アナテマの花(1)
魔法学校は長期休暇を迎えた。
と同時、当初から計画されていた通りに翌日から現サフィルスの長であるウィスタリアと共に後継のノヴァはアダマントを出国し、外商へ向かう手はずとなっている。
旅の終着点はルベライト公国だが、その道すがら地方都市の貴族や名士、豪商・豪農といった家々を巡り、高額な仕事を請け負うことも目的のひとつである。商売の先細りを防ぐため、数年おきにこの『御用聞き』は巡行されてきた。
サフィルス・コンダムの当主自らが外商に出ることは珍しく、今回は主にノヴァの顔見せや経験を積ませるためにウィスタリアが率いることになった。また、別件でルベライト公国への表敬訪問も兼ねているため、当主の存在は欠かせなかったのだが。
休暇に入り、ホテル・サフィレットのコンドミニアムからカントリーハウスへ戻っていたアウロラは神妙な顔で机に向かう。
仕事とはいえ国外に及ぶのであれば旅には違いない。だから、彼に餞別を渡したいと思っているのだ。
実のところ、彼をフラテルに迎えてから3日以上互いが離れたことはなく、離れ離れになるのははじめてのことだった(以前フューシャ国へ拐われた時は意識がなかったため、彼女自身に3日以上の感覚はない)。
餞別とは、本来金銭ではなく品物や詩歌などを贈るものなのだが、今生の別れというわけではないので大げさにはしたくない…。とはいえ身近で旅の妨げにならないもの…と考えるとなかなかに難しい。
出発は明日だというのに、案がまとまらない。
腕を組んで頭を捻るアウロラの姿に、それまでくつろいでいた黒猫がぴょんと机の上に乗った。
『末妹よ、先ほどから一体何をそんなに思案に暮れておるのだ?』
使用人が傍にいないので、彼女は気兼ねなく話しかけてくる。
契約した黒猫に身をやつし、人語を解する彼女の名はアイテール。かつて世界にルベウス恐怖神話を浸透させた二代目ルベウスの魔女(の魂魄)だ。
エニシダの墓所こと、ルベウスの魔女たちが眠る(実際には皆起きていたが)墓所を訪れて以降、アウロラを見守るためアリザ以外の魔女たち全員が彼女に着いて(憑いて)来た。
「もう時間がないのに、考えれば考えるほど答えが出ないのです。…大お姉様、お知恵をお貸しください」
アウロラは包み隠さず自らの希望を話すと、黒猫は前足で顔を洗う。
『ふむ、つまりノヴァと離れ離れになる間、義弟の心身を案じて贈り物がしたいということだな?』
「はい…ノヴァにとっても今回の外商は初めてのことですから、緊張しているかもしれませんし…こう…旅先でホッとできるようなものがあればと…」
『そなたらは本当に仲が良いな』
「そ、そうでしょうか。大お姉様も同じようなものではなかったのですか?」
『我らは主従に近かった。それに我の義弟は…血縁でいえば従兄弟だったが、とにかく無表情でな。何を考えておるのかよくわからぬ男であったよ』
「…そう、なのですか」
『まあ我のことはともかく、心身を案じてということならば、そなたの希望を満たす餞別は我から提案できそうだ』
「!本当ですか?!」
『うむ』
アイテールは頷くと、アウロラに命じてメイドを呼び出し、髪切り鋏を用意させる。不思議そうにしているメイドから受け取ると、アウロラはアイテールの前に戻る。
「用意しました、大お姉様」
『よし、ではその鋏で目立たぬところの髪を切り取れ。少量でよいが、長めにな』
「は、はい。……じゃあこのあたりを…」
アイテールの意図がわからず戸惑いつつもドレッサーへ移動し、鏡を覗き込む。内側の髪を少量切り取る。
「切りました」
『ではその髪を丸くまとめて手のひらに乗せよ』
「はい」
言われるまま、アウロラはくるくると長い髪を丸めてまとめ、手のひらに乗せる。
『ここからが本番ぞ』
「お、大お姉様…あの、一体何を作るのでしょうか」
ここでやっとアウロラは質問をする。
『花を作る』
「は、花…ですか?!髪から、花が?!」
髪から花を作ることができるとは驚きだ。
『そうだ。ルベウスの魔女の髪には魔力が宿っておるのでな。あとはとにかく念じよ。花になーれー、花になーれーとな。そうすれば、魔力が呼応し何かの花になる』
