっと、お花の形がいいわ」

「どんな花?」

「……う、うーん…」

 ここで返事に窮する。すぐにこれ!と示せる花が浮かばない。

「……ノヴァ、森をお散歩しない?実際に咲いてるお花を見て決めたいわ」

「なるほど、理にかなってる。…俺も煮詰まってたところだし、気分転換にちょうどいいか」

 そういって、机に置かれたノートに目を落とすノヴァ。

「もしかして、何か作業してたの?忙しいなら…」

「いや、大丈夫だ。マスターから課題を出されてるんだけど、アイデアが浮かばないだけだから」

「…伯父様から?」

「うん。毎年王宮前広場で金銀細工ギルド主催のジェムストーン祭りがあるだろ。若手職人が手がけたアクセサリーが並ぶイベント」

「ええ、各工房の職人さんたちが小さな屋台を出して若い女性向けにお値打ちに販売するお祭りよね」

 宝飾品普及と技術の向上や継承、職人同士の交流を目的として行われているイベントで、若手職人の登竜門的な祭りでもあると伯父様から聞いたことがある。可愛らしいアクセサリーが沢山売られているのだろうと思うと……行ってみたいけれど、もちろん、わたしはまだ遊びにいけない。

「そこに出せる商品を考えてみろって言われてるんだよ」

「ノヴァが?」

「そう、まだ修行中の俺が」

「すごいわノヴァ。伯父様の期待のあらわれね」

「期待ね…。半分嫌がらせじゃないかと思う時があるけどな」

 ただでさえも多忙なのに、とノヴァは小さくぼやく。

「………」

 ある時期から、ノヴァは屋敷にいる時間が短くなり、とても忙しくしている。工房の徒弟でもあるけれど、それだけではなく自主的に魔力強化や、体術や剣術といった武術にも力を入れ始めたからだ。

 わたしたちは14歳になった。いつの間にか身長差が出来て、目線も彼の方が高くなっている。

 工房で同世代の男の子たちや、伯父様のお供で同行するギルドのサロンでも、どうやら友達が出来たようなのだけど、敷地一帯から出られないわたしに気を使ってあまり彼らとのことは話さない。わたしの相手をしているより、近い年齢の男の子たちと話す方が楽しいはずなのに、こうやって以前と変わらずわたしと向き合ってくれている。

 ……ノヴァは優しい。捻れた関係にならなければ、彼はこんなにも優しい人なのだ。

 ああ、だからこそ。彼の世界の広がりを妨げてはいけない。わたしがアウロラとして生きている以上、彼を呪縛したりはしない。

 それにいずれ……いずれ、ヒロインと出会って、恋に落ちるかもしれないのだから。彼が攻略対象者である以上、その可能性は余りある。

 そうよ、その時わたしは姉のポジションで見守って応援していかなきゃいけないのよ。

 わたしは厄災の魔女にさえならなければ、死亡フラグのようなものが立ちさえしなければ、この人生は成功といえるのだろうし、そこにはやっぱりノヴァの協力と幸せは欠かせないピースよ。恋の妨げ、してなるものか。

「…おいアウロラ、ぼんやりしてどうしたんだ?」

 身支度を整えたノヴァがわたしを覗き込んでくる。

 はっとして顔を上げて、「なんでもない」と首を振った。

「…?…ほら、行こう」

 と、特別頼んでもいないのにわたしの手を取り引いて歩き出す。

「ええ」

 頷いて引かれるままわたしも歩く。繋がっている手はもう彼のほうが大きい。

 同い年だけれど(肉体年齢は)、時々わたしを妹扱いでもしているように過保護になる。

 だからといってわたしも手を振りほどいたりはしないのだけれど。

 ノヴァは、いつの頃からかわたしとのふれあいに抵抗を示さなくなった。わたしが抱きついたりしたら、顔を真っ赤にさせて引き剥がしていたのに、今はあまり動じなくなってしまった。

