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誕生日と髪飾り

 正式に魔術や学問を教わるために家庭教師が招かれ、わたしはノヴァと一緒に学ぶことになった。

 それまではお父様が一般学問や教養を指導してくれていたのだけれど、ノヴァが屋敷にやってきたので他者に委ねる頃合いとみなしたようだ。

 屋敷に巡らされている呪縛の結界は少しばかり緩められ、わたしは簡易魔法が使用可能になった。…といっても、本当にささやかなもので、精々小石を持ち上げることができる程度だ。しかし、はじめて小石が浮かび上がった時はとても嬉しくてはしゃいでしまった。ノヴァは最初こそ微苦笑でわたしを見ていたけれど、次第に魔法のコツなんかを教えてくれるようになった。彼は自分では面倒見があまりよくないと感じているようだけれど、魔法については幼児並みの質問をするわたしにも嫌がらずに付き合ってくれていたので、充分面倒見がよい方だと思うのだが。

 生まれながらに魔術回路を持つ魔術師は大きな呪文を必要としない。分野に得意不得意はあっても、念じたり、想像したりすることでそれを形にすることができる。そのため、想像力というものは大事なファクターになる。

 これを鍛えるために、わたしはノヴァと『魔法しりとり』という遊びをすることで鍛錬を積む。この世界に『しりとり』という遊びはなかったので、まずしりとりの概念をノヴァに理解してもらうところから始めた。魔法しりとりとは、しりとりをしながらその言葉(物質に限定)の幻を作って互いに見せ合う、というもの。物体の形状をよく理解していないと幻は作り出せない。曖昧な形になった時点で負け、というルール。

 魔術以外の学問は、さすがアウロラというべきか、優れた頭脳ですぐに理解し、吸収した。その点、ノヴァもやはり優れていて、引けを取ることはなく、ウィスタリアがフラテルに選んだだけはある(が、当人はやはりそれほど優れているという意識はなく、アウロラの出来の良さも、ルベウスの魔女だからという理屈で片付けてしまっているような印象)。

 そうしてわたしたちの時は過ぎてゆき、ノヴァがこの屋敷での生活になれた頃。

 わたしの、アウロラの誕生日がやってきた。


 この日ばかりは多忙なお母様も王宮から帰宅する。

 ほとんど顔をあわせることがない母、アレクシアに別人格を看破されるのではないかと初対面(?)の時は緊張したのだが好意的に「よき変化」として捉えてくれただけで済み、胸をなでおろした。

 誕生日当日。

 メイドたちに迎えられ帰宅したアレクシアに駆け寄る。

「お母様!お帰りなさい!」

 勢いそのまま抱きつくと、アレクシアも応えるように抱きしめて髪を撫でる。

「あぁ、アウロラ。元気だったか?また少し背が伸びたようだ」

 アウロラによく似た容姿の彼女はうっすら微笑む。

 尊大な言葉遣いだが、彼女が使うとただの男前でしかなかった。

「はい。お母様は……少しお疲れ?」

「…そうだな。宮廷は相変わらずでなぁ……いや、こんなことを娘に話すべきではないか」

 意識を改めてアレクシアは続けた。

「誕生日おめでとうアウロラ。もう11歳か……この間生まれたばかりのような気がするが…早いものだな」

 わたしからすれば、まだ11歳という気持ちなのだが。

 アレクシアは在宅であることが稀なので、アウロラの成長を直に感じることが少ない。子の親としては不幸なことだが、彼女は母親である前に王宮魔術師であり、アークメイジなのだ。

 わたしには理解ができるけれど、アウロラはどうだったのだろう。寂しくはなかったのだろうか。

 彼女の記憶はあるが、感情まではわからない。どう感じていたのかまでは。

「ありがとうございます、お母様」

 本来11歳になるはずのアウロラの分まで礼を述べる。

 アウロラの後についてきていたノヴァはここでアレクシアに声をかける。

「ご無沙汰いたしております。アークメイジ」

 丁寧に礼をする。

「ふっ…相変わらず他人行儀だなノヴァ。『お母様』もしくは『母上』と呼んで構わぬぞ」

「大変恐れ多いです」

「ウィスなど初対面から我が母を嬉々として母上と呼んでおったわ。ノヴァはあれとは違って奥ゆかしいことだな」

 ウィスとはウィスタリアの愛称だ。

「………」

 ウィスタリアと比較されたくない、と言わんばかりのうんざり顔で彼は黙った。

 わたしは苦笑しながらその表情を見守り、そしてウィスタリアの姿を探した。

「伯父様は一緒ではないのですか?」

「あぁ、あやつに仕事を押し付けてきた」

「えっ?」

「なぁに、あやつはいつもそなたたちと会っておるのだから、今日ぐらい親子水入らずにさせてもらってもよかろう?」

 いたずらな笑みをうかべたアレクシア。

 …伯父様、お母様の分までお仕事がんばって…。

 心の中で応援する。

「誕生日の贈り物として、わたくし自らアウロラにドレスを縫ったのだぞ?ウィスは揃いの靴をそなたに作った。早速纏ってわたくしとオルキスに見せるがいい」

「っ!」

 プレゼント!

