魔法銃カルブンクルス(10)
隠し扉の奥は短い距離の上り階段になっていた。しかしすぐに壁となって道は遮られてしまう。
壁にはルベウスの紋章が彫り込まれている以外、扉の類は作られていなかった。
足を踏み鳴らして構造を確かめると、この先には間違いなく部屋があり、そこで部屋は途切れている。
「…墓所の最深部はこの先で間違いなさそう。…また壁を壊さないといけない作りなのかしら…」
できればあまり破壊行為には及びたくないのだけれど。
思案するように紋章の刻まれた壁に触れてみる。するとそこに手触りはなく、腕は壁であるはずの場所を突き抜け、バランスを崩しながら体ごとすり抜けた。
「う、うわ…!」
つまずきかけてつんのめる。
勢いのまま内部に侵入した途端、部屋の気配の変化に気づく。この部屋だけ強い結界が何重にも張られていた。ルベウスの屋敷を取り囲むあの結界と同じ匂いだ。
顔をあげて部屋の中を見渡すと、歴代のルベウスの魔女の棺と思しき石棺がずらりと並んでいた。石棺は向かい合うようにして配置され、部屋の上座へ向かうための動線の役割も果たしている。一段高い位置にある上座には石造りの玉座があり、そこには髪の長い何者かが鎮座していた。玉座の奥には大きな炬火台が置かれ、激しく炎が燃えがっている。
その鮮やかな色彩の炎は、強力な魔力に満ち溢れ、アウロラがこの世界に来てから今まで感じたことがない圧倒的な力を宿していた。だが不思議と脅威には感じない。
「……墓所のギミックは、あの炎をリソースにしているんじゃないかしら」
死した主人たちを守るがごとく、尽きることのない魔力があの炬火台で燃え続けているのであれば、ありえない話ではないと思った。
石棺を横目に静かに歩を進め、玉座に近づく。
「…あの…」
一応声をかけてみるが、動く気配はない。
うつむき加減に腰掛けている何者かを恐る恐る覗き込むと、毛髪こそしっかり残っているものの、目や鼻は落ち窪み、肌は乾燥して土色だ。腐敗せず原形を残した遺体…女のミイラだった。
歴史を感じさせる古のドレスは色あせ、くたびれてしまってはいるものの、しっかり形をとどめている。
「…は、はじめてミイラを見たけど…この人は…ルベウスの魔女…なのよね…」
石棺におさめられることなく、玉座に君臨する彼女がこの墓の主人か、守護者かはわからないが…。
玉座の裏の炬火台に視線を移した時、玉座のミイラがぱらぱらと乾燥した皮膚を剥離させながら、ゆっくりと顔をあげた。
落ち窪んでいるはずの目はルビー色の光を宿し、その双眸はアウロラを捉える。
「………っ…?!」
驚いて後ずさるアウロラの前で、ミイラの女はぎこちなく立ち上がる。…ありえない。
アウロラは愕然とする。
『……封印を暴き、ルベウスの間に訪れし生者、アリザの現し身よ!……歓迎しよう……!』
静寂を破る不気味な声が響くと、それを合図に全ての石棺の重い蓋石が超常的な力によって吹き飛ぶ。
そして地の底から蘇るように、朽ちた女たちが石棺からぞろぞろと這い出てくるのだ。
「……ひっ…」
その光景に小さく悲鳴をあげ、身を固くする。
足を引きずりながらゆらゆらと歩く者、地を這う者…一部白骨化した顎をけたたましく鳴らす者……かつてルベウスの魔女であったものたちが混沌のオーラを纏わせアウロラへ近づいてくる。
前門の虎、後門の狼。
これはもうミイラではなく、アンデッドというものではないだろうか?
