公女クラウディア・ルベライト(2)
翌朝。
支度を済ませるとウィスタリアに同行するかたちでノヴァは公子が寄越した迎えの馬車に乗り込み、家令に見送られて城へと出発した。
ルベライト公国は首都に2つの城館を構えている。
ひとつは主だった貴族が出入りする宮廷、そして政治の舞台となっているユヴェーレン宮殿。
もうひとつはルベライト公一族の居城、エーデルシュタイン城だ。
代行統治者である公子は居城と宮殿とを頻繁に行き来しているが、国主である公女は居城に引きこもり、必要な国事、祭事以外ではほとんど民の前に姿を現さないという噂だ。そのため国際的にも彼女の実像は謎めいており、存在の神秘性を高める結果となっている。
ユヴェーレン宮殿は都市の中心部に在るが、エーデルシュタイン城は街からはずれた郊外の丘の上に建つ。首都クライノートを見下ろすようにして。
軽快に歩を進める馬車の中、ウィスタリアが口を開く。
「前回僕がエーデルシュタイン城へ赴いた時には、公子様は9歳、公女様は5歳くらいだったかな。公子様はもちろん、公女様もとても可愛らしかったよ。この道も、懐かしいな」
ノヴァは車窓に流れる景色に目を向けた。
「マスター。ユヴェーレン宮殿ではなく、ルベライト公の居城に招かれる理由を俺はまだ聞いていませんよ」
外商が計画され、旅立ってからもそれとなく彼は理由を尋ねたが、その度にウィスタリアにはぐらかされてきた。
「約10年に一度……その周期についても。そろそろ教えてくれてもいいのでは?」
横目で投げかけると、ウィスタリアは微苦笑した。
「……近しい者にも口外しない約定がついていてね。本当は彼らだって外部の者に頼りたくなんてないのさ。一言で説明するなら……君も見ればわかる、になるかな」
まるで説明になっていない。
「つまり、政治的な側面が絡んでいると?」
「いや、直接的にアダマントとの政治は絡んでいないよ。単にルベウスとルベライトの古き姉妹の血の繋がりを尊重しているだけさ。それに、ルベウスの顔を立ててクライノートでの商いに便宜を図ってもらっていることもあるしね」
「よくわかりませんが、互いの利害が一致しているわけですか」
「利害は、どうかな。秘密を共有してしまった以上はねぇ、断るに断れなくなったのさ。そして今日から君も仲間入りすることになる」
ウィスタリアは肩を竦めた。
「?秘密?」
仲間入り?とは、一体。
不可解さに首を傾げるノヴァの襟元をウィスタリアは見やる。
「ところで、それ……着けてきたのかい?」
ウィスタリアの言うそれとは、アウロラの旅の餞別、赤いバラの花だ。
「……え、ええ……今朝方、いつの間にか上着におさまっていたので」
ノヴァは妙に気まずい気持ちになって軽く目を逸らす。
花瓶に挿していた彼女のバラは、今朝になると姿を消していた。魔法獣のルシファーがいたずらをするわけがないので、実態なき魔術師の仕業を疑いながら焦って周囲を探すと、家令があらかじめ支度してくれていた上着の胸飾りとしてすっぽりおさまっていたのである。
王族であるルベライト公子との面談用にあつらえた、真新しい宮廷服だ。
ノヴァは「これもか」と軽く眉間を押さえた。
バラはあのアウロラの作ったもの。
彼女の髪を素材とした魔力の結晶なのだから、意思のようなものを持ち、ひとりでに動き出しても不思議はないとは思う。思うのだが……。
「……バラの方が着いて来る気満々だったので……やむ無く」
一旦花瓶に戻してみたのだが、彼が目を離すと再び姿をくらませて、バラは上着に舞い戻る。3度ほど行動を繰り返し、もはやこれは彼女の意思と見なしてノヴァは諦め……いや、受け入れることにしたのだった。
「なんと。バラに意思が?……さすがあの子が作ったものだね。てっきり、餞別をもらえなかった僕への嫌がらせかと思ったよ」
「マスターじゃあるまいし……そんなことしませんよ」
ノヴァが呆れながら息をつくと、馬車はいよいよ遠方にエーデルシュタイン城をとらえ始める。
「見えて来たよ」
促されノヴァもそちらに目をやる。
輝ける宝石と誉高いエーデルシュタイン城は遠目にもその名に恥じぬ壮麗さだ。
だが城館の輪郭が鮮明になるにつれ、彼の視界は……いや、魔術回路が違和感を伝える。
城にではない。城をとりまく気配に。
怪訝に眉を寄せて、目を凝らすと城をすっぽりと包み込むように薄らと膜が見える。あれは、結界だ。
「城に……け、結界が?」
ノヴァは驚く。……これは動揺に近いかもしれない。