 あたふたしている彼は可愛かったのに、なんだかどんどんふてぶてしくなっていくみたい。

 でも、これはわたしが悪かったのかもしれない。彼がこういったことに慣れてしまうくらいには関係を深めすぎてしまったのだろうし…(そしてわたしも嫌がらなかったし…)。

 後々、悪影響にならなければいいのだけど……距離感って難しいわ。

 反省しつつも、弟の成長を寂しく思う姉の心情とはこういうものだろうかとも考えたりするのだ。




 森では顕現させた魔法獣のルシファーが先導して、野生動物たちとの接触を避ける。

 ついでに言えば迷子にもならないし、一石二鳥。

 それまでのふたりの森における散策はもっとワイルドなもので、

「ノヴァ、あそこに立派な雄鹿がいるわ!背に乗ってみたい!」

「跳ねるから乗り心地はよくないと思うけどな」

 とか、

「あああ、白蛇がいるわ!ご利益がありそう!あの子を使い魔とかにできないものかしら?!」

「ヘビはメイドたちが怖がるぞ。っていうかご利益ってなんだ…?」

 ……というように、キラキラと目を輝かせて駆け回るアウロラと、ノヴァが追いかけながら冷静に突っ込みを入れるという忙しないものだった。

 山からおりてきたクマやイノシシ、それこそ本物のオオカミなど、どう猛で危険な野生動物との遭遇を危惧しているのはノヴァだけで、彼女はむしろ出会いたがっている。だが、遭遇したところで彼女の間合いに入ってくることはなく、そのあたりは人間より動物の方がやはり感性が鋭い。とはいえ、接触は避けた方がいいことは間違いないのでルシファーは大変役立っていた。

 木の枝や根に身体のどこかを引っ掛けかねない無節操な足取りを最初こそ心配したノヴァだったが、彼女は障害物をそうと意識しないまま避けて進んで行くのだ。意図せず魔力探知が働き、安全なところを無意識に選び、転ぶどころか足首をひねることもなく、軽やかに森を駆ける姿は子鹿のよう。

 ノヴァが設計した『ノヴァズ・オクトー・アイギス』の回路をサファイアに仕込むことに成功した時、工房にいる貴石呪術師の年寄りたちに「なんじゃこの小僧!天才か?!」と入れ歯が飛び出す勢いで驚愕された彼だったが、決して驕ることはなかった。アウロラという真の天才が身近に在るノヴァはそれで天狗になれるほど身の程知らずではなかったので。

 ………話を戻そう。

 森でアウロラが指差す花をノヴァがスケッチしていく。この作業を繰り返し、屋敷に戻る頃にはちょうどお茶の時間になっていた。

 テラス席で一息つきながら、デザイン案を練っていく。

 その過程でわたしは、なんだか自分ばかりがノヴァにお願いをしているような気持ちになり、何か彼もしてほしいことはないかと尋ねる。

 少し考える姿勢をとったあと、ノヴァは閃いたように口を開く。

「これの作り方を教えてくれないか」

 袖口をまくり、3年前に渡したブレスレットを示して続ける。

「前から編み方を教えてもらいたいと思ってたんだ」

 わたしの魔力が作用しているのかルシファーが宿っているからか、彼のブレスレットは古びる気配がない。ずっと身につけてくれているにも関わらずほつれもない。コランダムのビーズたちもキラキラと輝いている。

「ええ、それは全然構わないわ。ノヴァは向学心が高いわね」

 何事においても。

「別にそういうわけじゃないよ。こういう古の魔女が用いた技術ってのは、今では珍しいからな。気になってただけだ。アウロラはアークメイジから教わったのか?」

「えっと…」

 こちらのお母様に教わったものではなく、あちらのわたしの母に教わったものなのだが、なんと説明したらいいのか。

 それに、あちらではいわゆる『マクラメ編み』と呼ばれているもので、さほど珍しいものではない。

 基本だけ母に教わり、あとは本でアレンジを覚えただけなのだが…ここは、いつもの調子で誤魔化すしかないだろう。

「実はそこの記憶がないの。手が覚えてた、というか…」

「……あぁ、そういうことか」

 10歳までの記憶の一部が抜け落ちている件については、ノヴァも把握している。今のアウロラからでは想像もつかないが酷く性格が歪んで醜悪な少女だったという。頭痛で意識を失い、次に目覚めた時には『まるで別人』のように変わってしまっていたと。確かに、屋敷に来た頃は使用人達が異様な緊張感をもって彼女と接していたのを覚えている。終始ビクついているというか…。