アンデッドはミイラとは別。完全に別物。
ダークホラーファンタジー、ここに極まれり。
怖い、怖い怖い怖い怖い怖い………幽霊より怖い…!……ああ、もう………無理。
ぷつりとアウロラの中で何かが弾けた。
恐怖心が理性を上回ったのだ。
「…………燃やす……」
全部、燃やす。
言葉に意志を乗せた。
「…出でよ、火炎トルネード…!」
構えることもなく、アウロラの周囲にいくつもの魔法陣が現れ、炎の柱を生み出し渦巻き始める。最大級の火炎トルネードでかつての偉大な魔女たちを駆逐しようと瞳を鮮やかに燃え上がらせた刹那。
「………待て」
玉座の女が制止し、そして。
「待て待て待て待て待て!静まれ!そんなことしたら大惨事だぞ、石室を爆破するつもりか!我らの肉体まで木っ端微塵になるではないか!」
玉座の女の肉体はその場に倒れこむと、霊魂が飛び出してくる。
干からびたミイラとは異なり、生前の姿の若い魔女がアウロラの前に立つ。
「……ええい、お前たちもさっさと萎びた体を捨てて姿を見せぬか!こやつ、怯えきっておるぞ!」
霊魂はミイラの大群に慌てて声をかけると、彼らはぴたりと動きをとめて、朽ちかけている肉体をその場に残し、霊魂が姿を見せる。
「…張り切って練習してきのですからもう少しねばってもよかったのではありませんか、お姉様」
とある霊魂が不満を口にする。
「やむを得ぬではないか、まさかこれほど怯えられるとは思わなかったのだ。木っ端するぞ、木っ端」
「今更です。乾燥した肉体が爆散しても構いませんよ、わたくしは」
「そうですよ…時間がたちすぎて足がもげて歩けなくなってますしわたくしたち…」
地を這っていたミイラから出てきた霊魂が冷静に告げる。
「…………」
なに、これ。
肉体を捨て置き、やれやれと姿を見せる霊魂たちは玉座の女の霊魂の元へと集まってくる。
無造作に転がるミイラと生前の姿を留める霊魂の女たちの温度差にアウロラは呆気にとられ、意気消沈とばかりに火炎トルネードは勢いを失い消えた。
霊魂たちが纏っている衣装の時代は様々だが女たちは不変的な顔立ちと髪型を有しており、ルベウスと疑う余地のない容姿をしている。
戸惑いながら彼女らを見渡すと、敵意は一切感じなかった。冷静に考えれば当然か、同族なのだから。
玉座にいた霊魂の女はアウロラへ振り返る。
その顔立ちや雰囲気は、特にアリザを思わせる。
「……アリザ様…」
「そうか。そなたはアリザを知る者か…」
女は苦笑いを浮かべ、続けた。
「アリザリンは我が母なり。我が名はアイテール、2代目ルベウス・コランダムである」
彼女、アイテールは名乗りを上げ笑った。
「…に、2代目様?」
つまり、アリザの娘ということになる。
「そうだ。生者に見えるのはどれほどぶりか…。そなた、名は何という」
「あ…はい、アウロラと申します、アイテール様」
「うむ…アウロラか…」
アイテールはじっとアウロラを見つめ、真顔で言う。
「そなたはルベウス。我が子孫にして末妹である。……ゆえに、これより我のことは『大お姉様』と呼びしこと」
アウロラは一瞬沈黙した後頷く。
「…あ、はい。大お姉様」
この状況は一体…。
霊魂、すなわち幽霊となっている先祖と会話をしているだけでも不思議で戸惑う。馴染んでいる自分もどうかと思うが。
「ここにおるものは、みなルベウスの魔女、そなたの姉たちである。我らはここで来たるべき日を待ち、封印されし宝を守り続けていた」
「……ここで、ずっと…」
「そうだ。この石室だけ結界が張られておるであろう?ここはルベウス以外の生者は通ることが叶わず、また我らの霊魂もここに縛られ昇華することも叶わぬ場所。この墓所を作ったのは我が叔父であるが、少々遊び心を出しすぎて妙な構造になってしまったがな」
「アイテ…じゃなくて、大お姉様の叔父様ということは……じゃ、じゃあこの墓所のおかしな仕掛けは全部初代サフィルスが?」
「そうだ。ちなみにそなたは血族故、最短ルートが用意されたが、盗掘者や墓を暴き名をあげようとやってきたもの、また武器を持ち込んだ者はさらなる試練の部屋が用意されておったぞ」
「…………」
そうだったのか。あれで最短だったとは…。
