魔法銃カルブンクルス(11)
来た道を戻り、日没前にカントリーハウスへ帰宅したアウロラの薄汚れた姿に家族や使用人達は驚いたものの、怪我等せず無事であることを確認するとメイドたちが彼女を風呂へと連行する。
報告は後日で構わないというアレクシアの意向により、その晩はゆっくりと体を休めることにした。
湯に浸かり、体や髪についた汚れを落とす。ペンダントや髪飾り、アイテールから預かった指輪も丁寧に清め、すっきりした気持ちでベッドに転がると沈むように眠りに落ちた。
翌朝、ぽふぽふと頬に当たる優しい感触と共に声がする。
『……ラ………ロラ、アウロラ、起きよ、末妹よ!起きぬか!』
「……………」
呼びかけているのはアイテールの声だった。
頬の感触は柔らかい毛並みに変わる。
『はよう起きよ!そなた朝は苦手か?』
半分呆れた様子のアイテールの声音は、耳ではなく頭に直接響いているようだった。
瞼を震わせて薄っすら目を覚ますと、アウロラを覗き込むルビー色の双眸とぶつかった。ただ姿はアイテールではなく、黒猫だったのだが。
「………?……」
『おお、起きたか』
黒猫はパクパクと口を動かして人語を発する。
ぼんやりと黒猫と見つめ合いながら、アウロラは瞼を閉じた。
これはきっと夢の中。屋敷で猫は飼われていないし、ましてや人語を介する猫など…使い魔でもあるまいし。
『いやいや夢ではないぞ末妹よ。我である、アイテールである!』
少々強めに頭突きをされ、アウロラは「…えっ」と声を上げながら勢いよく起き上がった。
枕元に細身の黒猫が踏ん張り立って、彼女を見上げていた。
「…その声は、…お、大お姉様?!」
『そうだ。やっと起きたか、お寝坊め』
分厚いカーテンから漏れる光りは、確かに随分と明るかった。もう早朝、とは呼べない時間帯だろうが、家族も使用人達も気を遣って起こしにこなかったのだろう。
「ど、どどどどど、どうして猫に?!」
昨日の今日である。アウロラはアイテールを呼び出してもいない。しかも、猫になっている。
『そなたが眠りに落ちた後、久々に辺りを妹たちと散策に出てみたのだ。屋敷も随分と変わったとか、我の結界もまだ生きておるなぁなどと話しておったのだが、妹のひとりに、霊魂でウロついておっては見える者に悪霊と勘違いされるのではないかと意見されてなぁ……そこでたまたま結界の外で息絶えそうな黒猫を見つけな。黒猫と魔女は相性がよいので、契約して魂を輪廻に乗せてやり、この猫の体を貰い受け、擬態することにした。とはいえ、常人に我は見えぬし声も聞こえぬ故安心せよ』
知らぬ間に歩き回っていた上に、瀕死の猫と契約して体を譲り受け擬態し、こうしてアウロラの前に現れたアイテールの説明は寝起きの頭では半分しか入ってこなかったが、手を伸ばして体に触れると確かな感触があった。
「…猫ちゃんの感触です」
『それはそうであろうな、我輩は猫であるのだから』
「……名前は、まだない?」
『?そなた何を言っておるのだ』
不思議そうに首をかしげるアイテールにアウロラは微苦笑する。
『我に触れらるのは、魔女や魔術師だけだ。そやつらにはもちろん姿も見える故、まあそなたは適当に隠り世から来た使い魔だとでも説明しておくがよい。人の姿よりこちらの方がそなたへの魔力依存も減るし、我の姿を晒さず会話もできる。悪くないアイデアであろう』
ふふんと得意げに黒猫は鼻を鳴らす。…かわいい。
ひょいと抱え上げて膝に乗せる。
「……えっと…家族にはアイテール様だと説明してもいいのでしょうか?」
『ルベウスだけにせよ。役目を終えた我は現世に留まっているべきではない者だからな。我も普段は猫なで声を出して誤魔化すとしよう』
「わかりました」
アウロラが頷くと、頃合いを見計らったメイドたちが部屋へとやってくる。
