魔法銃カルブンクルス(5)
アレクシアがアウロラに提案した通り、その日の夕食後、彼女は居間に家族を集めた。
「待たせたな」
使用人を下がらせ、アレクシアと共に居間へやってきたアウロラが手にするチェストを一瞥し、ウィスタリアが尋ねる。
「…それで姉上、今から何が始まるのです?」
問われたアレクシアはアウロラの肩に手を添え、告げる。
「我らはこれから歴史の目撃者となる。これはまずそのための一歩」
「…姉上?」
意図が掴めず怪訝に眉を寄せる弟に、アレクシアは微笑する。
「今から我らが始祖様が使いしアルス・マグナの封を解く」
「…アルス・マグナ…?!」
ノヴァとオルキスが同時に声をあげた。
「そうだ。集まってもらったのは、皆にも立ち会ってもらうため」
「では、アウロラが持っているそれは…」
察したウィスタリアは息を飲む。
アレクシアはその手に鍵を現すと、アウロラに目配せし、促した。
「はい、お母様」
頷き、チェストをテーブルに置くと、視線はそれに集まる。
宝箱の形状。宝石をちりばめ、竜の意匠が彫金された見事なチェストである。
これらに携わる同業の者として、ウィスタリアやノヴァも目を見張る細やかな仕事だ。
「…愚問だとは思いますが…姉上、このチェストの製作者は何者ですか」
「謂れからして、初代サフィルスの仕事であろうな」
「やはり初代様の…!…はじめて目にします。工房にも初代様の品は何一つ残っていませんからね…」
感無量のウィスタリアとは異なり、ノヴァは初代の仕事と聞いて、少々眉を寄せた。
「さぁ、アウロラ。今夜からこの鍵はそなたのものだ。そして、チェストの中身をわたくしたちに披露してほしい」
手渡された鍵には竜の横顔が意匠され、その瞳にはルビーが光っている。
この鍵を差し込めば、もう、後戻りはできないだろうと思った。
軽く深呼吸をして、竜の鍵を鍵穴へと差し込む。
すると、鍵はひとりでに回り、中の仕掛けが解ける音を響かせた。
チェストの蓋に手をかけて、ゆっくりと開く。蓋は抵抗を示さず中身をアウロラに晒した。
チェストの中は繻子が張り巡らされている。
その中に、絹糸で刺繍された布に包まれた品物が納まっていた。
両手を差し入れ、その品物を取り出す。想像していたよりずっと軽い。
包みを静かに取り払うと、長きに渡り封印されていたアルス・マグナが姿を現した。
小さな宝石で埋め尽くされ、贅を凝らした短銃。
金、銀の使用はもちろん、彫金、金象嵌が施され、台尻にある負い紐穴には赤と金の絹糸の組紐が付けられ、その先はタッセルで飾られている。
およそ400年前の、使用済みの短銃とは思えないほどの輝きを放っており、実用武器というよりは、王家の美術品の列に並んでいても違和感のない美しさだ。
室内の光を集めて、宝石は煌めく。アウロラは息を漏らした。
「……すごい…」
これが、ルベウスの魔女が使用したアルス・マグナ『魔法銃カルブンクルス』。
ゲームではパワーブレイカーの、ラスボス最凶兵器。
それが今、この手にある。
畏れと同時に、一種の感動のようなものがこみ上げた。
だが、なぜだろう。…この銃は、軽すぎる。
銃に目を落としながら、違和感を胸に黙り込むアウロラの横でノヴァが口を開いた。
「……これが、始祖が大戦で使用したカルブンクルス。400年前の銃とは思えないほど華麗だな」
「儀礼用の銃器のような外装の美しさ。この華美さは、力や特殊な外殻を隠蔽するための目くらましか…」
ウィスタリアはアウロラの手の中で輝くカルブンクルスを見つめ、分析し呟く。
静かな興奮に包まれる中、オルキスだけが目に見えて震えていた。