はた迷惑な気もするが…遊び心でこんな墓所を作り出した初代サフィルスは常識にとらわれない性質だったのだろうか。ただ、土塊の竜を作り出したのが初代サフィルスであるならば説得力があった。魔力、技量はもちろん、竜の生態や性質を彼ならば熟知していたはずなので。
「壁画のお部屋で竜の傀儡と戦いました。あれも初代サフィルスが?」
確かめるために尋ねると、アイテールは頷く。
「そうだ。あれは叔父がくすねた魔導石の屑を混ぜて実験的に作ったのだが…まあ、所詮は似而。本物には遠く及ばぬな」
「な、なるほど…」
丸腰のアウロラが倒せたのだから、まったくその通りだと言えた。
「本来、墓所自体ルベウス以外は立ち入れぬのだが……叔父は我らが暇を持て余すことを見越しておったのか、時折やってくる盗掘者を招き入れる程度には我らを拘束する結界を緩めてはいたものの、どの人間共も骨がなくてな…最初の試練で皆脱落しておったわ…」
情けない…とアイテールは息をつく。
「…あ、あの、あの大きな蜘蛛たちは…」
「ああ、あやつらは叔父が遊びで巨大化させたものだ。魔力で腹が減らぬので、見てくれはあれだが温厚になってしまってなぁ…もはや我らの愛玩動物状態よ。ルベウスたるそなたに近寄ってきたのは構って欲しかったのであろうな」
「………。すみません…わたし、燃やしかけました」
「よいよい、たまには刺激を与えてやらねばな」
アイテールは不敵に笑う。
何とも言えない気持ちになりつつも、アウロラを囲むルベウスの魔女たちの霊魂に改めて自己紹介をする。
「…はじまして、お姉様方。わたくしはアウロラ・ルベウス・コランダムでございます。この度、ゼノとの戦いに備えるため、魔法銃カルブンクルスの動力である核をいただきに参じた次第でございます。お姉様たちの世界…墓所をお騒がせして申し訳ございません」
淑女の礼を尽くす。と、彼女らは何故かどよめく。
「あ、愛らしい…!」
「可憐、だと?!」
「……なんて礼儀正しい妹なのだ」
「尊大な小娘がやってくるとばかり思ってたのに。本当に我らの子孫か?」
「貴族令嬢でも通用するではないか…」
霊魂たちから奇異な目で見られ、アウロラの方が心外な気持ちになった。そして、ルベウスの魔女たちは想像してた以上に威厳が薄く、親しみに満ちていた。
異様な墓所内部構造と防衛装置、ミイラと襲い来るアンデッド化した魔女たち。
一寸前までのダークホラーファンタジーはどこへ行ってしまったのか…。
なぜだか落胆しているわたしがいるわ…。
「我らに威厳がないと思っておるな?失敬ぞ、末妹よ。現役時代はそれなりに人間どもを震え上がらせておったのだ。魔導石の取引や利用条約を破った国の都の一つや二つ、三つや四つ……まあ奴らが戦を仕掛けてきたからだが…そこそこぶっ壊したこともあったのだぞ。だが…ここに同族が雁首そろえて閉じこもっておれば損なわれるものもあるのだ」
そういうものだろうか。
「は、はぁ…。でもちょっと安心しました。もっと怖いところだと思っていたので」
半分戸惑いながら感想を告げると、アイテールは腕を組む。
「我らのミイラごときに怯えておったからなぁ…しかし、何度も練習した甲斐があったというもの」
「…練習…?」
一体何の。
「暇すぎてなぁ、いずれ訪れし生者の妹をもてなすための予行演習をだな…。先ほどのアレだ」
「……やりすぎて手足がもげた姉妹も珍しくはありません、お姉様」
「蓋石を元に戻すのも大変なのですからね、お姉様」
「う、うむ……だが迫力は出たのではないか。なぁ、アウロラよ」
「そ、そうですね。つい、お姉様方を燃やしかけるくらいには、すごく怖かったです…」
「ほれ。ほれほれ、成功したぞ姉妹たちよ!」
…と和やかな笑いが漏れる。
楽しげなアイテールの横顔を見つめていると、彼女はこちらを向く。
「我はそれほど母に似ておるか。我は母を知らぬが」
「え?」
「我が赤子の時、母は姿を消した。以降、我は母と二度と見えることはなかった。それからは叔父にアリザのように育てられたが、果たして我がアリザのようになったかまではわからぬのだ。比較できぬからな」