黒猫は真顔で述べる。大雑把に。
「な、何かの…?」
具体的な花は決まっていないらしい。
『これは完全に個人差というやつだ。我はアネモネになっていたが、娘はスイセンであった。つまり、これはやってみるまでわからぬのだ』
「なるほど。…わかりました。やってみます」
アウロラとてルベウスの魔女である。先達であるアイテールの言うとおりにやれば、目的を達成できるはず。
アウロラは瞼を閉じて手のひらに意識を集中すると、念じ始める。
お花になーれー、お花になーれー…綺麗なお花になーれー…。
念じることわずか、手のひらに暖かく魔力が宿る。感触のあった髪は、ふわっと浮き上がりアウロラの魔力に包まれ、新たなな生命が芽吹くように形を変える。
『おお、もうよいぞアウロラ!花になった』
アイテールの言葉に、アウロラは意識を散らして目を開ける。
すると、先ほどまで黒髪の束でしかなかったそれが、見事な一輪のバラへと変容を遂げていた。
生花とも、造花とも異なる、アウロラの髪と魔力によって形成された宝石のようにきらめく大輪の紅いバラに。
『そなたは王道のバラか。ふむ、美しいな』
「…想像していたより、ずっと素敵です」
様々な角度から眺める。
今まさに花びらを広げたばかりの、瑞々しいバラの花の姿だった。
『それはそなたの心根がよいからだ』
黒猫は微笑み、アウロラは少しはにかんだ。
「…このお花は…枯れるのですか?」
『髪に宿った魔力が尽きればな。だが、それでも数年は保つことが可能であろう。花に水をやるように、魔力を注いでやればさらに長持ちするかもしれぬが…我は試したことはない。作り直した方が早いからの』
あっけらかんとアイテールは言った。
「確かに。…でも、このお花なら旅先でも邪魔にはなりませんね」
わずかに発光しており、夜でも仄かに輝きを放つに違いない。
『そなたからの餞別…ノヴァは泣いて喜ぶであろうな』
「……さすがにそれは、言い過ぎです」
何故かアイテールが自信満々に胸を張り、アウロラは苦笑いで返した。
※
アイテールのおかげで餞別が間に合ったアウロラは機嫌よく早めに床についた。
早朝の出発に合わせ、アウロラは起き上がって身支度をすると慌ただしい雰囲気のエントランスへ向かう。
着替えや日用品を詰め込んだ旅行トランクを馬車に積み込む使用人たちの傍に立つノヴァに声をかける。
「おはよう、ノヴァ」
軽やかに駆け寄るアウロラを振り返り、ノヴァはわずかに目を見開く。
「アウロラ、見送ってくれるのか」
「当たり前でしょう?しばらく会えないのだから、ちゃんとお見送りしたいわ」
「朝は苦手だから、起きてこないと思ってたよ」
彼も別段、見送りを期待していたわけでもなさそうだ。
「ええ、だから昨晩は早寝しました。それに、出発前に直接餞別を渡したかったから」
「…餞別?…出張に行くようなもんなのに。わざわざ用意してくれたのか?」
「だって、ルベライト公国まで行くのでしょう。いくつか国をまたいでいくのだもの、心配だわ」
「……俺はアウロラの方が心配だよ」
ノヴァが不在の間に、何かのトラブルに巻き込まれるのではないかという不安。…どこぞの男共に言い寄られるのではないかという心配。
「まあ、ノヴァったら心配は不要よ。今のわたしにはローレンスという家令がついているのだから。あなたはしっかりお仕事に集中してきてね」
アウロラの言うとおり、彼女の背後には女言葉を操る麗しい家令が立っている。
彼女に家令として望まれ、正式に屋敷で働くようになった彼は早々にメイドたちとうち解けた。さすが女性の扱いに長けた男である。
「あぁ…。ローレンス、アウロラを頼む」
「おまかせくださいませ、若様」
ローレンスは恭しく頭を下げた。
「それでね、わたしからの餞別は…じゃーん、これです!」
効果音付きで自身の中に格納していた花を手のひらへ導く。
ふわりと紅い大輪のバラが彼女の手のひらに現れた。仄かに発光し煌めくバラにノヴァは目を見張る。
