公女クラウディア・ルベライト(5)
ノヴァがサイモフェインと出会った場所まで戻ると、彼の姿は見当たらなかった。
当事者であるノヴァよりも、サフィルスの事情に詳しいサイモフェインの話は興味深いものがあった。……また会えるといいのだが。
入れ替わりにやってきた使用人に声をかけられ、レオハルトの私室へ呼び戻される。
案内をされて室内に入ると、公子より上座に公女の姿があった。
ノヴァは内心で息をつく。
結局見えることになったか。
彼女が積極的にノヴァを避けてくれることを願っていたが、さすがに他者が同席する場では難しい。ここは、体裁を整えることに徹するのみだ。
しかし実のところ、涼しい顔を装いながらも、ノヴァより気まずさを覚えているのはクラウディアの方であった。
クラウディアはやってきたノヴァからわずかに視線をそらす。
なんて間の悪い。
あのひと、兄上の客人だったなんて。
早々に気まずい相手と再会してしまった。
クラウディアは保つ姿勢に力が入る。
ウィスタリアとノヴァが揃うと、レオハルトは上座の彼女に向き直る。
「サフィルス殿、紹介いたします。私の妹……我がルベライト公国の象徴にして真の統治者、クラウディア・ルベライト公女殿下であらせられます」
兄妹でも、立場上はレオハルトより上位にあたる彼女を公子は恭しく紹介した。
気が動転していたのでクラウディアはノヴァが何者か察しがつかなかったが、今この城を訪れている見知らぬ者はサフィルスのみ。彼の瞳の色はロイヤルブルー……サファイアそのものだったではないか。
彼女は素知らぬ顔でつんと顎をそらし、声を発する。
「サフィルス殿、ようこそ参られた。わたくしこそが太古より続く赤き魔女の一角、大魔女ルベライトの子孫にして後継、クラウディア・ルベライトである」
統治者として威厳に満ちた口調で告げた後、彼女は雰囲気を緩める。
「この度は、我が兄レオハルトの召喚に応じ来城くだされましたこと、わたくしからも感謝いたします。サフィルス殿におかれましては、つつがなくお役目を果たされますよう」
あくまでも私的な会談。クラウディアは最後まで統治者として振る舞うことをしなかった。
彼女が話し終えると、慣れた風情でウィスタリアが挨拶をし、ノヴァもあとに続く。
「公女殿下におかれましては、ご機嫌も麗しく。私の名はノヴァ・サフィルス・こランダムともうします。どうか、お見知り置きくださいませ」
淀みなく告げられた名前を、クラウディアは反芻する。
……ノヴァ……サフィルス、コランダム。それが彼の名前なのね。
でも、コランダムということはつまり……。
「あなたはサフィルスの後継なのですか」
「左様でございます、殿下」
彼女が問いかけるままにノヴァは肯定して頭を垂れた。
「…………」
貴族的ではない、神秘的な美しさや陰を持つ少年。
わたくしと年頃のかわらない若い魔術師と見えるのは彼が初めてのことだったけれど、とても綺麗な青い瞳をしていたわ。もっと、近くで見ていたいような……。
ふとそんなことを考えてしまった自分をクラウディアは恥じて、叱責する。
な、何を考えているの!わたしくしったら……!
そもそも、彼には失態を晒しているのよ!サフィルスの後継にあんな情けないところを見せてしまったのに、わたくしったらまた惚けたことを……!
彼は気づいただろうか?クラウディアの……ルベライトの秘密に。
……いいえ、彼がサフィルスの後継なら、すでに真実を把握している可能性は高いわ。
だとしたら、見られてしまったのが彼であったのは……幸運だったのかもしれない。
「殿下、レガリスを」
レオハルトに促され、クラウディアははっと我に返る。
「はい、兄上」
クラウディアは小さく息をつき、諦めるように胸元を飾るブローチを取り外し、従者が掲げる銀のトレイに置いた。
先ほど彼女を怯えさせた濁りやモヤは消えて、澄んだ宝石の姿を取り戻している。
キラリと光る光沢が彼女の瞳に届いた時、クラウディアははたと見落としてた事象に気づくのだ。
魔力のないわたくしでも、あれはよくないものだとわかった。わたくしを絡めとろうとする悪しきもの。
それから唐突に幻のような炎に巻かれて完全に平静を失ってしまったけれど……そもそもあの炎は、一体なんだったの……?
当然の疑問にたどり着いて、彼女はノヴァを見やるが彼は瞳を伏せたままで視線が交わることはない。
あの時、呆然とするクラウディアの視界の端で、ぽたりと落ちたバラの花。彼はそれを掬い上げて彼女に膝をついた。
『お怪我はありませんか?レディ』
彼が……わたくしを助けてくれた……?あれは、彼の魔法……?
