公女クラウディア・ルベライト(8)
一寸の沈黙の後、ノヴァは慎重に口を開く。
「魔法を、ですか。私が公女殿下に……?」
戸惑うノヴァを前にして、クラウディアは続ける。
「ええ、そうです」
クラウディアは静かに頷いた。
「わたくしの……ルベライトのレガリス、あれの正体をあなたはすでにご存知なのでしょう?」
大粒のルベライトが、実は魔力を失う前の公女の血の塊であるということを。
「同時に、わたくしの事情についても……」
クラウディアの声音は沈む。
ノヴァはそっと瞼を伏せながら頷いた。
「……はい、存じ上げております」
ルベライトは、すでに魔女ではないということを。
「そう。ならば、もう虚勢を張る必要はございませんわね」
およそ200年程前には、ルベライトは魔女としての力はすっかり失われてしまっていた。今ではその名残を瞳の色に残すだけの、ただの人間へと成り果てた。
「わたくしは、この城からほとんど出たことがないのです。民の前に姿をあらわすのは、建国記念の祭日と新年の祝いの場だけ。わたくしだけではなく、母も祖母も曽祖母も……ずっとそのようにして暮らしてきました。魔力がないことを悟られぬように。これが、ルベライトの家に生まれた女のさだめだと言い聞かされて」
大魔女の系譜として体裁を保つため、公女はこうして限られた使用人にのみ囲まれて居城に閉じこもる日々を送る。
「そうして、年頃になれば世継ぎを得るために、結婚をするのです」
クラウディアは、幼い頃から何度も自分に問いかけた。
張子の虎はどうあがいても虎にはなれない。この人生に、一体何の意味があるのだろうか、と。
「……全ては、魔力なく、魔法もろくに使えぬがために。……他国ばかりか民すら謀り、わたくしはこうしてただ、人形のように着飾ってのうのうと生きている。政からも遠ざかり、次代の公女を得るためだけの、器として」
ルベライトの公女は未来永劫このような生き方を強いられるのかクラウディアは絶望している。そう、絶望だ。
「サフィルス殿……いえ、ノヴァ殿、わたくしは耐えられぬのです。この生き方が、在り方が……。だから、わたくしは魔法を使えるようになりたいのです。ルベライトの公女として、存在する意味を、誇りを持ちたいのです。貴国には魔法学校がおありでしょう?魔力のない子女たちも魔法を学んでいると聞きます。ですから……わたくしにも、魔法を教わりたいのです」
クラウディアは自身の気持ちを切々とノヴァに訴えた。
「…………」
困った……。
ノヴァは何と答えるべきか悩み、沈黙する。
彼女の言葉や表情から、必死さが伝わる。
大魔女ルベライトの看板は、力なき今の公女には重すぎる。
魔法を扱えるようになることで、その閉塞感や鬱屈した気持ちを晴らしたいのかもしれない。
皮肉だな、とノヴァは思った。
強大な魔力を有するがゆえに厄災の魔女となることに怯えるアウロラと、力無きゆえに魔力を渇望し大魔女たらんとするクラウディア。
ふたりの少女は対照的な立場でありながら、図らずも似通った、閉ざされた憂いの日々を送っていたのだ。
自由のないアウロラを傍で見てきたノヴァには、彼女に重なる部分を見出し、クラウディアに対して同情的な気持ちもある。
だが、これは俺が簡単に答えていい問題じゃないぞ。魔法学校でメレの生徒にアドバイスするのとは、訳が違う。
返答に窮していると、クラウディアは「ところで」と切り出してくる。
「昨日、ノヴァ殿がわたくしをお助けくださった時の……あの情況をご説明いただけますか」
「……は……?」
「レガリスから何か不穏なものが発したかと思えば、次の瞬間にはわたくしは炎に巻かれていた……あの時のことですわ。直後は、わたくしも……その、取り乱してしまい、冷静に思案することができなかったものですから。でも、後から考えれば考えるほどよくわからなくて」
「…………」
それはそうだろう。
だからといって、アウロラの髪から生成されたバラの花が異変を察知してひとりでに飛び、クラウディアが手にしていたレガリスに燻っていた邪気を問答無用に浄化した……などとは言えない。
こんな非常識を誰が信じるのだ(あり得ると頷くのは親族だけだ)。馬鹿正直に真実を話したところで、愚弄しているのかと相手を怒らせかねない。
