【番外編】家令たちの沈黙(前)
『ホテル・サフィレット』に存在する地下空間の無機質な訓練場。
深夜。そこに集う、統率のとれたホテルマンたちの立ち姿は乱れることを知らない。
ホテル支配人にして、諜報機関サイファーの長であるヴィクターを前に、フランツはルベウスの墓所での一件を報告した。
アウロラが無事、魔法銃カルブンクルスを蘇らせた旨を伝えると、老練なる男の眼差しは厳しさを湛える。
「…そうか、姫様は彼の魔法銃を手になされたか…」
ウィスタリアから先んじて知らせを受けてはいたが、ゼノとの戦いがいよいよ現実味を帯びてくる。
ゼノと戦った初代サフィルスから数えて3代目のサフィルス・コランダムの時代に、このホテル・サフィレットは創業を開始した。表向きはホテルだが、その実態は諜報機関の隠れ蓑というスタイルは当時から変わらず、今でもルベウスの尖兵であり続けている。
「姫様のお力がいかに強大とはいえ……戦いは熾烈を極めるであろう。我らサイファーもより一層、気を引き締めて事態にかからねばなるまい」
「支配人、もうひとつご報告が」
「うむ、何か」
フランツは顔色を変えず……いや、見慣れた者にはわかる程度にまんざらでもない表情で伝える。
「私フランツ、この度お嬢様より『便利』というお言葉を賜りました」
これはもちろん、墓所で何気なくアウロラがもらした言葉。
するとその瞬間、場にどよめきが走る。
「…なん…だと…?」
「姫様に…便利と言われた、だと…」
「たまたま御曹司の家令に選ばれただけのくせに…生意気な…」
「もともとの優位性を遺憾なく発揮したな、あいつ…」
「…くそ…フランツめ…うまくやったな…」
敵に追い詰められてもこれほど動揺を与えられはしない男たちの思いはひとつ。
俺たちだって姫様に『便利』だと言われたい…!!!(声を大にして)
……であった。
再び明夷の門が開くこと、ゼノの侵攻が迫っていること…それらの情報には平然としていた彼らの浮ついたざわめきにヴィクターの血圧が上がる。
「…ほう。そうかそうか、貴様らそれほどまでに姫様に認められたいか。ならばよろしい、次回の全体夜間演習は私自らが指揮をとり、貴様らを鍛え直してやろう。男は実力を示してこそだ。姫様の手足としてしっかり働かせてやるぞ。楽しみにしておけ」
「………っ」
かつていくつもの陰謀を闇に葬り、たったひとりで国家すら転覆させた経験を持つヴィクターの気迫に男たちは息を飲む。近年では現場に出ることもなくなったが、ヴィクターが指揮する演習…とくに夜間のそれは想像を絶する死地が待っている。
おぞましい想像が男たちの脳内を駆け巡る中、ひとりだけ他人事のように冷めた眼差しでいる青年がいた。
彼は直系一族の出で、容姿に優れ、立ち居振る舞いも洗練され能力は高く、ホテルマンとしても諜報員としてもそつなく熟す器用者なのだが、サイファーの中で浮いた存在だった。
先ほどのフランツの同僚への挑発的な発言にも動じず、くだらないとあくびをかみ殺しているだけ。
サフィルスは無条件でルベウスへの親愛や忠誠心を胸に抱いているものだが彼は違っていた。
血筋もよく魔術師として優れた才はあれども、サフィルスの特徴的な容姿を得られなかったがために一族から追われ、サイファーに落とされた。
埋もれさせるには惜しい男だ。
ヴィクターは視界の端に捉えて、思うのだ。
どうすればヤツの能力に相応しい『戦場』を用意してやれるのだろうか、と。
魔法学校からアウロラとコンドミニアムに帰宅したノヴァは、呼び出されるまま、その足でホテル支配人室へ向かった。
フランツを連れて部屋へ赴くと、ヴィクターはもちろん、ウィスタリアも彼を待ち構えていたのだった。
「お待たせしましたか」
「いや、ヴィクターと話していたから問題ないよ。ノヴァ、話があるからそこに座ってくれるかい」
「はい」
