公女クラウディア・ルベライト(7)
公女から直接手渡された茶会への招待状に目を落として、ノヴァは大いに悩んだ。
上流社会の人間との付き合いは簡単ではない。王侯ともなれば、さらに難易度が上がる。
口頭での軽い招待ならばいざ知らず、正式に招待状を手渡されてのそれは招待される側も準備を要するからだ。
結論を述べると、手ぶらでは訪問できないのである。
貴人からの招待となれば、本来は招待主の趣味嗜好をあらかじめ調査、把握して手土産を用意するのだが(他の招待客とも被らぬように意識しつつ、趣向を凝らして。配偶者がいる場合はそちらへの配慮もぬかりがあってはならない)、今回の招待は死角も死角であったので。
とはいえ、招待客はおそらく俺一人……品物が被るということはないが、公女の好みは不明だ。しかも時間がない。
ホテルに戻る馬車の中で唸り、捻り出した手土産案が、手作り菓子であった。
一国の公女相手に正気か、と自問自答を繰り返しながら。
己の引き出しの少なさを恥入りながらもフランツにことの次第を報告、相談すると彼はこの思いつきを否定しなかった。
今からアダマントの品物を取り寄せることは難しく、ルベライト公国内の品物では、公女には物珍しさがない。ならば、新鮮な感情を得られるものの方がよいと。
「若様の手作りということは公女様に驚きをもたらし、会話も弾みましょう。受け取った公女様が口になさるも破棄なさるも自由。ですが、それはそれでお人柄を知る一端にもなります」
「フランツの言う通りかもしれないが……俺の菓子作りはアウロラのために身につけたようなものだ。公女が好む味覚になるかどうか。機嫌を損ねてサフィルスへの……延いては、ルベウスへの心象を悪くしやしないか?」
「ご心配には及びません。若様の菓子作りの腕については、もはやご趣味の域をこえ、お嬢様やホテルのパティシエたちも太鼓判を押しておりますから」
ノヴァは腕組みをして顔をしかめる。
「……菓子作りの腕だけ太鼓判を押されるのは複雑だ……」
俺はアウロラのフラテルの魔術師で、本職は宝飾の細工師(見習い)なんだが……。
こうして急遽、フランツに必要な材料や資材を調達させ、執事の手も借りて菓子作りに集中した。
複数人、かつ執事を連れての旅であったので、たまたまコンドミニアム風の部屋を押さえたこともあり、小規模ながらも厨房があったことが幸いした。
持ち前の手先の器用さで菓子をおさめるための箱を作り、アダマント式の装飾を簡易的に施す。
少ない時間の中、なんとか手土産の体裁を整えることができたノヴァは安堵したのである。
こうして翌日、再び城からの迎えの馬車に乗ったまではいいが。
……俺は本当にこれを渡すのか?
一仕事終えて冷静になると、急拵えのこの手土産が最適解なのかわからなくなっていた。
半ば青ざめながら侍女が導くままに、庭が一望できるテラスに用意された茶会のテーブルまでやってくる。
茶席はその国によって作法や様式が異なっていることもあるが、テーブルセッティングはアダマントを意識されていることが見てとれた。公女の心遣いだろう。
ノヴァの到着を受けて、公女も姿を見せる。
「ようこそおいでくださいました、サフィルス殿」
彼女はうっすら微笑んだ。
公女は初対面時より可憐なドレスや装飾品を身につけている。普段の彼女が好んでいる装いなのかもしれない。
ノヴァは首を垂れ挨拶をする。
「公女殿下におかれましては、ご機嫌も麗しく。本日はお招きにあずかり、ありがとうございます」
「こちらこそ、急なお招きにも関わらずご快諾くださり、感謝いたします。……どうぞ、おかけになってくださいまし」
クラウディアが着席したのを見届けて、ノヴァも用意された席に腰掛けた。
「この茶会は私的なもの……兄上の許可もいただいております。ですから、気楽になさって」
「ありがとうございます」
……さて、ここからが問題である。
「サフィルス様より姫様への贈り物でございます」
到着後、彼女の侍女に手渡した件の菓子入りの箱がクラウディアに差し出される。
愛らしく装飾された小箱だ。
「……まぁ」
クラウディアは素直に驚いた。
昨日の今日である。こちらが一方的に招待した茶会への手土産などそもそも期待していなかった。
彼女は受け取ると、ノヴァを見る。
「可愛らしい箱だわ。……中を確認しても?」