とはいえ、はじめからこの茶会は事情聴取のための場だと考えていたので(出鼻は挫かれたが)、ノヴァは想定内のことと小さく息を吐いて説明をする。
「恐れながらご説明させていただきますと、殿下のレガリスは、邪気を宿しておりました」
「……邪気?……あの不穏な何かがそうだったのですか?」
「はい。宝石は古くなるほど邪気が宿りやすくなります。強く念を込めることで、邪気は蓄積され、いずれは持ち主に災いをもたらす瘴気へと変貌いたします。もう少し遅ければ、殿下は邪気に侵食され、瘴気を得るところでございました」
「……瘴気……」
クラウディアはわずかに顔を強張らせた。
「瘴気を得たら、どうなったのですか?」
「取り憑いた瘴気は絶えず殿下から精気を奪い、心身を病に侵され、言動も乱れ、ご自身を保つことが難しくなります。悪化すればあとは……」
取り殺される。
ノヴァが濁した末路を察して、クラウディアはぞっとして震えた。
それほど危うい情況にあったのだ。
クラウディアは先祖のブラッドストーンを拠り所とし、念を込めていた。魔女への渇望を込めて。
そのことが、願いとは反対に歪んだ邪気や瑕疵を作り出していた。
血族のレガリスがクラウディアに害を及ぼす存在となるとはつゆ程も思わなかった。正直、ショックである。
「……感謝を、申し上げねばなりませんね」
ノヴァが駆けつけてくれなければ、今頃クラウディアはどうなっていたのか……。
青ざめるクラウディアにノヴァも内心気まずく頭を下げた。
「いえ、急を要したとはいえ、私もご無礼をいたしました。如何様にも、お叱りを受ける覚悟でございます」
手を下したのはノヴァではないが、アウロラ(の髪)の不始末は、彼の不始末である。
「……いいえ。己が持ち物すら御することができなかった、わたくしの不徳の致すところ……。ノヴァ殿を責めるつもりは毛頭ございませんわ」
未熟さを他者になすりつけて体面を保とうとするほどクラウディアは恥知らずではない。
殊勝に頭をさげるノヴァからは誠実さが伝わり、好感も上がる。
立場をわきまえ、クラウディアが公女と知った後も態度を変えない。野心や邪心のない澄んだ眼差しに彼女は安堵していた。
「やはり、あなたがいいわ」
「……は?」
「改めて、あなたに魔法を教えていただきたいわ」
細やかな気遣いや、これまでの言動から彼は信頼に値する判断したからだ。ノヴァは口も堅いだろう。
「…………」
振り出しに戻ったか。
ノヴァは慎重な姿勢のまま、口を開く。
「……恐れながら、殿下。私はアダマントに属する者で、魔術師としては半人前でございます。殿下が魔術をお望みであるならば、まずはルベライト公国の王宮魔術師殿にご相談するのが筋かと存じます」
言葉を選んで次の出方を見守ると、彼女は「王宮魔術師……」と呟き、少し不満顔を見せた。
「……相談はしているのです。魔法を覚えたい、教えて欲しいと昔から頼み続けているのに、まともに取り合ってはくれぬのです。最近では呼びかけても出てこぬようになり……」
公女の言葉尻で、その相手を察することができた。
「その方は、サイモフェイン殿でございましょうか」
ノヴァが名前を出したことで、彼女はハッとしてノヴァをかつ目した。
「サイモフェインをご存知で?」
「……はい。昨日、公女殿下をお会いする前に、少し話を致しました」
「まあ!わたくしの呼びかけには応じぬくせに、ノヴァ殿の前にあらわれるとは、一体何を考えているのやら……」
クラウディアはぷっと軽く膨れる。
クラウディアは小さく息をついてすぐに気を取り直すと、ノヴァに言う。
「あの者をご存知ならお話は早いですわ」
「はい?」
「この城にいる魔術師は、サイモフェインとその依代の者だけ。依代の者はわたくしには一切干渉してはならぬとサイモフェインにきつく言い渡されているのです」
「そう、ですか」
「サイモフェインは召喚に応じず、依代の者も不干渉となれば、もはやわたくしが教えを乞うのは、今この城にいる者ではノヴァ殿しかおりません。ルベライトの事情を把握し、さらに昨日わたくしを救ってくださったあなただからこそ、信頼してお願いするのです」
「…………」
よそ者を簡単に信頼してもらっては困る。