 彼女がそのまま成長してしまっていたら、アウロラがおそれる『厄災の魔女』になることは避けられなかったかもしれない。ノヴァがフラテルに選定されてから、しばらく留め置かれたのはアウロラの性質を危惧したからだろうと今なら推察できる。

 アウロラが倒れる以前の性質であったなら、俺はどうなっていたんだろうか。想像したくはないが、彼女との関係や自分の人生は最悪なものになっていたかもしれない。

「基本の編み方をいくつか覚えたら、あとのアレンジは自分のセンス次第なの。ノヴァならきっとすぐに習得しちゃうわね」

 古の魔女がマクラメ編みに近いものを護符として用いていたことは彼から聞いていたが、装身具の技術向上により廃ってしまったようだ。だから、逆にノヴァには新鮮なのだろう。

 ノヴァが新鮮に感じるのなら、他の人間たちも同じなのではないだろうか……?

 そこで閃いた。

「あ!ジェムストーン祭りで並べる品物、こういうブレスレットはどう?今では珍しいみたいだし、ビーズの組み合わせや編み方次第では印象もガラッと変わるから、可愛いものやカッコイイもの、それぞれ作れると思うの。女の子はこういう願掛けのお守りが好きだし、異性にプレゼントするのも悪くないわ」

 古の魔女が用いた護符、というパワーワードも効果を発揮するだろう。

「なるほど、妙案だ。これなら半貴石のビーズ次第で経費もかなり抑えられる。……けど、細工師としての仕事も入れておく必要があるから、そこをどうするか…」

 ノヴァは自らの手首にあるブレスレットに目を落として、考える。そして。

「…この、調節ができるところに小さいチャームを入れるといいかもしれない。サフィルス工房の紋章を刻印すれば、出所がはっきりするよな」

「……!ああ、それはいいアイデアだわ!宣伝にもなるわね!」

 うんうんと頷くわたしを見て、ノヴァが笑う。

「机に向かって唸ってても案が出ないはずだ」

「?」

「アウロラに話してよかった」

 微笑まれて、わたしも笑顔になる。

「わたし、お役に立てた?」

「あぁ、もちろん」

「よかった!」

「女のことは女に聞け、だな」

 祭り客の大半は女性で、男性ももちろんいるがカップルであったり、意中の女性に贈るものであったりと、やはり基本は女性中心。

「これなら、わたしもお手伝いできるわ!」

「は?…手伝うつもりなのか?」

「だって、ノヴァ忙しいじゃない。あなた真面目だから、絶対手を抜かないだろうし…。器用で物覚えはよくてもあなたの体はひとつなのよ?その点、わたしは時間があるから」

「………」

 忙しいのは確かだが、こういうのは本来ひとりで作業すべきなのだ。が……アウロラが楽しそうに笑っていると、ノヴァも…楽しい。できるだけ彼女には笑っていてほしい…。

 やっぱり俺はアウロラに甘い。

 嘆息交じりに告げる。

「……わかった。じゃあ、ビーズの組み合わせをアウロラに決めてもらおうか」

 彼女に作らせて、万が一、億が一、何かの効果が発生した場合対処できなくなってしまう。

「ええ!じゃあ、早速編み方を教えるわね!ふふ、わたしも楽しみ!」