ブローチはクラウディアの手を離れ、ウィスタリアの前まで運ばれる。
「確かに。お預かりいたします」
銀のトレイごとウィスタリアは受け取って頭を下げた。
ブローチとは数日のお別れとなる。が、今のクラウディアは疑問だらけ。薄情なのか、寂しさを覚える暇もないほどに。
この疑問を解消する手段はひとつ。
口止めをしたのはわたくしだけれど、彼と……ノヴァと話をしてみなければ。
エーデルシュタイン城内には、およそ10年周期で訪れるサフィルスのための小規模な金銀細工工房が造られている。
繋ぎの部屋には生活に必要なもの一式が用意され、はじめから滞在を目的とした誂えとなっている。
レオハルトの従者たちが身の回りの世話をするようだが、半分監視目的だろう。正しくは滞在より、軟禁に近い。
工房兼居室の特別室に案内されると、ウィスタリアは息をついた。
「さてさて、この息苦しい環境で数日は真面目に仕事をしなければね」
室内に古びた様子はない。適度に風が通され、掃除や手入れはこまめに行われていることが見て取れた。
とはいえ、自前の道具を持ち込んでいるのでウィスタリアがここに置かれたものを使用することはあまりなさそうだが。
「集中が苦手なマスターには最適な環境ですよね」
「美女との語りもなく、閉じこもりきりになる僕への労いはないのかい?」
「こういう時にこそ、日頃の行いがものを言うんですよマスター。ぐれぐれも、城の侍女たちに手を出さないでくださいね。厄介事は御免です」
「やれやれ、相変わらず面白みのない。まったく、君はよくできた弟子だよ」
部屋を見渡しながら皮肉るノヴァを、ウィスタリアも皮肉で返した。
ノヴァはウィスタリアに改めて向き直る。
「マスター。サフィルス・コランダムの当主自ら携わる案件、納得しました。そのブローチ、かなり特殊なものなのではありませんか」
「察しがいいね。そこもさすがの慧眼と言っておいたほうがいいのかな」
「……いえ、まあ、なんとなく……直感みたいなものです」
公女と間近で接した際に、アウロラのブラッドストーンが反応していたことがひとつの根拠にもなっている。
「だとしたら君の直感は間違ってない。僕らは定期的にルベライト公国のレガリス……公女のブローチの手入れをしに来てるのさ。表向きは国外への商いを装ってね。当主自ら携わるには、それなりの理由があるわけだが……すでに看破してるのかい?」
「……確信には至っていませんが」
「そうか。じゃあまずは見せよう」
ウィスタリアは軽い口ぶりで作業台の上に置いたブローチの包みを開く。
大粒のルベライトは深い色彩で濁りなく煌めく。
「試験がわりだ。ルーペなしの、初見の検分を聞こうか」
ウィスタリアは正面をノヴァに譲る。
ノヴァは促されるままブローチの前に立ち、覗く。
ブローチ単体で眺めれば、虹色の屈折が見える。宝石の研磨では出ないものだ。
いくつか角度を変えて目を凝らし、告げる。
「……宝石の上に、透明度の高いクリスタルで蓋を?……ダブレットですか?公女が身につけている分には自然でしたが」
「気づきが早くていいねぇ」
ウィスタリアは頷く。
ダブレットとはふたつの鉱石を貼り合わせた加工石のことをいう。
「一見ダブレットに思わせているが、これは本体を守るための蓋だ。同時に、この蓋には魔術的措置が施されている」
ウィスタリアは繊細な作業用の道具を荷物から取り出すと台座の飾りに隠された弁を押し、カッティングされた薄いクリスタルの蓋を取り払った。開放され裸石になった大粒のルベライトは赤々と燃えるように光りを発する。
「……っ……」
ノヴァの耳に配したアウロラのブラッドストーンが敏感に反応し、熱を持つとキンと強い耳鳴りがする。
「……何が……」
困惑するノヴァを他所に、ウィスタリアは冷静に双方を観察して述べる。
「あの子が君に預けたブラッドストーンも煌々と輝いている。なるほど、かつては姉妹だったという血族の共鳴が起こっているんだね。なんとも興味深い。姉上にもお見せしたかった」
時代や世代を経てもなお、赤き魔女のつながりは健在だということだ。
「……血族の共鳴……」
血族……血……、やっぱりこれはそうなのか。
ノヴァはアウロラのブラッドストーンに触れながら、今度こそ確信を持って呟く。
「……魔力的措置を施した蓋をすることで、大粒のルベライトに見せかけてはいるが、これは血石……莫大な魔力を宿したルベライト一族のブラッドストーンですね」
