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【コミカライズ第2巻6/27発売】ルベウスの魔女とアルスマグナ 〜乙女ゲームのアンチヒロインは世界の滅亡を回避したい〜  作者: 阪 美黎
第4章 ルベライト公女の求婚

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公女クラウディア・ルベライト(6)

 おとぎ話となって語られるほど遥か昔。

 事始めの赤き魔女たちがいた。

 長女ルベウス、次女ルベライト、三女ガーネットの三姉妹である。

 彼女たちは年頃になるまで共に暮らし、新しい住処を求めて袂を分つ。

 放浪の末、ルベライトは辺境豪族と出会い、妻に請われ(がえ)んずる。魔女の加護を得た豪族は次第に頭角をあらわし、周辺地域で強い影響力を持つに至る。領地は領土へ。後のルベライト公国へと繋がっていく系譜である。

「古い時代では、各地の豪族は魔法や薬学に長けた魔女を優遇し、妻に迎えることも珍しくなかった。領地や国の概念もまだ曖昧だった頃だ……信じる神がばらばらで、共通認識もない。小競り合いが絶えない情勢では、神秘の力を持つ者が傍にいてくれるのはとても心強い。力の強い魔女であれば、なおさらだ」

 ウィスタリアの言葉にノヴァも頷く。

「今のような社会的身分制度が出来上がっていないからこそ、可能だったことでもありますね」

「後にルベライト公を名乗るようになったのも、大魔女の影響力で周辺諸国を黙らせる意図があったのだろうね。実際、ルベライトは強い魔女を輩出し、公女として君臨し続けた」

「……それにいつから翳りが?」

 わずかに声を潜めて尋ねると、ウィスタリアは答える。

「先の大戦以降、と言われている」

 ウィスタリアの説明はこうである。

 400年ほど前、世界はひとつの円熟期を迎えていた。その満ち足りた時の中で、異端なる者が現れる。

 後にコランダム家を興す、スカーレットこと、アリザリン・ルベウスである。

 昔ながらの魔女の暮らしに見切りをつけ、アリザリンは出廬した。彼女は実弟サフィルスを連れて各地を巡り、来るべき終末を迎え撃つための支援、備えを提言して回っていたのだ。が、まともに話を聞き入れる権力者や為政者はなく、妄言だと一笑に付される。それ以前に門前払いも珍しくはなかった。それでも根気よく彼女は行脚を続けることになる。

「国家が成立して久しい、目立った戦もなく、豊かさを享受した時代だ。誰もその世界が唐突に崩れ去るなんて夢にも思わない」

 ウィスタリアは軽く肩をすくめた。

「終末をもたらす存在が、異界のモノとなれば尚更信じがたいでしょうね」

「始祖様の話をまともに聞き入れたのは、まだ小国だったアダマントだけだ。……まあこれは、若きアダマント王が始祖様に一目惚れしたからという説が濃厚なのだけれど」

「……。なるほど、協力者たちの動機のほとんどは、始祖様への懸想と」

 アリザリンへの妄執から黒魔術に染まったかつてのフューシャ王を400年越しに斬り伏せ、決着をつけたノヴァからすれば、ぞっとしない話である。

「ルベライトはどうだったのです?」

「さすがルベライトは腑抜けていなかった。すでに王侯となっていた彼女だが、始祖様を一目見て、只者ではないことを察したと言われているよ。始祖様の言葉を公女は真剣に受け止めたとも。……しかし、だからこそ、協力には消極的だった」

「なぜです?かつては姉妹、そして大魔女同士です。手を携えれば、人的被害を防げる」

「彼女は魔女である前に『為政者』だったからさ。国家、自国の民……それらを守ることを優先させた。故に、終末が現実のものとなって世界に襲いかかった時、彼女は自身の力を国と民を守ることだけに使った。結界を張り、押し寄せた難民も受け入れることなく……ただ自国を守ることのみに徹した」