「ご指導よろしくお願いいたしますわね、ノヴァ殿」
にっこり微笑むクラウディアの中では、すでにノヴァが魔法を教えることは確定事項らしい。
相手が拒否する想定をしないところが、さすがはお姫様育ちといえる。
軽く口の端を引き攣らせ、ノヴァがなんとか言えた言葉は。
「……何分私は半人前の身、まずは師の許諾を得てからでも構いませんでしょうか」
だった。情けないが。
もはや何の味もしなかった茶会を終えて、ノヴァはウィスタリアがいる作業部屋へと逃げるようにしてやってきた。
ウィスタリアの居場所が逃げ場になろうとは、複雑極まりない心理にもなるわけだが……。
苦虫をかみつぶしたような顔で現れた彼の話を聞き、ウィスタリアがはじめに発した言葉は。
「公女様に気に入られるとは……君も存外隅に置けないなぁ」
……であった。
深刻な話をしているつもりなのだが、なぜか冷やかし口調のウィスタリアをノヴァは軽く睨む。
「面白がる話じゃないですよ」
「そうかい?気難しいところのある公女様がほとんど初対面の君には早々に胸襟を開いて頼み事をするなんて、稀有なことだ。……それに、昨日公女様をお救いしたなんて話、僕は聞いてなかったけどね。厄介事は御免だと言ってなかったかな、君」
そこを指摘されるとノヴァも気まずい。
「すみません。……公女に口止めされていたので」
「それにしても、アウロラのバラがひとりでに動いて邪気を浄化するなんてね。……どこまでもあの子が作り出すものは驚異的だが……」
「?なんです?」
「あの子のバラが意思を持って君に着いてきた。そこには意図があったからだと考えると……納得がいく」
「?どういう意味ですか」
アウロラのバラはあらかじめ邪気を察していたのではないかとノヴァは考えていたが、ウィスタリアは異なる見解を口にする。
「あの子のことだ。アウロラはバラに、何か願をかけていたのではないのかい?……そうだねぇ、たとえば……『ノヴァが素敵な女性と出会えますように』とかね」
「……っ!」
はっとして顔を上げた。
旅立つ前、アウロラはノヴァに髪から作ったバラを手渡して言った。
『ノヴァが各地のご令嬢たちからモテモテになりますように』
…………と。
「いや……まさか、そんな……」
意図してバラがクラウディアと出会わせるように仕向けたとでも言うのか。
ウィスタリアは薄笑を浮かべてノヴァを見やる。
「……その顔、思い当たるふしがありそうだね。まあ、この旅で各地の見目麗しいご令嬢たちにあの手この手で誘惑されてもびくともしなかった君だ。もはや公女様レベルでないと視界にも入れないとバラが判断したのかもしれないね」
ノヴァはこの旅で富豪令嬢や貴族令嬢と接する機会は多々あったが、アダマントにいる時と同様に対応していた。あとから関わった令嬢たちから手紙が大量に届いても、営業が成功したという程度の認識だ。誘惑されていた記憶も自覚もない。
「……なかなかなびかないところが令嬢たちを刺激してしまうのだろうけどねぇ。惜しいなぁ、君が遊びを覚えれば、僕以上の浮き名を流せるというに……」
酸も甘いも噛み分けた、際どい遊びも華麗に泳ぐ色男に彼を育ててみたいのだが、当人にその気がないのだから残念でならない(素養は溢れているのに)。
「俺はアウロラのフラテルですよ。そんなことはどうでもいいです」
「どうでもいいのかい?やれやれ……」
嫌悪感丸出しで一蹴され、ウィスタリアは肩をすくめる。
「与太話なんかしてないで、公女に魔法を教えるのをどうするか相談に乗ってくださいよ。マスターは一応俺の師匠なんですから」
ノヴァは軽く頭を抱えた。
「……一応師匠として聞くけど、どうしてそんなに悩む必要があるんだい?」
「どうしてって……」
反対に平然としているウィスタリアの表情の方がノヴァには疑問だ。
「王宮魔術師がいるにも関わらず、他国の人間である俺が公女に魔法を教えることには抵抗があります。城の使用人や特に公子の従者あたりに、俺が公女を惑わしていると勘違いされれば、痛くもない腹をさぐられかねない。それこそ面倒事じゃないですか。……ただただ遺憾です」
大きくため息をついた。