 しかも多忙にも関わらずアレクシアが自ら針を刺し、縫い上げたドレス。そしてウィスタリアが対になる靴を作ってくれたという。……嬉しすぎる。

「ありがとうお母様!伯父様にもお礼のお手紙を書かなきゃ…!早速、早速着て参ります!」

「あぁ、楽しみにしている」

 頷くアレクシアはメイドたちに目配せして贈り物を持たせる。

 この頃には使用人たちとの関係が改善されていたので、アウロラはメイドたちと楽しげに会話をしながら部屋へと戻っていく。

 その姿を目で追うノヴァに、アレクシアは話しかけた。

「……ノヴァ、そなたもアウロラに何か渡すつもりなのではないのか」

「……いえ…」

「ほう、そうなのか?ウィスから耳にしておるぞ…?」

「………」

 気まずく目をそらすノヴァに、アレクシアは微笑を浮かべる。

「……ふふ、案ずるなノヴァ。あの子はきっと喜ぶ」

 アレクシアの微笑ましげな眼差しに居心地を悪くしたノヴァは「失礼します」とその場を退いた。

 とはいえ、その足取りはアウロラの部屋へと向いていたので、アレクシアは益々微笑ましい気持ちを強めていたのだが。




 ドレスの箱を開けるとため息が漏れた。

 紅色の光沢あるサテンを基調として、オーガンジーが重ねられて膨らむフリルスカートの裾はふんだんにレースがあしらわれ、シフォンのリボンが並ぶレース生地の襟元は華やか。そしてパフスリーブの可憐な袖。少女垂涎のお姫様ドレスであった。

 合わせて作られた上品な靴もわずかにヒールが作られて、背伸びしたい年頃の少女の気持ちに配慮されている。

 母と伯父のセンスに脱帽しつつ、メイドたちの手を借りてドレスに袖を通し、おろし立ての絹の靴下を穿いて靴に足をおさめる。

 美しく整えられたわたしの姿は、まばゆいばかりの姫君だった。

 ああ、本当に。こうして大人しくしていれば、アウロラは美少女なんだわ。この顔を醜悪に歪めて厄災の魔女と成り果てる様が想像できないくらいに…。

 でも。わたしは、そうならないもの。ならないように律し続けるもの。

 うん、と改めて決意をする。

「お嬢様、髪型はどうなさいますか?」

 ローズに問われて振り返る。

「…うーん、本当は結いたいんだけど…」

 言葉を濁して曖昧に笑う。

 ルベウスの魔女は髪にも魔力が宿るため、魔力が滞ることを嫌い、結い上げることは避けている。実際、アレクシアも必要がなければ常に髪を下ろしている。

 せっかく綺麗に長く伸ばしていても、様々な髪型を作り出せない。その点だけは残念だ。

「……このドレスに合いそうな髪飾りはあったかしら」

「探してみますね」

 ローズが装飾品の棚を調べはじめたとき、部屋の扉がノックされる。

「はい」

 ローズが対応しようとするのを制する。

「わたしが出るわ」

 言いながら扉へ向かい、開く。と、そこにはノヴァが立っていた。

「ノヴァ!どうしたの?」

 ぱっと笑顔を作って迎えると、ノヴァは少し目を見開いてわたしを見た。驚いているようだ。

「あ、ねえ、どう?お母様が作ってくださったドレス、似合ってるかしら?」

 軽くくるりと回ってみせる。

「あ…」

 見つめ続けていたことに気づいて、ノヴァは羞恥で顔を赤らめながら「あ、ああ…」と頷いた。

 アウロラが平均値より上をいく美少女であることはノヴァも認識しているが、普段は意識しないようにしている。だが、華やかな姿になると彼女の美が際立って、落ち着かない気持ちになってしまう。

 しかし、それでなぜ狼狽えてしまうのかは、自分の中でもはっきりしない。

「本当?嬉しい」

 わたしが微笑むと瞳をそらされる。

 新しいドレスを作ってもらう度にノヴァに見せて感想を尋ねることを習慣にしているが、彼がここまで目を泳がせることは珍しい。いつもは「いいんじゃないか」とか「似合ってる」と素っ気ないならも感想は一応くれるのだが(でも否定はしない)。

「それで、どうしたの?何かあった?」

「あ……ああ、うん…まあ…」

 煮え切らない物言いがこれまた珍しい。

 首を傾げていると、ノヴァは躊躇いがちに上着のポケットから小箱を取り出す。

「……これ、アウロラに…。誕生日だから」

 視線を合わせないまま、ぶっきらぼうな口調でわたしの前に差し出した。

 ノヴァの手にある小箱と彼の顔を交互に見て、わたしはみるみるうちに笑顔になる。

 ノヴァがお誕生日プレゼントをくれるの?わたしに?