アリザのように、とはアイテールの個性を無視する初代サフィルスの養育に疑問を感じながらも、アウロラは素直に印象を語る。
「……アリザ様は、とても鋭利な印象だったのですが、アイテール大お姉様は……愉快です」
この答えが正しいかはわからなかった。が、アイテールは破顔する。
「そうか、母とは違い我は『愉快』か。叔父の影響かもしれぬが……ふふ、なればそれが我の個性。この中で断片的にでもアリザを知るものはそなたのみ。そなたがそのように感じるのであれば、我は『愉快』なのであろう。…長くこの世にとどまり続けてはじめて知る我のこともあるのだな。嬉しみを感じる」
できれば、何事においてもアリザの身代わりであった生前に知っておきたかった。
「…さて、末妹アウロラよ。そなたの望むカルブンクルスの核は、炬火台にある。長くこの墓所を守る防衛装置への魔力供給にあてられていたが、今日でそれも終わる。さぁ、アウロラよ。炬火台の中から我が母の形見…カルブンクルスの核、『ドラゴンスフィア』を取り出すがよい」
「ドラゴンスフィア…」
それが動力の名。
促され、アウロラは息を飲んで頷いた。
緊張しながら一歩を踏み出し、炬火台の前まで進むと燃え盛る魔力の炎を覗き込む。
そこには、手のひら大の真っ赤な石が浮き上がっていた。
魔力の圧力は尋常でなく、通常の魔術師がこの中に手を入れれば己の魔術回路が破壊され一瞬で死に至るほど濃密だが、彼女がルベウスであるからか、アウロラは脅威を感じなかった。
アウロラは炬火台へと腕を差し入れ、炬火台の中で浮かぶ赤い石、ドラゴンスフィアを掴む。すると吹き出していた炎はドラゴンスフィアの中へと逆流し、静かにアウロラの手の中におさまった。
炬火台の火は落ちる。
「……取れた。…これが…魔法銃カルブンクルスの核」
無事取り出すことができたことを安堵し呟くと、アウロラの魔術回路でもある心臓が大きく跳ね上がった。
「…うっ…?!」
不意のことに驚きながら、胸を押さえて屈み込む。
手の中のドラゴンスフィアはアウロラの心臓と同調するように鼓動し始め、ドクリドクリと脈打った。
「……こ、これは…」
「ドラゴンスフィアは竜の純粋な血液のみを凝固した血石。もっとも濃い魔力を宿す、異界の物質。そなたの中に在る竜が長く離れていた己が血の存在を確かめておるのだ」
「……竜が…」
アウロラは立ち上がると同時、ドラゴンスフィアは彼女の中に格納された。鼓動を抑えるように胸に手を添え、アイテールや他のルベウスの魔女たちの霊魂の元へ戻る。
「アウロラ、我らが竜の名は『イグニス』という。だがこの名は竜の真名ではない。あくまでも便宜上の名だ。イグニスは竜の骨の杖、ドラゴンブレスを吐くカルブンクルス、血石のドラゴンスフィア、そして竜の心臓を持って再びこの世に顕現することが叶う。来るべきゼノとの戦いに、イグニスの存在は欠かせぬぞ」
「……ブラッドストーンは手にいれましたが、大お姉様、竜の骨の杖がありません、竜の心臓も…」
困惑しながら告げると、「何を言うか」と彼女は微笑んだ。彼女はどこからともなく、杖を取り出す。それは、アウロラの魔法の杖、エディスだった。
「そ、それは…!」
「そなたは気づいておらぬようだが、こやつはイグニスの骨であるぞ」
「えっ?!」
寝耳に水。思わぬことに声を上げてしまう。
「そ、それは屋敷に転がっていたマグナスの枝……かもしれない何かなのでは?!」
「………マグナスの枝ぁ…?…妹たちよ、そんなご大層なものいつ手に入れたのだ?」
怪訝に周囲の妹たちに問いかけると、その中のひとりが手をあげる。
「お姉様、アリザリン様と初代サフィルスが放浪中に各地で拾い集めてきた何かの枝のことでは?魔法道具の部屋に無造作に転がっていましたが…イグニスの骨も混じっていたのですねぇ、気づきませんでした」
「何?…母と叔父が持ち帰ってきた出所不明の枝のことか?あれらはマグナスの枝などではあるまい…。イグニスの骨も適当に扱いすぎていつしか一緒くたになったわけだな…」
半分呆れ目になりながら、仕切り直す。