「……こ、ここここ、これがカルブンクルス…!」
魔法庁におけるオルキスの専門は、アーティファクトの研究である。もちろん、そのアーティファクトは、アルス・マグナも含まれる。
「なんて素晴らしい魔法銃なんだ!…ま、まさか、直接実物をお目にかかれるなんて……!すごい、私は幸せ者だ…!」
触れるのは憚られるので、オルキスはアウロラの周囲をウロウロしながら覗き込み、一同を苦笑いさせた。
先ほどから一言も言葉を発さないアウロラを気にしながら、ノヴァはアレクシアを見る。
「…アークメイジ、400年も封印されていたカルブンクルスをなぜ今、俺たちの前に晒したんですか。何か理由があってのことですよね」
「…あぁ、ノヴァ。今からそれを物語るところだ」
アレクシアは皆を座らせると、昼間交わしたアウロラとの会話の内容を彼らに淡々と告げる。
アウロラが始祖アリザリンと邂逅し語られた、これから先起こる出来事についてを。
話が進むにつれ、彼らの顔色は変わり、そして沈黙した。
なるほど。だからカルブンクルスが必要なのかと。
「……言ったであろう?我らはこれから歴史の目撃者になると。どのような結末を迎えるにしても、この流れは止められぬ。始祖様がアウロラに託した以上、我らはこれからアウロラが起こす行動全てを支持する。……先のフューシャの件も、貸しを作っておいて正解だったというわけだ」
「…ゼノの件、ほかには誰が知っているのですか」
ウィスタリアの問いに、アウロラが答えた。
「…誰も。今日お母様にお話しをするまで、ずっとわたしの中に秘めていました。迂闊に口にできない内容なので…」
「誰にも相談できないのは、つらかっただろ」
ノヴァはアウロラの頭をそっと撫でる。
その優しさにアウロラは顔をあげて、眉を寄せた。
「あなたにも話せなくて、ごめんなさい」
「今回ばかりは仕方がないさ。アウロラに変化をもたらした相手っていうのは、もしかして始祖ルベウスなのか?」
そして、ブラッドストーンの入れ知恵も。
鋭い問いかけに、アウロラは頷く。
「ええ、わたしの魔術回路で燻っていた、『澱』を始祖…アリザ様が取り除いてくれたの」
「澱?」
「これよ」
アウロラはカルブンクルスを包まれた布ごと一旦テーブルに置くと立ち上がり、自身の中に格納されている一本の剣を取り出す。
ノヴァとウィスタリアも立ち上がり、アウロラの手にする剣を確認する。
強い混沌の気を纏った、赤黒い剣身の裸剣だ。
ふたりとも、顔をしかめた。
「……随分と、禍々しいね。まるで呪いだ」
「これが、アウロラの中にあった…澱?」
戸惑うノヴァに頷く。
「そう。これは、10歳までのわたしの残滓。邪悪な少女の成れの果て」
はっと顔をあげたのは、ウィスタリアだけではなくオルキスもだった。
ノヴァは禍々しい気を放つ剣と、現在のアウロラとの落差に口を閉ざす。
彼はかつての悪癖を持ったアウロラを知らない。出会った時にはすでに今の善良なアウロラだった。
10歳時、彼女は『悪夢から覚め』大きく『生まれ変わった』のだと聞いている。
ノヴァが彼女のフラテルとなった頃、使用人達が異様に彼女に対して怯えていたが……この剣の禍々しさが彼女の性根だったのならば、彼らの怯えも腑に落ちる。
「澱を取り除き、この形に変えたのは始祖……アリザ様。銘を『ミセリコルディア』」
「ミセリコルディア……慈悲か…」
アレクシアが呟く。
「これはもうひとりのわたし。わたしが忘れてはいけないアウロラの姿」
自分が歪まぬための戒め。
アウロラはノヴァとウィスタリアを見上げた。