「……もちろんでございます」
なぜか彼は気まずげにしているが、クラウディアは構わずそっと蓋を開く。
……と、そこにはレース状の白いハンカチに包まれた色とりどりの焼き菓子が詰まっていた。まるでブローチの形状をした宝石のようだ。ひとつひとつの意匠が細かく凝らされている。それぞれ味も異なるのだろう。
「……素敵……」
クラウディアの頬が緩む。
その様子にノヴァも少し安心する。彼女の機嫌を損ねる品ではなかったようだ。
クラウディアは焼き菓子をひとつ摘みとると、目の前にかざす。
「とても美しいわ。我が国にはない焼き菓子です……アダマントにはかように美しいものがあるのですか?」
「……いえ、アダマントで流通しているものではございません」
「ではどこで手に入れたのですか?」
「それは……その……」
「?」
告白すべきか一瞬迷ったが、出どころの不明なものではないと証明するために意を決する。
「……実は、私が昨晩作ったものでございます。公女殿下がお気に召すかどうか、不安なところでございましたが……」
「……?!……あ、あなたがお作りになったの?!この美しい焼き菓子を……?!」
「……はい」
少々気まずげにしているノヴァの雰囲気を察してはいたが、この菓子が原因だったというわけか。
「まぁ!」
クラウディアは菓子とノヴァとを交互にしながら、そのまま菓子を口元へと運ぶ。
「……姫様、まずはお毒見を……」
侍女が耳打ちするも「必要ない」とこれを退け、一口含んでしっかり味わう。
するとすぐに瞼を瞬かせ「おいしい……」と呟いた。
造形や装飾も見事だが、味も劣らず一流だ。これを目の前の、年の変わらぬ菓子職人でもない少年が作ったのだというのだから、驚きを通り越して感動である。
サフィルス・コランダムを名乗る者は、なんでもできてしまうのかしら……?
「……魔法みたい」
思わず出た本音に、ノヴァは微苦笑する。
「……そうかもしれませんね」
もちろん、魔法などでない。
クラウディアにでも、それくらいのことはわかっている。
急な招待にも関わらず、綺麗に並んでいる焼き菓子や小箱を彼が一晩で作り、こうしてクラウディアに捧げてくれたという事実に胸が熱くなる。
……わたくしのために、ここまでしてくれた人が今までどれだけいただろう。この国の貴族たちは皆、わたくしの顔色を窺い、おもねる言動ばかりだというのに。
「素敵な贈り物、ありがとうございます……サフィルス殿。お心遣い、わたくしとても……とても嬉しいわ。大切に頂きますわね」
嘘のない笑みを浮かべるクラウディアの表情にノヴァも心底安堵する。
我が執事の見識は間違ってはいなかった(人生経験の差だな)。
「もったいないお言葉です」
ノヴァはそっと頭を下げた。
「でも、なぜ菓子作りを?」
素朴な質問をクラウディアが口にすると、ノヴァは乾いた笑みを浮かべる。
「……昔、私の義姉と始めたことだったのですが、今は私個人の趣味のひとつなのです」
過去、屋敷周辺に閉じ込められ、自由のなかったアウロラが気晴らしに菓子作りをはじめたまではいいが、魔力の不安定さが災いしてか、食べた者(魔術回路の有無にもよる)に様々な効果をもたらす怪しい何かを作り出しているということを彼女に悟らせないため、ノヴァも菓子作りに加わった結果、これが存外とストレス解消につながっていることに気づいて今に至る。
何より、アウロラの口に入るものは完璧に近いものでなければならないし、彼女が喜んでくれるとなれば一石二鳥。魔術より先にこちらを極めることになりかねない……(心境としては複雑だが)。
「……そう、ルベウスの……」
そうだ。この少年には彼だけの義姉がいるのだ。
ルベウス・コランダム……アダマント国の筆頭魔術師のひとりで王佐。魔法庁の長、アークメイジを名乗る絶対的立場の魔女。その跡取り娘。……彼の姉。
ノヴァの背後にいるであろうその少女の影に、なぜか焦れる気持ちを抱いて戸惑う。
「……実は、義姉以外の方に私が焼き菓子を作ったのは、これが初めてのことなのです。ですから、公女殿下にお渡しするものとして相応しいのか……随分と悩んだのですが、及第点をいただけたようで私も嬉しく思います」
「……ま、まあ。……光栄ですわ」
家族以外ではわたくしがはじめてということ……?