素直にウィスタリアの向かいのソファに腰掛けると、彼は話し出す。
「近く、魔法学校は長期休暇に入るだろう?その休暇期間を利用して、君は僕と一緒にルベライト公国へ赴くことになっているね」
太古の赤き魔女ルベライトが嫁し、彼女の名を冠する小国だ。国を継ぐのは男子だが、実質的な支配権は魔女の子孫・ルベライト公女が有しているのだという…。
「ルベライトやその道すがら、外国の貴族や富豪からの装飾品や装身具の注文を請けるための旅ですよね」
つまり、旅は遊びではなく仕事。
「うん、君にも僕について外交や外商の経験を積んでほしい頃合いだからね」
頷くウィスタリアはヴィクターとわずかにアイコンタクトをすると口を開いた。
「それでね、君がこれからはアウロラと離れて行動することが増えるのを考慮して、僕の一存で彼女につけることにしたよ」
「?…何をです?」
「家令だ」
唐突な提案に、ノヴァは一寸言葉に詰まる。
「…家令は…フランツがいますよね」
「彼は君の家令だろう?」
それはそうだが、ノヴァはすんなり承諾できない気持ちでいた。
複雑そうな表情を見せる内弟子にウィスタリアはからかう口調で問う。
「…ノヴァ、まさかとは思うけれど…家令といえどもあの子のそばに男を置きたくないなどと…思ってはいないね?」
「…っ…」
図星をさされ、ノヴァは気まずく口を閉ざした。
そう、面白くない。例え主従関係にある家令であっても、男には違いないのだから。
「……まぁまぁ、ウィスタリア様。あまりサイオンをいじめてさしあげますな」
「ああ、すまないヴィクター。ノヴァの反応があまりに素直なものだから」
苦笑いするウィスタリアは改めて口を開く。
「これはもう決定事項だよノヴァ。そして、彼女の家令は君がサイファーの中から決めたまえ」
「…俺が…?マスターやヴィクターではなく?」
ノヴァは戸惑う。
「あの子のフラテルは君だ。僕やヴィクターが選んだ者より、君自身が見極め、選んだ者ならば安心して外商に出ることができるだろうしね」
「………」
安心か、といわれると…どうだろうか。
フランツはもちろん、サイファーは皆礼儀正しく能力があり、信用に足る男たちだ。家令は職務として主人の傍にいるだけ。頭の中では理解しているのだが、感情が割り切れない。自分の器が小さいのかもしれないが。
「サイオン、もし姫様につけた家令があなたの信頼を酷く損ね、主人に粗相をするような犬であるなら、選んだあなたが責任を持ってしつけをなさいませ。犬が分をわきまえるまで如何様にも。あなたはそれが許される立場なのですから」
ヴィクターは暗に暴力的な指導を加えて構わないと告げていた。極論ではなく。
歴戦の猛者にそこまで言われては、ノヴァが折れるしかない。
嘆息交じりに頷いた。
「…アウロラの家令の件、了解しました。サイファーの中から最適な人物を選び出します」
「期限は休暇に入るまで。ああ、もちろんアウロラと相談してもらって構わないよ。あの子の意見が一番大事だからね」
「はい、わかりました」
そうして早々に立ち去ったノヴァの気配が遠のくと、ウィスタリアはヴィクターを見やる。
「…これでよかったのかい?」
「恐れ入ります」
「いいよ、他ならぬ君の頼みだからね」
アレクシアの義弟となった後、ウィスタリアの初期の家令はヴィクターだった。彼に戦い方を教え込んだのもヴィクターだ。
「でも、こればかりは君の思惑通りに進むとは限らないよ」
「その時は致し方ございません」
かつての家令相手にふふ、と意味あり気にウィスタリアは微笑み、ヴィクターは首をひねる。
「どうなさいました」
「いや…存外、ノヴァよりアウロラの方がよく見ているかもしれないよ?彼についてはね」
3章11話後のお話になります。メインとして語られない程度の。前後編展開…のはず。
それにしても、あなたたちどんだけ『便利』認定されたいの(笑)って感じですね。笑