「ありがとう、ノヴァ!」

 受け取りながらお礼を言う。

「開けて見てもいい?」

「……いいよ」

 頷くノヴァを見届けて、箱を開いてみると、まずリボンが目に入る。洋服の生地で作られたリボンが扇状に配されて、それを留めるようにオーバル型の台があり、枠に合わせてはめ込まれた宝石を模した赤いクリスタルガラスとその周囲を飾るように小さな青いクリスタルガラスが巡らされていた。一見するとブローチだが、これは……。

「髪飾り?!」

「あぁ。髪の毛をあまり結えないからつまらない言ってただろ?でも髪飾りならつけられるんじゃないかと思ったんだ」

「このリボンの部分、お母様がくれたこのドレスと同じ生地とレースだわ!」

「マスター(ウィスタリア)に頼んで、生地を分けてもらったんだ。せっかくなら合わせた方がいいだろ。この屋敷に来てる仕立て師に相談してその形状にした。裏を見ればわかるけど、リボンは別のものと取り替えられるように作ったから、他の生地でも使えるよ」

 裏返すと確かにリボン生地を挟み込むようにして留め具が作られているので、金具はそのままにリボン生地を色々と変更することが可能そうだった。

 …というか聞き流してはいけない台詞があった。

「…ノヴァが作ったの?この髪留めを?」

「うん…全部一から自分で作ったのは、初めてだったからちょっとした挑戦だった」

 ノヴァは少し表情を緩めた。

 ルベウスの家に来てからしばらくして、学問や教養を伸ばす他に、ウィスタリアについて定期的にサフィルスの宝飾工房で学ぶようになった(ウィスタリアをマスターと彼が呼ぶのは直接的な弟子という扱いになっているから)。実家も家族だけで工房を営んでいたので、基本は学んでいるのだが、大工房の大人数とシステマチックな仕事は目新しさに溢れていた。

 半分徒弟となって、また一から学び始めた矢先、ウィスタリアからアウロラの誕生日に合わせて、彼女に何か装身具を作ってみないかと提案された。髪型を自由にいじれないというアウロラの言葉を思い出して、これならいつでも使えるのではないかと考え、髪飾りを作ることにしたのだった。

 デザインからカットガラスの選定、台座作りはもちろん、リボンも彼が実は作っている。おかげで、自分は針仕事が案外不得意ではないという、新しい一面を知ることができた。

 本物の宝石や金銀が使用されているわけでないが、台座の裏にはサフィルス工房で作られたことを証明する刻印が打たれ、正式な一点物の扱いだ(そういう意味ではイニシャルの刻印がないものの、彼のデビュー作でもある)。

「すごいわノヴァ!こんなに素敵なものが作れるなんて!すごすぎるわ!」

 わたしは驚愕に震える。もうすぐ11歳になる少年の仕事ではない、もはやプロのそれだ。器用すぎる。

 しかも自己満足ではなく、わたしが欲しているものを普段の会話から察して、リボンの取り替えという汎用性の高さまで考慮されて作られた髪飾り。細やかな気遣いにがとても嬉しい。

 彼手ずから作られた髪飾りを手にして…感激がこみ上げてくる。

「…嬉しい……嬉しいわ、ノヴァ。…ありがとう!」

 感動するあまり、ノヴァに抱きつく。

「…うわぁっ」

 ノヴァから驚きの声が漏れたが構わず言う。

「大事にするわ、ずっとずっと大事にするわ!」

 ぎゅうと腕に力を込める。と、ノヴァが大きく狼狽える。

「…お…おいっ…ひっつくなよ…!」

「だって、嬉しいんだもの!」

「…それは、いいから、わかったから…離れろって…!」

 慌てた様子でわたしの肩を掴んで引き剥がす。

「……ったく…、メイドたちが見てるだろ…」

「ご、ごめんなさい…嬉しかったからつい…」

 部屋の中から「アラアラまあまあ」と興味津々にふたりのやりとりを見ている彼女付きのメイドたちの視線を気にしているようだ。ウィスタリアがこの場にいたのならば即座に「メイドがいなければ別にいいのかい?」と冷静な問いかけが入りそうである。