支度を手伝ってもらう間、黒猫は部屋を自由に歩き回っていたが、先にアイテールが述べた通り、メイドたちの瞳がその姿を捉えることはなかった。
遅めの朝食を摂るため、黒猫を連れてダイニングへ向かう途中、ノヴァと鉢合わせた。アウロラを待ってくれていたようだ。
「……ゆっくり休めたか?」
「ええ、昨日は同行してくれてありがとう。ノヴァも疲れたでしょう?」
「疲れるほど俺は何もしてないよ。……それより…」
彼の視線はアウロラの足元へ落とされる。
ノヴァは躊躇いがちに、黒猫と見つめ合う。
「…この猫、どうしたんだ?」
当然の疑問である。昨日までは存在しなかった猫が、唐突にアウロラの足元に侍ているのだから困惑するのも無理はない。
「…あ、えっとね、ルベウスのお墓に行ったことで、…ちょっと隠り世と繋がってしまったみたいで、黒猫ちゃんを連れ帰ってきてしまったみたいなの。魔力のない人に、この子は見えないわ」
「……は?隠り世から?…それ、大丈夫なのか。こいつに害は……いや、ないか」
結界に弾かれず、存在することが許されているのであれば、ルベウスへの害はないものとみなされている証拠だ。
「…やっぱり、ノヴァには見えるのね」
「…しっかり見えてるよ。…ルシファーとは根本が違うな。こいつはまるで実体だ。…それで、このまま飼うつもりなのか?」
「え、ええ…、だってかわいそうでしょ?せっかくわたしに憑いて来てくれたのに」
隠り世の存在に憐憫や愛着を持つべきではないのだが、黒猫からは邪悪な気配を感じない。また、この黒猫は何故だかアウロラに近しいものを感じ、彼女から引き剥がすことは難しそうだと思った。
「…危険を感じたらちゃんと隠り世に還すんだぞ?」
「ええ。でも心配いらないわ」
ふふと微笑むアウロラにつられて、ノヴァも笑みを浮かべる。
「猫に名前はあるのか?」
「…えっと、あるにはあるのだけど……」
アイテールという名が。しかしその正体がよもや二代目ルベウス・コランダムとは告げられず、困りながら教えた。
「大お姉様よ」
「え?…なんて?」
「だから、大お姉様!」
「………なんだそれ」
名前じゃないだろう、それは。
「えっと、つまり、年季の入った黒猫ってことか?」
「そうなの、わたしよりずっとずっと年上なのよ、こう見えても」
「……まあ、隠り世の存在ならな…」
それにしたって、もう少し違う呼び方でもよかったのではないだろうか。
「…まあ、よろしくな、姉上」
ノヴァは屈んで黒猫の頭を撫でる。アイテールはおとなしくそれを受け入れ、にゃぁと猫らしい返事をした。
立ち上がってアウロラを見ると、何やら不服そうにしている。…どうしたというのか。
「ずるいわ、ノヴァ」
「…?何が」
「わたしには、『姉上』なんて一度も言ってくれたことないのにっ」
「…え、いや…アウロラは…同い年だろ」
「立場上は姉だわ!」
「そうだけど…拗ねるなよ。…ほら、腹が減っただろ、付き合うから何か食べろよ」
「拗ねてません、正当な主張をしているだけですっ。…って、ノヴァ、聞いてるの?!ノヴァったら!」
「はいはい、ごめんごめん」
あやすようにあしらい、ノヴァはアウロラの手を引いて歩き出す。
まだポンポンと文句を言っているアウロラの足元に沿いながら、黒猫はふたりの微笑ましいやりとりを見つめていた。
※
その後、改めて家族に墓所や墓所内の仕掛け、そして魔法銃カルブンクルスの動力(核)であるドラゴンスフィアを手に入れたことを報告した。ウィスタリアとノヴァは墓所内の仕掛けについて、なんとも言えない複雑な表情を浮かべていたのだが(彼らの先祖の仕事なので)。
それから、歴代のルベウスの魔女たちの霊魂をアウロラが持ち帰った指輪に抱え込んでいることには触れていないが、黒猫についてはノヴァに知らせたように説明を加えた。
皆が見守る中、格納していたドラゴンスフィアを取り出す。ドラゴンスフィアは竜の血そのもの。