「…バラ…?…これ、もしかして魔法か?」
生花でも造花でも、宝石でもない、異質な素材の花だが…とにかく美しい。
「あら、わかるの?」
「あぁ…アウロラのブラッドストーンが反応してる」
と、ノヴァは軽く自らの耳たぶに触れた。
彼の言葉通り、ブラッドストーンが光る。
「すごいわ。その子、このお花がわたしの髪だってわかるのね」
自らの血でできたその石に感嘆すると、ノヴァや忙しなく動いていた使用人達の視線がアウロラに集まる。
「髪?!これはお前の髪でできてるのか?!」
「ええ、そうよ。元はわたしの髪なの」
微笑んで答えたが、しかし使用人達の微妙な表情に気づき、はたと我に返る。
し、しまった。そうよ、これは髪。どんなに綺麗なお花でも、元が髪の毛だなんて……普通の感覚なら、き、気持ち悪い…わよね?…ど、どうしよう…。
舞い上がっていたので気味の悪さについて考えが至らなかったが、これをもらって喜ぶ人間などいるのだろうか。
頬を強張らせ恐る恐るノヴァを見上げると、彼は感心するように薄っすら微笑む。
「すごいな、アウロラの髪は花にもなるんだな」
「ノ、ノヴァ。不愉快なら、無理に受け取らなくても…」
「不愉快じゃないよ。アウロラが俺のために用意してくれたものは、全部大切だし…嬉しいよ」
優しい言葉にアウロラは胸が熱くなる。
「本当?」
「嘘ついてどうするんだ。こんなに完璧な造形…俺には難しいだろうな。むしろ魔術師として、宝飾工房の細工師としても嫉妬ものだろ」
髪を撫でながら告げられ、アウロラは頬を緩めた。
「ノヴァ…ありがとう」
「ありがとうを言うのは俺の方だよ」
アウロラはノヴァの上着の襟飾りとしてバラを差し込む。
飾られた大輪のバラは、一層彼の美少年さを際立たせる装飾品と化していた。
「すこぶるお似合いですわ、若様。バラが似合う男はごく一握り。選ばれし者でしてよ」
ローレンスが手放しで褒める。
「…そうかよ」
そっけなく答えるノヴァにアウロラは呟く。
「ノヴァが各地のご令嬢たちからモテモテになりますように」
「……そういう念を込めるのだけはやめてくれないか」
ノヴァは嘆息する。彼女にだけは願われたくない。
「…土産はもう決めてるんだ。楽しみに待っててくれ」
「言っておくけれど、ドレスはダメよ。もちろん帽子や靴もね」
早々に釘を刺されてノヴァはビクリと肩を震わせる。
「………え…?」
「ノヴァ、目が泳いでるわ」
「……その……国でドレスの意匠とか流行とか、生地やリボンは微妙に違うだろ…?だからその…10…いや…5着くらいは許してくれないか」
いつの頃からか、アウロラのドレス発注が彼の趣味のひとつに。
おそらく、彼は各国のドレスショップ巡りを空き時間に組み込んでいるのだ。下調べも完璧にして。
彼の楽しみを奪いたいわけではないのだが、この件についてはフランツもあてにならない以上、心を鬼にする。
「ノヴァ?このままだと、わたしのクローゼットが弾けてしまうわ!」
「………。ああ…うん…極力、努力する」
頼りない返事を残して、ノヴァは家令のフランツを連れ旅立って行った。
馬車が見えなくなるでその場でアウロラは見送る。
しばらく会えないのだと思うと、寂しくなる。
渡したバラが、旅先で彼の癒しになるといいのだが。
感慨にふけっていると、アウロラの心情を知ってか知らずか家令が声をかける。
「ねぇマイプリンセス、そろそろ…衣装部屋を作ってはどうかしら?若様もすっきり散財できるし、アレクシア様やオルキス様も反対しないと思うわよ」
「ローリーまでそんなことを言って。散財するからダメなのでしょう?…もう」
ノヴァが大量のドレスを買い込んでくることを疑わないローレンスの提案には、閉口してしまったけれども。
はじまりました。4章です(3.5章でもいいような気もしますが…とりあえず4章ということで。汗)。
今回はタイトル統一ではありません。都度で副タイトルをつけていく流れにしていこうかと。
年内はなかなか更新できないかもしれません。もし更新を楽しみにしてくださっている方がいたら、申し訳ないです。