「ノヴァ、ちょっと待ってて!すぐに身につけるから!」

 軽やかに身を翻しドレッサーの鏡を覗き込むと横髪に挟み込み、位置を整えるとすぐに戻って来た。

「どう?似合う?」

 嬉しさで上気したアウロラの髪におさまった髪飾りは彼女の雰囲気によく合っていて、ノヴァは安堵する。

「…あぁ、よかった。似合ってる」

 俺の腕がよかったかな、と照れ隠しで付け足す彼に微笑んで「ええ、あなたの腕がいいのね」と肯定しておいた。

「ノヴァ、今日はわたしをエスコートしてね」

「オルキスの義父上でなくていいのか」

 お母様のことはアークメイジと呼ぶのに、お父様のことは義父上ちちうえと呼ぶのよね、ノヴァは。

 まあ、普段の関わりを考えると親しさが違うからしょうがないのかも、だけど。

「あら、ノヴァったら。お父様はお母様をエスコートするでしょう?」

「そういえばそうだった」

 お母様の存在を忘れないでノヴァ。

「じゃあ、また後で部屋に迎えに来る」

「ええ!待ってるわ!……髪飾り、ありがとうノヴァ」

「…あぁ。じゃあな」

 少し微笑んで彼は自分の部屋に戻って行った。

 扉を閉じるとローズたちに髪飾りを示して「ノヴァが作ってくれたの〜〜!」と黄色い声を出してはしゃぎ、にわか女子会となっていた。

 そして、ドレッサーの前に立ち、いつもより美少女になったアウロラの姿を改めて見直す。ノヴァがくれた髪飾りをじっと見つめてつい笑みが漏れてしまうわたしだったけれど、ふと、引っかかりを覚えて記憶を探る。

 ……そういえば、ゲームのアウロラも髪飾りをつけていたわよね。彼女の立ち絵の角度だと見えづらいのではっきりとした記憶がないのだけれど、形状は…こんな感じだったような…?