「よろしく、先生。……まあ、マスターの承認が出ないと売り物にはできないんだがな…」

「ええ?!そうなの?!……伯父様によくよくお願いしておかなきゃいけないわね」

 そのお願いは『圧力』と同意語だと彼女は理解しているのだろか。

 まあ、その辺りはさすがのウィスタリアも公私混同はしない……と思いたいが。

 あの人も『姪』には甘いからな。

 ノヴァは苦笑いを浮かべて紅茶に口をつけた。




 それから幾日かが過ぎ、ノヴァは伯父様を伴って帰宅した。

「いらっしゃいませ、伯父様」

「やあアウロラ、今日も変わらず可愛らしいね。いや、いつも以上に可愛らしいかもしれないな」

「もう、伯父様は本当にお口が上手ね」

 こういう時、ノヴァは白けた目で伯父様を見ている。きっとどんな女性の前でもこの調子の良さだから呆れているのだ。

「伯父様、今日は何かご用があって?」

「うーん、いや、ちょっとアウロラの様子を確認したいと思ってね。……ほらノヴァ、渡しなさい」

 にこやかに促されて、ノヴァは「はぁ?」と険しい表情になる。

「なんだい、ふたりきりになったところでこっそり渡してアウロラから熱い抱擁をもらおうなどと邪なことを考えているのかい?だったらそれは諦めてもらおうか」

「?!考えてない、そんなこと。邪なのはどっちだ」

 もうその想像が邪だ。

 苛立ちながらも、これ以上余計な妄想を彼女の前で垂れ流されたくもないので、ノヴァは仕方がなく怪訝そうに師弟のやりとりを見ているアウロラにそれを差し出す。

「ピアスの試作を作ったんだ。後でアウロラに見せようと思ったんだけど……マスターがアレだから今見せる」

「!もうできたの?!」

「あくまでもまだ試作段階だけど」

 と、彼がわたしの手のひらに乗せて見せてくれたピアスは。

 わたしが希望した通りの花の意匠で、花弁を模したピンクのクリスタルガラスが6つ並び、その上に花被があり、中央は花弁とは異なるカラーのクリスタルガラスが配されて小さいながらもロマンチックな愛らしさを醸し出していた。思わず、ときめきで震える。

「…か、かかかかかか、かわいいーーー!!」

 声がワントーン上がる。

「すごく可愛いわ!」

「気に入ったか?」

「えぇ!!ノヴァ、あなた天才だわ!これは………売れる!」

 カッとわたしは目を見開く。

「……う、売れるって…」

「あぁ、アウロラ…君もそう思ったかい?」

 としたり顔で頷く伯父様に、ノヴァは振り返る。

「マスター?」

「僕もそう思ったんだ。アウロラの反応を見てから打診しようかと思ってたんだけれどね……今確信した」

「さすが伯父様!抜け目がな……いえ、見る目があるわ!」

「え、あ、いや……これはアウロラのために作ったもので……別にそういうつもりじゃ……」

 ノヴァはわたしと伯父様を交互に見ながら困惑している。

「今度のイベント…この前見せてもらったブレスレットと共に、このピアスも並べてみてはどうかと思ってね。だが、アウロラ用の意匠なら君の許可が必要だろう?だからこうして屋敷に出向いたんだ」