「…枝と同じように干からびて区別がつかなかったのだろうが、これは間違いなく竜の骨である。……しかし、珍妙な形をした杖であるな」
「す、すみません。わたしはもっと可愛くなるものだと思ってお願いしたんですが…」
「杖に愛らしさを求めたと?…面白いことを言う。…だが、これほど珍妙になっておっても力はみなぎっておる。安心せよ」
「は、はい…」
珍妙と連呼され、なんだかとても恥ずかしい。
「竜の心臓はそなたと共にある。我らは竜の心臓を次の世代に繋げる役割を負っていた。『竜抱く乙女』は常にひとりである。竜は間も無く目覚めを迎えることだろう。召喚すべき時が来たら、そなたの内側からイグニスの真名が溢れ出る…だが気をつけよ、竜と心臓を共有している間、そなたの魔力は無尽蔵だが、一度竜を外に解き放てば、そなたは『尋常でなく強い魔女』から、『かなり強い魔女』に降格する。調子にのって魔力を使いすぎぬようにな」
「は…はい…」
「よし、では…杖を返そう」
杖と共に、祭壇に置き去りにしてきたペンダントや髪飾りも返された。
ほっとしながらペンダントを身につけると、姉妹のひとりが尋ねる。
「妹よ、そのサファイアのペンダント…そなたのサフィルスが作りしアルス・マグナか?」
「は、はい。アイギスと言います」
「アイギス…なるほど。……お姉様」
ちらりと彼女はアイテールへ視線を流す。彼女は小さく頷く。
「………。そのペンダント、よき仕事である。とてもよき仕事だ。まるでかつての叔父のそれを見ているような…。…大事に致せ。それは、そなたのサフィルスの心…命そのもの」
彼女たちは神妙な顔をして頷く。
「?…は、はい。とても大事にしています。彼がわたしのために作ってくれたお守りで…」
「…護符か…まあ、そうであろうが……うむ…だが、今我らが口出すことでもないか…」
歯切れ悪くアイテールは独り言ちた。
「?」
首をかしげるアウロラにそれ以上述べることなくアイテールは顔を上げる。
「さて、姉妹たちよ…ドラゴンスフィアが無事末妹に渡った今、我らは役目を終えた。この結界も崩れ、墓所も魔力を失い風化が始まる。そして、我らの魂は解放される。あとは各々好きにするがよい」
魔女たちは黙り込むが、中のひとりが挙手する。
「お姉様」
「なんだ」
「この際です。付き合ってみてはどうでしょうか、我らが末妹の戦いに。我らは霊魂といえども魔力宿りし魂動。役立つこともあるのではありませぬか」
「……うむ……実はな、我もそれを考えていたところなのだ」
「お姉様たち…?!」
「この娘……どうも頼りない。まるで魔力に目覚めたばかりの赤子のようだ。導く者は多い方がよいのではないかと思った」
「そ、それは…」
目覚めたばかりの赤子。その表現は正しかった。ようやくまともに魔法が扱えるようになって間もないアウロラは口ごもる。
「大お姉様は単に外界で大暴れしたいだけなのでは?」
的確な指摘が年若い妹から入ると彼女は開き直りながら微笑む。
「まあそうとも言う」
霊魂たちの話し合いはひとつの方向にまとまる。長い者は何百年もこの中にいたのだから、今更あと何年か霊魂のままこの世に留まっていてもさして問題なかろうという、まったくもってルベウルらしい大雑把な判断だった。
「…というわけだアウロラよ。そなたの意見を聞こう」
「え、あの…」
彼女たちの意志が統一されてしまった後でアウロラに尋ねられても…断れないではないか。
「案ずるな。そなたの精神に干渉はせぬし、肉体を使ったりもせぬ。…まあそんなことをしようとしてもそなたの中の竜に追い出されるのが目に見えておるしな。必要な時に我らは現れるだけのこと」
「えっと……はい、じゃあ…よろしくお願いしますお姉様たち」
ほとんどなし崩し的に決まる。
だが経験豊かな彼女たちが味方してくれるのならば、これほど心強いことはない。
「そうと決まれば…アウロラよ、我が肉体の指から指輪を剥ぎ取れ」
「は?…剥ぎ取る?」
「そうだ。早く取れ」
急かされ、アウロラは仕方がなく玉座前で倒れこんでいるアイテールのミイラの指を確認する。朽ち果てそうな指には金台で大きめのカボションカットのルビーの指輪がはめられていた。