 おぼろげな記憶とノヴァが贈ってくれた髪飾りとを照らし合わせる。

 もし、もしこれがゲームでの彼女が身につけていた髪飾りであったのならば。

「……ノヴァがくれたもの、って扱いだった…のかな?」

 ゲームのアウロラとノヴァの関係は冷え切って最悪なものだったので、彼が贈るとは考えにくい。単に気に入って身につけていただけ、という感が強い。

 でも彼手ずから生み出されたそれが今わたしの髪を飾っている。……入手経路が変化した可能性はあるけれど、詳細は違っても設定はなぞっている。

 急に複雑な心境に駆られ、首を振って不安を払拭させる。

 ノヴァはわたしのことを考えて作ってくれたものだもの。気持ちがこもっているもの。同じであっても、同じでない。

 わたしだって、同じであって同じでないアウロラになるのよ。

 じっとアウロラの赤い瞳と見つめ合って、わたしは自分を鼓舞するのだ。



 ノヴァにエスコートされて家族の居間にやってきた着飾ったわたしを見て、両親はとても満足しているようだった。

 新しいドレスは気分をとても盛り上げてくれる。それがお母様の作ったものならば尚更。

 みんなで食事を済ませると小さな舞踏会が始まって、わたしはノヴァ、お父様、最後はお母様と一緒に踊る。

 楽しい。とても楽しいのに、涙が出そうになった。暖かく、幸せな家庭の姿がそこにあったからだ。

 本来これはアウロラが当たり前に享受していたものだ。でも彼女は壊してしまう。そこにあり続ける幸せを自分の手で。良心の呵責も後悔もなく。

 こんなに素晴らしいものを壊してしまえるアウロラは、やっぱり尋常でない。

 わたしは壊さないわ。守り続ける。絶対に彼らを傷つけたりしないわ。

 わたしが目尻の涙を拭う仕草をすると、お母様が目ざとく問いかける。

「泣いているのか、アウロラ」

「……はい。…とても、幸せだなと思って」

 顔を上げて笑いかけた。

「……ふっ…そうか、それはよかった」

 美しく微笑んでわたしに応えてくれる。そして、わたしを見つめて続ける。

「…さて、そろそろノヴァに『あれ』を渡そうか」

 示唆されて、わたしはぱっと顔を明るくさせ頷く。

「はいっ」

 そうしてわたしとお母様、そしてお父様が応接セットの椅子に腰掛けているノヴァを一斉に見やる。

「?」

 自分に視線が集まり、ノヴァは怪訝そうに瞬きを繰り返した。

「さあ、アウロラ」

 お母様はぐっと拳を作ったかと思うと奇術のような魔法を用いて、その手のひらにリボンで装飾された小箱を取り出す。そして、流れるような動きでわたしに渡す。

「はい、お母様」

 わたしはその小箱を受け取ると、不思議そうにしているノヴァのところまで進む。

「お父様とお母様、それからウィスタリア伯父様から、ノヴァへのお誕生日プレゼントよ」

 中腰になって差し出すと、彼は驚いた顔でお父様とお母様を見た。

「…俺に?」

「あぁ、ノヴァもわたくしたちの子供も同じ。少々早い贈り物になってしまって申し訳ないが、三月後に帰宅できそうにないのでな」

 とお母様。

「何がいいかアウロラも交えて相談したんだがね、そろそろ君も欲しいのではないかと思って私が提案したんだよ」

 とお父様。

「………」

 差し出された小箱を前に戸惑うノヴァの手を取って、わたしは持たせる。

「見てみて!ちなみに、作ったのは伯父様よ」

 わたしが促すとノヴァは躊躇いがちにリボンを解いて小箱を開く。

 そこには銀色にきらめく懐中時計が行儀よくおさまっている。

「文字盤の意匠はわたしの監修なのよ。……といっても、伯父様が見せてくれる案をつついてただけなんだけど」

 時計はウィスタリアが得意とする装身具(装飾品)のひとつ。本来、彼が作った時計は簡単に手に入らないのだけれど(主に金額的な理由で)今回は特別、なのだ。

「紳士には紳士らしい持ち物が必須だと主張したら、案外あっさり引き受けてくれてね。…まあ、アウロラの『お願い』が一番効いたように思うけど…」

 そこはご愛嬌ということで…とオルキスは微苦笑した。

「ふふ、驚いた?あなたを驚かせたくてみんなで秘密にしてたのよ!」

 時計を食い入るように見つめていたノヴァの横に腰掛けて声かけると、はっと顔をあげてわたしたちを見渡す。

「…ありがとう…ございます…俺のために…こんな…」

 とても嬉しいのだが、誕生日を祝ってくれるような家族は5つの年で失っているので、ノヴァはうまく感情を表に出せずにいる。

 それを察してオルキスが微笑みながら問いかける。

「気に入ってくれたかい?」

「…はい、勿論です」

 ノヴァは素直に頷く。

 彼は生い立ちから、欲求をあまり口にしない。さらに自己評価も低く見積もってしまうところがあるので、わたしは常に彼を肯定するように心がけている。

「いずれ時計づくりはノヴァに継承してもらうつもりでいると思うわ、伯父様」

「…それは、悪くないな。俺も時計は好きな方だ」

「っ!そうなのね!」

 ノヴァの新しい一面が見えた。

「…あぁ。でもあのマスターに直接教わるのは………ちょっと憂鬱だな」

 最後は複雑そうに眉を歪めた彼を囲んでわたしたちは笑った。

「わたしはノヴァのお誕生日当日に贈り物をするわ。楽しみにしててね」

「あぁ……。ありがとう、アウロラ」

「あなたも髪飾りをありがとう。これから毎日身につけるわ」

「いや…そこまでしなくても」

 ぎょっとする彼に、わたしは首を横に振る。

「ダメダメ。だってノヴァがはじめてくれたものなんだから!来る人来る人に自慢しなきゃだわ」

「………マジかよ…」

 思わず俗な言葉をつぶやいてしまう。

 これはある意味、彼からすれば恥じらいを通り越して拷問だったりするわけだが、アウロラは聞く耳を持たなさそうだ。

 でも、俺の腕の未熟さは言い訳にならないよな…。

 …練度を上げて、いずれもっと出来栄えのいいものをアウロラに渡そう…と密かに心に決めたノヴァであった。その後、努力と改良を重ねた結果、彼のデザインした髪飾りはアウロラの提案で一般層の少女たち向けに廉価版が売り出され、デザインした当人も引くほどのヒット商品となるのだが……これはもう少し先の話である。


 そして。彼への贈り物で今後に大きく影響を及ぼすのは懐中時計ではなく、アウロラが渡す贈り物の方だったりするのだが、ノヴァはもちろん、アウロラもまったく想像すらしていないのであった。この時にはまだ。

ノヴァの誕生日まで続けて載せようか迷ったのですが、長くなるので一旦ここで切りました。

魔法学校に入ってからがお話の本番なんですが、そこまでまだ何話か彼らだけの展開が続きます。動きのあるお話がはやく書きたいです…。

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