儀式のように鼓動するブラッドストーンに抜け殻のカルブンクルスを寄せると引かれ合うように重なり、それらはひとつとなって、息を吹き返す。約400年ぶりに蘇った魔法銃がアウロラの手におさまった。
魔法銃に飾られた宝石たちも力を得たようにキラキラと輝く。
「お母様、試し撃ちをしてみたいのですが」
「うむ、よかろう。…とはいえ、尋常ではない力を宿す銃……裏山ひとつ吹き飛ぶことにならなければよいがな…」
珍しくアレクシアはゆゆしい表情を浮かべた。
魔法の鍛錬場へ向かい、とくに的を定めず構えてトリガーを引いた。
アウロラの魔力を糧として、魔弾は飛び出したが想像とは異なり、木を一本貫通した程度で、裏山が破壊されるような威力はなく、ある意味安堵したものの…家族全員の視線が不安げにアウロラに集中する。
伝説の魔女が使用した魔法銃としては、確かに心もとない結果だ。
「…この子…目、目が覚めたばかりで…本調子じゃないのかも…」
などと根拠のない言い訳をし、自室に戻ったアウロラは彼女のベッドでくつろいでいた黒猫に駆け寄る。
「お、大お姉様、大変です!カルブンクルスの威力が…威力が全然ありません!」
青ざめながら救いを求めるように報告すると、彼女はあくびをした。
『そうであろうな』
「えっ?!」
『無闇矢鱈に使える代物ではないのだ。使い手が確固たる意志を持って使用せねば、力は発揮されぬ。平時はただの華美な銃だ。……と昔叔父に聞いたぞ』
「ええ…?…ああ、でも、無闇矢鱈に使えないというのは、少し…安心です」
暴走の心配はなさそうだ。
『敵を前にした時はそなたの意志通りに魔弾が撃ち込めるはず。…それから、もうひとつ』
「?」
『想像せよ、と』
「想像、ですか?」
『魔術の基本は想像を創造することにある。そなたも教えられているであろう?』
「はい…」
『その銃は、竜の頤と血によって創造されたドラゴンブレスを放つ銃。異質な物質なのだ。この世界の理から外れ、別の理を纏わせることができる。……と、叔父は言っていたな。末妹よ、そなたであれば可能であろう』
黒猫はじっとアウロラを見つめた。
『そなたは、別の理を持つ異界の来訪者なのであるから』
「……っ…!」
はっとする。
アイテールは初めからアリザの魂とは別人がこの体に宿っていることは知っていたようだが、その魂の在り処がどこから訪れたものかまでは把握していないものと思っていた。
「…わ…わたしは…」
『よいのだ。母も叔父も、そして我もそれについては知っていた。いや、我はあらかじめ知らされていた。母が姿を消したのも、そなたを探すため』
「…わたしを…?」
どういうことだろうか。
『…それはともかく、魔法銃の本領は持ち主によって変化する。アリザは多くを知らぬゆえに、魔法銃は姿を変えなかったが…そなたは別の創造が可能であろう。やってみるがよい』
「別の、創造…?」
魔法銃を取り出し、困惑する。
銃が姿を変える…つまり、持ち主の意向によって変化するということなのだろうが…。
現在の魔法銃は短銃。フリントロック式のような、古めかしい姿をしている。
これはこれで…とても強そうではあるのだけれど…、短銃より強い姿となると…。
「…まさか、散弾銃になったりはしないわよね」
半笑いで呟くと、魔法銃はぱぁっと光を放ち、姿を変化させた。…そう、華美なショットガンに。
「……え、ええ…?!」
『ほう、猟銃か。強そうである』
興味を覚えたのか、アイテールは起き上がってぴんと尾っぽを震わせた。
『次だ、次を見せよ!』
「つ、次?」
催促されてアウロラは戸惑いつつも、「…じゃあ、アサルトライフル、とか…」と呟けば、魔法銃は瞬く間に自動小銃型へ変わる。
『そなたの世界には左様なものがあるのか…』
「……こ、こんなことって…」
あっていいの?