慎重に摘んで指から抜き取ろうとするのだが…角度が悪く関節で引っかかる。
「お、大お姉様…指が千切れそうです」
「構わぬ、千切れ」
「で、でも」
「気にするな。もう肉体は死しておるのだ」
「う……は、はいっ」
ぶちっと千切れる嫌な感覚を感じながら、指輪を取り上げる。後味悪く古びた指輪を持つアウロラに告げる。
「それは叔父が母のために作ったもので我が受け継いだ指輪」
ルビーを囲うようにしてアリザリンとアイテールの名前が台座に刻まれている。
「叔父の作り出した装身具であれば、そなたの魔力を用いて我らを宿すことも容易かろう。我ら姉妹の力が必要だと感じたら……うむ…そうだな…『おいでなさいませ、お姉様方』と唱えるがいい。我ら総出で助けとなろう」
「……それが召喚の呪文ですか?」
「そうだ。簡単でよいであろう」
「そ、そうですね…」
「それから我に用があらば、名を呼べ」
「はい」
もう…もう何も言うまい。
「では、入り口まで送ってやろう。ゆくぞ、妹たち!久々の外界へ!!」
統率のとれた霊魂たちは、アウロラを引き込んだ時と同じようにがっちりと手足や体を掴み、壁も仕掛けも完全に無視してすり抜けさせ、瞬く間にはじめの入り口まで運び、ここまでの道のりはなんだったのかという手軽さで、固く閉ざしていたはずの扉を開き、彼女をポンと屋外へ放り出したのだった。
『我らは常にそなたと共にある。いつなりと呼べ、末妹アウロラよ』
…はい、大お姉様。ありがとうございます。
アイテールのささやきは風のように吹き抜け、死者の世界から生者のそれへとアウロラは帰還を果たす。
いつの間にかアウロラの人差し指におさまっていた指輪は力を得たように赤く輝いていた。
墓所の扉から飛び出してきたアウロラに気づき、気を揉みながら待機していたノヴァはルシファーを連れて駆け寄る。
「アウロラ…!」
「ノヴァ…!」
数時間ぶりの再会に微笑む彼女の無事を確認するノヴァは、顔をしかめた。
帰還に安堵したのもつかの間。墓所から戻ってきたアウロラは、土埃と蜘蛛の巣まみれになり、汚れていた。中での苦労が偲ばれる。
「こんなに汚れて…」
蜘蛛の巣を剥ぎ取り、顔や髪、服についた土埃を払ってやり、家令に濡れたタオルを要求する。
「……あ、ああ…とても汚れているのね。中は薄暗かったし、必死で気づかなかったわ」
いかに薄汚れてしまっていたのか、陽の下でようやく気づく。
フランツから濡れたタオルを受け取り、アウロラは顔を拭く。
「…怪我はしてないか?」
「ええ、大丈夫よ。…心配したでしょう?ごめんなさい」
「もちろん心配したさ。でも怪我がなくてよかった。…外に出てきたということは、目当てのもは手に入ったのか?」
「ええ…カルブンクルスの動力…ドラゴンスフィアを手に入れたわ。今はわたしの中に格納されているの」
にっこり微笑むアウロラに、ノヴァも小さく息をついてほっとする。
「……そうか…よかった。……それで、中はどうなってたんだ?あの白い手はなんだったんだ?」
「えっとね…あの白い手は、ルベウスの歴代魔女たちよ。それと、この墓所は初代サフィルスが作ったものなんですって。中は……魔術的ギミックとか、アナクロな罠とか、巨大蜘蛛もいたわ。あとは、竜の傀儡に追いかけ回されたりしてびっくりしたり、ヒヤヒヤしたり…。…まさに、ダンジョンだったわ」
ある意味、存分に身体能力や魔力を使用できる貴重な舞台ではあった。楽しいかどうかは別として。
「……なんだよそれ…ダンジョンってのは地下牢や土牢のことだろ?」
「え、そうなの?」
知らなかった。
「そんな仕掛けのあるダンジョンなんて聞いたことがない。しかも初代サフィルスがこの墓所を作った…?」
「え、ええ……ノヴァにも見せてあげたかったわ。危険な部分もあったけど、こだわりを持って作られていたから」
常識からはそれなりに逸脱してはいたが、せっかくの初代サフィルスの仕事。何かしらノヴァも参考にできる側面があったかもしれない。
微苦笑を浮かべるアウロラを見つめてノヴァは苛立つ。
「………」
何が『小さき姫が危険に晒されるわけがないだろ』だ、あの腐れ魔術師…!しっかり危険もあったんじゃないか!