 言葉にすれば簡単だが、その裏で起こったであろう悲劇にノヴァは眉をひそめた。

「……それで、締め出された周辺国の難民は逃げ場を失い、結界の外は焼け野原、死者の山になったわけですか」

 ゼノとの戦いの被害は明夷の門が近いアダマントを中心として広がっている。滅びを目前にしたアダマントは当時の王女が『救国の聖女』として目覚めなければ、民は死に絶えたことだろう。生存の危機に瀕しては、正義は問えない。ただ事実として、ルベライトは自国を防衛した。それだけさ。歴史書には負の側面は省かれて、もっともらしく記されているけどね」

 ウィスタリアは続ける。

「彼女は国を守った。だが、代償はあった。力を使い続けたことで、己の器と魔力の限界を超えてしまっていたんだ。……彼女以降、公女は緩やかに魔力を失っていったんだよ。そして表舞台から姿を隠すようになった」

「ひとりの限界が、子孫に及んでいった?」

「或いは因果か」

 両手で掬い上げた水が指の間からこぼれ落ちていくように、ルベライトは弱体化を止められなかった。

 将来を憂いたある公女が、魔力を有するうちにこれを形に留めることを決意した。

 そう、血石……ブラッドストーンだ。

 娘を出産後、密かにルベウスと繋がり、憂いや望みを打ち明けた。

 命を削る行為だと諭したが、公女の意志はかたかった。

 大魔女ルベライトがただの人になってしまうことなど許されない。

 他国とのパワーバランスを保つためにも、弱体化を悟られるわけにはいかない。国境と民を守るためにも。

 ルベウスはこれを静かに受け止め、義弟を商いに見せかけて送り込み、高潔な公女の希望をかなえた。

 斯くして、歴代公女が受け継ぐことになるレガリスのブローチが誕生したのである。

 一見すれば大粒の曇りなきルベライトだが、これは魔力を宿した血液の塊。

「子孫に託されたレガリスとはいえ、グロテスクジュエリーだと忌諱される側面もある……先代の公女は気味悪がってレガリスを仕舞い込んでいたようだけれど、クラウディア様は違うようだね」

「…………」

 アウロラのバラが異変を察知し、ノヴァが駆けつけたとき、クラウディアはレガリスのブローチと向き合っていた。

 大魔女の血筋でありながら、魔法が使えない現実。彼女はブローチをある種の心の支えにしていたのではないだろうか。強い念を込めて。そうでなければ、邪気もあれほど濃くはならないだろう。

「……君は気づいているかどうかわからないが、」

 ウィスタリアはここで話を切り替える。

「魔力を失っているのはルベライトだけじゃない。世界中で魔女や魔術師の人口が減少傾向にある。大戦を潮目にして、みな緩やかに弱体化しているんだ」

「……他の魔術師や魔女の一族も、ですか」

「そう。もちろん、僕ら(サフィルス)だって他人事じゃない」

 ウィスタリアは息をつく。

「サフィルスの実情はよくわかっているはずだね。いつからか、特徴的な男子は誕生しづらくなり、今も直系一族内で血を選び、近親婚を繰り返して、不自然な営みで生み出されている。……僕のように歪なものを」

 ウィスタリアはそっと自分の手のひらに目を落とす。

「……外見の体裁こそ保っているが、僕は真のサフィルスには及ばない。能力だけで見れば、()の方が上だった」

「……ローレンスのことですか」

 この問いにウィスタリアは答えなかった。

 アウロラの執事ローレンスはウィスタリアと従兄弟同士にあたる。特徴的な容姿を得られなかったローレンスは直系一族でありながら、サイファーに落とされた。

「サフィルスの血は疲弊している。もう限界なんだ。古狸たちは認めたがらないけどね」

「…………」

「だが、君が来た」

「……は?俺、ですか?」

 ここで話の矛先を向けられて、ノヴァは瞬きを繰り返す。

「君が徒弟になるために王都の工房にやってきた時、僕は歓喜した。そして悟ったよ。君は、君こそが真中の真だと」

「……それは言い過ぎですよ」

 持ち上げられているようで、ノヴァは気恥ずかしくなる。

「そうかい?でも、君を初めて古狸たちに紹介した時、彼ら……内心では怯えていたはずだよ。僕は笑いを堪えるので必死だった。とうとう現れてしまったからね、立場を脅かす()()()()()()が」