ここまで来たら、可能性全てを試すしかない。
スナイパーライフル、さらには大口径の対物狙撃銃に機関銃…最後に、対戦車兵器のRPGにまで対応した時には、震え上がり、同時に酷く高揚して肩に担ぎ、構える。
「……す、すごい…撃ってみたい…」
強力な火力兵器の魅力に惑わされ、心がざわつく。
どのような物質変化が起こっているのかまったく理解が追いつかないが、『わたし』の世界に存在している兵器を魔法銃は質量を超えてたやすく実現させてしまう。
『…なるほど、そなたの世界には、我らの知らぬおぞましき兵器がいくつもあるようだな』
しみじみと呟くアイテールの言葉に、アウロラははたと正気にかえり、興奮が冷めて通常の魔法銃に姿を戻すと、ベッドに腰掛けて頭を抱えた。
『どうした、末妹よ』
「……です…」
『うん?』
「…これは使ったらダメなものです、大お姉様。リスクが高すぎます…」
この世界は根底に魔法の概念があるためか、物理兵器…特に銃器の進化は緩やかで、精々が初期のボルト・アクション式のような小火器にとどまっている。『わたし』の世界の銃火器(や重火器)とは残念ながら威力が比較にならない。単純な攻撃力として、火力や連射力、そして貫徹力も段違いなのだから。
創造できるからといって、この世界に存在しない(パワーバランスを著しく崩壊させる)兵器を持ち込むべきではないし、使用する場面を住人に見られてもいけない。未知なる兵器を手にするアウロラは悪しき魔女の烙印を押され、立場を悪くすることが目に見えている。
変化させるにしても散弾銃程度にしておかなければ。
自動小銃や大口径対物狙撃銃やロケットランチャーなどを使うとしたら、真にゼノとの戦いだけだ。
できればそんなものを使用しないでおきたいのだけれども。
いやいや。まずそれより何より問題は、たとえアウロラがアンチヒロインだからといって。
「…どこの世界に狙撃銃やロケットランチャーをぶっ放す魔女っ子がいるのよ〜〜!」
叫びは部屋にこだまする。
ここにいる、と言われたらそれまでだが…乙女ゲームの理想からかけ離れ、可愛くなさすぎである。
『反抗的な為政者共を脅す場合や、邪竜ニグルムあたりにぶち込んでやればよいのではないか?見られなければよいのだ、見られなければ』
さすがはルベウスの魔女のひとり。大雑把が過ぎる。
かつて様々な都を焼き払った経験を持ち、その後のルベウスの魔女の印象を決定づけたアイテールの助言はまったく役立ちそうになかった。
一難去ってまた一難。
最強兵器・魔法銃カルブンクルスを手に入れたアウロラだったが、アンチヒロインとしての苦悩はまだまだ続く。
3章/了
更新が遅れておりました(さぼってたわけじゃないです。笑)。全体的に短めですがこれにて3章終了です。もちろん、物語はまだまだ続きます(次は番外編小話をアップしたい気持ちでいます)。
アリザ様より大お姉様ことアイテール様の方が苛烈です。ルベウス恐怖神話は彼女が作り出し、記憶と歴史に植えつけました。
アイテール様の時代は大戦後で情勢が不安だったこと、また魔導石絡みで各国が戦を起こしかけていたこともあり、力による制圧がやむを得ない事情もありました。
今後、黒猫大お姉様は頼りになる(?)はずです。
4章は、ちょっと話が逸れます。とはいえまずは、番外小話をアップしなければ…!という感じですね。
更新スピードは年明けまでかなり落ち込むとは思いますが、これからも当創作をよろしくお願いいたします(人‘▽‘☆) ルン♪