増して、こんなにアウロラが汚れるような仕掛けなんか絶対ろくなもんじゃない。
アウロラに擦り寄るルシファーからはすでに気配が消えているシアナスに内心で悪態をつきつつ、ノヴァはアウロラを引き寄せた。
「……とにかく、無事でよかった。本当に」
「ノヴァ…」
ノヴァったら、汚れちゃうのに…。
やんわり抱きしめてくれる彼のぬくもりと香り、息遣いを感じて緊張感が溶けていくのがわかった。墓所の内部、死者の世界は冷たく息の詰まる場所だった。ノヴァの温かみで体が冷えていることに気づく。
やっと、呼吸ができた…そんな気持ちになって、腕を伸ばし自分からノヴァに抱きつく。
「…そんなに怖かったのか…?」
シアナスや家令とのやりとりを思い出し、ノヴァは動揺して顔を赤らめたがアウロラは構わず力を込めた。
「…ええそうね、怖かったわ。でも…あなたのところに戻ってこられて、よかった…」
わたしが帰る場所は、ノヴァのところだもの。
……うん?…って、あれ…?帰る、場所…?
ここで突如、雰囲気を壊すように、アウロラは「ああーー!」と声をあげてノヴァを引き剥がした。
「ア、アウロラ?」
「わ、わたしとしたことが…すっかり忘れてしまっていたわ!わたしのバカ…!うっかり者!」
わなわなと震える。
「な…?ど、どうしたんだアウロラ」
悔しそうにノヴァを見上げてアウロラは訴えた。
「どうしようノヴァ…絶好の…瞬間移動を試せる機会だったのに!」
特殊な環境下でアウロラのブラッドストーンを持つノヴァの元に移動できるのか、試してみるべきであった。冷静さを欠き、すっかり頭から抜け落ちてしまっていたが。
この後。
実験のため墓所内部に再び戻りたがるアウロラと、彼女を行かせまいとするノヴァとの攻防が繰り広げられることになった。
家令を含めた説得の末、やっと実験を諦めたアウロラがノヴァに手を引かれて墓所を去る際、一度だけ振り返った。
役割を果たした墓所の火は落ちて、死者の世界は時間とともに朽ちていくのだろう。
長きに渡り、この場に縛られドラゴンスフィアを守護してきたルベウスの魔女たちに思いを馳せながら、彼女らの魂動を宿すアリザとアイテールの指輪に目を落とすのだった。
今回は文字数多めです。単に切れ目がつくれなかっただけですが(汗)。3章もそろそろ終盤です。
そろそろ人物紹介を更新したい気持ちです。
(叔父と伯父の違いについてですが、まあ今回は叔父でいいかなと思いました。普段伯父と表記しているのは考えあってのことですが、いずれ統一するかもしれません)
それから。
本作は10月6日で連載開始1周年を迎えます(感謝)。
この1年でブクマや評価をくださった皆様、ありがとうございます。書き手としては数の大小は問わず、とても支えになります。
この1年が早かったのかそうでないのか…物語の進捗や文字数だけではよくわかりませんが、これからも当作をよろしくお願いいたします(そしてついでにブクマ等もお願いいたします。笑)。