「……この城では、公女様の決定は絶対だよノヴァ。公子様でさえも彼女の意思は無視できない。その彼女が君に教えを乞うのであれば、誰も止められないさ。誰にどう勘違いさせようとね」
「……半人前の俺ではなく、マスターが教えた方がいいのでは?」
「ご希望とあらば手取り足取り一から十まで、ね。でも望まれているのは君じゃないか」
まったくその通りである。
「さて。ここからは真面目な話をしようか」
ウィスタリアはノヴァの肩に手を置き、顔を覗き込みながら声をひそめて告げる。
「いいかいノヴァ。君が公女様に気に入られたことは僥倖だ」
「……何を……」
「公女様の信頼を勝ち得、懇意になることそのものが君の手柄となり、ひいてはルベライト公国内における市場拡大、そして公に宮廷入りへの足がかりにもなる。公子様や公女様が同世代であるのも運がいい。君が当主の座についた後、彼らとの関わりは君を助ける力になるだろう」
末端家系出身のノヴァには明確な後ろ盾がない。ホテル・サフィレット(サイファー)と宝飾業組織体は将来性と人格を見込んでノヴァの側に立つだろうが、一門内の影響力としてはまだ弱い。社会的な利権を握っているのが直系一族の門閥である以上は、彼らと対等に渡り合う力が必要なのだ。強力な外圧はそのひとつとなる。
「…………」
「話を聞くかぎり、公女様は君を白馬の騎士とみなしているんじゃないかな。好印象を得ているのならば何を躊躇うことがある?魔法を教えるといっても魔術とはいえない、児戯じゃないか」
ウィスタリアは瞳を細めた。
ノヴァはため息をつく。
「……なるほど。自利を求めよと」
「いや、君は彼女の要望に純粋に応えるだけだよ。だから、これは利他さ」
物は言いようだ。
ウィスタリアはノヴァから離れながら含みを持たせて笑う。
「まぁとにかく、うまくやりたまえ」
「…………」
クラウディアの必死さにつけ込んで、計算高く立ち回るのはどこか後ろめたさや心苦しさがある。
ウィスタリアのように、これを好機と睨めない甘さが自分の中にあるのは否めない。
しかし、縁は絡むものだ。
アウロラのバラがこの縁を絡ませたのであれば、計算ではないところで、何か意味もあるに違いない。
活かすも殺すも俺次第か。
ノヴァは小さく息をついて、公女の要望に応えることを決めた。
伯父様→ノヴァくんを押しも押されもせぬ(?)ジゴロに育ててみたい。
ローリー→アウロラちゃんを男を破滅へ導くファムファタール(悪女)に育ててみたい。
なんだよ、このいとこ同士。考えてること一緒かよ(血は争えねぇ。笑)。
ある意味最強の姉弟爆誕か。やばい、見たい!(爆笑)
……というifにも興味があります(絵面がすごそう。笑)。
……で、ちょっと解説なのですが(急に真面目)。サフィルス一門は。
*直系一族門閥
*宝飾業組織体
*ホテル・サフィレット(サイファー)
と大きく3つに勢力が分かれています。この中で、門閥が一番力を持っています。
伯父様含め、歴代の義弟はほぼ直系一族から輩出しているので、利権保持(集権)は揺るがなかったんですが、先祖返りのノヴァくんの登場により、揺らぎが生じております。
門閥の利権が何かというと、資源利権です(国外にも大きく影響しています)。
一般的に、利権には順位があります。1:金融・2:資源・3:食糧・4:医療という順番です。ので、資源利権はでかいんですよね(この場合でいう資源は魔導石です)。
この権利を門閥出身ではないノヴァくんが掌握するというのは、受け入れ難いもんがあるんですね、ずっと独占してきた直系の皆さんからすれば(利権を盾にサフィルス一門を実行支配してきたわけなので。権利は独占してなんぼじゃよ)。
作中でも触れていることですが、サフィルスは一枚岩ではありません。彼らの目には見えない軋轢もいずれは描かれることになります(たぶん)。まあ、いつになるやら……って感じだし、女性向け小説にそんな面倒臭い要素いるの?って言われたらアレなのですけど(ぐぬぬ)、いるんですよぉぉ!!わたしの小説にはね!!(力説)
単行本発売から1ヶ月、コミカライズ連載開始から1周年を迎えました。
おかげさまで、少しずつ小説版もブクマが増えまして(当社比)大変ありがたいです。
コミカライズ版、小説版とこれからも応援をよろしくお願いいたします(平伏)。