「ノヴァと伯父様にお願いがあるの。このミセリコルディア……ミディの鞘と柄を銀で作って欲しいの。銀は魔を封じ込める力があるのでしょう?」
「……あぁ、それはいいが…」
剣の鞘や柄は専門外で、ノヴァは知識がまったくない。一から勉強が必要であるし、ウィスタリアとの共同作業になるのだろうが、ここは一度、水面下で(不本意ながら)シアナスに意見を求めるべきか。
シアナス…あいつはゼノの侵攻を知っていたのかもしれない。
こうなることを見越して、俺にグラディウスを渡したのではないか。
「その剣は、我々が触れても問題ないのかい?」
見た目の禍々しさからして、察しのいい質問だ。
アウロラは慎重に告げる。
「伯父様は危険だから触れないで。伯父様だけではなく、他の人にも触らせないで。絶対に。これは、鞘や柄が完成するまでノヴァが持っていて。あなたに実害はないから」
「害とは、どんな効果があるんだい」
「……とても殺意が強い剣。だから、少し刺突しただけで、生物を即死させてしまうそうなの」
「即死?!」
サフィルスのふたりは目を白黒させる。
「……いや、それは俺も大丈夫なのか?」
「そのはずよ。あなたは、わたしのブラッドストーンを持っているから」
根拠はアリザの言葉だが。
「……あ…あぁ…そうか。この為でもあったのか?」
「ええ。あなたに何かあったら、わたし…」
死んでも死にきれない。
「アウロラ…」
見つめあっているふたりにウィスタリアが咳払いをする。
「ノヴァ、ブラッドストーンってなんのことだい?」
「…え?…あぁ…いや、別に」
思わず耳もとを隠す。
あとで白状させられるだろうが、今はとりあえず目を泳がせて誤魔化した。
「わたしからひとつ注文があって、鞘が抜け落ちてしまわないように、鍵をかけたいの。これは、不用意に使ってはいけない剣だから」
「……わかった。マスターと一緒に仕掛けを考えるよ」
「それから、ノヴァ、わたしに剣の使い方を教えて欲しいの」
「剣を?」
「ええ。ミディは鞘を抜かないで使いたいの。でも、ちゃんと剣術は習ったことがないから、教えて欲しくて」
「…俺でいいなら」
彼女が剣を振るうことに、思うところがないわけではないが戦いの場面において、手数が増えることは彼女の活路につながる。
「よかった」
アウロラは安堵し微笑む。
剣をノヴァに任せると、家族を見渡して改めて気持ちを告げる。
「わたしは、始祖様のかわりにゼノと戦うさだめにあります。途方も無いことだけれど、震えてばかりもいられないから、事前に出来る限りのことはしておきたい…。お母様、お父様、伯父様…そしてノヴァ、これからわたしはたくさん迷惑をかけてしまうことになるかもしれないけれど、どうか、ご協力をよろしくお願いいたします」
勢いよく頭を下げた。
「…ふぅむ。…まったく、わたくしの小鳥はどこまで他人行儀なのか」
「そうだね、私は娘の育て方を間違えてしまったかなぁ」
「全くだよアウロラ。そこはいつも通り『お願い伯父様』と甘えてくれるだけでいいんだよ」
「マスターはともかく、俺はアウロラの生涯の弟としてずっと傍にいる。俺からは手を離さないって約束しただろ?いつなりと頼ってくれ」
皆半分呆れたように笑いながら、温かい眼差しと言葉をくれる。
アウロラは少し、涙ぐんだ。
「……ありがとう」
…あぁ。そうだ。世界を救うなんて大望は『わたし』の器じゃない。最小単位の最小の幸福……家族や友人を守るためにわたしは戦う。それならば、戦える。
「陛下にはゼノの侵攻について耳に入れておく必要があるだろう。それは時期を見てわたくしの方から伝えておく。アウロラ、これからどうするつもりなのだ?」