 思い出したようにウィスタリアは薄ら笑を浮かべる。

「紛い物を作り続けて一門の利権を貪る者たちは事実を隠匿しているが、サフィルスは滅びることはない。慌てずとも、時が満ちれば君のように先祖返りして蘇る」

「…………」

 サイモフェインも似たようなことを言っていた。

 冬の枯れ木が再び芽吹くがごとく、大魔術師サフィルスは蘇る。おそるべき血の業だと。

「アウロラが始祖様の生まれ変わりであるなら、君はそう……大魔術師サフィルスとなる初代様の器。サフィルスの歪みはいずれ君によって正されるだろう。僕もサイファーも、君には大いに期待しているのさ」

 一通り話を聞いた上で、ノヴァは複雑な気持ちになりながら、大きくため息をつく。

 随分と勝手なことを言ってくれる。

「何を誤解してるのかわかりませんが、先祖返りは万能じゃありません。俺は半人前の魔術師です。当主はマスターじゃないですか。なら、まずはあなたが改革に着手してください。アウロラの助けになれているかもわからない小僧に大きな期待をされても困ります」

 鼻息荒く不満を訴えると、ウィスタリアは吹き出した。

「ここで使命に燃えて俺に任せてください、と言わないところがなんとも君らしいね。僕も変にやる気を出されるより、憎まれ口を叩かれている方が安心するよ」

 一門の再生より、アウロラの助けになることが優先というのは義弟としては正しい判断である。

「まあ、これは僕の戯言だと思って聞き流しておいておくれよ」

「重すぎる戯言ですけどね」

「仕方がないさ」

「?」

「物事の変化は常に、外側からやってくるものなのだからね」

 呆れるノヴァを尻目に、ウィスタリアは微笑みを浮かべ、至極当然とばかりに言って退けた。




 エーデルシュタイン城の作業部屋にウィスタリアが篭る数日の間、ノヴァは外商仕事の合間を縫って、ホテルと城との往復をすることになる。ウィスタリアから作業工程を学び、引き継ぐためだ。

 順当にいけば、次にこの城へやってきて作業を行うのは、俺の役目になるわけだからな……。

 10年後、この世界がどうなっているのか皆目見当もつかないが。

 公子レオハルトの従者のあとに着いて、車寄せまで案内される間、庭園を横目にして考える。

 ゼノの侵攻のことについて、知る者は少ない。400年前のようにこの危機を説いて回っても、皆どこか遠い世界の出来事のように捉え、そして言うのだろう。

『ルベウスがいるではないか』と。

 かつて押し寄せた異形たちを焼き払い、首魁の黒き邪竜をも退けたアリザリン・ルベウスのように、アウロラに戦えと言うのだ。己が保身のみに腐心する、無責任な権力者たちは。

 伝説の魔女アリザリンがどれほどの大魔女であったかは知らない。だが、アレクシアの言動を鑑みれば、おおよそ見当はつく。

 炎のような苛烈さと、氷のような冷淡さを併せ持つ女。これがルベウスの魔女の本質だ。

 ……アウロラには当てはまらない。程遠いじゃないか。

 世界の命運がアウロラの肩にのし掛かり、全ての責任を彼女一人が負わされるのは、理不尽だ。

 滅亡をかけた戦いで犠牲者が一人も出ないなどということはありえない。一度戦いに身を投じれば、善悪の境界を排する意志と、揺るがぬ冷徹さが必要となる。民草の生き死になど小事であるとばかりに。

 他者に犠牲を強いて、屍の山の上に立つとき、アウロラは何を思うのだろうか。

 心優しい彼女には過酷すぎる道。進んでも、退いても、厄災の烙印を押される。

 アウロラの心情と立場を考えるとき、ノヴァの心はただ痛み、そして、軋む。

 罪悪感に苛まれ、彼女の心身を蝕む苦痛は、筆舌に尽くし難いものになるだろう。

 そうまでして世界を守る義務がどこにある。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……?