「素敵な提案よ、伯父様」

 わたしは瞳を輝かせる。

「はぁ?…いや、けど現物は本物の貴石を用いるから祭りで並べるには値が張りすぎる」

 戸惑うノヴァに、わたしは向かう。

「だから、半貴石ジェムストーンを使うのよ。そうすれば気兼ねなく身につけられるわ」

「そうだよノヴァ。半貴石の色次第で様々な表情を見せるから、印象も変わってくるだろう」

「…………いや……」

 ただただ戸惑うノヴァは、最終的にわたしを見て確認してくる。

「…アウロラがいいのなら、売り物にしてもいい、かな」

「!…ええ、もちろんよ!」

 嬉しさ余ってわたしはノヴァにぎゅっと抱きつく。

「……結局熱い抱擁をもらってしまったか」

「………」

 面白くなさそうに呟く伯父様を気にして、ノヴァはやんわりとわたしを引き剥がした。

「可愛いは正義!絶対に売れるわ!」

「可愛いは、正義?」

「はじめて聞く概念だね……興味深い」

 力説するわたしにノヴァと伯父様は少しぽかんとする。

 でもすぐに表情を正して伯父様がノヴァに問いかけた。

「アウロラのお墨付きをいただいたところで、ノヴァ。ブランド名はどうするんだい?」

「ブランドって。俺は意匠部でなく、ただの職人の徒弟ですから…必要なくないですか?」

「いや、いずれ工房主になることを鑑みて、君も君専用のブランド名を持っておいた方がいいと思っていたんだ。君にはそちらの才能もあるようだしね」

「買いかぶりすぎでは?」

「そんなことはないわ!ノヴァ、だってあなたわたしに髪飾りもペンダントも、そしてこのピアスも作ってくれたわ。どれも立派なお仕事だと思うの」

「アウロラに作るのと商売は別だろ」

「なるほど、君はアウロラのためにだけ本領を発揮していたいというわけかい。工房に属する者としては不遜だがフラテルとしてならばその姿勢は悪くない」

「マスターは黙っててくれませんかね」

「いや駄目だよ。放置しておくと君はすぐに惚気るからね」

「惚気?」

 きょとんとするわたしにノヴァは少し顔を赤らめて、「マスターの言いがかりだから」と目を背ける。

「…というのは半分冗談で、これは真面目な話さノヴァ。君を連れてサロンに行く時も、同業者に紹介する時も話題にしやすい。対外的に君を印象付けるためにも必要なことなのさ」

「………。……まあ、そういうことなら」

 不承不承、に近い形でノヴァは頷く。

 本来、ノヴァはただの職人でいたいタイプなのだと思う。でもわたしのフラテルであるから、一介の職人でいるわけにもいかないのだ。

「……ごめんなさいノヴァ」

「なんでアウロラがあやまるんだ」

「だって……本当はあなたがやりたくないことをやらせてしまうんだもの…」

 責任を感じてしまう。

「……アウロラのフラテルになるって最終的に決めたのは俺なんだから、そんな顔するなよ。アウロラは笑ってる方がいい」

 と、そっと指でわたしの髪を梳きながら微笑むノヴァと見つめあって頬を緩める。

「ノヴァ…」

「僕の前でイチャイチャするのはそれくらいにしておいてもらえるかい?」

「イ、イチャイチャはしてないわ。姉と弟の触れ合いよ!」

 ノヴァの名誉のためにわたしは反論する。

「……まあ、そういうことにしておいてあげようか。……で、ノヴァ、どうするんだい?」

「えぇ?今決めるんですか?」

「君の場合は考えるほど坩堝にはまっていくからね、瞬間で決めた方がよさそうだと僕が気づいた」

 的を射ているのでノヴァは黙るしかない。

 とはいえ、すぐに浮かぶものではないし、ひょっとしたら一生つきまとうかもしれない名前である。…簡単に決めていいものなのだろうか。

「伯父様ったら、大事なことなのにノヴァに考える時間もあげないなんて」

 ひどいわ、と唇を尖らせたアウロラの横顔を見つめて、「ああそうか」と身近にその名前があったことに気づく。

 浮かぶも沈むも一蓮托生。生涯ついてまわるなら、それがいい。

「…マスター、決めました」

「おや、思った以上に早いね」

「考える必要がなかったので。ブランド名は『オーロラ』で」

「オーロラ…」

 伯父様の視線がわたしに移る。当のわたしは首をひねった。

「オーロラって……」

 夜空のカーテン……?

 主に極域近辺で見られる大気の発光現象。こちらの世界でもオーロラは見れるようだけど……それと一体、何の関係が?

 ノヴァはオーロラが好きなのかしら…?

 わたしの頭の上に飛んでいる疑問符が見えたのか、伯父様は小さく吹き出す。

「伯父様、何がおかしいの?」

「いや、当の君が気づいていないのだから、ノヴァが少々哀れになってね」

 クククと肩を揺らして笑う伯父様に眉を寄せる。そしてノヴァに顔を向けると、ほのかに紅潮してわたしを見返してくる。気まずげに。

「……察しろよ」

「?…えっと…つまり…?」

 さらに首をひねるわたしに、伯父様が助け舟を出してくれる。

「…アウロラ、君の名前の綴りを思い出してごらん」

「…綴り…?……え、あ…っ!」

 アウロラという綴りは、実にオーロラとも読めるのだった。

「わ、わたしの名前?!」

 すぐに結びつかなかった。迂闊にも。

 はっとしてノヴァを再び見ると彼は今更恥ずかしくなったのか、首まで赤くして顔を背けてしまう。

 そして彼の赤面がわたしにも伝染して熱くなる頬を手で押さえる。

 な、何なの、この甘酸っぱい羞恥心は…?!

「まったく。見てるこちらが恥ずかしくなるとは、まさにこのことだね」

 わたしたちのやりとりに、伯父様はやれやれとばかりに肩をすくめていた。

この続きが少しあります(地味に)。明日アップ予定です。また見に来ていただければ。

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