蓄えられた魔力を行使すれば、国ひとつを滅ぼすこともたやすい脅威的遺物。
畏怖するノヴァの視線を受けて、ウィスタリアは頷く。
「合格だよ」
ウィスタリアがクリスタルの蓋をブラッドストーンに戻すと、共鳴は途切れ、耳鳴りも止む。
「ブラッドストーンの力が強すぎるがゆえに、こうして封じてはいるんだが……全てが遮断できているわけではない。漏れ出す魔力が良くも悪くも公女を惑わす原因にもなる。だからこうして定期的に訪れては、浄化と保守処理を行う必要があるのさ」
「……なぜそれをサフィルスが?ルベライト一門の魔術師が行えば効率的でしょうに」
「それはアレだよ。力あるものを封じるにはそれ相応の能力を持つ魔術師が必要だったからね。ルベライトには目的に適う者がなかった。……で、当時のルベライト公女から内々にルベウスに相談されたそうだよ。これを作り、加工するに足る魔術師をよこしてほしいと」
「それで、当時のサフィルス・コランダムが派遣されて作業にあたったと?」
「そう。見返りは充分にあったんだろうしね」
「……あぁ、この国での商いの利権ですか」
なるほど、とノヴァは小さく息をついた。
「でも、なぜわざわざルベライトはこんな物騒なものを作ったんです?これだけの大きさ、かなりの血液量を要したはずですよ。気まぐれで作り出すサイズじゃない」
一体、何を想定してこんな危うい代物を過去のルベライト公女は用意したというのだ。
由々しい表情のノヴァにウィスタリアは試すように問いかける。
「気まぐれでないなら、どうしてだと思う?なぜ古の公女はレガリスとして子孫に残そうとした?」
「どうしてって、それは……」
必要に迫られたからでは?と無意識に口にしかけて、噤む。
子孫に残す必要に迫られる?伊達や酔狂ではなく、意図してブラッドストーンを残す必要性が……?
表舞台から姿を隠す神秘的な公女像、魂だけの宮廷魔術師が縛られている理由、その彼がお遊戯と評した薄氷のような結界、邪気を払うこともできずただ怯えていたクラウディアの姿。まるで、ただの人間のように……。
思い込みとはおそろしいもので、簡単に視野を曇らせる。たったひとつの単純な結論すら導き出せないほどに。
迂闊だった。先入観を取り払えばすぐにでも気づけたはずなのに。
「……まさか」
ルベウスが当然のように大魔女の素養を持って現代にも息づいているため、ルベライトも同様であるはずだと常識を疑わなかった。
未来を憂いてブラッドストーンを子孫に残さねばならないほど、早い段階でルベライトの魔女は弱体化の兆しがあったのだとしたら……?
だとすると、近世の公女たちは……。
「……ルベライト公女は、もう……魔法が使えない?」
「大魔女も永遠ではないのさ。おめでとうノヴァ。これで今日から君も、保秘仲間というわけだ」
愕然とするノヴァの目の前で、ウィスタリアは軽く拍手をして秘密の共有者を迎え入れた。
更新が遅れ気味で申し訳ございません。
コミカライズがはじまったので、積極的に更新していきたいところなのですが、このタイミングでPCが不調になるという状況に陥っております(汗)。とにかく文字が打てなくてですね(遅延ぶりがえぐいの。汗)。
新しいPCが届くまでに、今のPCが力尽きる可能性も高いです。半導体不足でまったく配達される目処がたっておりません……(つらい)。
状況についてはXの方でご確認いただければと思います。
いや〜〜コミカライズ、はじまりましたねー。
マロ先生がキャラデザしたアウロラさんとノヴァさんをはじめて見せてもらったとき、思いっきり自分の好みにぶっ刺さりました(笑)。
「これで15、6歳なら大人になったらどーなっちゃうの?!」って妄想が捗りましたよね(ワライ)。
女の子たちはかわいいし、男の子たちはかっこいいし、毎回眼福です。
漫画もうまくまとめてくださっていて読みやすいですしね。ありがたいです。
SNSで感想をもっと述べたいんですけど、作者自ら熱心にコミカライズの感想を発信していると「なんだこの手前味噌なやつは……」ってドン引きされてしまってもいけないので、控えめにしてます(たぶん)。
コミカライズ化される前から拙作をご覧になってくださっている方は漫画版の印象、漫画版から拙作を知った方の原作の印象はそれぞれ違うんだろうなぁと想像しておりますがどうなんでしょうか。
読者さん側の印象や感覚を教えてくださると嬉しいです。