 そこまで考えて、ノヴァははたと我に返った。

 半ば危険な思想を抱いている自分に驚く。が、思考性の偏りを否定はしなかった。

 ああ、そうだ。

 俺は、アウロラの心が平穏であれるなら、世界の命運なんてどうだっていいんだ。

 ノヴァは小さく息をつく。

 アウロラの義弟になった時から俺たちは一蓮托生だ。

 アウロラが辿る道程には、傍に俺がいる。独りにはしない。

 俺が……俺とアイギスがアウロラを守る。何を犠牲にしても、必ず。

 改めて強く決意をする。と、不意に従者の足が止まった。

 何事かとノヴァは顔を上げると、前方に侍女を連れたクラウディアの姿があった。彼女はぴんと背筋を伸ばしてこちらへ向かって来る。従者が彼女に道を譲るように端に寄ったので、ノヴァもそれに倣って軽く頭を垂れ、やり過ごすはずだった。が、クラウディアは通り過ぎることはなく、ノヴァの前で歩みを止め、呼びかける。

「サフィルス殿」

「……はい、公女殿下」

「明日もエーデルシュタイン城へ参られますか」

 質問の意図が掴めないまま、ノヴァは肯定するようにさらに頭を下げる。

「は、当主ウィスタリアが託されたお役目を果たすまで、私も例外ではございませんので」

「そうですか。……マリア、あれを」

「はい、姫様」

 クラウディアは侍女と思しき名を呼ぶ。控えていた侍女は封蝋された封筒を恭しく公女に差し出す。彼女は受け取ると、ノヴァに向かう。

「ノヴァ・サフィルス・コランダム殿。わたくしのお茶会にあなたをご招待いたしたく……。これは、招待状ですわ」

「……は、わ、私に、ですか」

 思わぬことにノヴァは戸惑う。その間に入るようにして、レオハルトの従者は焦り顔で物申す。

「い、いけません姫様!魔術師風情と個別に交流を持つなど……!レオハルト様は承諾しているのですか?!」

 魔術師風情、ね。

 口を衝いて出た従者の本音に、ノヴァは薄ら苦笑する。

「まだです。……が、他ならぬサフィルス殿であるならば、兄上は快諾くださるわ。……出過ぎた諫言です」

 険を帯びた公女の眼差しに従者はぐっと押し黙る。

「来てくださいますわよね、サフィルス殿。……あなたには、お話を伺いたいこともございますし」

 ノヴァを避けてくれれば御の字だったが、事はそう簡単には済まないらしい。

 彼女の聞きたい話とは、おそらく不可解な炎上(浄化)の一件だろう。

 冷静になれば疑問になるのも道理。

 やはり素知らぬふりで誤魔化すのは無理だったか。

 この招きを断ることは不敬である。どちらにせよ、ノヴァには選択肢はない。

 ……仕方がない。

「殿下のお召しとあらば……喜んで、お招きをお受けいたします」

 丁重に封書を受け取る。

 ほのかにクラウディアの表情がほっと緩んだように見えたが、気のせいか。

「……では、明日。お待ちしておりますわね、サフィルス殿」

 用件を言い終えると、彼女は隙のない佇まいで侍女を連れて去っていく。

 レオハルトの従者が憎々しげにノヴァを睨んでいるが、こちらとて不本意である。

 厄介なことになった。

 紋章入りの上品な招待状を持て余しながら、ノヴァは内心でやれやれと嘆息するのだった。

各国の王族にちらほらと魔力を持つ王女や王子が誕生するのは、大昔の婚姻関係の名残です。

魔法学校のあるアダマントで暮らしていると、弱体化についてあまり認識が持てないと思うのですがこうして国外で活動をすると見えてくる部分でもあります。

本編ではもうずっとアウロラさんとノヴァさんを会話させていませんよね(汗)。いつ再会させてあげられるのやら。汗


年内の更新はこれで最後になりそうなのでご挨拶をば。

今年1年、連載を追ってくださっていた皆様ありがとうございました。またコミカライズから小説版に入って来てくださった皆様もありがとうございました。

今年はコミカライズも始まりまして、大変ありがたいことに、わたしにとっては変化の年となりました!

無事にコミカライズがスタートできたことに、編集部、担当様、文月マロ先生に感謝感謝でございます。

今後コミカライズはどんどん本格的なエピソードに突入して参りますので、都度(もしくは適宜)チェックしていただければ嬉しいです。

来年以降も小説版&コミカライズ版併せてまるっと、よろしくお願いいたします(平伏)。

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