アレクシアの問いかけに、アウロラは涙を拭い、口を開く。
「とりあえず、明夷の門を見てみたいです。お母様の権限で、結界の中に入れませんか?」
「明夷の門か、なるほど。わたくしの名代というかたちで視察させることは可能かもしれない」
「どんな形でも構いません。どうしても、一度しっかりと確認しておきたくて」
「当事者となるそなたならば当然のことだ。…方法は考えておこう…」
「あとは、味方を作るというのはどうだい?」
オルキスの提案に、ウィスタリアも頷く。
「いいですね。かつて始祖様と初代様は各国を巡って協力を頼み出たと聞いています」
「…味方…」
戸惑いがちに呟くアウロラにアレクシアが微笑む。
「直接戦闘に役立たぬだろうが、支援は必要になる。明夷の門が開けば、間違いなく再びアダマントは戦火の中心となる。国民の一時避難の場所を提供してもらわねばならぬしな。場合によっては、魔術師や騎士たちと連携も必要となるであろうし、顔を見知っておいて損はない」
「その辺りのことは、明夷の門をアウロラが確認してみてからでも構わないのでは?」
ノヴァの提案に「では、そのように」とアレクシアが区切りをつけ、一旦棚上げとした。
「アウロラ、ほかに気になることはあるか?」
「はい、お母様。実は少し…」
アウロラはテーブルに置いていたカルブンクルスを取り上げ、明後日へ銃口を向け片手で構える。
トリガーに指をかけてみるも…違和感が。
…ああ、やっぱり…軽い。
構えを解いて、銃を軽く胸に抱きながら、違和感を述べる。
「…この銃…とても軽いのです。重量の話ではなくて……存在がとても薄くて。……まるで、抜け殻」
抜け殻。その言葉は的を射ていた。
「生きていないみたい。魂を感じない」
おかしなことを言っているかもしれない。そもそも、銃に魂など存在しない。生物を死傷至らしめるために生まれた兵器に感情などない。だがなぜか、この銃には魂が宿っていなければならない気がするのだ。
言うなれば、今のカルブンクルスは電池の入っていない電化製品に近い感覚。
「…さすがわたくしの小鳥は鋭い。…そうだ、今その銃はそなたの言うように抜け殻だ。その銃はそなたの魔力を糧として魔弾を撃ち出すことができる。だが、その魔弾を打ち出すためには銃を機能させる核が必要なのだ」
「…核、ですか?」
「あぁ。核、つまり動力だ。間違って使用されぬために封印される際、分離されたと母上は語っていた。今のそれは兵器以下、華美な文鎮にしかならぬ」
「せっかくの魔法銃が、無用の長物状態というわけですね。……姉上、その核は一体どこに?」
「何、とても近いところだよ。我らルベウスの魔女がひと所に集まる場所……森の西にある『エニシダの墓所』だ」
「…お墓?!」
「そう。ルベウスの宝を守るには御誂え向きだろう?墓所の最奥に封印されていると母上は言っていた。…つまりアウロラ、カルブンクルスの使い手たるそなたが墓所へ取りに行かねばならぬ。最初の試練というわけだ。…張り切って行ってくるがよいぞ」
にっこり笑うアレクシアに、アウロラはカルブンクルスを胸に抱き、瞬きを繰り返す。
「…お墓…」
ちょっと、怖い…かも。
アウロラが『エニシダの墓所』と呼ばれる墓場に行くことが確定したところで、今夜の話し合いは終わった。
墓場という響きに不安を感じるアウロラを他所に、ノヴァとウィスタリアは初代が作ったとされる、カルブンクルスを納めていた希少なるチェストを興味深く鑑賞していた。頭の中で口の悪い古の魔術師を思い浮かべ、完璧な仕事のチェストを前にノヴァは少々複雑な心境になりつつも。
次回、お墓へ。