どぎまぎとして、落ち着かない。
な、なんなの。昨日から情緒不安定みたいに……!
形容し難いその意識を振り払うようにして、クラウディアは口を開く。
「サフィルス殿。此度、このようにあなたを個人的にお招きしたのには、理由がございます」
「……はい」
本題か、とノヴァは笑みをおさめて背筋を伸ばした。
十中八九、あの不可解な炎上(浄化)について問われるのだろう。
そう思っていたのだが。
「……サフィルス殿、わたくしに魔法を教えてくださいませんか」
「………………は……?」
想定していない展開に、ノヴァは反応が遅れる。
「わたくしに、魔法を教えて欲しいのです」
ノヴァと向かい合うクラウディアの眼差しは真剣さを湛えていた。
皆様〜〜〜!!!コミカライズ第一巻が発売になりましたわよーーー!!(書店別特典もございます!)
もうご覧いただいた方々がいると……いいなぁ。
電子書籍も同日発売になっておりますので、こちらもどうぞよろしくお願いいたします!
で!!!
長らく連載が止まってしまっていて申し訳ございませんでした。
7月からは毎月更新していく想定で態勢を整え中です。
今まで色々と迷いを抱えて(自分の創作性や人生なんかに。←話題が重い)、ぐだぐだしてたのですが、あることに見切りをつけて吹っ切りました。腹を括ったというか。
コンスタントに更新していけるよう、応援をよろしく願いします(平伏)。
(コミカライズも次回更新から連続展開となっていきますので、そちらも益々よろしくお願いいたします!)
ここからは蛇足です。
ノヴァさんがお菓子作りをはじめたきっかけは、みなさんご存知、アウロラちゃんの怪しいお菓子への危機感だったのですが、当人的に楽しさを覚える部分ってのはあったんだと思います(彼女が喜んでくれる&喜ばせたいというのが根本にあります)。
そこから気分転換も兼ねてお料理もはじめて、アウロラちゃん専属のシェフ化してるわけなのですが……。
アウロラ「時々無性に食べたくなるわ……ラーメン、カレー、カツ丼が……(ああ、炭水化物で満たしたい)」
ノヴァ「?らーめん?かれー?かつどん?初耳だ。……それは料理なのか?」
アウロラ「……え、ええ……な、なんでも遥か東方の国のお料理だとかで!美味しそうだから興味があって……!(わたわた)」
ノヴァ「(一寸思案)……わかった」
で、真顔でウィスタリア伯父様の元へ。
ウィス「え?!未知のレシピを求めて東方に旅立ちたいだって?!」
ノヴァ「(こくり)」
……みたいなことになったら面白いなぁ……と……(笑)。
あなた将来的にどこ目指してんだよって感じで(笑)。※こういう二次創作大好物ですください。笑
お姫様なクラウディア様がお土産のお菓子を素直によいと思ったのは、それだけ完成度がパなかったんでしょうね。
ノヴァさんはこの時分では知りませんが(知らされていませんが)、アウロラ発案・ノヴァレシピのブローチクッキー(ホテルの職人作)はホテル・サフィレットで購入できます。よかったら宿泊、またはカフェ利用の際にどうぞ(笑)。