「この距離で気づいたのかい?一応、工夫を凝らして目立たなくしてあるようだけどね。うーん、やっぱり君は目がいい」
他人事のように呟くウィスタリアに、ノヴァは困惑しながら彼と結界とを交互に見やる。
「……いや、城に結界って……一体、どういう……」
ノヴァが驚くのも無理はないとウィスタリアは思った。
常に外敵の脅威に晒されているルベウス屋敷ならばいざ知らず、紛争状態にでもない限り、国家や王族の象徴である城や宮殿を結界で守ることはしない。端的に言って、国家の恥だからだ。
結界により防衛を敷けば、なんのために宮廷内に王宮魔術師が常駐しているのかと他国に揶揄や嘲笑をされ、侮られることにもなってしまう。訪れる他国の使者や使節にも礼を欠き、最悪、互いの王や首長の顔に泥を塗ることにもなりかねない。
居城といえども、エーデルシュタイン城は国家の象徴である。
常識として、これに結界を施す必要性をノヴァは理解できなかった。
考えられる理由としては、やはり外敵への防衛対策だが……。
「……ルベライト公もルベウスのように太古の魔女の家系……彼らにも敵が?……それにしては……」
ガラス細工のような脆さだ。
そう。ここから見るだけでも、結界の内容が酷く脆弱なのだ。
軽く魔法をぶつければたちまち瓦解してしまうほどに。
こんなもので一体何から城や城主を守っている気でいるんだ。この結界を張った術者は……。
こけ脅しにもなってないじゃないか。
言葉にすることを憚り、彼は口を噤む。
これは代々のルベウスの魔女たちが被せた結界の束を見慣れているからというわけではない。
結界を張るのであれば、ルベウスの結界のように圧倒的威圧感と堅牢さがなければ意味がないのだ。目の当たりにした術者の心が折れてしまうほどの。
「君の困惑もよくわかるよ。野暮だからね、城に結界なんてものは」
「あそこまで薄いと、逆に罠の可能性を疑いますが……」
「優れた術者ほど裏があるのかと警戒してしまうだろうね。だとしたら、結果的に結界は成功していることになる」
ウィスタリアは苦笑いを浮かべる。
「罠なんてないよ。極めて基本に忠実、素直で捻りのない可愛らしい結界だ」
魔術師としては完全に落第点ではないか。
当然、これがサフィルスであれば、叱責では済まない仕事ぶりだ。
「なぜ看過しているんです、ルベライト公は。仮にも大魔女の家系だろうに」
「エーデルシュタイン城は、極端に人の出入りを制限していてね。招かれていないものは近づくことも許されていない。公子様がわざわざ僕たちのために馬車を用意してくださったのも、私的な用件だからさ」
先ほどウィスタリアは『秘密』と言っていた。秘密を共有しているからと。
「……これが、秘密の一端ですか」
「結界は添え物。物事の本質じゃない。見ればわかる、と言っただろう?……全てね」
含みを持たせてウィスタリアは薄笑みを浮かべた。
ノヴァは眉を寄せて押し黙る。
この結界は、城は、一体どんな秘密を内包しているというのか。
ふたりを乗せた馬車は拒まれることなく結界内へと吸い込まれて行くのだった。
明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。
今年最初の更新です。2023年一発目で連載の続きを更新できるとか……幸先がいいです!
短話や追加エピソードなどをアップしていたこともあって、連載の続きを更新したのは昨年の8月以来という……(事情がありまして安定的に時間がとれなかったという面もありました。汗)。
連載更新を待っててくださった方がいましたら、大変申し訳なく……(いや誰も待ってなかったかもですが。笑)。
今年は1話1話は短くても、(何かしら多忙にならない限りは)定期的に更新してきたい気持ちでおります。懲りずにお付き合いくだされば嬉しいです。
しばらくノヴァさんのターンが続きます。
宮廷服ですが彼らは貴族ではないので、すっきりとしたシンプルスタイルなのだと思っています。
彼自身は服装へのこだわりがないので周囲の男性陣やアウロラさんの意見で「じゃこれで」くらい簡単に決めてしまうのですが、こだわりがない分の神経(=情熱)がアウロラさんのドレス選びに全振りされているわけです(なんでだ)。
機会があればグロリア様のような、ザ・王子様的宮廷服を一回くらいノヴァさんに着用してみて欲しいとアウロラさんは思ってるかもしれませんね(笑)。




